第九十話 『東北戦』
鹿野津が消えた。
おそらく、これが能力だろう。
しかし、消えたくらいで俺にはそれほど通用しない。
相手がどこにいるかなんて、足跡や音、殺気などでどこにいるかとか攻撃のタイミングとかは大体分かる。
要は宙と戦うのと同じ。
彼の能力はおそらく『透明』みたいなやつだろう。
多分、あれは彼自身に作用する能力だから水人形を作って別の視点から見ても仕方ないだろう。
しかし問題ない。
少しは厄介にはなるが、宙とは違って視覚も聴覚も当てにならないって訳でもないから大丈夫だ。
そう思っていた。
「っ!!」
俺が殺気を感じた刹那、激しい衝撃を食らったと思った時には吹っ飛ばされていた。
殺気を感じて何とか防御したが、それでも軽々と飛ばされる。
なんなんだあれ。
足跡は動いていなかったし、音も聞こえなかった。
俺に攻撃できるような距離じゃなかったぞ。
あの手を飛ばすやつだって音はする。
俺の耳はかなりいいんだ。
服の擦れる音だって聞こえる。
「どうゆう事なんだよ」
俺は飛ばされながら地面に手を着き、体を翻して着地する。
あいつの能、『透明』じゃないのかよ......
俺は再度、より一層耳を澄ます。
ついでに足音も探す。
......っ!
殺気を感じた。
俺はとっさに、感じた殺気とは逆方向に大きく飛んだ。
やはり殺気以外を感じ取れない。
足跡もないし、音もしない。
これは確定したな。
鹿野津の能力は、俺が思っているのとは違う何かだ。
「お前、なぜ避けられた」
俺がその場所から飛び退いた直後、どこからかそんな声が聞こえてきた。
おかしなことだ。
声は聞こえてくるのに、どこからの声なのか分からない。
気持ち悪い感覚だ。
「それ教えたら避けらんなくなるかもだろ......」
唯一の頼りである殺気までもが何かしらの方法で防がれれば、為す術が無くなってしまう。
後は殺られるだけになる。
そんなの教えられない。
教えられるわけない。
「そういうお前の能力はなんだ?」
正直、予想がつかない。
一体、どんなカラクリで殺気以外の全てを隠しているのか。
「自分は答えないが、俺には答えさせるのか......」
鹿野津のその一言は、今までのよりも一層恐ろしく低く感じ、恐ろしい印象を受けた。
「ハハ......
おっしゃる通りで......」
俺は答えなかったのに、鹿野津が答えてくれるだなんて自分勝手だ。
情報の等価交換なんてあったもんじゃない。
「まぁいい
教えてやろう」
あ、教えてくれるのね。
ありがとうございます。
でも俺は教えないよ?
最悪死んじゃうからね。
「俺の能力は......」
......っ!
彼が能力についての説明を開始した刹那、激しい殺気を感じた。
俺はこれも飛び退く。
だが、さすがに少し油断していたのもあって拳が頬をかすめた気がする。
危ねぇ......
「ほぉ......
これも避けるか」
油断したところに攻撃するなんて卑怯だぞ!
まぁこれは単純な戦闘だし、卑怯な手を使っても勝ちは勝ちだ。
俺だって、ピンチになれば卑怯な手なんていくらでも使う。
「俺の能力は『痕跡』」
鹿野津は能力の説明を再開する。
それと同時に、絶え間なく殺気が飛んでくるようになった。
鹿野津が説明しながら連撃を放っているのだ。
俺はその全てを、殺気だけを頼りにして回避する。
回避と言っても、さっきのみたいに飛び退いての回避だ。
いくら殺気を察知する能力に長けていたとしても、分かるのはその殺気がどっちから来るかということだけ。
どんな攻撃がどこに来るかまでは分からない。
だから俺は攻撃から逃げるしかないのだ。
傍から見れば、1人でぴょんぴょん飛んでる変なやつだろう。
勘違いしないで欲しい。
俺は今、命懸けの戦いをしているんだ。
決して頭のおかしい奴ではない。
「俺が居たという証拠を消す能力だ」
なんて能力だ。
犯罪し放題だな。
そんな能力を国のために使うなんて。
彼は良い奴なのかもしれない。
「その能力を使い現在の俺を消すことで、今のような状況が出来上がる」
そういうわけか。
だから音も足跡もないわけだ。
だが殺気だけは痕跡とは少し違う。
それで殺気が消せてないって訳だ。
こいつ、やばいな。
素の力が能力並で、自由自在に動く魔道具の義手。
それに加えて自分を認識不可能にする能力。
普通のやつじゃ勝てない。
それどころか、能力も使わせずに負けるじゃないか?
俺も実際負けそうだったし。
だが、ひとつ分かったことがある。
いや、分かったと言うよりは俺の予想に過ぎないのだが。
彼は能力を使う時「仕方がない」と言った。
あれは多分使いたく無かったからだ。
その理由。
それは彼の義手にある。
あの義手はおそらく、動かすために魔力を込める必要がある。
俺の刀は具現化させてしまえばあとはどうでもいいから魔力の供給を切ってもいい。
しかしあの義手は動きが複雑であるがゆえ、魔力の供給を途切らせる訳にはいかないのだ。
だから彼の場合は能力と義手、その2箇所に同時に魔力を送らなければならない。
そのためどちらかが疎かになる。
今のところ、能力は完璧であるため疎かになっているのは義手の方だろう。
だからなんだと言うのだが......
鹿野津の場合、義手が使えなくても反対の腕がある。
そちらでさえも魔道具と変わらない威力。
しかし、刀による連撃は止められないんじゃないか?
俺は次の瞬間、殺気のする方へと素早く刀を振る。
『キン!』
その刀は義手により防がれてしまったが、
「ビンゴ......」
彼の能力が途切れていた。
やはりだ。
彼は両方に最大の魔力を込めることができない。
俺はそのまま連撃を繰り出す。
俺は数発殴られ、鹿野津は数発斬られ。
激しい攻防を繰り広げる。
が、
「フン!」
鹿野津の全力の義手で、刀を押しのけられてしまった。
直後彼は消えながら後方へと飛んだ。
距離を付けられた。
次の殺気はどこから......
「......っ!」
殺気を警戒していると、硬いなにかに腕を掴まれた。
おそらく、発射された義手だ。
攻撃ではなく捕まえることを目的としていたため、殺気を感じ取れなかった。
「これは回避しないのか......」
どうやら勘違いしているみたいだ。
俺は回避しなかったんじゃない。できなかったんだ。
「今日距離からの攻撃なら分からないのか......」
それは違うな。
殺気が無いから分からないんだ。
でもまぁ、変な勘違いをしてもらえて都合がいい。
一度結論が出れはそれを中心に思考を巡らせるからな。
殺気には注意が行かないだろう。
助かった。
「まぁいい!」
鹿野津の声が聞こえてきた刹那、俺の体は横に飛ばされた。
いや、飛ばされるとは違う。
引っ張られているのだ。
俺は大きく振り回され、砲丸投げのように高くへと放り投げられる。
俺の腕を掴んでいた義手は話され、俺は空中に放たれた。
鹿野津の攻撃が、投げただけで終わるはずがない。
おそらく、俺が飛ばされている間にもう一発来る。
俺が振り回されていた時の動きからして、鹿野津がいたのはあの辺。
あいつの速度からしてそろそろ......
「っ!」
予想通り。
殺気を感じた。
俺はあえて直前まで何もしない。
拳が俺に当たるであろう直前まで。
今だ!
予想ドンピシャ。
俺に拳らしきものが当たった瞬間、俺は体を180度回転させて鹿野津の拳を流し遠心力も加えた本気の打撃をくらわす。
いわばカウンター。
完璧に決まった。
ここは空中で、踏ん張ることもできないため鹿野津は今までとは違って飛ばされる。
カウンターが来るなんて思ってもいなかったのか、彼は受け身も取らずに地面と激突した。
しかし俺はそれだけでは止まらない。
俺は空中に氷塊を作り出し、それを足場に能力が解けて姿が丸見えの鹿野津へと一直線。
『ドゴぉーン!』
氷でコーティングした俺の拳が、地面をへこませた。
だが、そこはもう鹿野津はいない。
俺が起こした砂煙の向こうで姿を消していくのが見える。
そして数秒後......
「ここ!」
またもや予想が的中。
ドンピシャでやって来た殺気を避けつつ、鹿野津を刀で斬りつける。
能力の使用中であったため、義手での反応が遅れた。
肉を斬った感覚。だが深くまでではない。
「う゛......」
どこからか聞こえてくる攻撃を食らったことによるうめき声。
だが多分その声はフェイク。
それほどダメージは食らってないはず。
だからまたすぐに......
ほら来た、殺気だ。
俺はどこかに来るであろう攻撃を体を低くして躱しつつ、逆手持ちに切り替えた刀を後方へと突き上げる。
「う......」
完全に突き刺さった感覚。
場所的には鎖骨の下あたりだろう。
しかし鹿野津は多分、まだ全然動ける。
1回刺されたくらいで動けなくなるような精神力じゃ、最強にはなれないし、あんな筋肉は手に入らない。
俺は一度刀から手を離し、勢いよく振り向く。
振り向きざまに全力の回し蹴りを食らわせ、それと同時に鹿野津に刺さった刀を引き抜く。
だが、流石と言ったところだろうか。
これだけダメージを与えても、俺の本気の蹴りで飛ばせない。
よろめきはしていたが、それだけだ。
飛んで行ったのはむしろ俺の方で、鹿野津を蹴って俺は後ろに飛ぶ。
「お前は先刻まで回避で精一杯だった
何の能力だ......」
「別に、能力なんてつかってねぇよ」
そう、俺は能力なんて使っていない。
俺がしだしたのは、鹿野津がどう動いて来るかの予想だけだ。
「......何の能力だ」
「......能力じゃない」
どうやら信じてくれないらしい。
今までの鹿野津の動きと、鹿野津がどこにいたかをもとに動きを予想しているのだ。
正直、この状況が何度も続けば外れる。
この自分の予想を完全に信じて動くというのにはかなりのリスクが伴う。
それもそのはず。
攻撃のタイミングなどに山を貼って回避するのだ。
少しでもズレれば大怪我もんだ。
要は、勝つための賭けだな。
「危険を知らせる系統の能力を使っていると思っていたのだが......
また違う能力なのだろ?」
なんだよその便利能力。
『危険を察知』ってか?
ヒ〇ノニトンかよ。
そんな能力持っていない。
むしろ欲しいものだ。
「能力じゃないって言っているだろ......」
あまりに信じてくれないので、思わずため息混じりになってしまった。
「......ならなんだと言うのだ」
鹿野津の目が細められた。
俺の言い方に、少し腹を立てたのだろうか。
あの言い方になったのは、お前のせいだからな。
しかしこれはいいかもしれない。
怒りに任せた戦い方になれば、動きが単調化するので予想しやすくなる。
この静かな筋肉マンが、感情任せに動いてくれるかは分からんが......
俺はあえて挑発的な表情、口調で言った。
「お前が分かりやすすぎるんだよ」
彼の細くなった目がキッと釣り上げられた。
「そうか......」
短くそう言ったあと、彼はゆっくりと消えていく。
やばい。
めっちゃ怖い。
怒らせない方が良かったかな。
失敗したかもしれない。
さあ次はどこから来る。
正面か。
俺は予想通り正面から来た攻撃を避ける。
だが、まだ攻撃はしない。
おそらくこれは連撃だ。
次は右から......
やばい。
来ない。
外したのか。
だとすると次は......
刹那、殺気を感じた。
俺はそれを何とかギリギリ、飛び退いて回避した。
回避出来たと思ったのだが......
「グハッ!」
予想とは違った攻撃のタイミングであったために、反応が遅れた。
鹿野津の狙った場所とは違うのだろうが、攻撃は俺に命中し、後方へと飛ばされる。
斬っても刺しても、深い傷にはならない。
で、多分今鹿野津はあの辺。
これならどうだ。
俺は飛ばされながら、腕を下から上へと大きく振り上げた。
直後、氷塊が一直線に生成され、その進行方向にいた鹿野津は氷に飲み込まれる。
流石に、氷漬けにされれば能力も途切れるのか、姿は丸見えだ。
俺の作り出した氷塊の中で、固まっている。
鹿野津の氷塊から出ている部分は指先と頭だけ。
この状態では、流石にもう決着がついただろう。
『ピキッ......』
鹿野津の指が震えている。
その後、彼は氷を握りつぶした。
氷の中の鹿野津の腕に、血管が浮き出ているように見える。
いや、『見える』ではなく浮き出ているのだ。
これはヤバいかもしれない。
そう思った刹那、『バリン!』という大きな音を立てて、氷塊が砕け散った。
「怪物だな......」
鹿野津が姿を消す前に距離を詰める。
そろそろラストスパートだ。
これで捕えきれなければ、俺の負けになるだろう。
確実に決める。
放水!
俺は鹿野津を打ち上げるように、大量の水を物凄い勢いで噴射する。
俺が水圧で動かされないようにしつつ、鹿野津を飛ばすため、両足と片手を氷固める。
さらに水圧を強くする。
「ああ゛ぁぁぁあ!」
下からの水圧。
いくらムキムキの鹿野津でも、踏ん張るところが無ければ飛ばされる。
鹿野津が十分に空中へと投げられあげたところで放水を止め、彼が飛んで行く場所に先回りするように水人形を生成。
それと同時に、巨大な水槽のように氷壁を生成し大量の水で満たす。
「よぉ......」
俺は飛ばされる鹿野津を見下ろす。
俺に話し掛けられた鹿野津は、予想もしていなかったのか目を剝いて俺を見る。
「筋肉は水に沈みやすいって言うけど、実際はどうなんだろうな!」
俺は鹿野津を真下に殴りつける。
それを鹿野津は義手で防ぐ。
だが問題ない。
目的は攻撃ではない。落とすことだ。
俺の殴った腕から、鹿野津の体が凍り始める。
氷漬け第二弾。
そのまま鹿野津を水の中へと叩きこんだ。
『バシャァーン!』
大きな水しぶきを上げ、鹿野津は澄んだ水の底へと沈んだ。
水の底の鹿野津は、体に纏わりついた氷を自慢の筋肉で砕く。
その後氷壁を叩いて割ろうとするが、水の中であるため思ったように体が動かせず割ることができない。
ただでさえとびっきり厚く作った氷壁。
水の中から叩き割れるはずがない。
空中には水の中に目を光らせている水人形。
鹿野津が水の上に上がろうとすれば再度底に叩きこまれる。
鹿野津の『詰み』だ。
鹿野津は泳いで浮上する。
俺はそれを沈み込ませたりはしない。
浮き上がった鹿野津は、顔を顰めたまま言った。
「俺の、負けだ......」




