第八十二話 『水着』
いつの間に着替えたのだろう。
よんちゃんが水着姿になっていた。
ビキニ姿である。
しかし、ビキニだと分かるのは下だけ。
上は、服みたいな水着を着ている。
右の腰あたりで結ばれていて、オシャレという印象を受ける。
よんちゃん、私服だけじゃなく水着もオシャレなんだな。
まぁオシャレと言っても、オシャレについて全く知らない俺の意見なのでだいぶ基準が低い可能性はあるが。
なんだろう。
ビキニってエロいよな。
隠すところはちゃんと隠されているのに、なぜがそそられるのだ。
不思議なもんだよな。
いや、むしろ隠されているからそそられるのかもしれないな。
まぁ、よんちゃんの水着は上半分が服みたいなので隠されているんだが。
だが、それでもエロい。
むしろ、下だけ見えてる分より一層エロい。
でだ。
なんで釣りをするのに水着に着替えたんだ?
さっきまで来ていた服が濡れたからか?
それなら俺に言ってくれれば乾かしたのに。
まぁ、いいや。
魚のヌメヌメが服に付かないように着替えたのかもしれないしな。
可愛い服着てたし。
高い服は汚したくないものだ。
それに、水着姿でも釣りは出来る。
てなわけで、俺がよんちゃんに釣竿を渡そうとしたその時。
よんちゃんは川へ向かって走り出した。
そしてそのまま入水。
さっきまでじゃれ合っていた浅い場所を通り越し、あっという間に深い場所まで行ってしまった。
注意)泳ぐ前は、準備運動をしましょう。
『ジャバン!』
川の中央辺りで止まったよんちゃんは、大きく息を吸って潜った。
その後数秒、よんちゃんは上がってこない。
そろそろ1分になる。
大丈夫だろうか。
普通の人なら、1分以上の潜水はそれなりにしんどいはずだが。
と、俺が内心心配し始めた時、『パシャ』と2回。
小さな音がなって何かが水中から飛び出した。
それは、跳ねた魚だった。
平和に跳ねる魚を見て、余計に不安が煽られる。
そう思ったのだが。
跳ねた魚が、再度水に戻ることはない。
跳ね上がったまま、宙に浮いているのだ。
いや、跳ねたと言うより、持ち上げられたに近いだろうか。
こんなことができるのは、今日ここに来ているメンバーでただ1人。
『バシャン!』
2匹の魚に続き、大きな音を立てて水中から出てきたのは明香だった。
「ぷはぁ」と言いながら出てきたよんちゃんは、濡れた髪を首の動きだけで後ろへと回し、大きく息を吸う。
そんな彼女の胸元では、1匹の魚がピチピチと動いていた。
彼女の手から逃れようと踠きつつ、パイタッチをしている。
けしからん。
変わって欲しいものだ。
よんちゃんの生存を確認した安心から、心中で冗談を言っていると、宙に浮いた2匹の魚と並んで立つよんちゃんが胸に押さえつけていた魚を掲げた。
「捕った!」
その満足げな表情は、よんちゃんらしかった。
明香らしいと言うより、よんちゃんらしい。
まぁ言い方なんてどうでもいいか。
よんちゃんは、素潜りで魚を取ったのだ。
しかも同時に三匹も。
凄まじい運動神経だ。
あんなこと、大抵の人じゃできないんじゃないか?
なんていうか、よんちゃんって大分ハイスペックだよな。
何でもできるっていうか。
勝手なイメージだが、運動ができる奴は勉強ができない。
だが、よんちゃんはそうじゃない。
何事も人並み以上。
ちゃんとした訓練を受ければ、すぐに最強になってしまいそうだ。
そんな彼女は、俺達釣竿組に向かって魚を見せてきている。
満面の笑みで。
もしかすると、俺もああやった方が効率よく捕れるんじゃないか。
俺の能力は『統水』だし、やってみるか。
てなわけで、俺とよんちゃんが川に入って。
他の6人が釣竿で。
昼食となる魚の調達だ。
最低でも、人数分は捕りたい。
全員そう思っているらしく、皆の顔は真剣だった。
どうやら、釣り組の方は何匹釣れるかなんて競争もしていたようだ。
だが、本当に申し訳ない。
俺ら2人が川の中で暴れたせいで、釣り針に魚が食い付くことは無かった。
本当に申し訳ない。
だが、安心してほしい。
大量だ。
「最低人数分捕れればいいかな」みたいに思っていたが、俺よんちゃんの二人だけで16匹。
希望の倍の数も捕れた。
昼食は心配ないだろう。
で、今魚を焼いているわけで、とてもいい匂いだ。
食欲をそそられる。
だが、食欲をそそってくるのは匂いだけ。
見た目はそんなによろしくない。
赤青黄紫と、カラフルな魚が網の上で焼かれている。
色合いがチューリップみたいだ。
そんなのを焼いて食べるのだ。
半分くらいが食欲減退を促すとされる色である。
見た目は美味しく無さそうだ。
転生者である俺と宙、それと哉は、微妙な顔で網の上の魚を見ていた。
色とりどりの魚達が、時間が経つにつれていい焦げ目が付いてくる。
焦げ目が付いても、魚本来の色が変わらないのが残念だ。
俺たちの食欲はそれほど変わらない。
まぁ、腹が減っているので食べることは食べるのだが。
そんな俺たちとは正反対に、ほかの面々はワックワクだ。
生のまま行きそうな顔で焼き途中の魚を見つめている。
悪い、言いすぎた。
普通に見ている。
だが、食欲が失せている様子など微塵もない。
生まれた時からこんなのを食べているせいで、感覚が狂ったのだろう。
可哀想に。
変なものを食べないことを願っているよ。
「焼けたぞ」
この変な魚を焼いているのは俺である。
食欲の失せるこの魚を、できるだけ美味しくなるように焼いたのだが、そんなに変わらなかった。
『こうかは いまひとつの ようだ』
残念だが諦めよう。
「美味しそうですね!」
だが、評判は良かった。
穂香だって、こう言っている。
褒めてもらえるのは嬉しいな。
「美味しいわね」
みんなが美味しそうとか言っている中、既に食べ始めている小夏が悔しそうにそんなことを言った。
俺が料理ができるってことが、そんなに気に入らないのか。
うーんどうしたものかな。
で、焼いた魚をみんなで食べているうちに、次の魚を焼く。
当然のことだが、16匹を同時に焼けるわけない。
てなわけで第2弾。
次の調理人は宙だ。
期待できる。
「宙ちゃんが作るんなら期待できるな」
「そんなに期待しないで下さいよ」
どうしてこうも、宙は自分の料理に自信がないのだろう。
「てかおにぃ、うちの弁当、哉さんに食べさせたの?」
妹がジト目で見てくる。
今日も可愛いなお前は。
「食べさせたって言うか、食べられたって言うか」
「じゃぁ、哉さんがうちの弁当を食べたってことには違いないんだね」
宙が何故かジト目で見つめてくる。
かわいい。
かわいいんだけど、そんな雰囲気ではないんだよなぁ
「そうだけど......」
俺は恐る恐ると言った感じで答える。
「ふーん
うちがおにぃに作った弁当を、人にあげてたんだ
ふーん
別にいいけどね」
何故か少し拗ねた様子の宙。
どうしたのだろうか。
俺が宙の反応に頭を悩ませていると、『ハッ』と哉が何かに気付いたような顔をした。
そして宙に言った。
「いやぁごめん
大好きなお兄ちゃんのために弁当を作ってたんだよな?
美味かったから勝手に食っちゃってたよ
本当にすまん!」
哉は『パチン』と音を鳴らして手を合わせ、軽く頭を下げた。
「そんなのじゃないですよ」
哉の言葉を慌てて訂正する宙。
照れてる感じがとてもかわいい。
「そっかぁ
宙はお兄ちゃんのこと大好きかぁ」
俺は少しからかうようにそう言った。
かわいい宙を見て、テンションが上がっていたのかもしれない。
「やめて
キモイ」
短いその二言は、俺の中の何かを開花させそうだった。
ゾクッとするぜ。いい意味で。
おいおい、そんなジト目を向けないでおくれよ。
可愛いじゃねぇか。
あまりの可愛さに、思わず宙の頭をワシャワシャと撫でてしまった。
撫でられている本人は、「やーめーてー」とか言っているが、さほど嫌そうではない。
だが、調子に乗っていつまでもやっていると本気で嫌そうな顔に変わるのでそろそろやめておこう。
俺はそのへんがわかる男だ。
俺が撫でるのを止めると、宙は「もー」みたいな感じでぶつくさ言いながら髪の毛を整え始めた。
それが終わり再度お魚焼き。
数分の待ち時間の後、焼き魚がランダムで配られた。
ランダムと言っても、宙が選んで渡すのだが。
俺は渡されなかった。
ちなみに、言わずもがなだが、宙の焼いた魚は俺以上に好評だった。
てなわけで第3波。
最後に焼くのは三葉さんだ。
色に似合わずどの魚も美味しいせいで、2匹くらいは誰でもパクッといってしまう。
魚のサイズもそれほど大きくないしな。
少し小さめの鮎くらいだ。
三葉さんが焼いている横で、哉も手伝っていた。
なかなかにいいコンビネーション。
いつもああやっているのだろうか。
なんかいいな。
いや、俺も毎日宙とやってるけどさ、そういうのじゃないじゃん?
妹じゃなくて、彼女とするからいいんじゃん?
いやまぁ、妹とするのが嫌って訳ではない。
むしろいい。
めっちゃいいじゃん。
今のままで良くね?
そんなお花畑とも比喩されそうな考えに頭踊らせていると、最後の魚が焼き終わった。
三葉さんの料理も大した絶品であった。
家庭的な見た目のせいか、意外性はなかったが美味しいものは美味しい。
家の味付けとは違った味がそこにはあった。
材料は同じはずなのに、どうしてこうも味が変わるのか。
まぁ、料理なんて少しの違いで大きく変わるもんだし、そんなもんか。
で、食事が終わったら何をするか。
そんなの遊ぶに決まってるじゃないか。
そして、川に来て遊ぶと言えばすることはひとつ。
泳ぐのだ。
てなわけで現在、お着替え中である。
女子は例の巨大テントで、男子は小さなテントで......は無理があるので、哉が作った岩壁の向こうで着替えている。
大岩の影に、半裸の男2人だ。
そう言うと気持ち悪いが、別に不思議なことじゃない。
気持ち悪いのは聞こえだけで、着替えてるんだから仕方ない。
「お前、意外と筋肉あるんだな」
俺は、ほぼ着替え終わった哉の腹を見ながらそう言った。
そこには綺麗に6つに別れた腹筋があった。
それはもう芸術的で、言い表すなら、理想的な筋肉って感じだ。
俺は哉の腹筋を見てそう思ったが、腹筋以外にも満遍なく良い筋肉がついていた。
マッチョまではいかないムキムキボディーだ。
「まだまだこれからだぜ!」
俺の言葉に対して、哉はそんなことを言っている。
どこまで筋肉つける気だよ。
あれか?
ボディービルダーなみの筋肉をつけるつもりか?
やめとけやめとけ。
今くらいがちょうどいい。
「逆に、お前の方が筋肉少ねぇって」
哉は、上着のチャックを上げている俺にそう言った。
お前と比べると少ないだろうが、たまに運動してる奴くらいはあると思うが。
「まぁ、あんまり付けようとしてないしな」
そう。
俺は毎日木刀を振ったりランニングしたりしているが、筋トレはあまりしていないのだ。
それにはちゃんと理由がある。
1つは、重たいからだ。
筋肉は意外にも、脂肪より重たい。
無理して重たいものつければ、俊敏性が劣ってしまう。
2つ目は、戦闘には不向きだからだ。
筋肉をつけ過ぎると、普通なら動く範囲も筋肉が邪魔して動かなくなる。
要は、可動域が狭まるのだ。
それに、当然なら筋肉をつけ過ぎれば体の面積が増える。
相手にとって、攻撃できる場所が増えるのだ。
そんなこと、好き好んでするはずもない。
「でもお前、よくそんな筋肉であれだけの力が出せるよな」
哉は俺の体を見ながらそう言った。
そんなにまじまじと見ないでほしい。
気持ち悪い。
「力の使い方が違うんだよ」
力ってのは、使い方次第で強化できる。
腕だけの拳と、全身の力を拳に乗せたそれでは、威力が違うってやつだ。
俺はほぼ全身ほぼ全ての力を、全ての攻撃に乗せることが出来る。
そうやって練習してきた。
だから少ない筋肉でも、結構な威力が出せるのだ。
「へー」
哉は、興味はあるが深く語られても困るって感じの返事をした。
俺も、説明するのは面倒なので哉の反応はありがたい。
俺は、この『力の使い方』ってのをほぼ感覚でやっているせいで、説明しろと言われても困るのだ。
と、そんななんてことない会話をしていたら、俺たちの着替えは終わった。
てなわけで岩壁を崩して川の方へと向かった。
するとそこにはよんちゃんが一人で立っていた。
まぁ、彼女は初めから着替えていたし一番乗りなのは当然とも言える。
「他の奴らはまだなのか?」
俺は他の奴らの確認をした。
俺たち男子もそれなりに時間をかけて着替えたと思ったのだが、それでもまだ出てきていない女子群を少しだけ不安に思ってのことだ。
「女の子の着替えは、時間がかかるものなんだよ」
俺の問いかけに、よんちゃんはそうやって答えた。
それはその答えに、少々疑問を抱いた。
だって、よんちゃんや宙の着替えは早いぞ?
俺が着替えのスピードを知っている2人は、俺の知っている女子の中での女子してると思うんだが。
「私は例外
私だって、バイトの後はだいぶ急いでるんだよ?」
よんちゃんの言葉は、まるで俺の考えていたことがまるまる分かったようなものだった。
もしかして、顔に出てたか?
やだ、恥ずかしい。
「そういうもんなのか」
「そういうもんなの」
俺の納得に、よんちゃんは頷きながらそう言った。
よんちゃんは腕を組んで、「分かって貰えて良かったよ」って感じの態度をとる。
何故か満足そうだ。
「なんだお前、そんなことも知らなかったのか」
俺が新しい知識を身につけた時、既にそのことを知っていたのだろう哉は、俺を小馬鹿にするようにそう言った。
「悪いか」
「いいや、悪くねぇよ」
哉はニヤニヤしながらそう言う。
こいつのこの反応、なんかすごく腹が立つ。
今度仕返ししてやろう。
俺たちのやり取りを見て、よんちゃんも「アハハ」と笑っている。
2人してなんだよ。
知らないことがそんなに可笑しいのか?
俺は内心少しだけむくれつつ、友達っぽいやり取りに多少満足していた。
ぽいって言うか、友達なんだけどな。
「でも、そろそろだと思うよ」
軽く笑い終わった明香は、女子テントの方を振り返りつつそう言った。
するとその発言通り、女子テントの入口がひらりと動き、まずは1人だけ出てきた。
全員で出てくるわけじゃないんだな。




