第七十三話 『詫言』
翌日、早朝。
俺は家の庭で、木刀を振っていた。
水人形一体と、俺の一騎打ち。
今日は叫んでいない。
今までは数体いた水人形を一体にして、相手の強さを極限まで引き上げる。
当然、その水人形はのっぺりとした顔である。
そもそも、顔なんて無い。
これもまた、水人形を強くするためのものである。
今思えば、俺は1対1の戦闘が苦手とか言いながら、なんだかんだで1対1での模擬戦は過去に1回しかしなかったように思う。
それも、弱さからの逃げだったのだろう。
今後は、1対1に慣れるまでこのスタイルで模擬戦を行うとしよう。
と、そんなことを考えている間にも模擬戦は続く。
水生棒と木刀が、ぶつかり合い拮抗する。
上段で1度、若干左振りでぶつかり、再度右振りの中段でぶつかり合い剣戟が止まる。
木刀を押し付け、顔のない人形と睨み合う。
水製と木製の棒と刀が、『キリキリ』と音を立てる。
とても、そんな音など立ちそうにない組み合わせだと言うのに。
しばらく睨み合った後、俺は棒をするりと受け流して下段から振り上げる。
最速で、一瞬で。
『ヒュッ』と、空気を切り裂く音がする。
だが、それを上回る『パンッ』という音を叩て俺の木刀に水生棒がぶつかる。
いや、ぶつかると言うよりもぶつけられると言った感じだろう。
明らかに、水人形の力量の方が勝っている。
このままでは押し切られてしまう。
ヤバい。
俺は後ろに飛び退き、その威力を相殺する。
今は俺が押されているが、この行動で戦況を立て直せるはず。
そう思っていた。
水人形は物凄い速度で走り出し、俺の背後へと一瞬で回り込んだ。
見えてはいないが、きっと水生棒を構えているだろう。
俺は空中で身を翻し、背後からの攻撃を防ぐ。
案の定水人形は俺に棒を振るっており、俺の木刀によってそれを受け止められる。
ん?
力が弱い。
いや、正確に言うと籠っていた力が一瞬にして感じ取れなくなる。
刹那、俺の木刀はスルリと抜け、体勢が崩れる。
俺の木刀を滑らせた水人形は、体を落ち着いた様子で反転させる。
そして、そ勢いを保ったまま水生棒を振り下ろした。
ああ、これは防げないな。
俺の背中に、鋭い痛みが走った。
数分後、俺は背中の痛みに顔を顰めつつ朝食を作っていた。
「あいつ、加減ってものを知らないのかよ......」
俺は、ぼそっとそう零す。
あいつとは言っているが、あいつの正体は自分である。
言ってみて、なんだか変な気分になる。
一度に2つのフラッシュ暗算をする東○の人が言っていた。
計算をする時、頭に2つの計算空間を作って計算している、と。
水人形を操る時の俺はその感覚に近いかもしれない。
厨二病風に言うのであれば、俺の中に居るもう1人の俺、といったところだろうか。
とまぁ、そんなわけで「あいつ」だ。
○大生と同じようなことができると思うと、「もしかして俺、頭良いんじゃね」とか思うが、思い上がりだろう。
実際、俺の学力はうちの学校でも平均よりちょい上くらいだ。
調子に乗らないようにしよう。
「おにぃ......」
俺が渋い顔で朝食を作っていると、宙が起きてきた。
驚いたような表情をしている。
宙にも、悪いことをしたな。
ちゃんと謝ろう。
でもその前に。
「おはよう、宙」
俺はそう言って微笑んだ。
「おはよう、おにぃ」
少し戸惑った表情をしていた宙も、嬉しそうな笑顔を作ってそう返した。
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いつもの朝が戻ってきた。
戻ってきたと言っても、手放していたのは俺自身な訳だが。
まぁいい。
そんな家での朝を終えて、俺は学校に来た。
教室の扉を開けると、クラスメイトの視線が集まった。
俺を見る奴もいれば、俺のある一部を見る奴もいる。
しかしそんな目線も、すぐに散る。
皆、元の会話に回帰した。
邪魔してしまったね。
悪い悪い。
お話を続けてくれ。
なんてね。
俺は悪くない。
勝手に見てきたあいつらが悪い。
「よっ!」
俺に元気な「よ」を浴びせてきたのは哉だ。
いつもの「イェイ」だったか「ウェーイ」だったか、そんなよく分からない挨拶ではない。
「よう」
まぁいい。そう大した違うじゃないさ。
俺も適当に挨拶を返す。
その「よう」が挨拶に含まれるかはさせおき、だ。
「......」
よく分からないコミュニケーションの後、哉は俺を凝視し始めた。
正確には俺の頭を、だ。
前髪とも横髪とも言えない位置。
横髪の付け根辺りにつけられた物を、哉は何とも言い難い表情で見ていた。
真顔に疑問を一滴だけ入れたような顔だ。
「なんでそれを、お前がつけてんの?」
哉がそう言って指さしたのは、俺の髪に着いているヘアピンだった。
白いばってんのヘアピン。
倫太郎のヘアピンだ。
そのヘアピンは、少しだけ歪んでいる。
俺がこのヘアピンを拾い上げた際、強く握りしめたからだ。
「これか......」
なんと言えばいいのだろうか。
うーん......
いやまぁ、これを着けている理由はあるのだが、その大体は感覚的なものだ。
言葉にするのは難しい。
「今回のことを、忘れないようにするためだ」
うん。そんな感じであっていると思う。
言葉にしてみて、しっくり来ている。
俺の中の感覚的な何かは、こういうことだったのだろう。
倫太郎自身のことを忘れないようにするわけではない。
ほぼ確実に、何もしなくても倫太郎のことは忘れないだろう。
俺が忘れないようにしたいのは気持ちの方だ。
再度同じことを繰り返さないようにするため、俺はこのヘアピンを付けているのだ。
「そうか......
それもいいかもな......」
哉は少しだけ寂しそうにそう言った。
倫太郎のことを思い出しているのだろう。
この世界の住人が、人の死に慣れているのには納得できるが、哉がこうも落ち着いているのにはどうも納得いかなかった。
だが彼も、俺と同様倫太郎の死に心を痛めていたのだ。
やはり、哉は俺よりも強いな。
こいつには敵わないな。
こういう、強くて頼りがいのある奴だから周りから好まれるのだろう。
俺も、頼りがいのある男を目指して精進しようではないか。
まぁ、そんなにたくさんの友達が欲しい訳ではないのだが。
友達100人なんていらない。
数人で十分だ。
だって誰が誰だか覚えられないじゃないか。
「はーい
早く席について」
と、俺たちの会話がちょうど終わったころにチャイムが鳴り、それと同時にかどちゃん先生がは入って来た。
朝のホームルームである。
そんなわけで俺は席に着く。
1週間ぶりの学校生活が再開した。
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特に何事もない一日が過ぎて放課後。
1週間のブランクがあったせいか、俺の片付け速度レベルが初期値にまで戻っていた。
初めからやり直すってやつだ。
コンテニューだ。
「はぁ......」
思わずため息が出てしまう。
今日も、教室の鍵を返すのは俺なようだ。
どうしてこのクラスの連中は、こうも帰るのが早いんだろうか。
そんなに急いで何があると言うんだか。
ちなみに、同じクラスのはずの哉と小夏も居ない。
一足先に部室へと行ったのだ。
薄情な奴らめ。
今から片付けを頑張ったところで、俺が最後という事実は変わらない。
のんびりいくとしよう。
俺はゆっくりと片付けを終わらせ、例にならって職員室へと鍵を返しに行く。
その後部室に足を運ぶ。
部活棟、能力研究部と書かれた札が下がった引き戸に手をかける。
『ガラガラ』と木製の扉らしい音を立てたその奥には、俺より先に教室を出た哉と小夏はもちろん、ユキちゃんと穂香も居た。
彼女らは皆椅子に座って団欒を開始している。
だが、俺が扉を開けたことで俺に視線が集まる。
「おかえりなさい。先輩」
ユキちゃんは、俺に笑顔を向けつつそう言った。
他の奴らも、それにつられたように笑顔になる。
「あぁ、ただいま」
俺は短くそうとだけ返し、一つだけ余っていた席に座った。
その後、しばらくどうでもいい雑談を続けた。
今までとそう変わらない雑談だ。
最近流行りのあれがどうとか、前のテストがどうだったとか、そんな話だ。
最近の流行りについては良く分からないが、まぁ楽しいと言える話だった。
笑って話していたら、大体楽しくなってくるものだよ。
テストの話については、俺が休んでいる間にほとんどの教科が返って来たらしい。
俺はまだ帰ってきていないのだ。
俺だけ結果を知らない話を、ただただ聞いているだけだった。
まぁ、俺が休んでいたせいだから仕方がないのだが。
テストの内容については覚えているからまだ話せるのだが、下級生もいるため点数の話だけだ。
なんてこった。
終始笑ってる俺だが、実のところ話についていけない。
まぁいいか。
どのみち俺のせいである。
どうこう言っても仕方ないのだ。
と言っても、ついていけない話は序盤だけ。
その後は俺も混ざれるような雑談だった。
本当に、研究の『け』の字もない研究部だ。
でも、楽しいならそれでいいだろう。
たまに来るかどちゃん先生だって俺たちの会話に混ざっているわけだし、問題ない。
これでいいのだ。
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部活も終わり家に帰った後、俺はもう一度家を出る。
出ていった玄関にある伝言板には『バイトに行ってきます』の文字。
宙の可愛らしい文字ではなく、お世辞にも綺麗とは言い難い俺の字だ。
そう、俺は今からバイトなのだ。
久しぶりのバイト。
いつも通り、崖を飛び降りて公園をぶった切ってジェイフリーへと向かう。
ジェイフリーについて最初に出会ったのは、休憩室でサボっていた店長だ。
棒チーズ片手にビールを飲んでいた店長は、俺を見てフリーズしている。
信じられないものでも見たかのような表情で、俺の全身をじっくりと見ている。
見てないで仕事しろよ。
てか仕事中に飲酒すんなよ。
いやまぁ、無断で数日休みっぱなしだった俺が言うのも変かもだけどさ、あんた曲がりなりにも店長だよな。
もっと店長としての自覚持てよ。
店長はしばらく俺を目で舐った後、思い出したかのように口を開いた。
「大丈夫だったのかい?」
「ええ、大丈夫ですけど......」
もう、見ての通りピンピンだよ。
まぁ、無断で休んでいた訳だから心配するのは分かるのだが、それにしても心配し過ぎではないか。
いや、心配し過ぎというよりは、信じられないものを見ていると言う感じだ。
「皆、かけちゃんは死んでしまったものだと思っていたよ」
店長はそう言いつつ、俺の方へと駆け寄って来た。
その後近くまで来て、本物かどうかを確かめる異様に俺の体をペタペタと触り始めた。
くすぐったい。
それにしてもそうか。
死んだと思われていたのか。
この世界だと、無断欠勤より死亡して来れなくなることの方が多いのかもしれない。
かなりヤバい状況だが、この世界なら納得できる。
何せ法律も無ければ、人が死ぬことが常識となっている世界だ。
野蛮な世界である。
異世界と言えばそんな感じなんだろうが、元日本人によってできたこの世界がこうなのはどうも納得いかないんだよなぁ
まぁ、どうこう言っても仕方がない。
むしろ、異世界っぽくていいじゃないか。
そう考えるとしよう。
「いや、でも生きていてよかった
よんちゃんなんて、泣いて心配してたよ」
店長は笑いながら肩を叩いてくる。
「心配をおかけしました」
俺はそう言って頭を下げたのだが、店長は笑ったまま「大丈夫大丈夫」と言いつつ肩をたたき続けている。
さっきよりも少しだけ力が強くなっている。
『ガシャン!』
その時、厨房の方から大きな音が鳴った。
見ると、よんちゃんがこっちを見てお盆を落としていた。
「かけ君?」
なんで疑問形なんだよ。
死人がバイトに来た感覚なのだろうか。
まぁ、理解はできる。
「あぁ、そうだよ」
とりあえず、答え合わせをしておく。
できるだけ優しい声で。
本物っぽい声で。
まぁ、本物っぽい声がどんなのかは分からないが。
「おかえりなさい」
よんちゃんは泣きそうな顔でそう言った。
「ただいま」
俺は笑顔でそう返した。
その後、俺はなぜ休んでいたのかについて店長に話した。
今の時間帯は客が少ないせいか何故かよんちゃんも一緒だ。
校内序列は2位なのに何故か最強になったことから友達が死んだということまで。
2人はその話を黙って聞いていた。
静かに相槌だけを打ちながら聞いていた。
何も言わないが、顔は真剣なものだった。
「かけちゃん、最強になったのか
凄いねー」
店長は、ビールをクイッと飲んだ後にそう言った。
よんちゃんはというと、目をキラキラさせながら俺を見ていた。
少し顔も赤い。
最強なんて初めて見た。
まさか、同じバイト先のこいつが最強になるなんて、みたいな顔だ。
「でもそうか、最強になったってことは、ここ辞めちゃうよね」
店長は、懐かしい物を見るような目で言った。
よんちゃんは、それを聞いて少ししゅんとした。
「これで最強も見納めか」なんて思っているのだろうか。
「いや、辞めませんよ」
確かに収入については解決したからバイトをやめてもいいのだが、最近ではこのバイトも楽しいと思えてきた。
正確には、バイトが楽しいのでは無くバイト仲間との交流が楽しい訳だが、まぁそれはバイトが楽しいのとそう変わらないだろう。
うん、変わらない。
意見反論は受け付けない。
俺の辞めないという言葉を聞いて、2人の顔がパァっと明るくなった。
この人達、こんなに面白い人だったっけか?
もしかすると、俺が来ていない間に何かあったのだろうか。
がその後、よんちゃんだけが複雑そうな顔をした。
どうしたのだろうか。
俺がそう思った途端、元の表情に戻った。
否、元の表情とは言い難い。
作り笑顔って感じだ。
本当にどうしたんだろうか。
まぁいいや。
女心ってのは、分からないものだ。
「でも、時間は短くなると思います」
バイト仲間と話せればいいのだから、長くバイトをする意味もない。
「分かった
これからもよろしくね、かけちゃん」
店長はそう言いつつ立ち上がり、俺の肩をポンポンと叩いて歩いていった。
しっかりとビールを忘れずに。




