第七十二話 『攫われの姫』
「ユキが攫われたわ」
攫われた。
小夏は、確かにそう言った。
ほらな、俺と関わったからだ。
これが呪いの効果ってやつだ。
俺は無意識に、関わった人に呪いをかけるのだ。
そういう呪い。
「俺のせいだな」
俺は目の前にいる小夏では無い何かに向かってそう言った。
自分に言う意味も含まれていただろう。
当然、小夏に言う意味も。
だが、その言葉は零れ出たという方が適切な気がする。
「そうね、あなたのせいね」
小夏は静かに肯定した。
俺はその反応に驚いてしまった。
なんだか、少し意外だ。
小夏も、俺の言葉を否定してくるかと思っていた。
......。
なんなんだこの気持ちは。
とてもいい気持ちでは無い。
俺の考えを理解して貰えたというのに。
自分で思うのと、人から言われるのでは違うのだろうか。
それともまさか、否定してほしかったのか?
いやいや、そんなわけない。
倫太郎の件といい雪音の件といい、俺のせいであるのに間違いはない。
当人ですらそうやって理解していることを、他人には否定してもらいたいなんて。
俺はそんなに自分勝手じゃない。
「これは呪いだ
俺と関われば必ず不幸になる
お前もそうなるかもしれない
早く、どこかに行った方がいいんじゃねぇか?」
俺の中で、呪いの存在がより濃くなった。
そのせいで、すぐにでも小夏を遠ざけようとする。
「呪い?
何言ってるの?」
がしかし、小夏はそれに従わない。
それどころか、質問を投げかけてきた。
「何って、ユキが攫われた理由だよ
『呪い』
俺が掛けた呪いのせいだ」
俺は呪いについては深く説明しない。
呪いと言えば、それで納得してもらえると思ったから。
そして、今すぐにでも俺を怖がって、帰ってくれると思ったから。
「......あなたは、もう少し賢いと思ってたわ」
小夏は、残念そうな声でそう言った。
小夏は、残念そうな顔をした。
なんでそんな顔をするんだ。
意味が分からない。
俺がその理由を考えていると、再度小夏が話し始めた。
「ユキが攫われたのはあなたのせいよ
でも、それに呪いなんて関係ないわ
勝手に、呪いなんていう変なもののせいにしないで!」
小夏の口調は鋭かった。
そは深く、俺に突き刺さった。
しかし今の俺はクズなもので、昔に戻ったみたいだ。
反論されれば、多少理不尽でも言い返してしまう。
「ユキが攫われたのも倫太郎が死んだのも、全部俺の呪いのせいだろうが!!」
叫ぶ気は無かったのだが、少し大きい声が出てしまった。
小夏はしかしそれに驚く様子もなく、依然として冷えた顔をしている。
落ち着いた視線を、俺に向けてくる。
「呪いのせいにしないで
あなたは、呪いなんて持っていないわ」
小夏は、呪いに関しては強く否定してくる。
その否定を、俺は受け入れられない。
なんであろうと、俺の意見を否定されるのが気に入らない。
本当なら、俺に呪いがないと言ってくれるのは嬉しいはずなのだ。
それなのに、否定はされたくない。
お前に何が分かるのかと、そう思ってしまう。
ここまでくればもう分かる。
クズの時の俺は、よっぽど自分勝手だ。
「私が、ユキが攫われた理由をあなたのせいだと言ったのは、あなたがすべきことをしなかったからよ」
俺がすべきことをしなかっただと。
まぁ少しだけ、心当たりはある。
倫太郎の件で俺は、手を差し伸べる事すらできなかった。
自分だけで復讐なんて戯言を言って主犯に突っかかって負けた。
倫太郎ならおそらく、復讐なんて望まないだろうに。
あれはただの自己満足だった。
その自己満足すら満足にこなせていないんだから、無様なもんだ。
でも。
でもしかしだ。
雪音に対しては何もしていない。
むしろ、出来るだけ関わらないようにまでした。
最善を尽くしたのだ。
尽くしたつもりだ。
呪いがかからないように。
「......」
いろいろ考えていたせいか、俺は何も言えなかった。
「最強になるだけなって、周りへの心配をしなかった
それがあなたの失敗よ」
真実を押し付けられた。
ここまでくれば、もう反論なんて出てこない。
「あなたはこの世界に来て日が浅いから、常識が分かっていないのは理解できる
でも、少し考えればわかったはずよ
それを怠ったんだから、ユキが攫われたのはあなたのせいよ
もっと責任を感じなさい」
「......」
「でも、牧田が死んだのはあなたのせいではない
あれは、あなたの手に負える事ではなかったわ
牧田の件に関しては、あなたが責任を感じる必要はないのよ」
言葉だけだと、励ましてくれたみたいだが、その声には少しだけ棘があるように感じた。
その棘の正体は、小夏の次の言葉で明らかになる。
「なら、私がなんで怒っていつるのか分かる?」
「......」
分からない。
どうして起こっているのだろうか。
「そうして分かっていないのが余計に腹立たしいわね」
小夏は呆れるように、小さくそう零した。
「負うべき責任を、『呪い』なんて物のせいにして逃げているからよ」
「......」
「反省しなさい
そして、次からは同じことを繰り返さないようにしなさい」
確かにそうだ。
小夏の言う通り、俺に呪いなんてない。
俺の中の呪いは、俺が作り出した幻想なのだ。
取りつかれていたのは俺だ。
呪いという呪いだ。
「そうだな」
俺は短くそう言った。
それだけで、小夏は満足そうな顔をした。
しかしすぐに真面目な顔に戻り言った。
「もう一度言うわ
ユキが攫われたわ」
「ああ、聞いた」
俺も深刻そうな声音を作ってそう返す。
「居場所はもう分かってる
今は伽月が対応してるわ
でもそれも、時間の問題だと思う」
そうなのか
それなら、俺のとる行動は1つだ。
「助けに来てくれる?」
「ああ
当然だ」
即答だった。
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場所は学校の近く。
学校を囲む大きな林の、少し開けた一角。
そこには、久しぶりに見る奴らが居た。
穂香と哉、それからユキちゃんと2人の男がいた。
穂香と哉は手前側。
雪音は男2人と一緒に奥側にいる。
とても、仲がいいから一緒にいるようには見えない。
やはり、攫われたのだろう。
隣にいる、2人の男が犯人だろう。
俺はそう思って男らを見やる。
どちらも同じ見た目をしている。
双子ってやつだ。
それも一卵性の。
めっちゃ似てんな......
いやいや、そんな今はどうでもいい。
いち早く、ユキちゃんを助け出さなければ。
「久しぶりだな、カケ」
俺が広場に出てすぐ、哉が俺に話しかけてきた。
穂香は、少し離れたところで俺を見ている。
安心したようなそんな顔をしている。
可愛らしく微笑んでいる。
「見てわかるかもだが、ユキちゃんが攫われた
取り戻すために少し戦ったんだが、あいつら結構強い......」
哉は、今の現状を話し始めた。
深刻そうな表情だ。
「攻撃が当たらないんだ
お前、やれるか?」
どうやら哉は、後は俺に任せるつもりらしい。
だが俺ができないのなら、もう一度自分で何とかする気なんだろう。
だが、俺の返答は決まっている。
「任せとけ」
俺はそうとだけ言い、双子へと歩き出した。
自分でも、満ち溢れた顔をしていたと思う。
任せろと、言葉だけでなく表情でも。
哉に言うためってのもあったが、雪音を安心させるため。
助け出したら、朝のことを謝ろう。
なんだかフラグっぽくなったが本音だ。
謝るのだ。
むしろ、謝るために助け出すまである。
「歴代最弱の最強が、どれだけ強いかってことを教えてやるよ
序列2位をナメるなよ
弱者の強さってのを見せつけてやる」
俺は強くない。
打たれれば折れる弱者だ。
だが、弱者だからこそ強い。
弱さを受け止めてこそ、強くなれるのだ。
俺は自分が強いと勘違いしていた。
確かに、周りから見れば強いかもしれない。
だが、それは周りから見た評価だ。
自己評価を止めて思い上がってたんじゃ、強くはなれない。
これからは自分の弱さと向き合い、それを潰していくのだ。
「今度は君が相手かい?」
「いいね
本命は君だったんだから」
流石双子といったところだろうか。
息ピッタリのセリフを投げてくる。
「僕らは『ラプラスの双子悪魔』」
「よろしくね」
『ラプラスの双子悪魔』ってのは、おそらく二つ名とか言う中二病的なあれだろう。
だがそれだけで、なんとなくの能力が分かった。
ラプラスの悪魔という言葉を聞いたことがある。
それは超人間的知性のことだ。
ある瞬間における原子の位置と物質量を把握し、それに基づいて計算することで、ある程度の未来が予測できるという理論。
要は未来予知だ。
それの双子版ってことなら、片方が原子を把握する能力で、もう片方が計算する能力。
で、それをどちらかの共感覚的な能力で共有しているんだろう。
「俺は、最弱の最強だ
よろしく」
と、自分の中での考察が済んだところで、俺は双子に向かって自己紹介をした。
自己紹介と言っても、名前を名乗っている訳では無いが。
「知ってる」
「じゃぁいくよ」
俺の自己紹介を受け、2人はそう言った。
どうやら2人は、俺と戦いたくて仕方がないらしい。
俺を見る目がランランと輝いている。
闘志に燃えるとはこのことだろう。
双子は無言で目配せした後、互いに逆を向いて走り出した。
そのまま大きく回って走り込み、俺の左右から同時に攻める。
挟み撃ちってやつだ。
それもピッタリ同じスピードで走っている。
これも、仲良し双子兄弟だからこそ為せる技だろうか。
だが、人質を置いて2人ともこちらに来れば、ユキちゃんを人質にしている意味が無くなる。
かつ、双子は俺の左右に居る。
この状況なら、ユキちゃんを助けるなんてこと、どうってことないのだ。
俺は迷わず、ユキちゃんに向かって走り出した。
だが直後、俺はその行動が軽率だったと思い知る。
視界の端に、投げナイフが映りこんだのだ。
俺を確実に捉えるものが十数発。
俺を包囲するような、動きを止めるものが数十発だ。
俺は、右手に作り出した氷剣を使って弾く。
量が多いせいか、数発が剣の隙を縫って俺の体をかすめる。
良く考えれば当たり前のことだ。
目的の警備が甘くなれば、そこを突くなんてのは容易く想像出来る。
こんなの、能力を使うまでもない。
誰だって想像出来る。
しかし、ここまで隙間を抜けることが出来ない無数の投げナイフ。
これもやはりラプラスか。
と、俺が投げナイフに動きを封じられていた間に、双子はすぐ隣まで迫っていた。
双子は短剣を使って、同タイミングで斬り掛かる。
共感覚のおかげか双子の絆とやらのおかげか、寸分の狂いなく同時にだ。
俺はそれをもう一本表見を作って受け止める。
逆手持ちにした剣で背面を、順手持ちの剣で前面を。
両方の剣が、『キリキリ』と音を立てて震える。
俺は一瞬でしゃがみ横に逸れる。
そうやって双子の短剣から逃れ、間髪入れずに片方に飛び掛かる。
が、それも分かっていたかのように防がれた。
いや、分かっていたのだろう。
未来予測ってのは、厄介なもんだ。
だが、彼らの未来予測は疑似的なもの。
能力によってコンピューター顔負けの速度で暗算が出来ると言っても、ほんの一瞬だが時間がかかる。
それを上回ればいい。
しかも、あのラプラスの悪魔ってのは物理学に従っている。
能力が使えるこの世界では、半分無意味みたいなもんだ。
能力を近距離かつ超高速で叩き込めば、予測なんてされる間も無く攻撃できるはず。
俺はスピードを上げた。
「「......!」」
俺のスピードを見て、双子は同時に息を飲んだ。
無論、神様やネオほどの速さは無い。
だが、それでも速い。
双子の計算が、追いつけないほどには。
俺は闘校祭での哉戦の時のように、地面から氷柱を数本生やして飛び回っる。
常人から見れば、異常な速度で飛び回る。
だがしかし、哉戦の時よりは少しだけ遅い。
ワイヤーがないせいで、最速が出せないのだ。
数回の飛躍の後、双子のうち1人を殴り飛ばした。
そいつは地を転がり、動かなくなった。
死んではいないはずだ。
気絶しているだけだ。
次、もう1人。
そいつにはもう、スピードを出す必要は無かった。
1回のフェイントを入れ、そいつにも拳を放つ。
双子の能力で作りだす未来予知が強いだけで、個々の強さはそんなでも無い。
精々、戦闘技術の高い常人ってところだ。
もう1人も、転がって動かなくなる。
これで終わり。
俺は、ユキちゃんの元へと歩く。
と、同時に思う。
少しだけ不可解だ。
確かに彼らの未来予知は厄介だったが、哉が苦戦するほどではなかったはずだ。
まぁいいか。
哉だって、苦手分野はあるだろう。
彼にとって、未来予知が難敵であったということだろう。
「大丈夫か?」
俺はユキちゃんに向かって手を差し出した。
「はい」
彼女はそう返事をして、俺の手を掴み立ち上がる。
その手は柔らかく、暖かかった。
俺の手に体重を乗せて立ち上がったにしては、彼女の体は軽かった。
これが女の子ってやつなのだろうか。
軽くて柔らかくて、すぐに壊れてしまいそうだ。
そうだ。
俺はこいつに、謝らなければならない。
彼女の目を見る。
目が合った。
彼女は、なんだか真面目そうな顔をしていた。
俺は何故か目を逸らしてしまう。
なんだろうか。
その顔はいいものなのだが、なんというか見続けられない。
「その......なんだ......」
ごめん。
ただその一言だけでいいのだが、何故か詰まってしまう。
でもまぁ、言えなくはない。
ユキちゃんがまっすぐ俺を見て、真剣に耳を傾けている。
真剣を、絵に書いたような表情で俺を見つめている。
うう......。
そんな顔で見られたら、かえって言いづらいじゃないか。
でも、ここでこれを言わなければクズそのままだ。
「......今朝は悪かった」
俺は何とかユキちゃんと目を合わせ、今日のことを謝罪した。
俺の謝罪を受け、ユキちゃんは予想外なことに優しく微笑んだ。
「大丈夫ですよ
全然気にしていませんので」
そう言ってさらに微笑む。
なんというか、あっさりと許されてしまった。
しかし、あんなことを言われて気にしていないなんて有り得るのだろうか。
「やっぱり、先輩は先輩ですね」
俺が再度謝ろうとした時、それを遮るようにして雪音が続けた。
「なんだそれ」
「言葉のままですよ」
「はぁ......?」
言葉のままとか言われてもよく分からない。
どういうことなのだろうか。
まぁいいや。
そんなに深い意味もないだろう。
ふと、その他の奴らが居る方を見てみると、俺が吹っ飛ばした双子のそばで、小夏が彼らと話し込んでいた。
なんだか楽しそうな雰囲気である。
えっ、そいつら一応は誘拐犯だよね。
それも、あなたの大好きな妹さんを誘拐したんだぞ。
俺なら、もし宙が誘拐されたら黙ってられないぞ。
あいつが妹を大事にするところは俺にしていると思う。
どういう事なんだ。
分からない。
こういう時は、実際に確かめるのが一番だ。
行ってみよう。
俺はユキちゃんと一緒に小夏の所に歩く。
「本当に悪かったわね
あいつ加減できないから」
「大丈夫大丈夫」
「あれくらいどうってことないよ」
「少し大げさに飛ばされただけだよ」
歩いて行くにつれ、小夏らののそんな会話が聞こえてきた。
あの双子は交互にじゃないと話せないのだろうか。
ていうか、加減できないとは失礼だな。
あれでも加減したんだぞ。
ん?
突っ込むところはそこじゃない気がする。
「何やってんの?」
俺は小夏に対してそう言った。
なのだが。
「佐々木君ごめんね」
「僕ら、頼まれてやってたんだ」
俺の質問に答えたのは双子だった。
それも、微妙に答えになっていない気がする。
いや待て。
それどころじゃない。
頼まれてってどういうことだ。
黒幕は誰だ。
「私が頼みました」
突然そう言ってきたのは穂香だった。
そうかそうか。
黒幕はお前だったか。
まさかお前だとは思わなかったよ。
いや、冗談はよそう。
要するに、彼女らは俺をおびき出すために一芝居打ったということだ。
それに、俺はまんまとおびき出されたと。
「まぁ、そういう事よ
結果的に、あなたが出てきてよかったわ」
とは小夏の言葉だ。
そうか、俺はおびき出されたのか。
でもなんだか、嫌な気分にはならないな。
むしろ、少し嬉しいまであるのではないだろうか。
誰も口に出しては言わないが、心配してくれたのだ。
あの自暴自棄になっているクズな俺を。
「ありがとう」
そう思うと、自然とその言葉が出てきた。
言ってみて、少し恥ずかしくなってきた。
まぁ、言わないよりはいいだろう。
「歴代最弱の最強が、それだけ強いかってことを教えてやるよ」
「弱者の強さってのを見せつけてやるよ」
そう言ったのは小夏と哉。
その言葉は、俺が誘拐犯を懲らしめようとやる気満々だった時の言葉だ。
改めて人から言われると恥ずかしくなってくる。
中二病が言いそうな言葉だ。
自分に酔っているようで、恥ずかしい。
「やめろ!!」
これは早く止めないと、恥ずかしさで俺が蒸発してしまう。
「俺は、最弱の最強だ」
「やめろって!!」
なんだかすぐに、いつもの雰囲気に戻った気がする。
いつもの仲良し雰囲気に。
そんなどうでもいいやり取りを少しした後、それぞれの家に帰る流れとなった。
今はもう夕方。
当然と言えば当然だ。
「翔琉先輩」
俺が帰ろうと皆に背を向けた時、背後から穂香の声がした。
「また明日」
振り返った俺に、穂香は笑顔でそう言った。
その笑顔には、少しだけ不安が見え隠れしている。
「ああ」
俺はそう言って、帰り始めるのだった。




