第七十話 『病人への訪問者』
俺は誰とも話さず、一直線に家へと帰った。
そもそも、誰かと会っただろうか。
覚えていない。
会ったような気もするし、会わなかった気もする。
そんなことはどうでもいい。
どうだっていいのだ。
変わらない事実がただ1つ。
倫太郎が死んだのだ。
他の誰でもない俺のせいで。
勿論殺したのは俺では無いのだが、俺が考え無しに最強になったせいで、彼は殺されたのだ。
俺をおびき寄せるため。
それが、俺のせい以外のなんだと言うのだ。
大粒の雨が身体に打ち付けられてウザイ。
大粒の雨が地面に叩きつけられてうるさい。
俺の何も受け付けたくない耳に、雨音が無作法にズカズカと入り込んでくる。
うるさい。
うるさい。
うるさい。
うるさい。
俺は些細な音にも苛立ちを覚えつつ、丘上崖の坂道を登る。
家の鍵を開け、ゆっくりと入る。
靴を脱いで、濡れた服のまままっすぐにリビングのソファーに倒れ込む。
『ドサッ』という音と、『グチャ』という音が同時に鳴る。
能力で水分を取り除くこともできるのだが、どうにもそういう気分になれない。
おそらく、玄関からここまでが俺の落とした水でびしょ濡れだろう。
しかし、そんなことも気にならないくらい俺は何も考えられないでいた。
ソファーで横になり、しばらく動かないでいた。
倫太郎は死んだ。
凄まじい情報収集能力を持つリンが死んだ。
学校一のイケメンであるリンが死んだ。
新聞部の部長であるリンが死んだ。
多くの人に好かれるリンが死んだ。
Sっ気の強いリンが死んだ。
倫太郎に教えてもらった情報が、頭を駆け巡る。
からかう時の面白そうにしている彼の顔が思い出される。
新聞づくりに全力な彼を思い出す。
彼の......
「ぅぅあわぁぁぁぁあ゛!!」
初め、何の音かと思った。
やたらとうるさく、耳障りで汚い音だった。
次に気づいたのは、人の声だと言うことだ。
何かを無理に吐き出そうとしているような、そんな声。
とても苦しそうな声だ。
俺の方がずっと苦しいはず。
そう思えて、苛立った。
最後、声の主が自分だと気づいた。
うるさく汚い、耳障りな声は、俺の口から出るものだった。
自分のものだとは信じられなかった。
俺がこんな声を出すなんて、ありえないと思っていた。
だが、叫ばずにはいられないのだ。
喉が痛い。
強く握り込む拳が痛い。
しかし、そんなのが気にならない。
それほどに、ただ我武者羅に叫ぶ。
すべてを無理矢理吐き出そうとするように。
そんな汚い声が、家を飛び出して静かな丘上崖に響く。
気づけば、頬を伝う雫は雨に濡れたものではなくなっていた。
目尻からしきりに溢れ出てくる。
倫太郎が死んだ。
それも俺のせいで。
悲しいのか悔しいのか、それとも腹立たしいのか。
何が本当なのか分からない。
泣いているから叫んでいるのか、叫んでいるから泣いているのか、どっちなのかも分からない。
だがとにかくのどが痛い。
なのに声は止まらない。
涙、鼻水、よだれ。
それらでソファーがグッチョリと濡れる。
濡れた部分に顔をうずめている為、気持ち悪い。
神様から期待されたと勘違いした。
序列2位という、1位ではないがかなり良い序列になり、調子に乗った。
最強という名を貰い、図に乗った。
それらが重なったことで、序列2位ではあるが自分がこの国で一番強いのだと思った。
怠慢だ。
愚にも付かない。
考えなしのアホである。
最強というものを、もっと深く受け止めるべきだった。
最強になったことがどのような事なのかを考え、メリットとデメリットを把握する必要があったのだ。
今回、俺はデメリットを考えなかった。
家を守れて良かっただとか、収入が増えるだとか、そんなすぐ先の事しか考えてなかった。
起きるかもしれない最悪など、考えもしなかった。
勿論、常にそういったことを考えて過ごしている訳では無い。
そんなことをいつも考えていたら疲れてしまう。
しかし、それを考えなければいけない時は必ず来るのだ。
それがあの時だった。
自分にとって都合のいいことが起こるとき、同時に何か良くないことも起きる。
そういうものなのだ。
そうやって、幸と不幸のバランスがとられるのだ。
だから自分が幸せな時、約束された不幸との邂逅に備える必要があるのだ。
俺は今回、それを怠った。
もしそこに気を付けていたら、倫太郎は死ななかったかもしれない。
いや、死なずに済んだはずだ。
俺が最強になった時、危険にさらされるのは俺だけではないことくらい、少し考えればわかったはずなのだ。
俺の責任。
俺の怠慢で倫太郎が死んだ。
俺の近くにいる人は次へ次へと死んでいく。
生前からそうだった。
俺は肝心な時に楽観視して、その結果俺と関わった人が死んでいく。
宙もその一人だ。
きっと、倫太郎が一人目で、それから部員の皆が次々と死んでいくことだろう。
これからの俺は極力、誰とも合わないようにした方が良いだろう。
俺がいれば、みんなが死んでしまうから。
これは、呪いみたいなものなのだ。
「ぁ、ぁあ゛うぅぅ゛......」
次第に声も出なくなってきた。
のどが激しく痛む。
喉から、血の味がする。
だんだんと声は無くなっていき、リビングは静かになった。
ただ、鼻を啜る音だけがなる。
ああそうだ。
ここにいたら、宙とも出くわしてしまう。
俺はソファーから立ち上がり、自室へと向かった。
---
「おにぃ、学校行く時間だよ......」
2回扉をノックされた後、宙がそんなことを言った。
どうやらいつの間にか寝ていて、朝が来たらしい。
別に望んでもいない朝が。
「......」
俺は何も言わない。
行く気なんてないし、話す気もない。
話せば宙が呪いの被害に遭う。
「......行ってきます」
宙の寂しそうな声が聞こえて、少ししてから玄関が開閉される音が聞こえてくる。
「行ったか......」
俺は単調な声でそう言って、もう一度寝た。
『俺はもう、学校なんて行かないのだ』
---
あれから何日たっただろう。
1日か2日では無いはず。
記憶があまり無い。
電気を点けないこの部屋が、完全に暗くなったのが4回ほどあった気がする。
ということはそろそろ1週間か。
ここ最近、俺は同じことしかしていない。
部屋で丸くなり本を読む。
庭で大声を上げながら水人形に向かって木刀を振り回す。
それを1日に数セット。
ずっとそれだけを繰り返している。
刀を振って、本を読んで、刀を振って、本を読んで。
1日にすることといえばそれだけだ。
最近、自分でも狂っていると自覚できる生活を送っている。
飯は部屋にいれば運ばれてくるし、風呂には夜遅くに入るため宙には合わない。
宙は1日に何度か話しかけてくるが、俺はそれをことごとく無視する。
それでも宙は、学校で何があったとか、バイトで哉先輩がとか、俺とは縁もゆかりも無いことを言ってくる。
今もそうだ。
宙は俺に向かってバイト先でのことを話してくる。
さながら、目を覚まさない難病人に語りかけるように。
やめろよ。
1人で話すなよ。
俺に無視されるのがわかっていて、どうしてそう話しかけられるんだ。
早く諦めろよ。
時間の無駄だ。
と、しばらくの間シカトをこいていると声が聞こえなくなった。
部屋の扉を少しだけ開けて廊下を見ると、そこには夕食がお盆で置かれてあった。
俺はそれを自室へと引きずり込んで、黙々と食べる。
相変わらず宙の飯はウマいのだが、どうもいつものように内心で褒め倒す気にはなれない。
俺の食事が、生きていくための単純作業となっている。
ちょっと前までは、楽しんで食べてたと思うんだがな。
特に表情も変えることなく、夕食を食べ終える。
「寝るか......」
そのまま寝ると虫歯が出来るかもしれないが、宙が死ぬことに比べれば些細な問題だ。
空になった器をお盆に戻し、音を立てないようにして外に出す。
その後、すぐにベットへと潜り込んだ。
また明日が来るのかと、憂鬱に思いながら。
どうも最近、俺は少しズレていることをしている気がしてならない。
まぁ、俺ができることは引きこもるくらいのことだし、この生活を辞める気はしない。
気付けば俺は、眠っていた。
しかし眠っていた感覚は短く、1度目を閉じ、次に目を開けた時には朝が来ていた。
夢は見ていない。
夢は、過去と直近の記憶を整理する際に見るものらしいから、直近の記憶がほとんど同じである俺が夢を見ないのは当然とも言える。
それにしても、窓から入り込む朝日が鬱陶しい。
どうして俺の気持ちは暗いのに、太陽はいつも明るいのだろうか。
馬鹿にされている気がしてならない。
「はぁ......」
最近、ため息が増えた気がする。
まぁ、何の脈絡のない毎日だから仕方ない。
ふと、枕元に置かれてある時計を見てみると、9時を回っていた。
この時間ってことは、宙は学校に行っているはずだ。
それもだいぶ前に。
「気付かなかったな」
そう呟いて部屋を出た。
宙が残した朝食を食べ、再度部屋へと戻る。
ベットの隣、壁一面に設置されている本棚から1冊取り出し、ベットの上で本を読む。
『カンカンカン』
玄関から、ドアノッカーの音が聞こえてくる。
郵便物だろうか。
配達員には悪いが、宙がいる時にもう一度来てもらおう。
俺は音を無視して本の続きを読む。
『カンカンカン』
何回鳴らしても、居留守を使う事に変わりはない。
早く帰ってくれ。
『カンカンカン』
しつこい奴だな。
うるせぇよ。
早く帰れよ。
『カチカチカチ......ガチャ』
「は?」
さっきの音は、確実に鍵が開けられた音だった。
毎日聞いている音だから間違えるはずない。
宙が帰って来たのだろうか。
忘れ物だろうか。
でも、今は授業をしている時間のはずだ。
それを無視してでも、取りに帰るような物なのだろうか。
まぁ、俺は会わないからそんなに関係ないんだけどな。
「先輩、どこにいるんでしょう......」
「彼の部屋じゃないかな」
しかし、聞こえてきたのは宙の声ではなかった。
どちらも、知っている声だ。
男と女、一人づつの声。
足音も二人分。
一人が俺の家に来るのは百歩譲って理解できる。
が、もう一人は分からない。
今は授業中なはず。
俺が言うのもなんだが、早く学校に行けよ。
『コンコン』
俺の部屋の扉がノックされた。
そして、彼女から声をかけられた。
「先輩、少しいいですか?」
良くない。
いい訳がない。
俺はもう、お前たちと話すつもりは無いのだから。
俺はその声を聞き流す。
返答もしない。
申し訳ないが、無視させてもらう。
「居ないのですかね?」
「いや、居るはずだよ」
扉の向こうからそんな声が聞こえてくる。
本当にあいつの能力は面倒くさい。
こうやって居留守を使うことすら出来ない。
「翔琉君、居るんだろ?
返事くらいしてくれてもいいんじゃないかな」
ほんの少し。
俺の機嫌が悪いせいかもしれないがほんの少しだけ、彼の言葉は挑発しているように聞こえた。
「......」
それにも俺は返答しない。
その後しばらくは、向こうからの声は聞こえなかった。
が、何十秒かの沈黙の後、扉の向こうで何やらもごもご言っていた。
耳に自信がある俺でも、流石に壁の向こうで極限までに絞って発せられる声は聞き取れない。
何を話しているんだろうか。
まぁ、どうでもいいか。そんなこと。
俺の疑問を俺が強制解決した瞬間、部屋の扉が蹴り破られた。
『バカン!!』と大きな音を立て、扉が激しく開いた。
蹴り開けられた扉からは、雪音と神様が現れた。
変な組み合わせだ。
この2人に、何のつながりがあるのだろうか。
いや、よく考えれば小夏は神様と面識があるみたいだったし、不思議ではないのか。
「先輩......」
雪音は俺を見て、寂しそうな声でそう言った。
しかしそれも、俺は無視をする。
それどころか、雪音を目に収める事すらない。
「......」
すると、一つの足音が俺のそばまで近づいてきた。
俺は思わず振り返って、そいつを見た。
俺の後ろに立っていたのは神様。
彼はすらっとただ直立していた。
『バチン!』
突如俺の部屋に、痛々しい音が響いた。
神様は、完全なノーモーションで俺を叩き飛ばした。
俺は軽く飛ばされ、ベットから落とされる。
その結果、俺は無様に尻餅をついた。
無様というか、滑稽というか。
そんな感じの言葉が似合う様子だろう。
「顔くらい見たらどうなんだ?
口ぐらい利いたらどうなんだ?」
神様はこんな状況でもどこか笑っていた。
笑って俺を叩き飛ばし、笑って俺に話しかけた。
だが、口調だけは真面目そのものだ。
顔からは想像もできない、重たい声が浴びせられる。
「......」
「彼女は君のために、学校まで休んでここに来たんだ
それに答えもしないなんて、君はそんな奴だったのかい?」
神様は、俺ではない何かに言うようにそう言った。
だがその言葉は、俺の奥深くまで潜り込んできた。
俺のくだらない意地をはぎ取るようにして。
「どうしてここに来た」
不本意ではあるが、俺は渋々口を開く。
だが、やはり本心では話したくないと思っているせいか、声はかなり低いものだった。
会話が始まった。
いや、俺にとっては尋問か......
俺は心の中でそう思い苦笑した。




