第六十六話 『家』
とった。
そう思った。
が、それと同時に、今朝の夢を思い出した。
哉を斬殺する、妙にリアルな夢。
その中で無惨にも倒れていた哉が、ふとチラついたのだ。
俺は刀に水の刃を纏わせるのをやめた。
また、気の迷いだろうか、振り下ろす刀の重心がほんの少しだけ傾いてしまった。
俺は負けたのだ。
勝たなければいけないこの試合で、俺はあっさりと負けた。
『優勝は哉伽月選手〜〜!!』
そんなアナウンスが聞こえてくる。
そんなの知ってるよ。
見りゃ分かるだろ。
いちいち口にして言うんじゃねぇよ。
俺に勝った哉は、あまり嬉しそうにしていない。
それどころか、何か言いたげな表情で俺を見ている。
最後の一撃が鈍ったのを、彼には伝わったのだろう。
歓声がうるさい。
拍手がうるさい。
放送がうるさい。
もう何もかもがうるさい。
頼むから静かにしてくれ。
気がおかしくなりそうだ。
だが、俺の意志などお構い無しに、それらの音は鳴り続ける。
ここで負ければ、宙にも迷惑がかかるのに。
それなのに負けてしまった。
絶対に負けられないところで負けた。
もう何もかもどうでも良く思えるような、そんな気さえしてくる。
あぁ、そうだ。
神様に呼ばれているんだった。
早く行かないと。
俺は激しい歓声の中、闘技場を後にした。
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「いやぁ、負けちゃったね」
とは神様の言葉だ。
神様の笑顔はいつも通りのはずなのに、今の笑顔には腹が立つ。
俺は負けてこれから家を失うってのに、こいつは何を楽しそうにしているんだ、と。
俺は決勝戦が終わり、閉会式にも出席せずに約束の場所に来ていた。
「試合が終わったら来い」と言われていたのもあるが、あの歓声が止まない会場に、長くいたくなかったというのもある。
「見てたのか」
「まぁね」
少し、含みのある言い方だな。
何が言いたいんだろうか。
早く家を返せってか。
せっかちはいかんよ。
そう生き急ぐなって。
不老不死なんだろ。
もっとゆっくりでいい。
なんなら、俺ら兄妹が死んだ後に取り払いに来たって遅くはないんだぜ。
「で、俺は今から何をすればいいんだ
立ち退きの準備か?
それなら宙にも説明しないといけないから少し待ってくれ」
心做しか、早口になってしまう。
平静を装おうとは思っても、やはりこれから住む場所を探さなければならないとなると少し取り乱してしまう。
今は何とかなってはいるが、いつ本格的に取り乱してしまうか分からない。
俺は今そんな状況だ。
「立ち退き?
ああ、あの家の事か」
こいつ、自分から持ち出した悪趣味案を忘れてやがったな。
忘れるくらい適当に出した案なら、それを押し付けてくるなよな。
てか神様が忘れてたんなら、俺が何も言わずに思い出させなければ家を失わずに済んだのでは?
失敗したな。
いや、そもそも神様は人の心が読める。
俺が何も言わなかったとて、結局は思い出されてしまうだろうな。
俺が何をしようと、家が無くなるという未来は変わらないということか。
はぁ......
憂鬱だ。
「あの約束は忘れてくれ」
え?
本当に言っているのだろうか。
まぁ、家が無くならないってのは俺にとって都合がいいことなのだが、これだけ不安にさせられたのに、いまさら忘れろと言われても釈然としない。
いやまあ、いいんだけどさ。
全然その提案はウェルカムなんだけどさ。
「でも、何もないって訳じゃないよ」
あ、そうだよな。
そうですよね。
家はなくならないけど、違う罰が与えられるんだな。
ん?
なんで俺は負けただけなのに罰を受けなければならないんだ?
なんだか、そう思うと腹が立ってきた。
「何があるんだ?」
神様は笑顔を崩さずに答えた。
「君、最強になってよ」
結局、神様の提案は以前と変わらなかった。
条件が、「優勝したら」から「準優勝でもいい」になっただけだ。
どういう心情の変化だろうか。
神様の考えることは良く分からない。
そもそも、最強ってのはその国で一番強い奴がなれると言う職業だ。
校内序列2位が最強だなんて、前代未聞なのではないだろうか。
数字が、最強ではないと物語っている。
そんな状態で、最強になれなんて言われても困ってしまう。
それも「僕と契約して魔○少女になってよ」みたいなテンションで。
当然、俺は困惑してしまった。
「最強ってのは最強ってことだろ?
俺にはできないんじゃないか」
前半、自分でも何を言っているのか良く分からなかったのだが、言いたいことは言えただろう。
最強は最強ということなのだ。
やはり序列2位には務まらない。
「じゃあ、選択肢を上げよう
これはラストチャンスだ
慎重に選ぶように」
そう言って、神様は笑顔のまま指を一本立てた。
すごく自信がありそうな顔をしている。
なんていうか、ちょっとウザい。
あのどや顔は、いくら神様がイケメンだからとはいえウザい。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
問題はそのラストチャンスってやつだ。
少しウザいが、それは気にせずにチャンスってやつを聞こうではないか。
「最強になるか、家を捨てるか、だ」
神様はもう一本指を立てる。
神様の出した選択肢は、今までと同ものだった。
変わってないじゃん。
究極の選択とは程遠い。
二択用意されているが、実質一択のようなものだ。
どうしてここまで来て家を捨てると言うんだろうか。
「最強になるよ」
と俺は即答。
悩む必要なんてないし、それ以外を選ぶなんてありえない。
そもそも、神様もそっちを選ばせたかったんだろう。
「即答だね
もう少し考えてもいいんだよ」
「考えるまでもないだろ」
俺は少し呆れたように言う。
誘導したのはお前だろ?と。
「そうかそうか
じゃぁ、今から君は北方神国の最強だ」
そんな気の抜けるような会話で、最強が決まった。
こんなのでいいんだろうか。
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それから、最強についての説明を軽く受けた。
そのほとんどは、聞いたことのある内容だ。
最強とはその国の顔であるとか、他国の最強からの決闘以外は断れないとか。
どれもどこかの姉から聞いたことのあることばかりだった。
聞いたことのないものもあったが、それらは最強という職に直接的な関係の無いことだ。
最後なんて、「収入は多くなるけど、お金を使いすぎるのはダメだよ」とか言っていた。
お母さんかよ。
それとあともう1つ。
『ネオ』と呼ばれる奴には気をつけろ、との事だ。
なんでも、自分より強い相手を探しており、最強には必ず喧嘩を吹っ掛けに行くそうだ。
この国の最強が数年決まらなかったのは、そいつのせいでもあるとかないとか。
能力は『磁場』
一度触れた物の磁力を自在に操るそうだ。
能力というのは何でもありで、本来磁力を持たないものにまで磁力を与えるのだそうだ。
できるなら、会いたくないものだな。
面倒くさそうだ。
で、俺はそんな話を聞き終え、現在は学校へと戻っている。
なぜなら今日は、久々の部活だからだ。
闘校祭が終わってすぐの部活だが、どうせ雑談しかしないし疲れることなんてないだろう。
それに一応自由参加にしてある。
まぁ、聞くところによると全員参加なんだがな。
自由参加。
だから俺が部活に行く必要など、本来ならない。
だが、俺はまだ哉におめでとうを言っていない。
あの時は情緒も不安定だったし、そんなことを言う余裕なんてなかったのだ。
友達という間柄に必要なのはコミュニケーションだと思うのだよ。
だから俺は部活に行くのだ。
生前引きこもりボッチが何言ってんだって話だが。
と、学校の正門前まで来て、そこに人影があるのに気づいた。
影は1つ。
ショートカットまではいかない少し長めの髪で、横髪をバッテンのヘヤピンで止めている。
イケメンオーラを醸し出し、肩からカメラを吊り下げている男。
牧田だ。
彼は、校門の隣に体を預けるようにして立っていた。
「おかえり」
彼は俺に気づいた途端、手を小さく振りながらそう言った。
預けていた体重を戻し、二本足で立った。
その後、牧田はポケットの中をもごもごとしてメモとペンを取り出した。
インタビューだ。
俺は覚悟した。
「何処に行ってたの?」
その質問は、インタビューというよりは純粋な質問という感じだ。
メモを取る気もなさそうだ。
「神様の所だ」
「そうかい」
そんなに興味はなさそうだ。
牧田は、神様が嫌いなんだろうか。
あいつを嫌っている人間は、この国では少数派だろう。
俺が知る限り牧田くらいだろう。
俺も、神様は少し面倒なくらいで嫌いではないからな。
勝手に何かを決めてくることもあるが、それ以外は普通の奴だけどな。
「閉会式にも出ないでそんなところに行ってたんだ......
何をしてたの?」
牧田はそう聞いてきたものの、これまたあまり興味もなさそうだ。
なんとなく聞いてみたって感じだ。
「最強になるかならないかという話をした」
「えっ?
どういう事?」
今までの興味なさそうな顔が一転。
興味津々といった感じで食らいついてきた。
体まで乗り出している。
意識的か無意識か、目の色も変わっている。
「家を失うか最強になるか、どちらかを選べと言われてな」
「あの人らしいね」
あいつ、誰にでもあんな態度なんだな。
どうやら牧田にもそういった心当たりがあるらしい。
彼も被害者ってことか。
仲間だな。
「で、どっちを選んだの?」
「決まってるだろ
最強だよ」
「じゃぁ、今のカケは最強ってこと?」
「まぁ、そうなるな」
へーと、牧田は少し複雑そうな顔をした。
祝いたいが、疑問点が多いのだろう。
「でも君は序列2位だよね?」
「そうだな」
「どうやって最強になったの?」
「なってくれって言われたからなった
俺は特に何もしてないよ」
そんなこともあるのか......と、牧田は考えるポーズをとる。
しかしその後、思い出したように慌ててメモをとり始めた。
「明日の新聞は面白い内容がかけそうだ」なんて言っている。
お前、どうせ明日は学校来ないだろ。
夜遅くまで新聞を作り、結局体を壊して学校を休む。
いつものやつだ。
「でも、序列2位で最強になるってことは、だいぶ非難されるかもしれないね」
「そうだな」
「どんな悪口を言われても、気にしたらダメだよ
僕や能力研究部のみんなはきっとカケの仲間だから
困ったらいつでも相談してくれよ」
そう言って、牧田は俺に近づいてくれた。
物理的にでは無い。
精神的に。
「あぁ、ありがとう」
無論、俺も何らかの憎まれ口を叩かれるのは覚悟の上だし、気にする気もない。
そもそも、そういうことには慣れている。
今更、悪口を言われてヘコ垂れる俺じゃない。
でも、こうして寄り添ってくれる牧田をはじめ、イツメンのみんなの優しさは心に染みる。
乾いた心を潤してくれるような感覚だ。
俺は良い友達を持ったと思う。
「じゃぁ僕は新聞を作らないとだから帰るよ
みんなは部室に居たよ
また明日」
牧田......いや、倫太郎はそう言って俺に手を振った。
俺もそれに振り返しつつ思う。
きっと、明日のあいつは寝込んでいるだろう、と。
倫太郎もとい、リンと別れてから、俺は部室へと向かった。
校内にはまだ残っている一般人がちらほらいる。
流石に闘校祭は終わってから時間が経っているため多くない。
かつ、一般人のほとんどが帰ろうとしている。
あそこで座っている人達は、長話が好きなのだろうか。
と、よく見ればよくバイト先にくるおば様方だった。
あ、あの人たちは長話好きだな。
俺もよくその長話に付き合わされたものだ。
気づかれないように歩こう。
「ん?」
と、俺はある事に気づいた。
俺に、視線が集まっていることに。
あそこに座っているおば様方以外の、ほとんどの通行人がすれ違いざまに俺の顔を覗いてくる。
俺は特に俯いたり仮面を付けたりしていないので、覗きやすい顔だろう。
見たいだけ見ればいい。
なんせ今の俺は頗る機嫌がいいからな。
どんなに見られたってなんとも思わないさ。
なぜ機嫌がいいのかって?
そりゃあ家を失わずに済んだからだ。
それに加え、生前はもうできないと思っていた友達という存在からの優しさにも触れた。
俺は今、ピンチを乗り越えて温かみに触れた1人の青年なのさ。
なんてね。
ピンチは勝手に遠のいて行った。
俺の努力で乗り越えたわけではないのだ。
それにしても、俺に向けられる視線は決していいものではなかった。
ヤバい奴を見るようなそんな目線を向けられている。
「見ちゃいけません」的なあの目だ。
そんな目で見られれば、機嫌のいい俺だって気になってしまう。
どうしたんだろうか。
俺、何かついてる?
俺、そんなに変な歩き方してる?
そいつらは横目で俺を見て、耳打ちで何かを話している。
そんなことされたら、誰だって気になるだろう。
耳を澄ましてみると、「閉会式に出ないなんて非常識」
そんな言葉が聞こえてきた。
まぁ、そうだわな。
普通に考えれば非常識だわな。
でもでも、仕方ないじゃないか。
神様に呼ばれたんだから。
きっと誰だってあいつに呼ばれればそっちに行くだろうよ。
だから、俺が閉会式に出席しないのは仕方がないのだ。
まぁ、別に誰に何を思われようとどうでもいいんだがな。
で、それ以外は特に何事もなく部室へと到着した。
部室の扉は相変わらず木造で、滑りの悪い扉だ。
俺はそれを遠慮なく開ける。
部室の扉だし、ノックするのも変だろう。
こうして、遠慮なく扉を開けたことでラッキースケベ、なんてこともアニメでは良くある話だが、流石に男女混合の部室でそんなことは起きないだろう。
少しだけ、ラッキースケベとやらに遭遇してみたい気もあるが、それはそれで恨みを買いそうなので避けたいもんだ。
「おっ、帰って来た」
俺が扉を開けた途端、哉の声が聞こえた。
こいつも、リンのように下の名前で呼んでもいいのだが、哉が一番しっくり来る。
いや、そんなことはどうでもいい。
こいつらも、俺が閉会式に出なかったことを非常識だと思うのだろうか。
思うだろうな。
理由を聞けば理解してくれるかもしれないが、何も知らない状況ではただの非常識人間だろう。
「これ、あなたの賞状とメダル」
出席しなかった理由を聞かれるかと思ったが、そんな素振りもなく小夏はそれらを渡してきた。
俺が出席しなかったことを、どうとも思っていないような顔だ。
「俺を非常識だと思わないのか?」
「何が?」
「閉会式に出なかったことだよ」
俺は思わずそう聞いた。
ここに来るまでに向けられた視線が、なんだったのかと思える。
こいつらはあの非常識極まりない、ピンピンしている準優勝者が閉会式に出ないと言う行為を、特に何も思っていないのだろうか。
闘校祭の閉会式は、当日行われた試合で決まった序列1から4位までの四人が表彰される。
想像する限り、4つある壇上の内3つしか埋まっていない閉会式が目に浮かぶ。
ポツンと穴の開いた壇上での閉会式。
その穴は、ケガもしてないついさっきまでいた敗者が作った穴。
周りの目には、負けて悔しい奴が閉会式をフケたように映ることだろう。
負けただけで閉会式に出ない。
壇上にすら上がれていな奴らに失礼だと思われるだろう。
こいつらもそう思っていると思っていたんだが。
「あなたが非常識だなんて、いつもの事じゃない」
俺、いつも非常識なのか?
そう思って周りを見てみる。
哉も穂香も、それから雪音も、心当たりはなさそうにしている。
俺の非常識な所が想像つかないのだろう。
そうだよな。
俺、非常識じゃないよな。
「女の子を侍らせて、エッチなこと言わせて......
非常識だわ」
「それ、どっちも俺がさせてることじゃないよね?」
「またそうやって嘘をつく」
「嘘じゃねぇよ!」
こいつの頭の中で、俺はいつまで変態キャラなんだよ。
まぁ、変態ではあるのだが......
変態キャラは穂香だけで十分だ。
とまぁこんな感じで、能力研究部はいつも通りだった。
身構えていたのがあほらしくなってくる。
この時は、あんなことになるなんて思ってもいなかった。




