第六十五話 『決勝戦・後編』
『ドオおぉぉぉん』
ここ一帯の土地を揺らすような大きな振動と、耳を劈くほどの轟音が鳴り......
石壁は巨大な岩によって跡形もなく潰された。
当然、中にいた佐々木も......
硬いが硬くないその岩は、地に落ち、それらを潰した後にいくつかの大きな塊になって砕ける。
『ドゴンドゴン』と、これまた大きな音を立てつつ岩々が地面へと突き刺さる。
一瞬にして、フィールドに岩場が出来上がった。
テトラポットのように規則正しくはないが、たくさんの石が積み上がっている。
その真ん中に1つ。
ゴツゴツしているが、石とは違う透明なそれがある。
氷だ。
適当に砕いたような氷が、岩場の真ん中辺りにで存在を主張している。
その中に1人。
氷漬けにあったように佐々木がいた。
佐々木は、閉じていてた目を氷の中で開け、氷を砕いた。
パラパラと崩れ、『カランカラン』と高い音を立てて落ちる氷を踏み砕きながら、佐々木は歩く。
佐々木は、あのサイズの大岩に潰されたというのにも無傷。
それどころか、彼の顔には若干の余裕すら見える。
「お前の能力、水が操れるんじゃなかったのか?」
誰もが、彼が操れるのは水、すなわち液体までだと考えていた。
いや、今だ液体までしか操れず、固体や気体にした後では操作ができないと考える者もいるだろう。
だが、佐々木はそれらの考えを哉への返答で打ち消した。
「そう、俺が操れるのは水。正確には水だな」
佐々木は今までの試合で、液体しか使って来なかったため、誰もが騙されていたのだ。
全てはこの時のため。
佐々木はこれを隠して戦って来ていたのだ。
要は、力を温存した状態で決勝まで上がってきたということ。
これには、哉の顔から余裕が消える。
無論、哉は最初から余裕など見せていなかったが、今の顔には余裕の『よ』の字すらない。
驚きの表情に包まれている。
「気付かれてると思ってたんだけどな......」
佐々木は、小さくそうこぼした。
その発言からすると、今までの試合でも液体以外の形で能力を使っていたのかもしれない。
いや、今思えば前の試合でも使っていたかもしれない。
あの爆発は篠田龍輝が能力の使用に失敗しての爆発かもと思っていたが、佐々木の能力という可能性も捨てきれなくなってきた。
これからは、彼の本気が見られるのだろうか。
それとも、まだ隠している技があるのだろうか。
いや、ここまで来てまで技を隠す理由もない。
ここからは正真正銘、本気と本気のぶつかり合いだ。
あのかなり競っていた状況に、技が一つ追加されたところで戦局はそう大きく変わらないだろう。
だが、どういった戦術になるのかは見ものである。
哉は佐々木に向かって岩砲弾を連射する。
ガトリング砲のように飛んでくる小さな岩を、難なく躱す佐々木はボクサーのようにひらりひらりとそれらを躱す。
そして少しづつ、じりじりと距離を詰める。
それに合わせ、哉も距離を詰める。
腕数本の位置まで来て、彼は石剣を作り出す。
そして、佐々木に岩砲弾を浴びせつつ切りかかる。
銃弾を浴びせられながら太刀を合わせている。
普通に考えて、とても人間技とは思えない。
だが、いくら彼でもそんなことをいつまでも続けてはいられない。
佐々木も、太刀を合わせつつ氷の塊を打つ。
氷砲弾を岩砲弾にぶつけつつ、哉にも浴びせる。
お互い、それぞれの砲弾を打ち防ぎつつ、太刀を合わせる。
砲弾は一度も被弾しない。
しばらく激しい太刀を見せた後、剣を合わせた状態でぴたりと攻撃が止んだ。
砲弾も止んでいる。
その静かな時間も終わり。
哉が、いくつもの石錐を地面から出現させた。
佐々木のまわりから佐々木から距離のある位置まで広範囲に乱雑に。
佐々木は哉と距離をとる。
今までの石錐も合わせて、文字通りトゲトゲしたフィールドが出来上がった。
その後哉は岩砲弾を再度発射する。
こうやって障害物を作ることで行動が制限され、相手の行動が読みやすくなる。
だから岩砲弾も命中しやすくなる。
そのはずだった。
しかし哉の予想とは違い、佐々木はそれらの石錐を蹴り掴みで今までよりも予想のできない行動を始める。
パルクール技術と言えばいいのか猿のようだと言えばいいのか。
そんな感じの身のこなしだ。
佐々木は、軽やかとも奇妙とも取れるそんな動きで、岩砲弾を避けつつ斬りかかってくる。
「あいつと同じような思考してんのかよ」
哉は顔を顰め、誰にも聞こえないような声でそう呟いた。
彼は形相はそのまま、飛びかかってくる佐々木に向かって少し大きめの岩砲弾を一発、他とは別に打ち込んでから横に避ける。
正面から飛んでくる頭ほどの大きさの岩を、身を捻って回避。
佐々木は久しぶりに地に足を着いた。
この一瞬で、わかったことがある。
佐々木は、何かしらの障害物があった方が強い。
障害物を巧みに利用し、奇想天外な行動で攻撃をする。
さっきの一瞬だけでも、宙を舞いながら岩砲弾を掴み、投げ返してきたことが何度かあった。
今まではそんなこと無かったが、自分にとって最高のフィールドになり、調子付いてしまったのだろう。
佐々木の顔は、見ようによっては少し楽しんでいるようにも見える。
一歩間違えば、冗談抜きで死んでしまいそうなこの戦いを、だ。
やはり彼も十狂ということだろうか。
まあとは言っても、その片鱗が垣間見えたような気がしただけで、気のせいである可能性も十分にある。
それに対し哉は、普通だ。
勿論、彼の強さは普通ではない。
だが、彼には十強であるのに狂った部分が見えない。
異常な強さを有する十強は、何か狂った部分がある。
いや、十強だけではない。
この世界の圧倒的強者は、狂っている。
強さを得る過程で、頭のネジが2・3本取れてしまうのだろう。
だが哉は、全てのネジが揃っている状態であの強さを手に入れている。
それこそが、彼の狂った部分なのかもしれない。
常人離れ、すなわち狂った精神力、的な。
で、その十狂の内トップ2人の試合は、始まってから十数分......いや、もしかすると20分も経っているかもしれない。
普通なら2・3分、長くても十分以内には終わる。
のだが、あの2人ほどの強さが拮抗していれば、体力も多いせいか長く続く。
走る・飛ぶ・振る・殴る・蹴る・避けるなどなど、散々動き回っているのにも関わらず疲れている様子はない。
口で息をしているが、肩を大きく動かす程ではない。
そんな彼らは現在、一定の距離を保ったままゆっくりと歩き、睨み合っている。
隙を探るように睨みを効かせ、一歩、また一歩と。
が、次の瞬間、2人は同時に走り出す。
そしてすぐそこの距離まで近づき、太刀を合わせる。
『キン』という金属音を上げ、数回ぶつかる。
上やら下やら、右やら左やらと、目で追えないほどの剣速でぶつかり合っている。
2人の剣が、今どこにあるのかなんて、素人目には分からない。
そんな見えない2人の剣を見ていると突然、それらが止まって姿を現した。
強弱の弱がやって来る。
アナウンスまでもが止まり、なんとも言えない雰囲気がやって来る。
次の瞬間、哉が剣を使って佐々木を突き飛ばす。
が、哉と剣を交えつつ動いていた佐々木の背後には、石錐があった。
おそらくだが、佐々木の空間把握能力は凄まじいものだと思う。
その為、背後にあって見えないはずの石錐にも気づいている。
その証拠に、突き飛ばされた佐々木はその石錐に足を着き、一瞬で方向転換を試みている。
佐々木は石錐に足を着いた。
がその刹那、石錐がボロボロと崩れた。
あの石錐は、別段脆そうではなかった。
他の石錐と変わらず、黒い岩をしていた。
それが足を着いた瞬間崩れたのだ。
岩に色を付けていたのか哉が意図的に壊したのか。
おそらく後者だろう。
流石に、石錐が増えた直後の佐々木を見れば障害物を減らそうとも思うだろう。
なぜ石錐を減らさないのかと不思議でいたが、こうやって使うためだったのか。
崩れている石錐は、佐々木が足をつけた1つだけではない。
フィールド上にあった全ての石錐が、それと同時に壊れた。
佐々木は崩れた石錐が降り注ぐ中を飛んでいく。
そして、残骸でゴツゴツした地面へと打ち付けられる。
それには佐々木も顔を歪める。
崩れた石錐の残骸は、石から砂へと形を変えて原型を残さない。
佐々木にとって、戦いにくいフィールドに戻った。
転がっていた佐々木は素早く立ち上がる。
その直後哉が走り出し、佐々木に攻撃を仕掛ける。
なのだが、その道は佐々木によって妨害される。
佐々木は、氷を使って障害物の多いフィールドを再度作り直したのだ。
そして佐々木は、一度氷の柱に触れて走り出した。
その氷柱を触る行動に何か意味はあったのか。
あったのだ。
目を凝らしてみると、氷柱と佐々木を結ぶ細い糸が見える。
篠田龍輝との戦いで佐々木が使った、例のワイヤーだ。
無論、それには哉も気づいている。
そのワイヤーを切りたい哉だが、そうはいかない。
佐々木は哉にワイヤーを切らせないよう、氷砲弾でワイヤー付近に近づけなくしている。
佐々木は障害物に手をかけて飛び回り始めた。
氷の上でよくもあんなに走り回れるものだ。
と思って見てみると、佐々木の足には棘のような物が着いていた。
一見すると、氷の棘が靴裏から生えているだけのように見えるが、あれはスパイクを模しているのかもしれない。
そうやって、あっちへこっちへと飛び回り積極的に攻撃を仕掛ける佐々木。
時に佐々木は、空中での異常な方向転換を見せる。
ワイヤーのせいだ。
彼はワイヤーと氷柱や氷塊を駆使し、あらゆる角度から哉を攻撃している。
前にいたと思えば次の瞬間には後ろ。
後ろにいたと思えは次は上。
控えめに言って、その動きは異常である。
人間離れしすぎている。
とはいえ、哉とて押されている訳では無い。
彼も彼で、飛びはしないものの動き続け、佐々木の攻撃を防ぎつつ氷柱や氷塊を壊している。
だが、やはりワイヤーの引っかかった氷柱には近づけない。
石錐や岩砲弾を生成して、氷柱を壊すという手もある。
しかしそれはできない。
哉はそれをさせて貰えない。
それをする隙を、佐々木は与えないのだ。
岩による氷柱への攻撃になりそうな動きは、一切させない。
しようとすると、佐々木は哉目掛けて一直線で飛んでくる。
故に、哉にできるのはワイヤーに気を付けつつの移動と防御くらいである。
佐々木は再度、哉へと飛びかかる。
しかし今回、哉は防御をしない。
石剣を素早く横振り。
攻撃をした。
攻撃は最大の防御とは言うが、このことだろう。
佐々木はワイヤーを駆使し、飛んでいるその身を止めた。
そして地面に足を着く。
それだけ。
たったそれだけの時間。
佐々木が哉に飛び掛れないその一瞬があれば、彼は十分だった。
哉は剣を振ると同時に上げた右足を強く踏み込む。
途端地面はボコボコと、根を張るように隆起していき、全ての氷柱氷塊を砕いだ。
絡まらないようにピンと張り巡らされたワイヤーが一瞬にしてしなる。
佐々木は腰に着いたワイヤーの魔道具を急いで外し、捨てた。
捨てられたワイヤーは物凄いスピードで巻き取りを始める。
もしあれを捨てなければ、佐々木は高速で巻き取られるワイヤーに襲われていたのだろう。
現在もワイヤーは、かなり暴れている。
あれは危険だ。
ワイヤーを捨てた佐々木は、横に走り出した。
横に大きく回り、哉に斬撃を与える。
しかしそれは当然のように防がれ、続けて次の攻撃へと動く。
連撃。
『キンキン』と甲高い音が連発する。
佐々木の攻撃は目にも止まらぬ早業だが、哉の防御術もかなりの早業だ。
佐々木のすべての攻撃を、難なく防いでいる。
いや、防いでいるだけではない。
よく見ると、防御の中で攻撃も仕掛けている。
佐々木も佐々木で、それらを防ぎきる。
両者とも一歩も引かない連撃はしばらく続き、最後の一層強い一撃で連撃が止まる。
剣と刀をキリキリと合わせた状態で睨み合う。
そして今度も、互いに剣を押しあって後ろへと飛ぶ。
そこから数歩下がって、距離を取る。
その後、2人は何か語り合うような視線を交わして構えた。
哉は石で鞘を作って剣を納める。
その後足を大きく広げて体制を低くする。
まっすぐと佐々木を見ている。
佐々木は速撃迅斬の構え。
右足は引いたものの、左足を重心に直立している。
そして彼もまた、哉を見ている。
両者とも目つきは鋭いもので、会場に緊張が走る。
これだけの人数が居て、一切の音がない。
『しーん』なんて擬音もつかなさそうなほどの静けさだ。
突然だった。
佐々木の足から力が抜け、佐々木は若干前傾で体を落とす。
そして強く踏み切る。
佐々木が元いた場所は凹んだ。
哉もそれに合わせるように走り出す。
が、見るからに佐々木の方が速い。
このまま剣が交われば、与えられる力で哉が負けるだろう。
哉もそれを察していた。
故に、彼は佐々木の進路に石錐を作り出す。
佐々木はそれを見て横に軽く飛び方向転換。
哉も、そう簡単には近づかれたくないのか石錐を何度も生成する。
哉から見れば、佐々木がいくつもの石錐の後ろを右から左へと走り抜けているように見えるだろう。
と、その時。
佐々木がある石錐の後ろを通りかかった時。
石錐を通り過ぎる佐々木の姿はない。
佐々木は右から石錐の後ろに入り、右から出てくる。
常軌を逸した方向転換。
哉も、すぐにはそれに反応できない。
そうこうしている間に佐々木は哉との距離を詰める。
そして刀を振るった。
それには哉も反応し、防御。
刹那、佐々木が水風船のように破裂した。
それは、水人形だったのだ。
なら、佐々木はどこだ。
上。
哉は頭の上で刀を構えて降ってくる佐々木を寸前で捉える。
そして水人形に振るっていた石剣を素早く上に振り上げる。
『キーン』
と、1つ。
余韻を残した金属音が響いた。
上から降ってきた佐々木は、その衝撃を和らげるため着地とほぼ同時にしゃがみ込んだ。
そしてそのまま動かない。
何故か。
その理由は佐々木のすぐ横、顔の真横にある。
圧縮され、黒木輝く石剣が。
彼らから少し離れた場所に、折れた刀が突き刺さった。
『試合終了!!
優勝は、哉伽月選手〜〜!!』
激しい歓声と拍手と共に、決勝戦が終わった。




