第四十六話 『師弟』
「俺に、戦い方を教えてくれ」
俺に土下座で頼み込んでくるのは、俺が前にあった男。
とても土下座なんてしなさそうだった男。
俺が前にボコボコにし、序列5位の座を奪ったリーダーさんだ。
名前は知らない。
「おい、ここで土下座はやめろ」
そう、今は戦い方どうこうよりも、場所を考えてほしい。
廊下のど真ん中で土下座してくるやつがあるか。
しかも休み時間に。
時と場所を考えろ。
「いや、俺の気持ちはこれだけでは収まらねぇ
踏みつけてくれてもいい
俺はそれだけの気持ちでこうしているんだ!」
いやまぁ、勢いは伝わった。
本気度も伝わった。
だからここで土下座はやめろよ。
自分の気持ちじゃなくて、俺の気持ちを考えてくれ。
俺はお前の気持ちを分かったんだから、お前は俺の気持ちを分かってくれよ。
みんなの視線が痛いだろ。
お前も痛いだろう?
なんでそんなにずっと土下座していられるんだよ。
恥ずかしくないのか?
「もうわかったから、その土下座をやめてくれ」
「いや、教えてもらえるまでやめねぇぞ」
「分かった
分かったから
教えるから
それをやめてくれ」
早くやめてほしい
「本当か!」
リーダーさんは、嬉しそうな顔を思いっきり振り上げる。
首が飛んでいかないか心配になるスピードで。
「ああ、本当だ
だから立ってくれ」
土下座じゃなくとも、俺が立っていてこいつが座っているという構図もなかなかに辛い。
「おう!
いつから教えてくれんだ
今日か?明日か?」
勢いがすごい。
食いつきがすごい。
押し倒されそうだ。
やめてほしい。
「まぁ、ちょっとだけなら今日から教えられるけど......」
バイトもあるのでちょっとだけだ。
部活には顔は出せないだろうな。
俺自身としては、こいつより部活の方を優先したいのだが、ここで断ればまた土下座されそうな気がする。
それは避けたい。
周りの目線が痛いのだ。
傍から見れば、俺がこいつを土下座させているようにしか見えない。
学校のど真ん中で土下座させるなんて、それこそ十狂と言われかねない。
それは嫌だ。
「けど、なんだ?」
と、俺がそんなことを考えていると、リーダーさんがそう言ってきた。
俺が途中で言葉を止めたところが気になったようだ。
「なんで戦い方を教わろうと思ったんだ?」
それは素朴な疑問。
聞いたところで、教えなければならないという事実は変わらないのだが、少しだけ聞いておきたい。
「ああ、それか
それぁだな......」
どんな理由があるのだろうか。
まぁ別に、涙溢れる理由などは期待していないが。
「闘校祭で上位に上がりてぇからだ」
上位に上がりたい、か。
「お前なら普通に上がれるんじゃないか?」
こいつは俺がボコボコにしたとはいえ、もとは序列5位だ。
単純に考えれば上位にはすんなりと上がれる気がするんだが。
「いや、そう簡単にはいかねぇ
俺が序列5位にいたのは、正直なところ運もあんだ
闘校祭ってのは、そんな簡単には勝ち進めねぇんだよ」
そんなもんなのか。
まぁ、俺はその闘校祭に出るつもりはないからどうでもいいんだが。
「上位に上がってどうするんだ」
別に上位だからって、できる事なんて少ないだろに。
「ちっ
そんなことまで言わせんなよ......」
言いたくないのか。
なら別に聞かなくてもいいだろう。
聞く意味もないしな。
聞いてみただけで、興味だってそんなに無い。
「上位に居ないと、あいつらをまとめらんねぇからだよ」
ああ、話してくれるのね。
にしても、またあの取り巻きのためか。
こいつ、仲間思いだよな。
そうか、確かにこいつの言うことにも一理あるな。
人をまとめるには、ある程度の力か権力がいる。
そんなもんだ。
それを持たないリーダーは、かなり頭が切れるとかそんな奴だろう。
それ以外の奴は、リーダーとして長くはやっていけない。
こいつは、お世辞にも頭がいいとは思えない。
力任せな乱暴者ってイメージだ。
「そうか......」
俺はリーダーさんに、戦い方を教える羽目になった。
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あれから少しリーダーさんと話をした。
戦い方を教えるのは良いが、俺は彼のことを知らなさすぎるからな。
殴り合った......いや、殴りつけた仲だが、俺は彼のことをほとんど知らないのだ。
おそらく、彼の能力は衝撃を操るとかいった感じなんだろうが、それも予想だ。
確実ではない。
戦い方を教えていく上で、相手の能力を知っておく必要がある。
後、名前も。
てなわけで、色々と話を聞いたのだ。
彼は、『三上珀』、同学年。
能力は、予想通り『衝撃』だった。
三上曰く、二つ名は『破壊神』らしい。
知らんがな。
二つ名なんて、聞いてねぇよ。
聞いたところでなんの意味もねぇよ。
自分から、「ちなみに俺の二つ名は───」とか得意げに言ってきた時には、こいつ馬鹿なんじゃないかと疑った。
いや、疑うまでもなく馬鹿なんだ。
だってそうだろう?
力任せになんでもかんでも壊すから『破壊神』
完全に馬鹿にされてんじゃん。
それに気づかずに、自慢げに自分から話す。
鈍感系の馬鹿確定だ。
で、そんな馬鹿を教育するため、放課後パパっと部員たちに許可?というか確認?というか報告?を取ろうと思ったのだが。
「ダメです」
否定された。
俺が三上に戦い方を教えるのは認めない、と。
否定した人物は意外も意外。
遠坂妹だった。
遠坂妹は、否定しないと勝手に思っていた。
そして次に否定したのが遠坂姉だ。
「一度あなたを危険に晒そうとした人なんて、信用ならないわ」
何こいつ。
いつも俺に対してきつく当たっているのに、こういう時には俺の事心配してくれんの?
何、ツンデレですか。
ツンデレなんですか。
「ちなみに、あなたを心配してるんじゃなくて、ユキの意見に賛成ってだけ
くれぐれも心配されてるなんて思わないでほしいわね
気持ち悪い」
あぁ、これはツンデレですねぇ
冗談だ。
そう思いたかった。
普通ならこういうセリフを聞くとツンデレっぽく聞こえるが、こいつの場合は本気で心配していないんだろう。
最後の「気持ち悪い」が何よりの証拠だ。
とまぁ、遠坂姉妹はこんな感じな訳だが、残った二人、哉と明蓮寺は否定してこない。
むしろ、「別にいいんじゃないか」みたいな感じだ。
「翔琉先輩なら危険になることはないはずです」
とか
「お前なら大丈夫だ」
とかと、謎の信頼を押し付けてくる。
嫌な気はしないけどね。
思えばこの二人は、俺が三上をボコボコにしたのを目の前で見ているわけで。
あれを見ていれば、嫌でも信頼せざるを得ないのだろうか。
あの時の俺は、ケロッとしていた。
それに比べて、三上は意識を失うほどぐったりしていた。
正直、あの時はやり過ぎたと思った。
内心では負けていた。
だがそれは、周りから見れば圧倒的勝利。
俺の心情など、どうだっていいのだ。
俺が勝ったという事実だけが残る。
その結果がこれ。
謎の信頼を生んでしまう事態になった。
これは、俺が期待した信頼とは違うのだがな。
と、これで部内の意見が二つに分かれたわけだが、俺はどうするべきだろうか。
俺個人としては、あいつに戦い方を教えたい。
また廊下で土下座されるのはごめんだからな。
「ただでさえ先輩に敵意を持っている人です
そんな人に戦い方を教えるなんて、危険すぎます」
と遠坂妹。
心配してくれるのはありがたい。
「翔琉先輩の強さは圧倒的です
危険になることなんて、万が一にもないと思います」
と明蓮寺。
信頼してくれるのはありがたい。
二人ともありがたいのだが、俺はもとより教える気ではあるのだ。
俺はただ、部活を休む許可が欲しいだけ。
教える教えないの議論は、俺にとってどうでもいいのだ。
まぁ、心配とは信頼とかは嬉しいのだが。
遠坂妹と明蓮寺は、なんだかんだと言い合いを続けている。
心配と信頼のぶつかり合いだ。
俺のために争わないでくれ。
ふざけてる場合じゃないですね。
「ユキちゃん
心配してくれるのはとても嬉しいけど、俺はもう教える気でいるんだ
俺がここに来たのは、部活を休むけど大丈夫かというのを聞きに来ただけなんだ」
俺は遠坂妹に、そう言った。
思っていたよりも、申し訳なさそうな顔になった。
「でも先輩が.....」
遠坂妹はなかなか食い下がらない。
心配してくれるのはありがたいんだけどな。
「俺は大丈夫だよ
危険なことにはならない」
俺はそう断言した。
油断は禁物。
当然、俺も油断している訳ではない。
遠坂妹を安心させるため、あえて断言したのだ。
「......分かりました」
ようやく折れてくれた。
しかし、しぶしぶと言った感じだ。
納得はしていないご様子。
不服そうだ。
「ユキがそう言うのなら、私は翔琉に反対しないわ」
遠坂妹と同じ反対派であるお姉さまはそんなに不服そうではない。
本当に、妹に同意していただけなのだ。
俺を心配する心なんて、微塵もないのだ。
いっそ清々しいな。
笑えるぜ。
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「じゃぁ手始めに、俺に向かって攻撃してみろ
俺は避けるだけだ」
遠坂姉妹から渋々の了承を得たので、現在は三上と俺の二人は闘技場に来ていた。
俺はこれから、ここで三上に戦い方を教えなければならない。
そこで俺が提案したのは、俺はただ三上の攻撃を避けるだけ、というもの。
客観的に見れば、俺はかなり舐め腐っているだろう。
ただ、別に俺は三上をなめている訳ではない。
むしろ、警戒している。
警戒しているからこその提案だ。
相手の攻撃パターンを把握する。
そのうえで、教育プランを建てなければならない。
どうせ戦い方を教えるのなら、本気で教育したい。
「じゃあ、行くぜ?」
三上は言った。
俺も本気で避けつつ、一度戦ったこいつの動きを再度しっかり見ることにしよう。
三上が俺に向かって、拳を構えつつ走ってくる。
やはり遅い。
前世での、男子の平均より少し速いくらいのスピード。
俺からすれば相当遅い。
腰の捻りも使わずに放たれる拳の進路を、俺は手のひらを使って逸らそうとする。
しかしそれは逸れない。
決して速くはない拳が、何の衝撃も加えられずにこちらへ飛んでくる。
これが彼の能力か。
こういう使い方をしているんだな。
放っている最中は衝撃を消し、直撃する寸前で衝撃を大きくする。
そうすることで、コースを逸らされない最大火力の攻撃が生まれる。
速くもないのにあの時のような威力が出るのはそのせいだ。
遅い攻撃は、なるべく動かずによけようとする。
例えば俺のように、手を使って。
それを逆手に取った攻撃方法だ。
要は初見殺し。
分かってしまえば避けるのは簡単。
体ごと避ければ、なんてことのない攻撃だ。
そんな攻撃、いくら放っても無駄。
二度目からは当たらない。
俺はそんな攻撃を受け続け、避け続けた。
ずっと同じ光景。
むしろ微笑ましくなるような、そんな光景だ。
そんなのが、数分続いた。
数分間ひっきりなしに振りかかってくる拳に、俺は一度も当たらなかった。
当たらないどころか、かすりもしない。
三上の攻撃スキルより、俺の回避スキルの方が数倍上回っているのだ。
当然だろう。
だが、俺はその一度も当たらない攻撃に関心していた。
いや、攻撃と言うよりは三上自身にだが。
俺が、なぜ感心したのかというと、諦めなかったからだ。
数分間、一度も攻撃が当たらないのにも関わらず諦めないのは、単純に凄いと感心出来る。
俺なら当たらない攻撃ならすぐに止めてしまうと思う。
こいつには根気がある。
教えがいがありそうだな。
「はぁ......はぁ......」
俺はそうでもないが、引っ切り無しに攻撃していた三上はバテバテだ。
肩で息をしている。
汗がドバドバと吹き出しているのが、少し離れている俺からでも見える。
水たまりが出来そうなほどだ。
体からは湯気が出ている。
「ちょっと休憩するか?」
あの様子では、あまり動けないと思いそう提案したのだが。
「お前はこの後バイトなんだろ?
時間がねぇ
休憩はお前が帰ってからで十分だ」
三上はそう言った。
こいつ、本気だな。
でもなぁ
「お前、動けるのか?」
単純な疑問。
今の三上は、肩で息をしている。
あんなので、動けるのだろうか。
三上の熱意は伝わったのだが、熱意があるのと動けるのは違うからな。
「あぁ、大丈夫だ」
さっきまでの三上が嘘のように、本気の顔を俺に向けてくる。
もう、肩で息はしていない。
まぁ、相変わらず汗はダラダラだが。
「じゃぁ、次は俺がお前に攻撃するから、お前は避けろ」
「あぁ、分かった」
三上の鋭い下三白眼が、俺を貫く。
俺は「すー、ふー」と一呼吸をして、地を蹴る。
刹那、目にも止まらぬ速さで三上に近づいた俺は、一発だけ腰の入った拳を放つ。
三上は疲れていることもあって、俺の攻撃に反応できていない。
避ける動作すらとれていないのだ。
威勢はあっても、体力が回復するわけではないし、当然だろう。
予定変更だ。
今放っている拳を、このまま振りぬくつもりだったがそれでは当たってしまう。
少し狙いをずらす。
俺が放った拳は、三上の顔のすぐ横を掠める。
彼はそれに反応できない。
反応どころか、追うことすらできなかった。
何が起こったのかまだ理解できていなさそうな三上は、遅れて俺の攻撃を目で追った。
何も言わない。
これで分かった。
こいつが強いのは、威力があるから。
それだけだ。
改善点などいくらでもある。
その中でも一番目立つのが、
「お前は、スピードがない」
いくら疲れているとはいえ、俺が途中で変更した攻撃にびくともできないのは遅い。
強くなるのに重要な速さが、彼には欠落しているのだ。
「スピード......」
三上は、ボソッとそうつぶやいた。
まるで、今までそんなこと言われたことなかった、とでも言うような顔で。
「お前の攻撃は、生半可な受け身では防ぎきれない
要は、当たれば勝利の一撃必殺な訳だ」
「......」
三上は無言で、その鋭い目を俺に向けてくる。
ちょっと怖いんですけど。
「なら、避けれてしまえばこっちのもんだ
絶対に当てなければならない技に、スピードがない
これは致命的な欠陥だ。分かるだろ?」
「あぁ......」
三上の顔は真剣そのもの。
こっちが気おされてしまいそうなほどだ。
「まずはそこから鍛えないとな」
「なら、今から走んのか?」
まぁ、走ってもいいんだが。
「いや、お前の場合は走らなくても能力で何とかなるだろう」
「能力をそんなことに使うのか......」
そんなこと、か......
確かに、能力の使い方としては迫力がないかもしれない。
せっかくの能力だから派手に使いたい。
その気持ちはわかる。
だが、派手なものだけが能力ではない。
派手な使い方から地味な使い方まで、幅広く使える奴が強いんだと俺は思う。
持っている手札の多いほうが勝利する。
基本的にはそんなもんだ。
「なぁ......」
三上はボソッとそう言った。
俺の名前じゃないから分かりにくいが、きっと俺を呼んだのだろう。
こういうのにも慣れていかないとな。
「師匠って呼んでもいいか」
「だめだ」
大したことを教えた訳では無いのに、師匠なんて小っ恥ずかしい呼ばれ方はされたくない。
「そこを何とか、師匠!」
「やめてくれ......」
不本意ながら、弟子ができた。
第五章『新生活』・終了
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