第四十話 『勉強会』
「そろそろ中間テストだね
君らはどんな感じ?」
五月に入って数日が経った。
五月と言えは何がある。
そう、牧田の言った通り中間テストだ。
憂鬱で仕方ない。
どんな感じ?ってどういうことだ?
いい点が取れそうかってことか?
それなら俺は、取れそうにない。
授業中に寝てばっかりの俺だ。
当然だろう。
良くない結果に終わる自信がある。
だが、それも今のところの話だ。
勉強次第で結果は変わると思う。
「今のところはダメダメだな」
とりあえず、俺は現状を報告した。
と、そこで哉はどうなのだろうと彼の方を見てみる。
すると哉は、幸せそうな顔でお隣さん作の弁当を頬張っていた。
まったく。なんて幸せな奴なんだ。
「お前は余裕そうだな」
俺は口いっぱいに白米を押し込んだ哉に言った。
すると哉は急いで租借を終わらせて口の中身を飲み込んだ後、不思議そうな顔をした。
「余裕な訳ないだろ」
どうやら、俺の嫌味が伝わっていないようだ。
ほぼ授業を受けていない俺より馬鹿なこいつに、本気で「余裕そうだな」なんて言う訳ないじゃないか。
それなのにこいつは、どうしてここまで平然としているんだろう。
お前、結構ピンチだと思うぞ。
「じゃぁさ......」
牧田がないかを提案するようだ。
「勉強会を開こうよ」
「いいな、それ」
俺はその勉強会というものに賛成した。
みんなと勉強できるというのは助かる。
それに何より、人生初の勉強会。
楽しみだ。
「俺はいいや。勉強は嫌いだ」
哉はそう言ったのだが......
「君は強制参加だよ
ピンチなんだよ?分かってる?」
「......はい」
俺たち三人の勉強会への参加が確定した。
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「そろそろ中間テストですね
皆さん、どんな感じですか?」
遠坂妹は、昼に牧田がしたことと全く同じ質問をした。
「私は完璧ですね!」
相変わらず俺にくっついている明蓮寺は、余裕綽々な様子でそう言った。
完璧なのは分かったから、離れてほしい。
最低でもその、ご自慢のお胸を離してくれ。
理性がぶっ壊れてしまう。
ぐへへ、襲っちゃうぞ。
みたいになっちゃうじゃないか。
そうなってもいいのか?
こいつにとってはそれもいいんだろうな。
ドンと来いです、とか言いそうだ。
こいつは変態だから......
「俺は完璧にさせられそうだよ」
死んだ目で、どこか遠くを見るようにしてそう言ったのは哉だ。
そんなに勉強が嫌なのか?
俺は、悪い点数を取ったあとの補習の方が嫌だと思うけどな。
いや、哉は今を生きているんだ。
後のことは、後になってから考えるのだろう。
哉はそういうやつだ。
「私は大丈夫ね」
と、お姉ちゃん。
「そんな訳ないでしょ
お姉ちゃんはお勉強できないんだから頑張らなきゃダメでしょ」
と、妹ちゃん。
そうなんだ。
遠坂姉って勉強できないのか。
いやでも、できないと言うのも遠坂妹からすると、なのかもしれない。
実は遠坂妹はトップレベルの天才で、普通レベルの成績でも馬鹿に思えるのかもしれない。
なんてね。
さすがに、そんなことはないだろう。
「あなたの頭が良すぎるのよ」
なんてこった。
遠坂妹は天才でした。
「そんなことないよ
目標に届かないことも、たくさんあるから......」
遠坂妹は謙遜しつつ、悔しそうな顔をした。
目標か......
考えたこともなかったな。
確かに、目標を決めることは大事かもしれないな。
じゃぁ、赤点回避でいいや。
「先輩はどうですか?」
と、遠坂妹は俺に話を振った。
遠坂妹は、この部活に彼女にとっての先輩は三人もいるのにも関わらず、俺の事を先輩と呼ぶ。
「まぁ、今のところはヤバいかな」
ここで見えを張って「完璧!」なんて言っても意味が無いので、本当のことを言うとしよう。
目標が赤点回避の奴が、余裕なわけがない。
まぁ、この学校のテストのレベルを俺は知らないのだが。
「そうですか」
そうなんだ。
「勉強会しませんか?
私、一人でお姉ちゃんに教えるの大変なんですよ」
妹がそんな話をしているとき、お姉様はそっぽを向いていた。
露骨に嫌そうな顔だ。
何を見ているんだろう。
部屋の端っこをしているのだろうか。
それにしてもこの姉様、一年生に二年生の勉強を教わっているのか。
恥ずかしくないのかな。
もし俺が宙に勉強を教わるなんてなったら、恥ずかしさのあまり死んでしまうかもしれない。
「勉強会か......」
そういう会って、結構開かれるもんなのかな。
「いつやるんだ?」
「いつでもいいですよ」
いつでもいいのか。
牧田との勉強会とはずらさないとだが、牧田との勉強会がいつ開かれるのか分からない。
「一緒にやろうぜ」
死んだ顔のまま、抑揚のない声で言ったのは哉だ。
確かに、牧田と一緒にやるのもいいかもしれない。
まぁ、大勢になり過ぎると効率は落ちるかもしれないが、別にいい。
今の俺は、勉強会で勉強なんて求めてない。
求めているのは経験だ。
勉強会そのものだ。
みんなで集まるとか楽しそうじゃないか。
「なら、私の家でしましょう」
「いいですよ」
下級生同士で、会場が決まった。
別にいいけどね。
「翔琉先輩は、私の部屋で二人っきりでお勉強しましょうね。」
なんだか急に、行きたくなくなってきたぞ。
何かを持ってイかれそうだ。
---
「ここです」
勉強会当日。
明蓮寺はそう言って、自分の家を紹介した。
「「「「......」」」」
俺・哉・遠坂姉妹の四人は、口をあんぐりと開けて驚いていた。
それもそのはず。
明蓮寺家が、想像の数倍も大きかったのだ。
見た目、和風のお屋敷だ。
ごくごく普通の街中に、ドカンと大きな一軒家。
曲がり角から次の曲がり角まで明蓮寺家。
それを四辺分。
四つの曲がり角を、明蓮寺家が支配している。
屋根の付いた塀で囲まれた屋敷は、門ですら大きい。
木と鉄で作られた門。
重たそうだ。
入り口。門の手前には、ゴツゴツした男が二人。
道着のようなものを着て立っている。
門番なのか、重たい扉を開ける役なのかは分からない。
岩のような筋肉。
ぶつかっただけで痛そうだ。
強いかどうかと聞かれればまあまあだろう。
平均よりは全然強い。
が、俺ほどではないだろうな。
ちなみに牧田はいない。
都合が合わなかったらしい。
「「おかえりなさいませお嬢様」」
息の合った二人だ。
あらかじめ練習しておいたかのように、ピッタリそろったお出迎え。
それにしてもお嬢様、か......
清楚系美少女お嬢様。
それでもって頭もいい(自称)。
それだけ見れば、完璧少女なんだがな。
彼女は変態の俺が認める、ドが付くほどの変態だ。
それが「おかえりなさいませお嬢様」、か。
「ふっ......」
「何笑ってるの?
気持ち悪いわよ」
別に笑うくらいいいだろ。
どうしてこう、遠坂姉は俺に対して牙を剝いてくるんだろう。
ちょっとばかし、鬱陶しいんだけど。
ちょっとだけ。
ほんのちょっとだけだ。
「『おかえりなさいませ』ってのは、こういうものなんだぞ」
「みんな、先に行ってて頂戴。私は用事ができたわ」
「じゃぁ、俺も先に行ってるよ
用事、頑張ってくれ」
「何を言っているの
あなたも付いてきなさい
みんな、安心して
すぐに帰ってくるから。一人で」
一人で、か。
「おいおい、一緒に行った俺は帰れないのか」
「分かるでしょ」
いや、分かりたくないでしょ。
「安心しなさい。骨は拾ってあげるわ」
「遠坂先輩、翔琉先輩を殺さないであげてください
彼が死んでしまっては、サッカーチームが作れませんので」
あの、なんだろう。
俺を種として見るのやめてもらっていいですか。
というか、サッカーチームなら地元のちびっ子集めて作れよ。
なんて俺から搾り取ろうとするんだよ。
「分かったわ
生かしてはおくわ」
『は』を強調しないでくれ。
行くも地獄戻るも地獄だ。
無事に、五体満足で帰ってくるとしよう。
「ほら、早く行きなさい」
「どこにだよ」
「どこでもいいわ。人目のない場所に案内しなさい」
こいつ、自分で殺した奴の骨を拾うとか、今からボコボコにされる場所を選べとか、サイコパスなんじゃないか。
どこにしようかな。
出来るだけ逃げ回りやすい場所。
障害物の多い場所がいい。
明蓮寺なら、この近くのそういう場所を知っているんじゃないか。
そう思い後ろを振り返ると、皆そそくさとお屋敷に入っているところだった。
そんな、薄情な......
いや、プラスに捉えよう。
俺は信用されているんだ。
絶対に遠坂姉には負けないと。
よし、頑張るぞい!
数分後。
無事に生還した俺は、遠坂姉と二人でゴツゴツ門番に門を通してもらい、みんなのいる場所を探している。
探していると言うよりは、遠坂姉がずかずかと進んでいる感じなのだが......
実のところ、俺はみんながどこにいるかは大体予想が付いている。
かすかにだが、声が聞こえてくる。
きっと、俺にしか聞こえていないがな。
ならどうして、みんなの場所を遠坂姉に教えないのか。
それは面白いからだ。
自信満々ワクワク笑顔で、真反対に向かっている。
満面の笑みで、ことごとく逆を行く遠坂姉は見ていて面白い。
「ねぇ翔琉」
遠坂姉が、俺の名前を呼んだ。
さっきまでブチキレていた遠坂姉は、今ではご機嫌だ。
大きい家に入れて、テンションが上がっているのだろう。
探検出来て楽しいのか。
「なんだ?」
呼ばれれば返事をしなくてはならない。
それがこの世界の理だ。
「迷ったわ」
「......そうか」
そうかそうか。
迷いましたか。
ならそういう顔をいて欲しい。
俺に迷ったことを告白した遠坂姉の顔は、笑顔そのものだ。
お手本のような笑顔をしている。
「その笑顔を、ご主人様相手にできるように精進しろよ」
そんなこと、口が裂けても言えない。
次こそは殺される。
勉強中、少しウトウトしてきた俺に向かって「寝かしつけてあげるわ」とか言って心臓を持っていかれそうだ。
文字通り、あなたのハートを鷲掴みだ。
恐ろしいね。
「こっちに来い
みんなはこっちだ」
ひとまず、みんながいる部屋に向かうとしよう。
「わかるの?」
「ああ」
「なら、なんで早く言わなかったのよ?」
「楽しそうにしてたからな、お前」
ここで嘘をついたら、怒られそうな気がする。
そもそも、嘘をつく理由もない。
「そう......」
遠坂姉はどこか恥ずかしそうに頬をかいた。
「行くわよ
早く連れて行きなさい」
俺が連れて行くのに、俺の方が後ろを歩くのな。
どうしてお前が先に行くんだ。
「次、左です」
出来るだけ感情を抜いて、そう言った。
「何、その言い方」
「いや、何でもない
気にしないでくれ」
どうやらこの世界で、ナビのボケは通じないみたいだ。
まぁ、ナビなんて存在するはずもないからしょうがないのだが。
ネタが伝わらないのは、寂しいな。
---
みんながいる部屋に着き、まず驚いたのは部屋の広さだ。
外からの見た目通りの大きい部屋だ。
俺の部屋の四倍は軽く超えている。
こんなに大きい家で部屋もこんなに大きいのなら、掃除が大変そうだ。
仮に一人でこの家を掃除するとすると、一日では足りないだろう。
和室をメインにしたこの家は、部屋一つでも俺の家よりも掃除が大変そうだ。
そんな広い家の中。
大きな部屋の一つ。
その中心に、これまた大きな机が置かれている。
それを囲むようにして、皆が胡坐だったり正座だったりで座っている。
そして、次に驚いたこと。
それは、哉が死んでいたということだ。
これはもちろん比喩で、本当に死んでいる訳ではないのだが、哉は机に突っ伏していて、半開きの口からは魂が抜けて行っているようにしか見えない。
あの魂は何処へ行くのだろう。
いや、そんなことはどうでもいいのだ。
「大丈夫か?」
とりあえず、哉の生存を確認する。
「どうして二乗したらマイナスになるんだ......」
力の抜けた口調だ。
目の焦点が合っていない。
虚空を見つめている。
二乗したらマイナスか。
複素数かな。
「そういうもんなんだよ」
部く素数、特に『i』はそういうものだ。
「お前もそう言うのか」
どうやら、牧田も俺と同じことを言ったようだ。
「どうしてなんだよ
どうして二乗すればマイナスなんだ
マイナスだって二回かけたらプラスなんだろ
どうして急にルールから外れたことするんだよ!」
急に哉の生気が戻った。
目に光が戻っている。
ただ、正気とは思えない。
どこか狂ったようなハイライトだ。
「お前らもお前らだよ
どうして『i』とかいうまがいものを受け入れてんだよ
こいつはルールを破ってるんだぜ?
どうして始めからいたみたいになってんだよ」
とんでもないことを言い出した。
確かにルールからは外れている。
がしかし、そういうもんなんだ。
そこを受け入れなければ何も始まらない。
「そんなこと言ってるからできないんだよ」
「......」
哉が黙った。
その後、せっせかと問題を時始めた。
さて、俺も取り掛かるか。
そう思った時だ。
「伽月、その気持ち分かるわ」
まさかのあっち側が現れた。
遠坂姉だ。
こいつもまた『i』に物申したい奴だったのだ。
何も悪くないのに好き勝手言われる『i』。
不憫だ。
「だいたい、『i』ってなんなのよ
他の数字でもいいでしょ」
なぜ『文字』じゃなくて『数字』なんだ。
係数と見分けがつかないじゃないか。
それをどうやって計算するんだ。
こいつ、本物の馬鹿なのか。
遠坂姉は、哉よりも残念なのかもしれない。
「お姉ちゃん、赤点回避する気あるの?」
遠坂妹は、少し強めにそう言った。
いやでもその通りだ。
もう少し真面目に考えろ、お姉様よ。
「数字にしたら、係数と見分けがつかないじゃないか
せめて記号にしないと」
「それもそうね」
そうねじゃねぇよ。
まずそこに疑問を持つんじゃねぇ。
話が進まないだろ。
『i』は『i』のままでいさせてやれよ。
どうして変えようとするんだ。
こいつら、大丈夫か。
とうか哉の奴、よく高校二年生で編入できたな。




