第三十五話 『手紙』
能力研究部結成数日後。
遠坂姉に怒られ、小さくなっていた哉も少しづつ本調子に戻っていき、今では前までの元気さを取り戻している。
そのせいで......いや、おかげでと言おう。
この部活は、いい意味で騒がしくなってきた。
活気の溢れる部活と言っても差し支えないだろう。
しかしそんな部活にも、ある問題が発生している。
その問題とは、部活はしているが活動はしていない、というものだ。
とは言っても、部員は皆、毎日元気に部室に足を運んでいるし、楽しく会話もしている。
一見すると、欠席者0で楽しく活動をしている元気な部活だろう。
実際、未だ誰一人として欠席はしていないし楽しく元気に部活をしている。
だが、それだけなのだ。
『能力研究部』の名に恥じない活動ができているかと言うと、そうでは無い。
毎日放課後に集まって、くだらない雑談をして帰る。
研究の『け』の字もない。
それどころか、能力の『の』の字すらないのだ。
初めに決めたこの部活の活動内容など、一度もしたことが無い。
なぜこんなことになっているか。
その理由は至って簡単。
俺含め、部員全員に研究をする気が無いためである。
いや、もしかすると遠坂妹だけは、研究する気があるのかもしれない。
とはいえ、その気持ちも少しのものなのだろう。
俺・姉・哉の雑談に、楽しそうに参加している。
と、こんな感じてこの部活の問題点を一つ挙げてみたが、正直な話、俺からすればこのままでいい。
このまま、楽しい時間が過ごせればそれでいいのだ。
無理に研究を初めて、この楽しい時間が終わってしまったらどうしようとゆう不安から、研究が始められない。
そもそも、この『能力研究』と言うのは、俺が人助け系の部活をしたくないがため適当に提案しただけの部活だ。
もとより、研究なんてしたくない。
てなわけで、この問題に部長は目を瞑ろう。
そんなこんなで、『能力研究部』は研究をしない部活になった。
研究しない研究部ってなんだよ......
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翌日、俺は自分の靴箱を見て驚愕した。
靴箱の中。
俺の上履きの上。
俺が靴をしまおうと靴箱の扉を開いた時、目に飛び込んできたのは1セットの紙だった。
封筒に入れられている。
手紙だ。
な、なんだこれは!
もしかするとこれは、噂に聞くラブレターとか言うやつか!
いやぁ、とうとう来ちゃったかぁ
やっぱり、俺はあの宙のお兄ちゃんだからなぁ
血は繋がっていないと言っても、やはり顔はいいのかな。
学校に来始めて数週間。
1ヶ月も経っていないうちからラブレターなんてな。
いやぁ、モテる男はつらいよ。
「なんだそれ?」
声を掛けて来たのは哉だった。
どうゆうわけか、俺と哉の登校時間はだいたい同じなのだ。
よくこうして、靴箱で挨拶をする。
まぁ、今日は挨拶をまだしていないが。
「な、なんでもないよ」
俺は、特に理由はないが、その紙を背中に隠して哉の方へと振り返った。
「いや、なんでもないわけないだろ
お前、靴箱見てニヤニヤしてたんだぞ
正直気持ち悪かった
何があったんだ?」
哉は、俺が紙を隠したことではなく、俺の様子がおかしかったことを気にし始めた。
朝一番から気持ち悪かった、と......
なんて言い草だ。
ニヤニヤしていたのは認めるが、気持ち悪くはないだろ。
と、俺は靴箱を見てニヤついている自分を想像する。
うん、気持ち悪い。
少し、表情を改め直すとしよう。
「で、後ろに隠しているのはなんだ?」
やはり、コレが気になるか......
俺が表情直しに人知れず努力している最中、哉は俺の後ろを指さしながらそう言った。
哉は、俺の後ろに回り込もうとしてくる。
それを、俺はくるくると回り阻止する。
背後を取られるわけにはいかない。
こいつに、この手紙が何なのかを知られるのはなんか嫌だ。
なぜかは分からないが、少し恥ずかしい。
そもそもこれは、相手が俺に秘密裡に渡してきた大切な物なのだ。
おいそれと、言いふらすことはできない。
こいつにバレてはいけないのだ。
しかし、それでも哉は回り込む。
俺は見せまいと体を回す。
昇降口でグルグル回る男二人の乱闘は拮抗している。
互いに一歩も譲らず、向かい合ってグルグルと。
それはさながら、社交ダンスのようだ。
思えば、心做しかオーディエンス(野次馬)も増えてきた気がする。
それも当然だろう。
朝っぱらから昇降口で回る男二人が、目立たないわけない。
早く諦めてくれないかなぁ
俺がこのやり取りにうんざりしだして、気を抜いた刹那、
哉が俺の腰あたりに手を伸ばしてきた。
その手は、何のモーションも無く伸ばされた。
哉は鷹のような目をして、俺の背後へと手を回す。
肩を入れて右手を精一杯伸ばしている。
哉は、飛び込むようにして俺に背後、手紙へと一直線に向かう。
それを、俺は手紙を体の前に持ってきて躱す。
が......
その行動を横目で見た哉は、ニヤリと悪い顔をした。
哉の体は、もう半分以上俺を通りすぎている。
隣を抜けていく哉を目で追う。
哉は、今にもヘッドスライディングしそうな体制である。
しかし、哉はその体制から左手を動かした。
その手は、俺の持っている手紙へと弧を描くように向かう。
それに気づかなかった俺は、手元の手紙を掴まれた。
「.....っ!」
哉は、俺の手から手紙を剥ぎ取った。
それはもう一瞬で。
こ、こいつ......強い!!
俺から手紙を強奪した哉は、勢いのまま飛んでいき、受け身を取って着地する。
手には、手紙がしっかりと握られている。
しっかりとだが、強くではない。
哉は立ち上がりつつ、振り返って俺に手紙を見せてくる。
ドヤ顔で。
俺の勝ちだとでも言わんばかりの表情で。
うざい......
昇降口の戦いに、決着がついた。
哉の勝利だ。
周りから見ればどうでもいい戦いかもしれないが、俺たちにとってはそうではない。
男と男の戦いなのだ。
大事な戦いだったのだ。
「で、なんなんだこれ?」
哉はそう言って、手紙を開けようとしている。
糊付けのされていない手紙は、いとも簡単に開いてしまう。
「ま、待て!!」
俺はそう言って哉に駆け寄る。
手紙に向かって手を伸ばす。
―――果たし状だった。
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俺がラブレターだと思って浮かれていたソレは、果たし状だった。
あの後、手紙へと手を伸ばした俺は間一髪のところでギリギリ間に合わなかったのだ。
手紙を開ける時の哉は、ワクワクが目から溢れ出していた。
好奇心に目を輝かせ、期待の眼差しを手紙へと向けていた。
この手紙は何だろう。
何が書かれているんだろう。
と。
おそらく彼も、ラブレターだと思っていたことだろう。
靴箱から出てくる紙といったら、ラブレターと相場が決まっている。
少なくとも、果たし状だとは思わなかったはずだ。
もし仮に、果たし状だと思って目を輝かせていたんだとすると、こいつは狂っている。
だが、こいつはそんな奴じゃない。
頭は悪いが、狂ってはいないはずだ。
ラブレターだと思って封筒から引き出した手紙は、二つに畳まれていた。
その畳まれた紙の正面には、デカデカと『果たし状』と書かれていた。
それを見た俺と哉は、目を白黒パチパチさせて静止したよね。
これは一体どういうことなんだ、と。
で、その果たし状だが、綺麗とも汚いとも言い難い力強い字で書かれている。
実に男らしい字だ。
ご丁寧に、筆で書かれている。
行書で。
こんな果たし状、見たことない。
果たし状感満載の果たし状だ。
人目見ただけで果たし状だと分かる。
ご苦労なこった。
果たし状の内容はこうだ。
『言わせてもらいたいことがある
今日の放課後、哉伽月を連れて校舎裏に来い
逃げるなよ』
伝えたいことだけを簡潔に述べた、分かりやすい文章だ。
相手への思いやりが読み取れるね。
『言いたいことがある』『放課後、校舎裏に来い』
題名と同行者、ついでに逃げるなよの文字さえなければラブレターとも読み取れる。
つまりこれはラブレターだ。
ちょっと男らしいだけのラブレターだ。
同行者がいるからなんだって言うんだ。
つまりあれだろ。
恋の行方を見守って欲しいんだろ。
いいともいいとも。
俺はそういうの嫌いじゃないぞ。
哉を連れていくとしよう。
という冗談はさて置き、『逃げるなよ』が怖いので校舎裏へ向かうことにした。
てなわけで今、俺と哉は校舎裏にいる。
今日の部活は休みにした。
この騒動が終わってから部活に言っても、数分しか居られないだろうと思うからだ。
遠坂姉妹には、適当な理由を言って休みだと伝えた。
「決闘してくるので今日の部活は休みです」なんて言えないからな。
で、ここ校舎裏だが、夕日が当たらずいい感じに影になっている。
校舎裏と言っても、正確に言えば校舎横。
正門から見れば左側。
こんな場所、ほとんど人が通らない。
通るとしても、ごみ捨てに向かう数人くらいだ。
決闘にはもってこいの場所だな。
でも、戦うんならこんな不穏な場所じゃなくて闘技場とかが良かったです。
せっかく闘技場なんて施設があるんだから使いたいよね。
そんな校舎裏に俺と哉は、学校全体を囲む森を背にして立っている。
二人仲良く並んで、だ。
そんな俺たちを囲むのは十数人の厳つい男ども。
ラブレターなんてお世辞にも似合わない奴らだ。
柄にも無いことを......
このグループのリーダーらしき人物は、俺たちを囲む輪には加わらずに、腕を組んで立っている。
そいつの両サイドには、二人の男が侍っている。
二人は、リーダーよりも筋肉質だ。
二人で襲い掛かって来た時には、簡単にやられてしまいそうなリーダーなのに、なぜこのグループをまとめられているのだろう。
こういうグループのリーダーは、もっとごつごつした強そうなイメージなんだが......
もしかすると、あいつがリーダーではないのかもしれない。
いやでも、二人の従者を両脇に侍らせて立っているあいつは、リーダーにしか見えない。
「よく来たな」
「逃げなかったことは褒めてやろう」
そう言ってくるのは周りの奴らで、リーダーらしき人物は俺たちをまじまじと見ている。
真顔で舐るように見てくる。
不愉快だ。
「何の用だ!」
この量の敵を恐れず、哉はそう尋ねる。
「いやぁ、噂の転校生二人がどんな奴らなのかと思ってな
まさか、こんなにひょろそうな奴らだったなんてな
興覚めだよ」
リーダーの第一声は、俺たちを馬鹿にするものだった。
俺たちを囲む手下どもは、リーダーの言葉にクスクスと笑う。
俺たちとそう変わらない体格なくせによくもまぁそんなことが言えるな。
このリーダーは、随分と自分に自信があるらしい。
自信過剰なのか実は強いのか。
どちらにしろ、馬鹿にされていい気はしない。
隣の哉だって、怒りでプルプルと震えている。
今にも飛び出していきそうだ。
「お前だって、十分ひょろそうだぞ」
哉は飛び出さなかったが、煽り返すようにそう言った。
その言葉で、俺にとっては不愉快な今までの明るい雰囲気は一転、場の空気が一瞬で凍り付いた。
俺たちを囲む人間は当然、リーダーまでもが狐につままれたような顔をしている。
煽ったのだから、煽り返されることくらい想像つくだろうに。
「......ぷっ」
と、一人が耐えられなくなって吹き出した。
それを引き金にして、他の奴らも笑い出した。
馬鹿にするような笑いだ。
「お前、何も知らないのか。」
「知らないってのは気楽でいいよな。」
などと、哉は馬鹿にされている。
そんなに笑われるほどこのリーダーは有名なのか?
俺はそう思ってリーダーを見ると、取り巻きが笑っている中、リーダーだけが笑っていなかった。
「無知なお前らに教えてやろう
ボスは校内序列5位
お前らなんて、足元にも及ばねぇんだよ」
頼んでもないのに説明し始めたそいつは、自分のことでもないのにやたら上から目線だ。
まさに、虎の威を借る狐。
滑稽だ。
うーん
それにしても『校内序列5位』、か......
見かけによらず、意外と強いのかもしれない。
とてもそうは見えないが。
「それはそれは
大変失礼いたしました」
とりあえず、適当にあしらっておく。
男どもは満足そうだ。
だが、哉はそうではないようだ。
「なんでこんな奴らにヘコヘコしてんだよ」
口調が少し強い。
俺、悪くないだろ。
「こういう面倒な奴らは、話を合わせておく方が楽だ
馬鹿は騙しやすいからな」
おっと、声が大きかったな。
まぁ、俺も馬鹿にされれば黙ってはいないということだ。
「......っ!」
と、俺の言葉を聞いて一人の男が俺に向かって近づいてきた。
近づいてきたのは、唯一無表情で立っていたリーダーだった。
あれだけ無表情だったリーダーさんは、今では憤怒の表情をしている。
部下を馬鹿にされて怒るとは。
こいつは案外、いいリーダーなのかもしれないな。
そんなことを思っていると、リーダーは俺の目の前までやって来た。
そして、右の拳を大きく振りかぶった。
俺を殴りくけるのだろうが、無駄な動きが多い。
そのうえ、力の入れにくそうな拳の構え方だ。
素人目には分からないだろうが、俺には分かる。
こいつの拳は、大したことないのだろう。
避けるのも面倒だ。
軽く受け流し、カウンターを入れて終わりだな。
リーダーの遅い拳が、俺に当たる。
「ぐっ......!」
俺は後方へと吹っ飛ばされる。
受け身を後ろ向きに取ったとはいえ、簡単に吹っ飛ばされた。
それも放物線を描くようなものじゃない。
俺は一直線に飛ばされる。
俺が思っていた以上に、彼の拳には衝撃があった。
クソッ、能力か......!
でもこのまま吹っ飛んで、やられたふりをすれば......
と、そう考えた矢先、俺の視界に二人の女生徒が映った。
片方は知らない。もう片方は、いつぞやに見た清楚系女の子だ。
二人はごみ捨てに行っているようで、会話に夢中。
飛んでくる俺に気づいていない。
このまま行けば、巻き込んでしまう。
俺は、頭から飛んでいる体をひらりと動かし両足片手を使って急ブレーキをかける。
地面が削れ、少量の砂煙が舞う。
地面を削った音で俺に気づいたのか、女生徒二人はギョッとして数歩後ずさった。
良かった、巻き込まずに済んだ。
しかし、
俺が二人の行動を確認した刹那、リーダーの膝が俺の腹にめり込んだ。
完全によそ見をしていた。
追いかけて来ることはないと思っていた。
当然、今度は受身が取れない。
スピードの乗った膝蹴りをまともにくらった俺は、一瞬で森へと消えていった。
リーダーも、俺を追うようにして森へと消える。




