第二十七話 『新聞部』
―――翌日・昼休み―――
「なぁ、今日お前のところに誰か来たか?」
俺は、お隣さんから貰った弁当をおいしそうに頬張っている哉に、そう尋ねていた。
昨日から、俺たちが二人とも弁当になったことで、教室で昼食をとっている。
机二つをくっつけて、食べている。
これが青春なんだなぁ
「いいや、来たには来たけど、いつもより少ないくらいでみんな野次馬だったよ?
お前の方は?」
「一人も来なかった」
こんな会話をしているが、俺たちは同じクラスなので大体分かっている。
それに、休み時間とかはほとんど一緒に行動している。
今のところ、いつもと変わらない生活が続いている。
昨日の牧田が言っていた「覚悟しておけよ」はなんだったんだろう。
もしかすると、放課後にまとめて来るのか?
ていうか、何に覚悟すればいいんだ?
分からないことが多いな。
「そうか」
「あいつの昨日の言葉
一体なんだったんだろうな」
「わかんね
放課後に何かが起こるのかもな
でもまぁ、あんまり気にしない方がいいと思うぜ
人の予想なんて、外れるもんだしな」
「確かにそうだな」
うんうん。
哉の言う通りだ。
確かに、所詮あいつの予想だ。
当たるという確証はない。
鵜吞みにするのは浅はかだったな。
ふと、俺は哉が持ってきた弁当を見る。
ほうれん草のお浸し、ウィンナー、だし巻き卵などなどが、きれいに詰められている。
一言で言っておいしそう。
食べずともわかる。
見た目が、おいしそうだ。
宙の弁当ほどではないがな!
一口だけ、食べてみたいな。
「お前のおかず、何か一つくれよ」
俺がこいつの弁当を見ているのに気付いた哉は、そう言った。
もしかして、俺が彼の(お隣さんに作ってもらった)弁当を欲しがっているのが、バレたのだろうか。
でもしかし、ポーカーフェイスを意識していたわけじゃないしな。
バレてしまってもしょうがないだろう。
別にバレて困ることじゃないしな。
「いいぞ
何が欲しい?」
「交換と言ったらやっぱり、だし巻き卵だろ」
やっぱりとか言われても、俺はその辺の常識は知らない。
そもそも、交換と言ったらだし巻き卵、というのは常識なのか?
まぁいいや。
俺は、自分の箸でだし巻き卵をつかんで持ち上げる。
そして、それを哉の方に差し出して。
「これどこに置けば......」
いい?と聞こうとした瞬間。
『パクッ』
「!!......」
食べられた。
友達というものと、おかずを交換し慣れていない俺は、少しとまどっている。
しかも、箸から直接。
完全にどこかに置くつもりだった俺は、困惑して当然だろう。
いや、当然ではないかもしれないな。
でも、しょうがなくはあるだろう。
だって俺、おかずの交換とかしたことないもん。
俺が、一緒に食事をしたことがあると言えば宙くらいだ。
宙との食事は基本的に一緒。
交換する必要なんてない。
あっ、そういえばおやつを交換したことならあった気がする。
でもやっぱり、妹と友達との交換は違う。
いきなり自分の箸に友達ががっついてきたら、誰だってびっくりするだろう。
これ、キスには含まれないよな。
それだけはごめんだ。
「うぉ!!
うめぇ!!
お前の料理うまいのな」
そう言って、哉は宙が作った弁当を絶賛する。
「これは、俺の妹が作った弁当だ
うんうん、そうだろう、そうだろう
うちの妹は三ツ星級の腕を持ってるからな」
「......」
「なんだよ」
「お前、顔気持ち悪いぞ
なんか、ニチャっとしてる」
マジですか......
気持ち悪いですか......
俺はペタペタと、両手で自分の顔を触る。
どうやら俺は、宙について話すと顔が気持ち悪くなるらしい。
今後妹について話すときは、ポーカーフェイスを心がけよう。
いや、人に宙のことを自慢するのは自重しよう。
宙のことを話しながら、ポーカーフェイスを続けるなんて、俺には不可能な気がする。
俺の気持ち悪い顔なんて、広めたくない。
自分の、ニチャっとした顔を想像する。
......うわぁ
気持ち悪い。
―――放課後―――
昼休み、あれからも話をしながらも、牧田の言っていたことは何だったのかと考えていた。
哉は、あまり深く考えない方がいいと言っていた。
がしかし、気になることは考えてしまうのだ。
これが、心の中うるさい系男子の悪い所。
考えなくてもいいことを、ひたすら考えてしまう。
考えない、考えない。
結局、覚悟の意味は分からなかった。
そう。
昼休みから今にかけて、俺のもとには誰も来なかった。
哉の所にも、野次馬以外誰も来なかったらしい。
俺も哉も、いつもと変わらぬ日常を過ごした。
今日一日、無駄に神経をすり減らしただけだった。
なんだか損した気分だ。
今は、俺の帰宅準備も終わり、哉は帰ってしまっている。
俺は今、教室に一人だ。
日直は「鍵、よろしくねー」と言って帰ってしまった。
いや、鍵くらいはいいんだけどね。
黒板くらいは消して帰ってほしい。
別に、黒板を消すのが嫌だと言う訳ではない。むしろ全然消してもいい。
けれど、これは日直の仕事。
こなさないと、明日も日直をしなければいけなくなる仕事なのだ。
やるべき仕事はやってから帰ってほしい。
いやまぁ、俺が消すんだけどね。
そんなに不満があるわけではないし。
黒板を、これでもかというほど綺麗に消して、チョークと黒板消しを並べ直す。
その後に窓を閉め、黒板の隣に吊られている鍵を取り、教室を出て施錠する。
『ガタガタ』 よしよし。ちゃんとしまったな。
俺は、鍵を閉めた扉を揺らして、鍵が閉まったことを確認する。
そうして俺は鍵を返すため、職員室へと向かう。
あっ、机並べ直すの忘れてた。
まぁ、いいか。
それは日直の仕事ですらないし。
俺は一人、リノリウムの廊下を歩く。
運動部の掛け声。
吹奏楽部が練習している音。
いろんな音が、俺一人の廊下を駆け抜けていく。
そこにオレンジ色になり始めた日差しが差し込む。
少し、眩しいな。
なぜだろう。
日差しだけではなく、見に届くはずのない音でさえ眩しく感じてしまう。
しかしまあ、悪くない。
むしろ心地よい。
新鮮な感覚。
こんな感覚は初めてだ。
なんとも言えないこの感覚。
なぜか落ち着けるような、安心するような。
そんな感覚。
そこで俺は、あることを思いついた。
そうだ、新聞部に行こう。
部活の音を聞いていると、あいつの言っていた覚悟がなんだったのかが気になってくるのだろうか。
そんな感じではない気がする。
今の俺の頭は、この雰囲気で満たされていて、そんなこと考えるような余分なスペースは残っていない。
俺にもよく分からないが、無性に新聞部に寄ってみたくなった。
いやはや。
本当によく分からないな。
でもまぁ、寄ることに問題がある訳では無い。
教室の鍵を職員室に返してから、少し寄ってみるか。
俺は、職員室へと向かう足を速める。
ギリギリ早歩きに見えないスピードで歩く。
スタスタと。
職員室に着いた。
「失礼します」と言って職員室へと入る。
うわぁ
知らない先生がいっぱいいる。
知ってる先生でも、名前は知らない。
まぁ今日は先生に用事がある訳じゃないし、問題ない。
そう、問題ないのだ。
先生の名前なんて、覚えなくても何とかやっていける。
否、いけません。
ゆっくりでもいいから覚えて行かないとな......
俺はそう思いつつ、教室の鍵を2-4と書かれた下のフックに引っ掛ける。
他のクラスのほとんどは、もう鍵を返し終わっている。
まだ返し終わってないクラスもある。
当然だろう。
片付けしていただけで、教室で何かしている人より帰るのが遅くなるのは、なんか嫌だ。
まだ、教室に残っている人は何してるんだろうな。
清楚系女の子が読書に耽っていたり。
恋する乙女が、好きな男の子の席に座ってみたり。
変態男が、クラスで一番かわいい子のリコーダーをなめたり。
放課後イベントと言えば、そんな感じだろう。
あっ
もしかして、ラブラブカップルが、教室でナニかを......
俺が今、どんな同人誌を想像しているかは、ご想像にお任せします。
偶然を装って乱入してやろうか。
この学校では、不純異性交遊はダメなのだ。
どの学校でもダメだろう。
どんなに慌てふためくだろうな。
ぐふふ......
無論、そんなことはしない。
それにそんなコトしてないだろう。
これは俺の、勝手な想像だ。
なんか一人で盛り上がって、虚しいな。
そんなことを考えていると、担任の天然先生に声をかけられた。
俺、何かしたっけ?
そう思いながら、先生の話を聞いたが、どうでもいいような質問だった。
「学校には慣れましたか?」とか「勉強はついてこれていますか?」とか。
そんな質問だ。
そのほとんどは「この学校に来てからどうですか?」みたいな感じのものだった。
それを細かく分けたような質問。
俺は、その質問すべてに「はい」とか「大丈夫です」とか言って適当に流す。
そんなことをしていると、あっという間に会話は終わってしまった。
きっと、転入生がいじめられたりしてないかの確認だったのだろう。
俺はクラスの中でも浮いてるからな。
仲良くしてくれるのは哉と遠坂くらいだ。
ハブられてると思ったのだろう。
先生も大変だな。
大丈夫ですよ先生。
俺は、ハブられても気にしません。
ハブられるのは経験済みです。
二度目の疎外感は、多分耐えられます。
だから、大丈夫ですよ。
最後に、手のひらサイズの木の板を渡された。
それには、小さな文字が書かれている。
聞けば、これは生徒証らしい。
俺は生徒証を上着のポケットに仕舞いつつ、職員室を後にする。
よし、次は新聞部の部室だな。
俺は新聞部の部室へと向かう。
あれ、そういえば新聞部ってどこなの?
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俺は、新聞部室を探して学校中を歩き回った。
第一校舎。
第二校舎。
第三校舎。
図書館。
どこに行っても、新聞部室はなかった。
それどころか、部室も1・2部屋くらいしか見つからなかった。
うーん。
どういうことだろう。
体育館や競技場、トレーニング場など、運動系の施設にはいかなかったが、流石にそんなところに文化系部室はないだろう。
どこなんだ。そろそろ帰ろうかな。
と思い始めた頃、第二校舎の一階。
一般的に、体育館へと繋がってそうな渡り廊下が、旧校舎へと繋がっていた。
そういえばここには行っていなかったな。
俺は旧校舎に入る。
「茶道部」とか「美術部」などなど。
そこには、部活の名前が書かれた看板が釣り下げられている、いくつもの扉があった。
どうやらこの旧校舎は、今では部活棟として使われているらしい。
その部活が集まっている旧校舎の一室。
そこには「新聞部」の名前もあった。
ここにあったのか。
なんだか、だいぶ遠回りをした気がするな。
俺は新聞部の前に来て、扉を4回ノックする。
本来なら3回がいいのだろうが、もしかすると暗号的な何かに偶然引っかかるかもしれないという期待を込めて4回だ。
すると中から「どーぞー」と言う声が聞こえてくる。
牧田のものではない。
期待はずれである。
俺はその声を聞き、少し建付けの悪い扉を『ガラガラ』と開ける。
俺は中に入って、室内を見渡す。
そこには、定規やペン、ハサミ、のりなどが散らかっていた。
セロテープもあった。
奥には黒いカーテン。
人は5人。
女生徒3人と男子生徒2人。
牧田の姿はない。
「牧田はいますか?」
年下であろう人達に、敬語で話しかける。
それはなぜか?
人見知りだからだ。
バイトの成果もあって、初対面相手でも敬語であれば普通に話せるようになった。
俺が誰かと一緒にいて、相手もフレンドリーであれば軽口が叩けるほどに、人見知りを克服した。
だから、敬語なのは許してほしい。
「今日は、学校にも来ていませんね」
「そうなんですか」
そうか。
学校にも来ていないのか。
「どうやら昨日、いいネタを持ってきたようで、張り切って下校していったのですが、おそらく張り切り過ぎて体調を崩されたのだと思います」
「そうなんですか」
「ええ、部長はそういう方なので」
女生徒は、牧田が休んでいる理由を推測して俺に教えてくれた。
俺がそれに相槌を打つと、彼女は苦笑気味で相槌を返してくれる。
あいつ部長だったのか。
そうか、張り切り過ぎてか......
「かわいいですね」
なんで俺はこんなこと言ってるんだ?
「はい!」
女生徒は、目を輝かせて、前のめりに食いついてくる。
さっきの発言は失敗だったかもしれない。
なんだか嫌な予感がする。
「部長はカッコイイですけど、どこか抜けていてかわいいんですよ!
いつもしっかり者でいようと心掛けているようですが、そうやって頑張っているところが、もうたまらなくかわいいのです!
それだけではありません!
あんなにかわいくてカッコイイのに、性格まで優しいんですよ!
私のミスもすぐに訂正してくれるし、
みんなのミスも文句を言わずに正してくれます
本当にどうしようもないミスでも、優しくしかってくれます
そして最後には「一緒に訂正しよう」と言って、修正に協力してくれるんです!
でもちょっとだけSっ気があるんです
そこも魅力的ですよね!
それに何より、部活熱心なんです!
本当に好きで新聞を作っているんです!
さきほど先輩がおっしゃっていた通り、夜中まで新聞作りに熱中して体調を崩してしまうのもかわいいですよね!
でもでも、少し心配です
私も、お手伝い出来ればよいのですが
今日はこの後......」
「ちょ、ちょっと待て
よく、分かりました」
彼女の目は、血走っていた。
寒気が走るほどの愛だ。
他の女生徒も、うんうんと頷いている。
男子生徒は、「また始まったよ......」みたいな顔をしているが。
あいつ、愛されてるのなぁ......
この様子だと、ファンクラブなんてものもありそうだ。
すごいな、あいつ......
この部活の男子は大変そうだな。
同情してしまうよ。
途中で話を遮られた女生徒は、不満そうな顔をしている。
「牧田が来ていないのでしたら、僕はここで失礼しますね」
俺はそう言って、新聞部から逃げるようにして部屋を出た。
女生徒は、話したりないと言った顔をしていた。
一瞬、俺を捕まえてもう一度話を始めようとしているように見えた。
それを見た俺は、部屋から出るのに本気を出した。
全力で。
速撃迅斬にも匹敵しそうなほどのスピードで部屋を出る。
恐ろしいね。
俺が出て行った部室からは、女生徒が話の続きをしているのが聞こえてくる。
きっと、さっきの男子生徒が被害にあっているのだろう。
すまないね。
今後、あそこにはあまり近づかないようにしよう。
どうやら、旧校舎には二階もあり、そこには空き部屋があるようだ。
まぁ、俺には縁がないだろうな。
俺は急ぎ足で旧校舎を後にする。
この後バイトがあるからという理由もあるが、あそこにずっといると追いかけられそうな気がしてきた。
女の子に追っかけられるのは憧れだが、こういう形でではない。
―――翌日―――
俺と哉のもとに、大量の部活勧誘生が送られてきた。
もう、暑苦しくて仕方なかった。
俺よりも人が集まっていた哉は、もっと大変だっただろう。
勧誘が収まってきた放課後、踊り場であるものを見つけた。
新聞だ。
中心に、俺と哉の写真がでかでかと貼られていた。
その写真は、俺も哉も、少し難しそうな顔をしている。
あの時の俺たちは、あんな顔をしていたらしい。
そして、その上に書かれている大見出しは『噂の転入生 部活決めに頭を抱える!』だ。
これのせいか......
俺は今日も頭を抱える。
第三章『異世界学校』・終了
間話
次章・第四章『序列』




