第二十一話 『HR』
失敗した。
クラスメイトに与える最初の印象が、普通の奴、もしくは面白くない奴だろう。
これも全部、隣に立っているこいつのせいだ。
こいつが無駄にいい自己紹介をしたから、俺のハードルが上がっちゃったじゃないか。
こいつのコミュ力が、高すぎたせいで。
もう少し、俺のことを考えてほしい。
こいつは、コミュ力お化けだ。
いや、人のせいにするのはよそう。
人のせいにしても、何も始まらないし解決しない。
結局は、俺のコミュ力がないのが原因だ。
いざとなれば話せるタイプの人見知りである俺も、大勢の前では無理なのだ。
目の前にいるのは、全部カボチャだと思えばいい。
そういう克服方法もある。
しかし、俺はそれで克服できる気がしない。
だって、目の前の人間をカボチャだと思っても、人間にしか見えないじゃないか。
胴体から手足が生えていて、貧乏ゆすりをするカボチャがあってたまるもんか。
こんなのカボチャじゃない。
誰がどう見ても人間。
カボチャから見ても人間だ。
誰だよあの克服方法考えたやつ。
適当すぎるだろ。
きっとあれだ。
人見知りの直し方を聞かれた人が、面倒臭がって適当に言ったアドバイスが広まってしまった。
そういうやつだろう。
もっと簡単な。
ボタンの押す順番で緊張しなくなるみたいな、コマンド的克服法はないのだろうか。
ないんだろうな。
もしそんなものがあったら人見知りなんて全滅するだろう。
日本史か何かの教科書に出てきて、「へー、こんなやつもいたんだー」ってなるだろう。
人見知りのままで居たい奴なんていないだろうから、すぐに全滅するはずだ。
いないよね?いないと思う。
少なくとも俺は克服したいな。
とまぁそんな感じで、俺の自己紹介は失敗で終わった。
今は自分の席についている。
ここはかなりいい席だと思う。
窓側の一番後ろ。
誰もが望む位置だろう。
残念だったな。
この席は俺がいただいた。
ここからは中庭が見える。
それなりに大きな木が、数本植わっている。
そのふもとには、それぞれ二、三個のベンチが設置されている。
ああいうところで、昼食とか食べてみたいな。
だが残念ながら、今日の学校は昼までではない。
新学年、新学期初日だからしょうがない。
今はSHRが終わり、休み時間だ。
この次はHRだ。
それが終われば帰宅。
HRしかないのに、なぜショートと通常に分けたんだ。
もう繋げちゃってよくない?
こういう、寝たふりをする休み時間はあまり楽しくない。
まぁ、嫌いではないが......
おっと、誰かが近づいてきたようだ。
俺は突っ伏して寝ているが、気配がする。
なんだなんだ、寝ている俺に、いたずらでもするのだろうか。
もしいたずらするのなら、もう少し気配を消した方がいいぞ。
こうやって寝ている奴の大体は、寝たふりをしているものだ。
中には本当に寝ている奴もいるんだろうが、大体はふりだ。
だから、気配を消して近づかなければ、気づかれてしまうぞ。
優しい優しい、これからいたずらをされるお兄さんからのアドバイスだぞ。
俺の近くで、気配が止まった。
さあ、いたずらだ。
俺は優しい男だからな、甘んじて受けてやろう。
なんか、自分で自分のことを優しいというのは、気持ち悪いな。
自画自賛だ。
そもそも、俺は優しくない。
自画自賛にもなっていない。
あれ?いたずらされないぞ?
どうしてだ?
こういうシチュエーションでは、いたずらが主流だろ?
「まさか、お前と同じクラスになるとはな」
そう言われて、俺はそいつを見る。
そいつを見るために、顔をあげる。
いかにも「今まで寝てました。」というような眠そうな演技で。
そこには、どこかで見たような男が立っていた。
俺と同じか少し大きいくらいの身長で、俺より若干体つきがいい男が。
頼れるお兄さんって感じの男だ。
あっ、思い出したぞ。
俺と一緒に自己紹介をした男だ。
俺のハードルを爆上げした男だ。
なんだ、何の用だ。
俺の自己紹介を笑いに来たのか?
なら、笑えばいい。
俺自身も結構ひどい自己紹介だったと思う。
ていうか、こいつの名前、なんだっけな。
俺は、こいつの自己紹介を聞いていない。
最後の「よろしくお願いします」しか覚えていない。
名前なんて覚えているはずもない。
先生がこいつの名前を黒板に書いていたが、興味を持っていなかった。
ついさっき、できるだけ人の名前を覚えようと思っていたのにだ。
黒板に書かれた名前を見るため、黒板に目を向ける。
おいおい、なんでだよ......
黒板の名前は、ちょうど消されたところだった。
こいつの名前が分からないじゃないか。
「お前、誰だ?」
少し質問をミスったかもしれない。
「名前、何だったっけ?」とかにしておけば良かったかもしれない。
いや、それはそれでミスか。
真隣で自己紹介を聞いておきながら、名前何?なんて聞くのは、ミスに決まっている。
もう、俺に正解は残されていない。
正解は、こいつの自己紹介をしっかり聞いて覚えておく、だったのだ。
今更、どうしようもない。
「えっ、さっき隣で自己紹介したのに覚えてないのか?
ちょっと傷付くなぁ......
一緒に受験もしたじゃんか」
受験?
俺はこいつと初めて会ったと思うんだが。
あっ、いや違う。
思い出したぞ。
こいつ、編入試験の時の頼れるお兄さんだ。
会議室の場所を教えてくれたお兄さんだ。
てっきり俺より上の学年、すなわち三年生だと思っていた。
身長は俺と同じくらいだが、俺なんかよりもずっとナイスガイだ。
あのイケメン神様には遠く及ばないが、顔も悪くない。
それに加え、彼にはコミュ力もある。
あの自己紹介の成功ぶりからして、かなりのものだろう。
俺も聞いておけばよかった。
「哉伽月だ......」
彼は悲しそうに名前を言った。
きっと俺が黙っていたから、本当に忘れているんだと思われたらしい。
まぁ、言われないと思い出せないくらいには忘れていたが......
なんか、すいません。
彼の名前は、絶対に忘れないようにしよう。
こんなことを繰り返すなんてごめんだ。
「そうか、哉、か......
覚えたよ」
ハジメカヅキ。
よし覚えた。
完全に覚えた。
今後、俺がお前の名前を忘れることはない。
多分......
そう思い彼の方を見たが、彼はまだ不安そうな顔で、「本当に覚えたのか?」という疑いの視線を飛ばしてくる。
どうやらあまり信じられていないようだ。
あー、こういう時は、どうしたらいいんだ?
どうすれば信用してもらえるんだ?
誰か教えてくれよ。
助けてド○えもん。
この世界には、能力とかいう、奇妙奇天烈摩訶不思議奇想天外四捨五入なものがあるんだ。
猫型ロボットの一人や二人いるだろう?
いてほしい。
おっと、話がズレたな。
信用されてないことについてだ。
多分今の俺には、今すぐ信用を取り戻すことは無理そうだ。
現実より一次元進んだポケットから出てくる、シークレットツールを使えばできるだろうが。
なんか出してよ......
残念ながら、そんなものはない。
この世界には魔道具もあるが、簡単な動作をするものだけだ。
で、あるからして。
俺に信用を取り戻すことは不可能だ。
「俺は佐々木翔琉だ」
「知ってるぞ?」
「なんで知ってるんだ」
「自己紹介してたじゃんか」
自己紹介か......
嫌なこと思い出させてくれるぜ。
でもまぁ、確かにそうだな。
俺が聞いていなかっただけで、自己紹介は行われたんだ。
ほとんどの人は聞いていただろう。
自分主体で考えてはいけない。
と、そんなことを考えていると、もう一人近づいて来る。
俺はそいつのことを知っている。
黒髪ロングの少女だ。
俺がこの世界に来てから、初めて会った人。
ロリ扱いしたら、怒る彼女。
遠坂小夏だ。
前に立って自己紹介した時は、緊張と焦りで気づかなかったが、遠坂もこのクラスらしい。
遠坂が、俺の前まで来て止まる。
座った俺を、哉の隣に立って見下ろしてくる。
「あなた、誰......?」
「えっ、さっき隣で自己紹介したのに覚えてないのか?
ちょっと傷付くなぁ......
一緒に歩いた仲じゃないか」
遠坂は、俺に「誰?」と聞いてきた。
それに対し俺は、最近どこかで聞いたような返答をする。
俺、もしかして忘れられてる?
俺は覚えていたが、遠坂には忘れられているっぽい。
忘れられるって、ちょっと寂しいよな。
哉も、こんな気持ちだったのかな......
俺は今、あの時の哉と同じような顔をしているだろう。
悲しそうに苦笑いしている顔を。
「いや、覚えているわ......」
そっか、覚えててくれたのか。
なら、なんであんなこと言ったんだ?
「あなた......そんなんだったっけ?」
あー、そういうことか。
俺の見た目が違うから戸惑っているのか。
確かに、こいつと最後に会った時は、俺がまだ汚い時だった。
ここまで見た目が違うと、見ただけじゃ分からないだろうな。
ボサボサロングから、サラサラ短髪に。
汚い無精ひげから、ツルツルのあごに。
ボロボロの服から、新品の制服に。
頭のてっぺんから足の指先まで、ほぼ全てがあの日とは違う。
立派な高校生に仕上がっていることだろう。
気づかれないのは仕方ない。
俺だって分からない気がする。
俺だって「誰?」って聞いちゃう気がする。
「こんなんだったよ」
「ふーん
あんなに汚かった、あなたがねぇ......
人って変わるのね」
そう、人が変わるのだ。
変われるのだ。
そんなことより、クラスメイトのいる場所で、「汚かった」なんて言わないでほしい。
ただでさえ印象は普通以下なのに、前は汚かったなんて知られたらなんて思われるか......
「でもまぁ、二人とも、これからよろしくな」
「「よろしく」」
哉は、話を無理矢理締めくくった。
それに、俺と遠坂は返事を返す。
十分の休み時間が、チャイムで終わる。
哉と遠坂は、自分の席へと戻る。
俺は、もう一度突っ伏せて、寝たふりを始めた。
---
HRが始まった。
とは言っても、俺はほとんど聞いていなかった。
HRの前半は連絡事項で、聞く意味もないと思った俺はずっと頬杖を付いてきて中庭を見ていた。
否、中庭を見るふりをしながら寝ていた。
そのため、連絡事項が全く頭に入ってない。
まぁ、プリントが配られているから問題はないだろう。
問題はHR後半だ。
まさかもう一度自己紹介する羽目になるとは思わなかった。
クラスの代表らしきキラキライケメン男子君が、
「転入生もいるしクラスも変わった。もう一度みんなで自己紹介しないか?」
とか言い出しやがった。
それだけなら良かったのだが、クラスのワイワイ連中がそれに賛成した。
比較的大人しめな人達はあまり乗り気ではなかったが、反対の声など連中にかき消される。
ということで今、俺はもう一度自己紹介をする機会を得た。
しかし、しかしだ。
やはり何を言えばいいか分からない。
そんなことをノロノロ考えていると、すぐに俺の番が来てしまった。
俺は佐々木。
出席番号順だと前半の人間だ。
順番なんてすぐにやって来る。
結局、俺に考える時間なんてないのだ。
どうしよう、いっそのこと、普通の人間には興味がどうのこうのとか言ってみようか。
そうした場合、成功のビジョンが見えない。
あの憂鬱さんも、印象には残ったが成功していたとは言い難いだろう。
俺なんかがやれば、失敗する未来しか見えない。
裏でクラスメイトに「あいつはおかしいから、あまり近づかない方がいいぞ」とか噂されてる未来しか......
それはまずい。避けなければならない。
でなければ、俺の学校生活が地獄色だ。
せっかく、もう一度学校に行き始めることができたのだから、楽しい生活を送りたい。
薔薇色の学校生活を送りたい。
あわよくば、恋とかいうものもしてみたい。
俺にも、好きな人はいる。
宙だ。
だがもちろん、それは家族としてだ。
決して恋と言えるものでは無い。
愛だ。
家族愛だ。
家族愛に生き、家族愛に死ぬ。
それも悪くはないが、やっぱり恋をしてみたい。
そのためにも、ここでの印象は大切だ。
俺にはこの、二回目の自己紹介での選択肢は二つある。
一つ、
ここで印象に残る自己紹介をして、クラスメイトに俺が面白いやつだと思わせる。
一つ、
ここでは無理をせず、普通だと思われるであろう程度の、控えめな自己紹介をする。その後、ゆっくりと自分を出していく。
俺が思い付くのは、この二つだ。
どちらにするか。
俺の中で、答えはすでに決まっていた。
後者だ。
俺のコミュ力では、無理にウケを狙うのは危険すぎる。
明らかに受けを狙って滑った場合、周りからの評価はダダ落ちだ。
それに俺へのダメージは甚大だ。
心のHPがマイナスまでいっちゃうかもしれない。
そうなれば、俺は立ち直れないと思う。
一つ目を選択するのはリスクが高すぎる。
「改めまして、佐々木翔琉です
この世界に来てまだ日が浅いので、いろいろと教えてもらえれば幸いです
これから、よろしくお願いします」
今回は普通の自己紹介ができたと思う。
満足だ。
俺は、そう思いながら着席する。
次の人の自己紹介が始まった。
だが俺は、満足感のせいであまり聞いていなかった。
まぁ、もともと他の人のは聞いてなかったが......
あっ、
前の人の自己紹介をしっかりと聞いていて、それを参考にすればよかったかもしれない。
終わってから考えると、いろいろと反省点が見えてくる。
なんというか、満足感が薄れていくのを感じる。
なんだか、他の人の自己紹介も、しっかりと聞いていた方がいい気がしてきたぞ。
そう思って俺は、聞こえてくる声に耳を傾ける。
するとちょうど、遠坂の番だった。
「遠坂小夏、よろしく」
えっ、それだけ?
こう思ったのは俺だけではないらしい。
他の人も俺と同じような顔をしている。
キョトンとした顔をしている。
ああ、これが勝手に期待してがっかりするというやつか......
しかし遠坂は、そんな視線を気にもせず、すまし顔で着席する。
前に会った時も思ったが、遠坂にとって、周りからの視線など些細な問題でしかないようだ。
人の視線をまったく気にしないその姿勢。
感心しちゃうね。
今日から俺の学校生活が始まる訳だが......
この先、大丈夫だろうか。
なんだか不安だ。




