表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら普通に生きたい  作者: 猫又犬太郎
第三章 『異世界学校』
18/158

第十八話 『最後で最初の小さな一歩』

 今日は月曜日。

 俺にとっては、高校初日である。


 今は、その日の朝。

 いつもならベットから出て、朝の運動をしている時間。

 そんな時間に俺は、今だベットの上で布団にくるまっていた。

 そろそろ起きないと朝の運動ができなくなってしまう。

 しかし、気が乗らない。

 運動するのはいいのだ。ただその後の学校が嫌なのだ。

 このまま時間が止まってほしい。学校になんて行きたくない。


 新しい学校に行くのは、新しい生活への希望と喜びがあるという。

 理解不能だ。

 意味が分からない。


 俺は昔のことを思い出す。

 その過去から逃げ出すように布団にくるまっている。

 学校という場所は、俺にとっては地獄でしかない。

 嫌な思い出が、溢れんばかりに詰められている。


 別に嫌な思い出がたくさんあるというわけではない。

 だが、その少ない思い出が強烈で、他の思い出が上書きされている。

 その嫌な記憶が、学校の思い出という箱を圧迫しているのだ。


 そういった記憶のせいで、この後学校に行くと思うと憂鬱で仕方ない。

 新しい生活への希望など微塵もない。

 不安で押しつぶされそうだ。


 また、あの時みたいになるんじゃないか。

 また、誰もいなくなるんじゃないか。


 そんな弱音しか出て来ない。

 昨日までは、この世界は前世と違うから大丈夫だと思っていた。

 ただ学校に行くだけと、そう考えていた。


 実際は、そんなことなかった。

 昨日までは大丈夫でも、当日になるとやはり違う。

 恐怖が、すぐそこまで迫ってきた感じだ。


 試験は受けに行けたのだから、高校初日もきっと大丈夫だろう。

 そう思っていたが違ったのだ。


 怖い。

 怖い。

 怖い......


 学校が怖い。


 それはもう布団からも出たくないほど......


『コンコン』


 俺の部屋の扉が音を立てた。


「おにぃ、大丈夫?」


 宙の声がした。

 もう起きていたのか。

 きっと俺がトレーニングしていないから不思議に思ったのだろうな。

 今日の家事当番は俺なのに、俺はまだ何もしていない。

 何もできていない。


「......」


 俺は返事をしない。

 否、しないのではない。できないのだ。

 学校への恐怖のせいで声が出ない。


「入るよ......」


 宙はそう言って俺の部屋に入ってくる。


 入った部屋に、変わったものは何もない。

 スカスカの本棚が左右の壁にあり、正面に大きめの机と窓がある。

 そんな部屋の一角にあるベット。

 その上で、俺は布団をかぶり丸まっている。


 見られてしまった。

 学校に行きたくないと布団の中で丸まっている兄の姿など見たくないだろう。

 俺も見られたくない。


 宙は、ベットの隅に無言で腰を下ろす。

 何も言わずに、ただただ座っている。

 彼女は、しばらくそうしていた。

 次に宙が口を開いたのは数分後だった。


「大丈夫だよ」


 その声は優しいものだった。

 学校に行きなさいと強制する言葉ではなく、ただ大丈夫だと。

 私がいるから大丈夫という意味だろうか。


 俺がなぜこうなっているのかを宙には言っていない。

 だが、俺の心境を察してくれたのだろう。


 彼女は俺の辛い過去を知っている。

 前世で学校に行っていなかった時、彼女は俺に学校へ行くことを強制しなかった。

 むしろ、行かなくていいとまで言った。

 行かなくてもいいから勉強だけはしようと、そう言ってくれた。


 彼女は決して、俺を甘やかしているわけではない。

 学校に行かないのは甘えだと言う人もいる。


 学校に行っている人からすればそう思うのも当然だろう。

 だが、実際はそうじゃない。

 行きたくても行けないのだ。


 彼女はそれを理解している。

 それに、俺の過去だって知っている。

 理解しているから、俺に強制してこないのだ。


 彼女の存在は、かなり俺の救いになっていた。

 そのため、俺は学校に行かなくなったが勉強は続けていたのだ。

 この世界で、あの学校に合格出来たのはそのおかげだろう。


 あの辛い過去と妹の存在がなければ、試験を受けることすらしなかったかもしれない。

 だから、宙への感謝も込めて、学校には行きたい。

 行こうと決めている。


 だが、行きたいと思うのと、実際に行くのでは全然違う。

 心では行きたいと思っていても、恐怖が邪魔をするのだ。

 また、同じことを繰り返すかもしれないと。


「おにぃは、学校に行きたい?」

「......」


 俺は、答えられなかった。

 行きたい。

 本当は行きたいのに口が開かない、体が動かない。

 たった一言が、出てこないのだ。


「学校はさ、全部が楽しいなんてことは無い

 絶対に楽しいことがあるとも限らない」

「......」

「でもさ、学校でしかできないことだってあるんだよ」


 俺の学校に行きたいという気持ちが伝わったのだろう。

 今まで学校に行くことを勧めもしなかった宙が、優しい口調で話し始めた。


「この世界に、あの事を知っている人なんていない

 怖がることなんてないよ」

「でも、また同じことになるんじゃないかって......」

「大丈夫

 そんなことにはならない。うちが保証する

 それに、あの学校にはうちもいる

 前みたいなことにはさせないから安心して?」


 宙は、大丈夫だと言った。

 この数分で、彼女は何度も大丈夫だと言った。

 だが、最後の「大丈夫」が一番安心した。

 本当に大丈夫なんだなと、そう感じた。


 俺は、妹の言葉に安心させられる。


 うちがいるから大丈夫だという妹の言葉に安心させられてしまっている。

 俺が守ろうと決めた妹に、俺が守られている。

 頼りないお兄ちゃんだ。


 しかし、宙が言う「大丈夫」は、なぜか安心できる。

 これがもし神様や遠坂だったら、きっとこうは思わないだろう。

 家族の言葉だからこそ、安心できるのだ。


 妹様様だな。


 妹にここまで言われて、布団にくるまってはいられないだろう。


「まぁ、無理に行くこともないよ

 行きたくなったら行けばいいんじゃない?」

「......」

「朝ごはん作ってくる」


 そう言って宙は立ち上がり、俺の部屋を出ようとする。

 俺はそれを追うように言葉を放った。


「いや、俺が作るよ

 そういう決まりだからな」


 俺の言葉に、宙は足を止めて振り返る。

 宙が振り返った時、俺は既に布団を捨てのっそりと立ち上がっていた。


「もう大丈夫だ

 ありがとうな、宙」


 俺は学校に行くという意味も込めて、大丈夫だと言った。

 きっと宙は、それを理解したのだろう。

 心做しか、さっきまでより明るい顔をしている。

 しかし、布団に潜っていた俺にその表情の違いは分からない。



 もしかすると、宙が俺の合格通知を見た時の喜びは、一位を取ったことではなく、俺が学校に行くという事を喜んでいたのかもしれない。

 口では行かなくていいと言っている妹だが、本心では行って欲しかったんだろう。

 それを、俺に合わせて言わないでいてくれた。


「別におにぃのためじゃないし......」


 宙はそう言って目を逸らす。


 さっきまでの言葉。

 俺以外の誰のためだって言うんだ。


 改めてありがとうと言われると照れるのだろう。

 やはりうちの妹はかわいいな。

 それに加えて優しい。


 俺は恵まれているのかもしれないな。



 宙は一瞬、チラッと俺を見た後振り返って部屋を出る。

 だが、すぐに足を止めた。


「ごはん、おにぃが作るんだったら早く作って

 お腹空いた」


 宙はそう言って部屋に戻る。


 そういうことなら今すぐにでも取り掛かろう。

 俺を立て直させてくれた妹を、空腹で倒れさせるわけにはいかない。

 迅速かつ丁寧に作るとしよう。


 しかし、いつもよりおいしい朝食とお弁当を作ろう。


 出来るだけ早く、おいしく作ろうと決めた俺はキッチンへ向かった。



 ---



 あれからの俺は早かった。

 朝食とお弁当をできる限りおいしく作り、妹とそれを食べ食器を洗う。

 その後風呂に入った後、学校の準備をする。


 あれだけ学校に行くことが不安で仕方なかった俺だが、いざ行くと決めてしまえば早かった。

 何の問題もなく順調に準備が進んだ。

 今日は始業式で、持っていくものが少ないこともあり、準備はすぐに終わった。


 まだ学校に行くには少し早い。

 宙もまだ準備をしている。

 だが、俺は家を出た。

 宙より先に、家を出た。


 もとより、宙と一緒に行く気はない。

 俺たち兄妹の仲はいいが、一緒に学校へ行くことはないのだ。

 一緒に学校に行く兄妹は少ないんじゃないだろうか。

 多分少ないと思う。


 いくら仲が良くたって、一緒に学校へ行くのは嫌なのだ。

 俺は別に構わないが、宙は嫌だろう。


 宙より先に出たのにはもう一つ理由がある。

 もし宙より後に出た場合、俺は学校に行けない気がした。

 また今度でいいやと思ってしまう気がした。

 あくまで気がしただけ。

 勘である。


 たかが勘だが、馬鹿にはできない。

 こうゆう時の勘は当たる。

 いい勘は当たらないが、悪い勘は当たる。そういうもんだ。

 女の勘はよく当たるとはいうが、男の勘も当たらないわけではない。


 とにかく、自分の勘によると先に家を出た方がいいと思った。

 それだけだ。



 そして今、俺は校門の前に立っている。

 当然のことだが、早く着いてしまった。

 早く着いてしまっただけなら、別にいい。


 学校探検、内装調査。

 言い方はどうでもいいな。

 学校に早く着いても、できる事はあるのだ。


 だが、俺は早く着きすぎてしまった。

 早すぎると学校見学もできない。


 なんということだろう。

 門が開いていないのだ。

 校門が開くのは意外と遅いようだ。


 高校への登校初日、校門の隣で座って校門が開くのを待つ。


 これ、乗り越えちゃダメかな?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ