第十六話 『編入試験』
あれから数日がたった。
編入試験に向けての勉強をしながら宙と二人で暮らす、順風満帆な日々を送った。
今日はとうとう試験当日。
俺は今、庭にいる。
とてもいい朝だ。希望の朝だ。
朝特有の冷たい空気を感じる。
空は綺麗に澄んでいて、お出かけ日和、洗濯日和だ。
なぜそんな試験当日の朝に庭にいるかと言うと、能力の訓練をするためだ。
あれから毎日訓練を続けている。
その結果、自由自在に水を操れるようになった。
能力を使えるようになった当日からでも、見た目が人そっくりのものを操ることはできていた。
だが一体だ。
何体もの同時操作は不可能だった。
だが今では数体どころか、頑張れば数十体の水人形を操ることができる。
さらに、全ての水人形に色も付けられる。
まぁ、色をつけるのは初めからできていたけどね。
だがやはり最大一体までだった。
大量には無理だ。
数十体を同時に作り出すことはできる。
だがしない。
そんなに一度に作ったら、しんどくてたまらない。
水人形は他のものとは訳が違う。
大きさにかかわらず格段と疲れるのだ。
同時に操るとすれば数体だろう。
しかしこうした進歩は、大きいと思う。
人型という複雑な構造のものを動かせるということは、他にも応用することができるということだ。
とはいえ、水でできることは少ない。
もう少し訓練を続けていくとできることは増えるかもしれないが、今のところは無理だ。
試験当日の朝、こうして勉強ではなく能力の訓練をしている理由は他にもある。
というより、この理由が一番だろう。
その理由は、試験の後に能力を見られるということだ。
どんな能力かによって、編入に支障が出ることは無い。
何の能力を持っているか把握するってだけの理由らしい。
だが、どうせなら編入の時点で能力の可能性を広げておきたい。
そう思い、今に至る。
試験当日になって、頭にいろいろ詰め込み本番で焦るよりは今までの勉強の成果を信じ余裕をもって試験に取り組んだ方がいいと思う。
これは言い訳とかではない。
本当にそう思っているのだ。
まぁ、これから受ける試験が人生初の試験の男が何を言っているんだという感じだが。
いや、そう言えば一応中学試験はやったっけ?
「おにぃ、ご飯出来た」
妹が大きな窓を開け、俺を呼ぶ。
うちでの家事は当番制だ。
一週間事に交代ごうたいで家事をする。
無論、一週間任せっきりという訳ではなく暇な時はお互い手伝いあう。
仲睦まじい兄妹である。
「わかった」
俺は能力の訓練をやめる。
本当ならこの後、剣術の練習もする予定だったがそれは試験が終わってからにしよう。
今は、妹が作ってくれた朝食を食べるのが最優先だ。
俺はリビングへと向かう。
向かうと言っても、縁側から家に入ればそこがリビングなのだが。
家の中に入り、テーブルにつく。
そのテーブルの上には二人分の朝食が並べられている。
美味しそうだ。
うちの妹は、料理が上手。
妹は、自分は料理が出来ないと思っているようだがそんなことは無い。
この料理がお店で出てきても文句はないだろう。
むしろお礼を言いたくなるような味。
なぜ下手だと思っているのか不思議なくらいだ。
今日の朝食は、味噌汁に白米、ベーコンエッグ。
どれも美味しそうで輝いて見える。
俺と宙は、自分の手を合わせ、いただきますと言ってからそれぞれ朝食を食べ始める。
宙はベーコンエッグから、俺は味噌汁から。
食事中の会話はあまり無い。
二人とも、ただ黙々と食べている。
ラジオの音と、箸がお皿にあたる音だけだ。
朝食はこんな感じだが、夕食になれば食事中の会話も増え少しだけ賑やかな食事になる。
「「ごちそうさま」」
俺たちは、ほぼ同時に食べ終えた。
流石仲良し兄弟だね。
各々、自分が使っていた食器を一つにまとめてキッチンへと運ぶ。
二人が立ってもまだ余裕があるような広いキッチンで、二人で食器を洗う。
「今日、午後から遊びに行く」だとか「宿題は終わったのか」とか、何ともない話をしながら。
宙が洗剤で食器を洗い、それを俺が洗い流して食事立てに置く。
バケツリレーのように、流れ作業を繰り返す。
二人で洗うとすぐに洗い終わる。
食器洗いを終えた俺は、自分の部屋で学校に行く準備を始める。
宙も自分の部屋に入っていった。
何をするのかは分からない。多分宿題だろう。
食器を洗っている時、終わったとは言っていたがあからさまに目を逸らしていた。
宙は、人の目を見ながら嘘をつくことができない。
わかりやすくておもしろい。
そして、かわいい。
俺の部屋での準備は少ない。
鞄に筆記用具を入れて終わりだ。
鞄なんているのかという量の荷物をもって部屋を出る。
向かうのは風呂だ。
風呂は、俺の部屋から一番遠い所にある。
風呂と俺の部屋はそれぞれ対角にある。
広い家だから、移動するのが面倒臭い。
だが、運動した後は風呂に入りたくなるものじゃん?
てなわけで、学校へ行く前に一度風呂に入る。
風呂から上がったら、そのまま学校へ行くとしよう。
とりあえず、宙に「行ってきます」を言う。
「頑張って」という声が返ってきた。
頑張るとしよう。
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学校についた。
この学校は、北方神国の隅にある。
森に囲まれている学校で、名前通り丘の上に建てられている。
とても広い丘の上に、どっしりと。
存在を主張するように、木々を押しのけ堂々と建っている。
受験生を迎え入れるかのような、晴れ晴れとした青い空。
強い日差しが、俺の背中を押す。
紳立、丘の上中学高等学校。
実際に見た感想は、とても綺麗でとても広い。
新しい校舎が三棟、旧校舎が一棟。
闘技場が二つに、特別大きなグラウンド。
体育館が二つに、プールが一つ。
武道場が二つに、トレーニング場が一つ。
きれいに整えられた大きな中庭。
図書館っぽいのもある。
無論、ここからすべての施設が見えるわけではない。
グラウンドや闘技場、一番手前以外の新校舎などはほとんど見えない。
それほどに広い。
すごく立派な学校。
さすが神様が造っただけある。
試験は、第一校舎の会議室で行われるようだ。
どこなんですか、それ......
第一校舎はどれなんだ。
会議室はどこなんだ。
困った。
試験に受かるか受からないかの問題以前に、受けられるか受けられないかの問題が発生してしまった。
早くしないと試験が始まってしまう。
「なぁ......」
俺が校門であわあわしていると、一人の男が話しかけてきた。
俺と同じか少し大きいくらいの身長で、俺より若干体つきがいい。
頼れるお兄さんって感じだ。
「お前、こんなところで何してるんだ?」
話しかけられた。
この学校の関係者だろうか。
だとすれば、この人に聞けば会議室がどこにあるのかわかる。
「会議室が分からなくて......」
「会議室か
もしかしてお前も編入試験を受けに来たのか?」
「はい、そうです」
お前もってことは、このお兄さんも受験者なのだろう。
この人も転生者か?
まぁ、いいや。
気にしても仕方がない。
おそらく彼は見た目からして俺より年上たと思う。
だとすると彼は高三。
学校生活で会うことはあまりないだろう。
「俺も会議室に行くから、一緒に行くか?」
「はい、よろしくお願いします」
彼は、やっぱり頼れるお兄さんだった。
俺は、テコテコと彼の背中を追い、会議室へと向かう。
彼について行くと、一番手前の校舎に入った。
どうやらここが第一校舎のようだ。
校舎の中は、外からの見た目に反しない、立派な造りだった。
白を基調としていて、整った内装だ。
一言で言えば綺麗だ。
金に余裕があるやつが造ったと、人目見てわかるような綺麗な学校である。
そんな校舎の一階、入って右側、その突き当たりに会議室がある。
結構わかりやすいところにあったな。
これなら一人で探してもすぐに見つかったかもしれない。
あまり焦ることはなかったかもな......
焦って損をしたとまでは言わないが、少し無駄な時間を過ごした気がした。
廊下を歩き、会議室に入室。
そこには二人の監督官がいた。
特にこれといった特徴のない普通の教師だ。
教室二つ分程の大きさの会議室には、机と椅子が二組だけ置かれている。
受験者は、俺とお兄さんの二人だけなのだろう。
まぁ、編入試験と入学試験は別々の日に行われるらしいしな。
そもそも、編入生がたくさんいるなんてイメージもない。
新学期に四人も五人も転校してくるアニメなど、見たことない。
さらに聞くところによると、現実でアニメのように転入生が来ること自体めったにないらしい。
二人もいるのは、珍しいだろう。
彼はただの転校生なのか転生者なのか。
そんなこと、どうでもいいか......
それを知ったところで、俺に何かできるわけではないしな。
それに、彼とはもうこれっきりだろう。
俺は入学した後、他学年の領域に足を踏み入れられる自信がない。
他学年の彼とは、もう会えない。
試験とは関係ないことを考えていたら、監督官に「席に着け」と言われてしまった。
非常に軽い鞄の中からシャーペンと消しゴムだけを取り出し、席に着いた。
試験開始だ。
―――数日後―――
俺の家に試験結果が届いた。
結果から言うと合格だった。
しかも編入者の中でトップの成績で、だ。
でも、あまりうれしくない。
だいたい、トップの成績とか言われても編入者二人しかいなかったし。
二分の一だ。
確率的には、ジャンケンにあいこ無しで勝つより簡単だ。
宙は、「一位なんてすごいじゃん」と喜んでくれたので、俺もそれに合わせて喜んだ。
が、本心は何とも言えない気持ちなんだよなぁ......
何はともあれ、俺は無事に編入することができた。
来週から高校生だ。
しかも二年生だ。
無事に二年生として編入できた。
これにより、不登校になる可能性が少し減った。
出来るだけ、不登校にならないように頑張るとしよう。
俺には、不登校になった経験がある。
久しぶりの学校で、うまくやっていけるだろうか。
不安だ。
明日は、ノートや教科書などの学校に必要なものを買いに行かなければならない。
俺も今後はバイトをして収入を得ようと思ってはいるが、現状では宙の収入だけだ。
余裕のある生活なんてない。
この家の家賃は格安だが、それでも一人分のバイト代で二人生活するのは大変だ。
勉強のためとはいえ、つい先日結構な量の本を買ってしまった。
お金、足りるかな......




