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砂の花  作者: 高千穂ゆずる
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はじまり 第9話

 さっきまでルイスと寛いでいたソファに、旧友のローランと彼の後輩らしい若い刑事が座っている。

 ローランはみぞれで濡れてしまった髪を、レナに借りたタオルで乾かしていた。

「あんたは拭かなくていいの?」

 レナは余分に持ってきたタオルを若い刑事の前へ差し出した。

「いえ、僕は髪が短いので平気です」と素っ気ない。

 ベリーショートの彼は、広げたハンカチで乱暴に拭き終えると、

「コンラート・エルケンスといいます。お気遣い感謝します」

 生真面目なその返答が心地いいとレナは思った。

「2人ともコーヒーでいい?」

 レナが声をかけると、

「俺はいつもので」

「それで構いません」

 長年連れ添った相棒のように、同じタイミングで2人が答えた。

 なんだか可愛く見えた様子をくすくす笑いながら、レナはキッチンカウンターへ向かった。

 エルケンスには来客用のカップにコーヒーを注ぎ、ローランには容量のあるマグカップを用意した。ローランの好みはたっぷりのミルヒ入り。

 皆が待っているリビングへ戻りコーヒーを手渡す。エルケンスは印象通り、礼儀正しく礼を言いながらカップを受け取った。

 希望通りのミルヒカフェを見下ろしているローランは浮かない顔をしていた。

「やけに難しい顔をしてるけど、なに……あたし、かなり立場が悪い状況なの?」

 掴みどころのない微笑をいつも浮かべているローランが、眉を寄せて小難しい顔をしている。

「そういうわけじゃないよ。今のところレナが共通点っていうだけで、それ以外はなにもないから。今日は新しいことを訊きに来たっていうより確認ってところかな。あんまり気にしないで話してくれればいいんだ。普段のバカ話みたいな……そんな感じで」

 ミルヒカフェに口をつけると、硬かったローランの表情が一気にほころぶ。柔らかな甘さが身体の芯を温めたようだ。

 二人がコの字型のソファに座っているので、レナは一人掛けのソファへ腰を下ろした。すかさずエルケンスが手帳を広げた。

 ローランがテーブルの上へ四枚の写真を並べていく。今回の被害者たちだ。一枚一枚丁寧に置き、レナに良く見えるようにゆっくりと向きを変えた。

「知ってる」

 レナがぼそりと答えた。なにかを誤魔化すように、ぬるくなったコーヒーをカップの中でくるくると回す。

「買ってくれた本の名前も覚えてる。今すぐ言えって言われればなにも見なくたって答えられるし」

 彼女たちと言葉を交わすことはもうできないのだと思うと、自然と声のトーンが沈む。ぎゅっと握り込んだマグカップのコーヒーはもう動いていない。

「レナは配達もしてるんだったっけ?」

「いつもじゃないけど。配達業務って振り分けてもないから完全サービスだし、お客の事情を聞いて配達するかしないか決めてる。急いでるけど手が離せなくって取りに来れないって相談されれば配達するし、用事で近くに行けばそのついでに持っていくことだってあるから。この辺の自由さは個人経営の強みだもん」

「顧客の購入リストとか売上明細の管理は?」

「税務調査みたい」くすっとレナが笑う。

「売上管理はしてるから販売した本のリストアップはできるよ。顧客別の管理まではしてないけど、常連になれば好みも覚えるから気に入りそうな本がみつかれば声をかけることだってあるし。仕入れたはいいけど売れなかったじゃ商売にならないでしょ」

「まぁ、そうだよね」

 ローランは納得したように頷いた。

「彼女たちとはプライベートでも会ってたりした? 店主と客でも仲良くしてれば友人関係になることくらいあるよね」

 ふいにレナが言葉を詰まらせた。ローランが不思議そうに、「レナ?」と訊ねる。

「……まだ」

 目を伏せたレナだったが、すぐにローランへ視線を向けた。

「テクラとは、これからもっと仲良くなれるはずだったの。彼女の助けになればと思って、だから、夕方店に来ない? って誘ったのよ」

「彼女を店に誘ったのは確かなんだ……。時間の指定とかは」

「そんなのしてない。あたしは上に住んでるからテクラが来るまでいつまでも待てるし。まさか疑ってるの?」

「被害者の共通点がレナだけみたいだから糸口をみつけたいだけだよ。まぁ、ルイスを同席させずに話を聞かれたら警戒もするよね」

 苦笑するローランをレナは改めてみつめた。

「ルイスのこと頼んでいい? アイツ、絶対ひとりで抱え込んじゃうから」

「そのことなら安心していいよ。だけどレナ。犯人の意図がわからない以上、レナ自身も気をつけた方がいいと思う」

「あたしも狙われるかもしれないってこと?」

「だから用心の為だよ。何なら彼を護衛につけようか?」

 ローランがエルケンスを親指で指すと、彼は承知したように小さく会釈した。

「いい、いいよ。そんなのやらなくて。大げさ過ぎだから。エルケンスも鵜呑みにしないで」

 レナはローランの申し出を軽くいなした。

「あたしのことよりルイスの方が心配。班から外されて状況がわからないのに、あたしまで狙われるかもしれないなんて知ったら」

「アイツ、暴走機関車だからなァ。こっちの件に首ツッ込めないくらいに事務仕事させておくから、レナは自分の心配だけしていればいい。ルイスに知られたくないときは俺に連絡くれれば飛んでいくから。いつでも頼ってくれ……昔みたいに」

「あの」

 メモを取り終えた後輩刑事がそろりと手を挙げた。

「お二人は親しいんですか?」

「何年になるのかな。十二歳のときからだから、……もう二十一年のつき合いかしらね。腐れ縁よ」

 言ってレナはけらけらと笑った。

「ほんとだよ。レナとこんなに長くつき合うことになるなんて、俺は自分を褒めてやりたい」

「言ってなさいよ。けど、褒美と称してあたしのお尻を触るのは今も許してないから」

「ケチ」

「先輩、それセクハラっていう犯罪です。レナ、訴える手続きをしましょう」

 ぐっと拳を握り、エルケンスが前のめりに話に加わる。

「精神的に攻めるならそれね。身体的に攻めるならルイスにバラしちゃうって手もある――いたっ」

 エルケンスに話を合わせるレナにローランがボールペンを投げつける。

「おまえも本気にするなよ。こういうのは軽く聞き流しな」

 呆れたように笑うローラン。

「そうそう。まじめくんは胃に穴が開くよ」

 レナも声をあわせて笑う。

「え、俺、今責められてます?」

 え? え? とエルケンスの視線は二人の間を何度も往復している。

「責めてない、責めてない」

 レナとローランは声を揃えた。

 このやりとりが懐かしい――。二人は懐かしむように顔を見合わせて笑った。

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