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116_少女と魔族と反抗の篝火



 青白い光がゆっくりと明滅する、雑然とした広間。


 壁や床の至るところに太い配管が這い回り、それらは各所で分離・結合を繰り返し……縦横無尽に延びている。



 アイナリーの練兵場くらいの広さはあるだろうか。その広い空間はしかしながら林立する半透明の柱によって……見通しは良いとは言えなかった。

 大人三人ほどが手を繋ぎ、やっと囲える程の太さ。アイナリーの外壁のおよそ倍は……十mはあろうかという、見上げるような高さの巨大な柱。

 一本一本がそんなにも巨大な柱は、床と天井との境目を幾重にも枝分かれした配管に覆われ………まるで根と枝葉を拡げる大樹、そしてそれらが生い茂る森のようでもある。



 尤も………その大樹の色は心安らぐ大自然とは程遠い、冷たく固く無機質な鈍色に。木々の合間を射し込む筈の暖かな陽の光は、これまた氷のように冷たい……無尽灯の青白い光に。耳に届くであろう生命のざわめき・多種多様な動物たちの声は、重苦しい機械音に………それぞれ取って替わっているのだが。




 そんな寒々とした鋼鉄の森、その片隅。


 ある一本の鈍色の大樹、その根元に………大小三つの生物が集っていた。









 「…………あ、あの…」

 [……斯様に落ち着き、言葉を交わすは。……初となるか。]



 鋼色の大樹、その(うろ)から伸びる幾条もの蔓、大小様々な配管を身体じゅうに繋ぎ………まるで灰色の蔓状植物に寄生されているかのような様相で。

 羽毛の一枚一枚に高濃度の魔力を秘めた、自慢の二対四枚翼。その半数……一対二枚の翼を喪い、冷たい大樹の蔓に床へと縫い付けられながら……変わり果てた姿でそいつ(・・・)は口を開く。



 [斯様な姿にて……失礼。]

 「んひ」


 思わず、小さく身体が跳ねる。

 眼前のその姿からは、今でこそ威圧感は感じないが……その声色の空恐ろしさ、心の奥底に刻み込まれた恐怖感は……そうそう忘れることは無い。



 [我が名。城郭防務局(ヴォルバーク)(いち)……フレースヴェルグ。…………相見え、光栄に思う。]

 「えっ、……え、あ、………のーと、です。……よろしく、おねましゅます」



 前回相対したときとは姿も、様相も、語り口さえも様変わりしていたフレースヴェルグに……かなり面食らった様子のノート。

 無理もないだろう、山ひとつ粉微塵に粉砕する大業『破壊の暴風(ルフト・シュトーツァ)』を喰らわされ、魔力渦そのものは抵抗魔力の恩恵で霧消出来たもののそのまま生き埋めにされ、結果として大事に至らなかったとはいえ……軽く二・三度は命の危機を感じた、山肌での一連の出来事。


 その首謀者、自分と勇者の命を消し飛ばそうとした張本人……少女にとっての恐怖の権化は、すぐ目の前ほんの僅かな距離に居り……



 以前とは打って変わった弱々しい姿で、その身と(まぶた)を伏せていた。




 [……ヴェズルフエルニエ。役目、御苦労。]

 「滅相もございません。我が主」

 「? ……うぇー、……に……? んい……とーご?」



 『トーゴ』という呼称はあくまで、合成魔族(キマイラ)の青年の一人称を耳にしたノートが、勝手にそう呼んでいたに過ぎない。


 『ヴェズルフエルニエ』……それが彼の、創造主により名付けられた個体名。



 ……なのだが。





 「んい………わから、ない。むずかしい、から……とーご。とーご」

 「[えっ]」

 「とーご。このこ、なまえ。……とーご、よぶ」

 [……………承知した]

 「えっ」




 本能的に……あまり彼女に対し強く出ることが出来ない親鳥(フレースヴェルグ)によって。


 あんまりにもあんまりな呼称を……許容されてしまった。






 ………………………






 [我、疑問。……複数、在り。]

 「んい……? ぎー、もん?」

 [然様、疑問。]

 「ぎーもん。……んい。どうぞ」


 格好悪い呼び名で呼ばれることを親直々に許されてしまい、姿勢はそのままでありながらどこか打ちひしがれた顔のヴェズルフエルニエ(トーゴ)を尻目に……微かに目を細め、眼前の少女を見据える怪鳥。

 白い少女にどこか面影を残すかつての主君……心より敬愛していた王の姿を思い出し、暫し思い出に浸る。



 今となっては遠い遠い昔。心命を賭し忠誠を誓ったものの……終ぞ護り抜くこと適わず。幾度となく斃し、その都度力を増して蘇る憎き『勇者』についに斃され道半ばで力尽きた……苦い記憶。

 眼前の少女がその『王』である可能性は……恐らく無いだろう。それくらいは理解している。自分とは違い、あの御方が蘇生されることは無いのだから。



 だが……しかし。



 その顔立ちや体型は未だ幼く、肌や頭髪の色さえも異なるが――それでも『王』を思い起さずには居られぬほどに……


 郷愁を感じずには居られぬほどに――似ている。



 [………貴殿。……ノート、と……申すか。]

 「ん、んい………のーと、です……」


 小さな身体をすっぽりと外套で包み、その背には不釣合な長剣を背負い、いかにも緊張した面持ちでカチコチと応える少女。

 小刻みにぷるぷると震える様子は弱弱しくも………どこか愛らしい。



 [貴殿、ノート。……此の地、『魔王城』……何ゆえ、足を踏み入れた。]

 「んぴぇ」



 奇妙な音を発し、小柄な身を跳ねる少女。外套の裾から何故か剥き出しの下半身が覗く。

 その肉付きの薄さ、そして何よりも羞恥心の無さ、破廉恥さ。………やはり『王』とは違うようだ。



 一方そんな破廉恥な少女はというと……慌ただしく行き来する視線と、あからさまにあふれ出す汗。


 どう見ても緊張しているだろう彼女は少なくない硬直の後……やっと供述を始めた。





 「わ、わたし……ゆう、しゃ、いっしょ……たび、こうどう、して……ます」

 [把握している。]




 冷たい鋼の床に伏せたまま、さも当然と怪鳥は応える。

 誠に、……誠に、度し難いことであるが………この少女は魔に連なる者達の怨敵、人族の『勇者』の末裔と行動を共にしているという。


 先日の接触(ファーストコンタクト)の際に、充分過ぎるほど把握していた。当初こそ敬愛する『王』の一族かとも……よしんば本人かとも思っていたが。忌まわしき『勇者』の手に落ち、捕えられ、慰みものとされ弄ばれていたのかとも憤慨していたが。



 現実は……その残酷さは、想像の更に上を行った。


 あろうことか勇者に与し、自ら矢面に立ち、……フレースヴェルグに弓引いて見せたのだ。



 フレースヴェルグにとっては、非常に苦い出来事であった。

 まだまだ弱者の域を出ない今代の『勇者』に手傷を負わされたという衝撃もそう(・・)であるが………だからといって敬愛する『王』の雰囲気を纏う、何かしらの関係はあるのであろう御方を『偽物』と断じ、渾身の『破壊の暴風(ルフト・シュトーツァ)』にて葬り去ろうとしたことに対して……途方も無い自己嫌悪に陥っていた。


 実際、消し飛ばしたと思っていた。

 『島』に少女が足を踏み入れるまでは――他ならぬ自分自身の所為で――もう会うことも叶わないとも思っていた。




 だが。……会うことが出来た。

 謎多く、不明点もまた多く、………どこか懐かしい雰囲気を持ち、――指摘されると怒り狂い、その対処も面倒極まりないものの――愛らしい言動の少女に。



 『王』の面影を残す少女に、再び会うことが出来た。



 そのこと自体()………喜ばしいことなのだが。





 忌まわしき『勇者』と行動を共にする少女が、一体何の目的で此処まで訪ねて来たのだろうか。その疑問は相変わらず解消されていない。


 四枚翼のうち半数は、機能を喪失していた中枢(メイン)魔力発動筒(ジェネレータ)火入れ(・・・)のために消費した。発動筒密集区(プラント)の制御演算端末の代用として自身の思考脳を繋ぎ、その能力の大半は未だ安定しない発動筒(ジェネレータ)たちの出力調整で手一杯だ。

 (ロク)に身動きの取れなくなった自身の手足としてヴェズルフエルニエを建造したものの……いくら高性能素体とはいえ戦闘経験の無い彼に、少女の相手が務まるとは思えない。



 ……仮に、今。


 彼女が背に負う忌まわしき剣を……白染めの剣を抜き放てば。

 如何なる守りも抉り穿つ、『勇者の剣(対魔法生命体特攻武器)』を向けられれば……


 フレースヴェルグとて、ただでは済まない。



 本人には決して気取られぬよう、固唾を呑んで動向を窺っていたフレースヴェルグ。

 僅かに顰められたその視線の先……何と言えばいいものかと、わたわたと考えあぐねていた白い少女が……ついに思いつめたように、言葉を綴る。





 「ふ、ふれーす、べるく。……とーご。………んい、んい、……わたし、おねがい」

 [………何だ。]



 ――お願い。


 彼女とよく似た顔を持った支配者からは、終ぞ聞くことの無かった言葉。

 意外と耳心地の良いその言葉に、ひとたび細めた目はしかし…………続き放たれた彼女の言葉によって、大きく見開かれることとなった。




 「ひと、たたかう、しない。………んい、……ゆうしゃ、たたかう、しない……おねがい」

 [………………]

 「おねがい、します。……わたし、おねがい……します」

 「姉上、其れは……」







 魔の者達の反攻の兆しとして、その身を削って『魔王城』の再起動を試みたフレースヴェルグにとっては……

 また彼によって創造され、彼と意思を繋ぎ、彼の忠実なる手駒として生み出されたヴェズルフエルニエにとっては……



 到底、理解の及ばぬ『お願い』であった。

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