106_勇者と従者と休息地帯
大陸を南北に分断する、大山脈。
巨大な湖にぶち当たるまで延々と続くその山々は、至る所に地下遺跡が散見される。
リーベルタとフェブル・アリア両国の国境でもあるこの大山脈は、その立地的な都合から大規模な捜索は滅多に行われず。そのためこの大小様々な遺跡の全容は……未だ明らかになっていない。
未だ発見されたことのない遺跡が見つかることも珍しくはないし、既に発見されていた遺跡に新たな区画が見つかるなどといったケースも、度々報告されていた。
その大山脈を削り取るように広がる巨大湖『ドゥーレ・ステレア』。その湖面に向かい、ぽっかりと口を開ける地下洞穴。
かつて湖じゅうを荒らし回った湖賊の拠点にして……出入り用の船全てを沈められたことで、そのまま牢獄と化した地下遺跡。
……その最深部に、ヴァルター一行は屯していた。
「勇者様。先程カリアパカ宛の伝書を飛ばしました。早ければ明日には……」
「あぁ、すまん。助かる」
「んい……ありまと、ごまます」
「……いえ。恐縮です」
しきりに畏まり、部屋を後にする兵士。湖南砦の制服を纏う彼らは当初こそ警戒を露にしていたものの……今となってはすっかり良く取り計らってくれている。
無理もないだろう、賊どもを纏めて収監している地中の牢獄、その最深部で……突如として原因不明の爆発が生じたのだから。
死者・重傷患者が出なかったのは幸いという他無いのだが……運悪く爆心地の程近くに収監されており、爆風に巻き込まれ負傷した者、壁や床の破片で怪我を負った者も……少なからず上がっている。
どう見ても不審、加えて……極めて危険な存在となれば。本来であれば全員纏め、即刻拘束されて然るべきだったであろう。
その予期せぬ闖入者の中に――かつて湖南砦を混乱の坩堝に叩き込んだ真っ白な幼女――ノートの姿が無ければ、危険集団として厳戒体制が敷かれていたかもしれない。
ともあれ幸いにして、ボロボロとはいえ人の手の入った部屋で休むことが出来……更には外へ出るための手筈も整えることが出来た。
懸念していたニドの両腕も………日常生活を送る分には問題ないレベルまで、奇跡的に再生を果たした。
本人いわく『吾のナカに残る出涸らしを全部出しきって……それで漸くこの程度』とのことらしく……彼女の言う通り、これで本当に最後の奇跡。……今後はもう無いのだろう。
元凶となったノートも、さすがにことの重大さを把握しているらしい。心なしか元気が無く、どこかしょんぼりとしている様子で……あれこれニドの周りの世話を自ら進んで引き受けている。
これに懲りたら、以降は無茶を控えて欲しいところだ。
「アーさん達は……何だって?」
「とりあえずシア経由で伝えた。馬回収してそのままアイナリー戻るってよ。……アーさんシアの声聞けると思わなかったわ」
「……そうか。すげぇな鳥遣い」
「すげぇな。ビビった」
とりあえずこれで終息の目処は付いた。
色々と……本当に、色々と想像の遥か上を行く出来事だらけの遠征ではあったが…………やっと当初の目的であった『翔栗鼠の群れの除去』を達成し、帰還することが出来る。
「……アレを『群れの除去の成功』として良いもんかは……悩みどこだがな」
「それな……」
一匹残らず討伐することは、ついに敵わなかった翔栗鼠の群れ。結果的に追い払うことには成功したものの。代償として街道付近は盛大に破壊され……おおよそ最悪に近いオマケが付いてきた。
『神話級』魔族が一柱、黄昏の大鷲フレースヴェルグ。
正真正銘、紛うことなき人類の脅威。
……その覚醒を、招いてしまった。
「……『神話級』なぁ………正直勝てんのかよ……」
「…………解んねぇ……」
直接相対したヴァルターには解る。フレースヴェルグの規格外っぷりが。……危険さが。
一度は面と向かって戦いを挑み、対等とまでは行かずとも渡り合うことは出来そうだった。ヴァルター単騎ではなく何名かで、それこそ国中……いや世界中から有力者を募れば、あるいは勝てるやもしれない。
……そこまで考えたところで、しかしながら否定の念が浮かんだ。頭数ばかりをどれ程揃えようとも、やはり結果は厳しいだろう。こちらの攻撃が届く前に纏めて吹き飛ばされれば……どうしようもない。
「やっぱ……俺がやるしか無ぇよな」
「やれるか? 『勇者』」
「………仕方無ぇだろ」
「……………悪ィ」
ともあればやはり、勇者ヴァルターが前面に出るほか無い。
補助要員として、遠隔攻撃が可能な人員を配置。攻撃範囲・破壊力ともに絶大な『破壊の暴風』……あれの発現を阻止しながら立ち回り、あわよくば放たれる前に仕留める。
上手く嵌れば言うこと無しなのだが……放たれれば最後。少なくない犠牲が出るだろう。
「あの糞爺……いい情報持ってりゃ良いんだがな……」
「……何があったのか正直知らんが、そんな毛嫌いするほどか? めっちゃ可愛い身体じゃねぇか」
「ネリーお前マジ余所で言動気をつけろよ?」
「は? 言うようになったなヴァルてめぇ」
姿かたちや身体はもとより。何にせよ思わぬ情報源である少女(?)ニドに対する期待は大きい。
外から見ていた分には僅かな時間とはいえ、実際ニーズヘグの結界内に長きに渡って囚われていたヴァルターとしては……彼の持つ知識と超常たる雰囲気、彼という存在に少なからず期待を抱いてしまう。
………たとえあの子自身が、剣を振るうことが出来なくなったとしても。
あの子の重要性は揺るがない。あの子が大事な存在であることに変わりは無い。
彼がヴァルターにとって――経緯はどうであったにせよ――師と呼べる人物であることに変わりは無い。
「そのニドは……今どうしてんだ?」
「お嬢と絡み合って眠ってる。ただし服は着てる」
「……その注釈要るか?」
「お前に私の味わった絶望が解るか」
「知るか」
ノートが懐いている以上、悪いものでは無い。……と思う。
ニドとフレースヴェルグがどのような間柄なのかは知る由も無いが、ことフレースヴェルグの討伐に関して言えば、彼は手を貸してくれるらしい。
……いや、既に貸せる手は一度喪失している。なので借りられるといっても知識に限られるのだろうが……それでもフレースヴェルグに関する情報を何一つ持ち合わせていない自分達にとっては、この上ない力添えとなるだろう。
……そのためにも。
「ネリーお前。そういう性癖なんは解ったけど夜這いすんなよ。普通に止めっから」
「畜生!! 揉ませろよ!!」
この……嫁の不在で欲求不満に歯止めが掛からなくなった同行人を、しっかりと見張っておかねば。
ニドに粗相が無いように……性的暴行の罪でネリーが兵士の世話にならないように……自分が気を張らなければ。
胃の腑の痛みを俄に感じながら……ヴァルターは気合を入れ直した。




