105_幼女と少女と五指の技巧
「んっ、……くふっ、………んんっ」
「んい……これ? ……ここ? ここ、いい?」
錄な光源もない殺風景な部屋。備品と言えば錆の浮き始めた寝台と小テーブルくらい。
おおよそ住環境とは程遠い内装の小部屋ではあるが……その部屋は現在、ある種正しい用途として用いられているようだった。
「……くははっ、成程……此は…っ、んっ……なかなか……んふっ、」
「きもち、い? ……にと、きもちい?」
申し訳程度の床敷と粗末な敷布……その上に純白の外套を敷くことで、なんとか整えられた小さな寝台。その上では今まさに……これまた小さな肢体が二つ、狭い空間で密接していたのだった。
「……っ、あぁ……っ……好いな。……好いな、此は。………此の身体は……」
「んい……ここ? にと、ここ、きもちい?」
「んんん…っ! …………くふ、『気持ち良い』……か。……成程、此は……好い」
「………にと、きもちい、かお。……んい、かわいい……にと」
白と黒、美しさというよりは可愛らしさが勝るであろう童女が……二人。
互いに寄り添い、触れ合い、熱の籠った声を溢していた。
「……っ、そこ……も、少し……強く……っ!? ッあ、は……ッッ!!」
「ここ? ……にと、きもちい、ここ?」
白髪の少女が黒髪の少女を労るように、その小さく滑らかな手指を運ぶ。乞われるがまま指に力を入れ、優しく……しかしながら力強く、横たわる少女の肢体をじっくりと揉みしだく。微かに芯のような手応えを返しつつもきめ細かく柔らかい少女の肌は、押し込む指に弄ばれるがまま。むにむにと形を変える。
無抵抗で横たわり、一切合切為されるがまま、身体の昂りを感じるままに声を溢す黒髪の少女。その白く滑らかな肌はいつしかじっとりと汗ばみ、火照った肌は仄かに桜色へと色づき始める。
「……っ、くくく。御前……おんしの指、……んんッ、此は……真に……」
「ゆ、び? ……わたし、ゆび? きもちい?」
赤ら顔で眉根を寄せ、切なげな吐息と共に紡がれた言葉に気を良くしたのだろうか……白い肌に食い込むしなやかな指が、更に滑らかに動きまわる。熱と、安らぎと、心地よさ、それらをじっくりと擦り込むように……入念に、執拗に、撫で擦っていく。
撫で、擦り、揉み、離し。
やがて……熱を溢す娘の反応に満足したのか。
それを見守る白の少女は……次へと進む決意を明らかにした。
今しがた、滑らかな弧を描く柔肌を揉みしだいていた、白く小さな手のひら。
そこから手を離し別の場所へ……下のほうへと視線を移す。
「にと、こっち……さわる。……いい?」
「ん、……ん、うむ。……だ、だが御前。……………恐らく、その……多感である箇所ゆえ」
「……んい、……だい、じょぶ。まかせて」
「う、うむ…………」
意を決し、緊張に身を強張らせる黒檀の娘。
そんな姿を愛らしく感じながらも白の少女はその手を止めず……生まれてから未だ誰にも触れられたことの無いそこへ、ついにその手が届く。
「ん……ッッ! ふ、あ……っ!!」
「にと、わかる? わたし、さわる……わかる?」
「……あぁ、解る。……そうか……ある、のだな……」
「んい……ある。……にと、ちゃんと、……ある」
未だ空気にすら触れ慣れてない、赤子の肌ほどに敏感なそこへ。
恐々と、しかしながら丁寧に触れられ、握られ……白妙の幼子の指によってもたらされる刺激――ぴりぴりと、どこかこそばゆい刺激に――思わず口元を綻ばせる。
……ちゃんとある。生えている。付いている。
その器官、その機能が十全に備わっていることに……感極まったかのように、安堵の吐息がニドの口から零れ出る。
その様子を満足げに、万感の思いで見つめるノートもまた……穏やかな笑みを浮かべた。
………………………
鋼をも灼き融かす程の熱を湛えた光矢を掴み、醜く炭化し両肘から先を喪った……ニドの両腕。
地下施設の崩壊を防ぐため、光魔法『光矢』の破壊力を削ぐためとはいえ……創造されたばかりの少女の身体、その両腕をいとも容易く犠牲にする行動力と反応速度に驚愕すると同時。
さすがにことの重大さ――自らの軽率な行動が元となり、黒髪の少女が取り返しのつかない大怪我を負ったこと――そのことを認識したのであろう。……柄にもなく茫然とし、取り乱すノート。
「に、と……! にと!? にとぉ……!!」
「呵々。……どうした、娘子よ」
「どうしたじゃねぇよ! おい糞爺! しっかりしろ!!」
「く……薬、薬! 早く……疵癒霊薬!」
泣きそうな顔で駆け寄り、自ら身を起こすことすら侭ならぬニドを抱え起こすノート。
自分同様に小柄で肉付きも薄く、しかしながら女性的な曲線を見せ始める少女の身体。粗末な衣類ははしたなく捲れ上がり視線を遮る用途を為さず、その肢体のほぼ全てが眼前に曝される形となり。
そんな中。
幼さ残る少女の身体と、焼け落ちた両腕。
その対比が……ただただ痛々しい。
「にと、にと!! やだ、やだ……ごめやさい、ごめやさい……!!」
「勇者様これを!! テオの治癒符です、気休め程度には……」
「悪い助かる……! チクショウ大丈夫か糞爺!!」
とっておきの霊薬を、秘蔵の治癒符を、惜しげも無く持ち出し可能な限りの治療が行われようとするものの……肝心のニド自身は何を思ったか首を振る。
縦では無く、横に。
……自分に施されようとする治癒を、拒絶するかのように。
「阿呆。そういうモンは大事な仲間用に取っておくモンであろ。無駄なことをするでない」
「ッ、無駄……って! そんな……」
ニドの口から告げられた、残酷な事実。そのあまりにも淡々とした……まるで他人事のような語り口に、愕然とする。
「おい糞爺!! お得意の『創造』で何とかなんねぇのかよ!?」
「呵々。……『あの場』ならまだしもな。此様に魔力の乏しい場では、あれ程好き勝手に『創造』など出来ぬよ。抑も吾は既に人族の身よ。……吾に残された滓の様な魔力程度では……最早どうし……よう………………? も…………?」
完全に諦め口調だったその言葉尻が急激に萎み、いつもの嘲笑うかのような目を珍しく驚愕に見開き……ついには言葉を失うニド。
その視線――まるで信じ難いものを見たかのような二つ眼が見据えるのは――自らの腰にしがみつき、丸く実った胸に顔を埋め、赤子のように泣きじゃくる………真白い幼子。
「……おんし、娘子…………否。……御前よ」
「にと…………やだ……にとぉ……!」
恥も外聞もなく泣きじゃくり、言葉を交わす余裕の無さそうな少女を見詰め……驚愕の表情のまま硬直するニド。
突如として雰囲気を変えた彼女を訝しみ、何事かと探る様子の周囲を余所に……ニドは尚も黙り混み、熟考を続ける。
「……………『来レ』、……『来レ』」
やがて……ぽつりとニドが溢した呪言。
炭と化し崩れ落ちた両腕が、仄かに黒い光を纏う。
ニーズヘグの定義空間においてヴァルターを修復したものとは、量も質も桁違いに……疎ら。
しかしながらその黒燐は紛うことなく……ニーズヘグの権能による『創造』の光。
他でもない、自分自身が何よりも信じ難いのだろう………相変わらず驚愕に目を見開いたまま、それでも詠唱を続けるニド。
そんな筈は無い。そんなわけが無い。
そう言い聞かせるような表情とは裏腹に――少しずつ、ほんの少しずつ――ゆっくりとしかしながら確かに……『創造』は進む。
「……お、……ぉ、…………おぉ……っ」
「にと……? に、と……?」
いったい何事か周囲の騒々しさが増す中……ついにニドの両腕が形を成す。
彼……否、彼女にしては珍しい……感極まったかのような、どこか泣きそうな表情で……今しがたの事象を顧みる。
再生は不可能だと諦めていた両の腕。
それを再び顕すに至った、魔を棄て人化した筈の自身の……恐らく最後であろう『権能』。
そして……それを可能たらしめた、この真白い少女。
「呵々…………成程。未だ吾に働けと謂うか」
「ニド! お嬢! ……こっちだ、頼む!」
「おい糞爺! 少っと我慢しろよ!」
何処からともなく持ち込まれた……吹き飛んだ金属扉と耐爆隔壁の向こうから運び込まれたボロボロの担架に横たえられ。
ニドは自分を心配そうに見つめる少女に……どこか懐かしい温かさに、そっと眼を閉じた。
………………………
「……今度こそ、亡くしたと思うたのだが、な………んッ」
「にと? ……いたい?」
「問題ない。……繋がっておる証拠であろ」
「んい………やめる?」
「いや、続けてくれ。……御前の指は……心地好い」
幼女の小さな手による刺激を受け、ぴくぴくといたいけな反応を返す少女の身体。喪った権能、様変わりした魔力、どう考えても取り戻せる筈のなかった両腕。
それを可能とした想定外の要因、白い幼女は……自身の功績などまるで知らないのだろう、ただただ優しく、労るように、慈しむように、黒髪の少女の身体を解す。
「にと……にと………ごめやさい……」
「……もう聞き飽いたのだがな。……ならば……そうさな。もっと触れてくれれば、其で良い」
「……んい、ふれて、する。……わたし、もっと……にと、ゆび。……ふれて、する」
「うむ。……吾の五指、もう暫し具合を診て貰えるか」
「んい……にと、ゆび、わたし……さわる」
「指かよォォォオオオオオ!!!!!」
けたたましい音を立てて扉が開かれ、やかましい声と共に長耳族の少女が姿を表す。
いったい何があったのか明らかに機嫌を損ねた様子で、いったい何をしていたのか呼気は荒く、いったい何を考えていたのか耳や頬は朱に染まっている。
「指か! 指だったのか! ……じゃその前の『揉んで』たのは肩か!! 肩揉んでただけか!? ……あっ服着てる! 何で!? 脱いで無ぇのか!!」
「あえ……あえ………ね、ねりー……?」
「ちくしょう……美幼女の絡みが……なかよしが……」
「…………割と最低だなお前」
ひとりでに打ちひしがれた様子のネリーを尻目に、何やら荷物を抱えたヴァルターが入室してくる。
うずくまるネリーを避け、ニドの指を触診するノートの傍へ……小さなテーブルの上に荷物を乗せる。
「とりあえず、行軍用の糧食。まだ食いやすそうなモンを持ってきた。あと湯と清潔な布を用意させてる。……指は、大丈夫なのか?」
「問題ない……と言いたいとこだがの」
「………動かねぇか?」
「否、動く。掴むも握るも扱くも問題ない。……が」
意味深な笑みから一転、どこか困ったような……諦めたような笑みを浮かべ、自嘲気味に症状を告げる。
不完全な権能によって、無理矢理機能を整えられた両腕。一見なんの問題も無さそうではある両腕……その問題点。
「握りの力が、な。……得物を持つんは出来ようが、打ち合うことは難しそうだの。……まぁ形になっただけ上出来よ」
完全な消失から、なんとか奇跡的に再生を果たした……ニドの両手。
かかかと笑う彼女の両手はしかしながら……『剣を振るう』機能までは、戻ることが無かった。




