第四話 勇者フレール
なんの反応も示さないクーリエにデレゲがさらに語気を強めた。
「何より!魔物とはただ狩るだけのものなのだ!狩り尽くされその場に放置するだけのなんの価値もない命なのだ!」
その言葉にクーリエがゆっくりと振り返る。瞳の光が消えていた。クーリエから漂う霧が更に濃くなり増えてクーリエの表情をも覆っていった。扉のわずかな隙間を抜けて、霧は学園中に広がった。クーリエから低い声が聞こえた。
「魔物が狩り尽くされるだけの存在?なんの価値もない命?それは貴方の方でありませんか、デレゲ生徒会長」
「ひ!ち、近づかないで!ば、化物!」
クーリエが生徒会役員達に一歩近づいた。アミレーゼは完全に怯えデレゲにしがみついている。
「貴方もですよ、アミレーゼ副会長。たかがA級の魔物の名前を知らずにいて本当に魔王を倒せるのですか?」
アミレーゼはいやいやいやぁ!と頭を抱えて目を必死につむり耳を塞ぐ。周りの他の生徒会役員も霧に巻かれて恐怖と怒りのみを感じていた。
「魔物が可哀想?そう思い込んでる貴方が殺しているんでしょう」
「あっ・・・ひいいぃ!私のクマちゃんが包丁持って・・・」
「魔物が不潔?」
「い・・・や!怖い・・・!怖い怖い怖い!魔物は不潔・・・!そう、不潔なの!私は・・・」
クーリエが目を向けるとその視線を感じて役員たちが恐怖で染められていく。その人が最も恐ろしいと思っているものを幻影で見せながら。
「魔物が狩り尽くされるだけの存在。魔物が同じように考えていたら人間はとっくの昔に滅ぼされていたでしょね。当時の魔王にはそれだけの力があったのですから」
静かに小さな子に言い含めるように語るクーリエ。心なしかクーリエの声が幼くなってきた。
「魔物も私達人間も同じ尊い生命を持って生まれてきた同じ価値の生き物ですよ」
「そ、そんなことがあるはず・・・!」
「それを自分たちの都合で奪って、そして棄てる。殺されて、埋葬もされずただその場所で腐り自然に帰る、そのつらさがわかる?わからないなら私が教えてあげる」
クーリエの顔は皆からは見えないけれど涙がつたっていた。
「せめて!せめてその生命を誰かが有効的に使いたい。骨まで使うの。うふふ、その点において豚骨は本当に無駄がない・・・。・・・貴方たちが勇者を目指すのは何故なの?私は・・・兄様は・・・」
誰もが下を向きクーリエの魂からの叫びを聞いていた。
「そ、そんな・・・。私達は・・・」
「この僕が・・・。この僕はなんで・・・」
呆然としたデレゲや他の役員たちの声は重たい霧にかき消されてしまった。
***
校舎中にくらい霧が濃く広がっていた。生徒会室前の廊下では
「いやぁー!あ、足が・・・!こんな大きな蜘蛛、いるわけないよぉー!」
「そんな!あの方はそんな事を言う人じゃ・・・」
殆どの生徒が頭を抱えて恐怖していた。ただ1人を除いては・・・。
「・・・・・・なんやねん、これ。歩き読みの邪魔やねんけど。読めんへんやん」
冷徹な瞳、神経質にまとめられた短い水色の髪、そして本。うまく生徒たちをかわしつつ、本を読みながら歩く彼こそ図書委員長リブロであった。
***
保健室。養護教諭は廊下でパニックに陥っている生徒たちと黒い霧を見てマスクを付けた。吸い込むと影響の出る魔法かもしれないから。手際よく生徒たちを浮かしてまとめて保健室に運び込んだ。しかし、
「え?!なんで?こ、来ないで・・・!」
ぺたりと床に座り込む養護教諭にも霧の影響が始まった。
「やめて・・・!」
***
学園長室。学園長室はまだ何も起こっていなかった。それでも黒い霧は徐々に扉の下から学園長室へ入っていく。ふと学園長が目を上げたときにはすでに部屋全体に薄っすら広がっていた。学園長が目を瞬く。そして瞬時に状況を理解する。
「誰だ、クーリエを暴走させた馬鹿者は!」
そして学園長はガタッと立ち上がって慌てて出ていった。その机の上に聖女の推薦の紙と・・・滲んだ手紙があった。
学園長は急いで生徒会室に向かっていた。階段を駆け下り恐怖に震える生徒たちを
「すまん!」
と言いながらまたいでいく。しかし、角を曲がったところでリブロに思いっきりぶつかった。
「が、学園長!何すんねん!本に折り目ついてしもうたやないか!」
【「え?今そんなこと言ってい場合じゃ!」
リブロに本気で殺りそうな目で睨まれて大英雄と称される学園長は黙った。
***
生徒会室でクーリエの涙が床にぽたり落ちる。それはクーリエの覚えていない記憶と重なる。
磨かれた床に涙が落ちている。部屋のベッドにはボロボロの服と腐った肉体。17歳にして勇者の加護を得たクーリエの兄フレールだった。お兄ちゃんっ子だったクーリエは、兄が見つかった、帰ってきたと聞き、兄の部屋にやってきたのだ。しかしそこに望んでいた姿の兄はおらず、
「やだ・・・兄様!兄様どこ?!」
7歳のクーリエは扉を開けたまま涙を溢れさせながら呆然とたちつくしてしまった。屋敷のあちこちで「お嬢様―!どこですかー!」とクーリエを探す声が聞こえる。その時、若い学園長がクーリエを見つけて、部屋から出して扉を閉めた。
「クーリエ!なにをやってるんだ!」
「いやぁ!兄様!兄様じゃない!母様の嘘つき!兄様、見つかったって!すごい加護あったって意味ないの?なんでぇ!兄様帰ってきてよぉ・・・」
若い学園長は泣きじゃくるクーリエを抱きしめて目を伏せた。幼いクーリエからはじわりと黒い靄が滲んでいた。
***
リブロが本の折れたところを撫でながら学園長をじろりと睨みつけた。
「それよりなんなん、この黒いもやもや。クーリエちゃんになんか関係あるん?精神系の攻撃に近い気がしないこともないけど」
学園長が辛そうに顔を歪める。
「・・・私達の不始末だ。私の責任なんだ。私がアイツを見捨てたから・・・。これはあの子の加護によるものだ、リブロ君。君も精神系の加護を持っているならそれが暴走したときの恐ろしさはわかるだろう」
リブロの左の眉が跳ね上がる。
「いや、まさか。ありえへんやろ。クーリエちゃん、加護持ってたん?でも本人、自分の加護知らんて・・・。僕の加護は精神系の加護では上位の方やけど影響の無効化、結構大変やったで?訓練も受け取らんのにこんな強力になるわけが・・・」
「それは調べてないからな。知ろうとしなかったんだ。クーリエには主加護がある。君が持ちこたえているのは加護を使い慣れているからだろう。加護が洗練されている。・・・優秀な証だ。これからも励めよ」
それだけ言い捨てて生徒会室に突撃するような勢いで学園長は走り出す。リブロはあっけにとられながらまた本を開いて歩き読みを再開した。
「クーリエちゃんに最上位の主加護か。実際に見るのは初めてや。なんか面白うなってきよるなぁ。ただ、本読む邪魔だけはせんといて」
***
黒い霧で視界が遮られる。学園長が目を凝らすと頭を抱えて怯える生徒会役員たちが見えた。中には失禁しているものもいるようだが見ないふりをする。唯一立っているクーリエは呆然としながら泣いていた。
「クーリエ!」
クーリエがゆっくりと学園長へ顔を向ける。
「・・・兄様?」
学園長がギュッと目を瞑り息を吐き出す。
「違う。私はフレールじゃない。クーリエ、フレールは!」
「兄様は帰ってこないの?」
クーリエは唇を震わせながら聞く。
「・・・ああ」
クーリエの動きが止まり、そのまま崩れ落ちた。黒い霧がどんどん薄れていく。霧が晴れると校舎中がシーンと静まり返る。生徒会役員たちは少しの間宙を見ていた。ハッ!と我に返った順から仲間を揺さぶり正気に戻す。そんな中リブロが入ってきた。
「おお、リブロ!無事だったのか!」
大袈裟に手を広げて喜びを表すデレゲ。リブロはデレゲを見る。
「無事も何もずっと本読んでたさかい、あんま気にならんかったで?」
リブロの視線が下がる。そして眉を顰めた。デレゲの股間の部分が濡れていた。
「先に着替えたほうがええんちゃうか」
デレゲともう1人、失禁してしまっていた風紀委員長の顔が羞恥で真っ赤になる。
クーリエ!この僕の着替えをもってこい!」
「私の分もです!私の部屋のものに素手で触れてはなりませんよ!」
クーリエが答えない。クーリエを探すと学園長がクーリエをお姫様抱っこしていた。風紀委員長が叫ぶ。
「まあ!破廉恥です!」
ちなみにこの風紀委員長、学園1のボン・キュ・ボンである。
「君たちさ、クーリエにいつもそうやって命令してるの?」
ニコニコとした学園長が主にデレゲに聞いた。デレゲは笑顔で答える。
「命令とは人聞きの悪い。僕たちはお願い、しているだけだ。学園長こそ、加護も魔法も持っていないクーリエを生徒会に入れるなど贔屓と思われないのですかね」
「そうだ。身内贔屓だ。クーリエは私の妹みたいなものだからね。それでもクーリエがいなければ君たちで主加護を持つ魔王を倒すのは不可能だ。リブロ君、この中に主加護を持つ者はいたかな?」
ニコニコと机に腰掛けて本を読むリブロに話を振る学園長。
「・・・煩い。」
「いや、答えて!」
「はぁ。クーリエちゃん以外やろ?なら誰ももっとらん」
大きなため息をついてリブロは活字を目で追いながら答えた。
「そ、それが何だというのだ!真の覚醒した勇者には「勇者」の加護が与えられるだろう!」
ダンッ!とテーブルを思いっきり叩くデレゲ。
「君には勇者の素質が無い。私は勇者の加護をえた人物を知っている。彼は素晴らしい人格者で圧倒的に強かった」
すやすや眠る腕のなかのクーリエの寝顔を見ながら学園長は呟く。
「アイツも私を恨んでるだろうな」
***
学園の教室。机に座るクーリエによく似た赤紫の髪を持つ少年の頭に炎がぼ!と出る。驚くフレールが炎を消そう水を作り出した。どこからか土でできた鋭いもので水が弾ける。氷水が同じ方向から飛んできて炎を消した。
「あれが勇者なんてね。情けない」
「もっとふさわしい人がいたでしょうに」
若い学園長はそんなことを言う集団を足早に通り過ぎる。すれ違ったフレールと目も合わさず無言で通り過ぎた。
***
甲冑が飾られたおしゃれな部屋でクーリエ母と学園長母が向かい合っていた。若い学園長がその様子を扉の隙間からのぞいていた。クーリエ母が口を開く
「フレールが帰ってきていないのよ。プレセスから何か聞いてないかと思って・・・」
「何も聞いてないわね。なぜかしら、フレールほどクーリエを大事にしていた人はいないでしょう。クーリエが悲しむこと、するはずがないわ」
「学園長として、母として責任を持って調査するつもりよ。我が校で生徒が行方不明になるだなんてあってはならない」
「夫に言っておきましょう。学園の森も調査範囲でしょうから騎士団を派遣してもらうわ」
「ありがとう。本当に助かるわ」
後日、勇者フレールの遺体が学園の森の奥で見つかった。見つけたのは勇者の従兄弟プレセス。首吊り縄からフレールの死体が落ちていたそうだ。
(私があの時見放さなければ・・・)
次回:氷が・・・燃える?!




