第三話 解体しながら・・・美味しそう!
「た、魂を奪われる!? なんなの、この魔物は!」
アミレーゼは青ざめた顔で叫び、慌てて足をクロスさせた。その視線の先では、クーリエが満面の笑みで子豚の魔物を見つめている。
「あれ、知りませんか?」
クーリエは首を傾げた。
「A級魔物、片耳豚です。人の魂を得ることで、S級の半神半人と呼ばれる伝説の存在、カマプアアへ進化するんですよ」
「恐ろしい魔物じゃない! さっさと倒してしまいなさい!」
アミレーゼが指差したが、クーリエは露骨に嫌そうな顔をした。
「えー。嫌ですよ。片耳豚って生姜焼きにすると絶品なんですから。もうすぐ学園長が来ると思うので、それまで待ってください」
そんな会話をしていると、校舎から学園長が走ってきた。
息を切らしながらも、その目は獲物を見つけた猟師のように輝いている。
「おお! これはまた美味そうな片耳豚だな!……クーリエ、騎士団への連絡は?」
「してないに決まってるじゃないですか!」
クーリエは即答した。
「騎士団に退治させてグチャグチャになったら食べられないじゃないですか!」
「だろうな。父上になんと説明しようか」
学園長は軽く頷き、言い訳を色々を考え始めた。
「この激臭だ。血抜きと消毒は徹底しないと。流石に肝は無理だろうな……酒のつまみに最高なんだが……」
アミレーゼは完全に引いていた。
学園長は肩を落としながらも片手を掲げる。
すると片耳豚の周囲に水が集まり、大きな水球となってその身体を閉じ込めた。
「が、学園長先生って水の加護を持っていたんですね……」
「ん? ああ」
学園長は当然のように答える。
「一応、七属性全部の加護を持っているぞ。クーリエもな」
最後だけ小声だった。
続いて雷の加護を発動する。水球の中に紫色の静電気が走り、片耳豚は最後の抵抗をやめた。
「流石学園長! これで今日の晩ごはんはご馳走だー!」
クーリエは歓声を上げる。しかし学園長は眉をひそめた。
「は? 私が仕留めたんだぞ。私のだ」
「は?」
クーリエの笑顔が消えた。
「私のクッキー勝手に食べたの誰ですか?」
「それとこれは別だ! だいたいいつの話だ!」
「ついさっきです。五分も経ってません」
二人は睨み合う。周囲の空気が妙に張り詰める。
その時だった。
「アミレーゼ! 助けに来たぞ!」
デレゲが森へ飛び込んで来る。その登場はさながらヒーローのようで・・・!アミレーゼの顔が輝いた。
「デレゲ様❤️!」
しかし次の瞬間、その顔色が変わる。
「待って! 危ない!」
「なに!?」
立ち止まったデレゲへ向かって、もう一頭の片耳豚が猛突進していた。
悪臭が五メートル離れたクーリエたちにも届く。
「クーリエ、こちらを譲る。その代わり向こうは私がもらうぞ」
「譲らなくていいです。私が向こうをもらいます」
残り二メートル。それでも二人は平然と取り合いを続けていた。
デレゲは慌てて両手を前へ突き出す。
「な、なんなのだ! 炎よ! あれを焼き尽くせ!」
轟炎が放たれた。片耳豚は一瞬で黒い炭と化してしまった。それを見たクーリエは無意識に怒りが芽生える。
(サイテー)
彼女の周囲を包むキラキラしたオーラに、わずかな黒さが混じる。学園長がそんなクーリエに気付き少し警戒した。だが、学園長は気づいていなかった、デレゲが片耳豚を炭化させたことには・・・。
クーリエはすぐさま水球へ手を突っ込み、中の片耳豚を引っ張り出した。
「これは私がもらいますからね! 学園長はあっちを取っていいですよ! この子の命は無駄にせず使い切りますから!」
「いいのか!? って、おい! あんな炭の塊いらんぞ! 返せ!」
「これでクッキーはチャラでーす!」
クーリエは片耳豚を抱え、意気揚々と校舎へ走り去った。
残されたのは空っぽの水球と、デレゲを称賛するアミレーゼ、そして呆然と立ち尽くす学園長だけだった。
***
保健室には三台のベッドが並び、壁際には薬品棚と医療器具の棚が整然と並んでいる。
部屋の中では保健委員長とギャルい養護教諭が書類をまとめていた。
「先生、今月の来訪者数はどうですか」
眼鏡を押し上げながら保健委員長が訊ねる。
「やっぱり季節の変わり目だから少し多いわね」
養護教諭は苦笑した。
「入学初日から魔物狩りをしようとして噛まれた子もいたのよ」
「やはり魔物狩りに関する校則を制定すべきですね」
「弱い魔物なら問題ないけど……たまにB+が出るから困るのよ」
そんな真面目な話をしているところへ、
「せんせー! ちょっと解体したいんですけどー!」
勢いよく扉が開いた。片耳豚を抱えたクーリエが飛び込んで来る。
「なっ!? 魔物だと!?」
保健委員長が立ち上がる。だが養護教諭は目を輝かせた。
「片耳豚!? まあっ! どこにいたの!? 綺麗に狩られてるわね!」
そう言って机の引き出しから銅の鍵を取り出し、クーリエへ渡した。
「ありがとうございます。学園長から奪ってきました。頭脳プレイで」
「いいの!? 肝もあるわよね?」
養護教諭は期待に満ちた笑顔を浮かべる。しかしクーリエは申し訳なさそうに眉を下げた。
「多分無理です。匂いがその・・・ヤバかったので」
養護教諭はへなへなと膝から崩れ落ちた。
「う、嘘でしょ……片耳豚といえば肝なのに……」
「もしかしたらまだいるかもしれませんね、森に。大量発生する前に学園長が始末していくでしょうけど」
「ま、魔物の大量発生?!ソレは大事件ではないか!・・・いや、デレゲ様がどうにかしてくださるのだろう」
保健委員長は生徒会長デレゲに絶大な信頼を寄せていた。しかし養護教諭やクーリエはそうでもないようで・・・
「デレゲ君ね。困るわ」
「困りますよね」
養護教諭とクーリエが揃ってほおに手を当てて困った顔をする。さすが、美少女なだけあってクーリエは様になっている。養護教諭はそのギャルな見た目も相まって2人で並ぶとまるで絵画のように美しかった。しかし!そんな色仕掛けが通用する保健委員長ではない。保健委員長がキッとクーリエを睨みつける。
「デレゲ様に不可能などない!それは我が生徒会への侮辱と取らせていただくぞ!」
(私も一応生徒会の一員なんだけどなぁ)
「すみません。侮辱などではないのです」
色々と思うことはあるもののとりあえずクーリエが30度の腰を曲げて頭を下げる。保健委員長はその素直な謝罪に少したじろいだ。
「生徒会長なら問題はないでしょう。倒す、という観点では。でも、丸焦げにするじゃないですか、あの人」
「ま、魔物は倒せたらいい!まず魔物を口にするというその考えがおかしいのだ!」
クーリエがニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
「ですが私の作る食事は基本的に魔物の肉を使っていますよ。保健委員長、この前お代わりしてませんでしたっけ?」
「は?生徒会役員、クーリエのご飯食べてるの?ズルいわね」
肝がない・・・の絶望から一転羨ましそうにサンテを見た。クーリエは片耳豚を抱えたまま鍵を手に養護教諭に手をふる。
「とりあえず、新鮮なうちに解体したいので。先生、氷室にタレに付けた片耳豚置いておくので好きな時に焼いて食べてくださいね。生徒会の分も作りますから安心してください、保健委員長」
去っていくクーリエの背中を見送りながら喜ぶ養護教諭とは正反対に保健委員長は顔を嫌悪で歪めていた。
クーリエは慣れた手つきで準備を進めていた。
大きな鍋で湯を沸かし、まな板を用意し、エプロンとマスクを身につける。
やがて十分な温度になった湯を大桶へ流し込むと、中へ片耳豚を沈めた。
しばらくしてから毛を抜き始める。ぶちぶちぶち、と単調な音だけが室内に響いた。何も考えず、ただひたすら作業を続ける。毛を除去し終えると腹を開き、内臓を取り出した。
瞬間、強烈な臭気が襲う。そう、簡単にいうとまるで腐った豆腐のような・・・。
「……やっぱダメだわ。臭すぎる」
鼻をつまみながら呟く。
それから約九十分。
肉、骨、脂は丁寧に処理され、壺へ保存された。
すべてを片付け終えた頃には、器具は新品のように輝いていて汚れているのはクーリエのエプロンだけだった。
エプロンをゴシゴシと洗って干し、壺を氷室に直してクーリエは生徒会室に向かった。
***
仕込みを終えたクーリエが生徒会室へ入ると、役員たちは既に揃っていた。
「遅いぞ!」
デレゲが机を叩く。
「我ら次期勇者パーティをいつまで待たせる気なのだ!」
「申し訳ございません。今夜の仕込みをしておりました」
クーリエは軽く頭を下げた。
「言い訳はいい! 紅茶を淹れろ!」
素直に準備を始めたクーリエだったが、保健委員長が口を開く。
「デレゲ様。この女に飲食物を作らせるのは危険です」
「なぜだ?」
保健委員長はクーリエを指差した。
「皆様、魔物の肉を食べたことはありますか?」
全員が首を振る。
「なんと! この女は私たちの食事を魔物の肉で作っていたのです!」
室内がざわついた。しかし同時に、
「あれ美味しかったよね……」
そんな本音も漏れる。保健委員長はさらに声を張った。
「デレゲ様! 何らかの処罰を!」
デレゲはクーリエを睨む。
「勇者が魔物を食らっていたなどありえぬ! この僕に貧相で貧乏くさい食事を出すな!」
クーリエは何も言わなかった。ただぐっと唇をかみしめて黙って紅茶を淹れている。
しかし彼女の周囲からは、薄く黒い霧のようなものが静かに立ち上っていた。それは、キラキラオーラや赤いオーラと酷似している靄だった。
次回:勇者フレール




