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マーガレット・ロンドベルと「新世界」

 俺が連れてこられたのは、この街の中で最も大きな建物だった。外観からして、豪華な装飾品などが目立ち、いかにもお偉いさんが居ますと語っているようだった。明らかに貴賓のある来客を迎えるために敷かれた紅緋のカーペットの上を進み、吹き抜け越しに見える二階の一室に向かっていった。


「お連れしました、例の男です」

「入れ」


 扉を開けると、事務机を背にして座る人の姿があった。彼女は椅子を半回転させ、こちらを向いた。長くしなやかな琥珀色の髪をたなびかせ、黒い瞳を見開いた。


 背筋はまるで鉄筋が刺さっているのかと思わせるほど天に向かってきっちりと伸びており、座っているにもかかわらず彼女のスタイルの良さが伺える。


年齢に関していえば、恐らくかなり若いだろう。自分と同い年か、それ以下か……少なくとも、年上には見えなかった。


 あちらの世界ならファッションモデルとして一世を風靡してしまいそうな美しさを持ちつつも、その冷たい視線と圧倒的な風格は、とてもじゃないがお近づきにはなりたくないと思わせるほどの威圧感があった。彼女は衛兵を一瞥すると、厳しい表情をして言葉を発した。


「戻れ」

「し、しかし……」

「問題ない。彼としばらく二人で話す……聞き耳を立てるのも禁止だ。散れ……命令だ」

「は、はい……!!」


 彼女は若々しく美しい見た目とは裏腹に、武人のように雄々しい言葉遣いで命令を下す。


 衛兵たちは命令と言われるとすぐに引き下がり、部屋を後にした。扉が閉まるのを確認すると、彼女は深く息を吸ってペンを手に取った。


「君、名前は?」

「初めまして、俺はジュンキです」

「私のことは知っているか?」

「いや……」

「フッ……だろうな。物怖じせずに私と話せる人物がこの大陸に居るとは思わない……私はマーガレット・ロンドベル、商業ギルドのグランドマスターにして、大陸一の商会───ロンドベル商会の会長だ」


 ロンドベル商会……昨日読んだ書物でも目に入った言葉だ。銀行業でコンスティナ帝国の財政の一部を「支配」している、いわば裏の支配者だ。そしてグランドマスターとは、各ギルドの代表者のことだが……何故こんな重要度が低そうな街に彼女が滞在しているのだろうか。


「不思議そうな顔をしているな……。やはり私の滞在を知らないのか」

「まさか俺が暗殺者だと?」

「察しが良いな。怪しい者は私の目の前に連れてこいと命じていたのだ」

「何故連れてくる。危険だろ」

「見極めるためだ。……それに、仮にジュンキ───君が暗殺者だろうと返り討ちにしてみせる。問題ない」


 マーガレットは顔色を変えずにそう言い切った。その表情からは驕りや慢心を一切感じなかった。


「目的は聞かん。……が、遠路はるばる来た商人と自称しているそうだな」

「そうだな。実を言うと商人ではない……そもそも手に職がない。金ならいくらでも持ってるが、善意で貰った金だ。いずれ返すつもりだよ」

「善意、か。その物好きのことも聞かない方がいいのかな?」


 こくりと頷く。当然グランペとされているリーカのことを伝える訳にはいかない。だが奇妙だ……。マーガレットは何故ここまで一切俺の事情に深入りしないのか、そもそも何の目的があって二人きりで所謂密談のような形式で話し合いを持ちかけたのか、皆目見当が付かない。


 彼女は机上の羊皮紙に何かを書き込んだ後、机に肘をつき、両手を組んで何かたくらむ表情で語り始める。


「ジュンキ、私はいつでも君を殺すことができる。十九の若輩者である私がロンドベル家の頂点に立ったのはそれなりに理由があるのだ。これからするのは取引且つ……脅迫だ。といっても、別に大したことを要求する訳ではないがね」

「……聞こうか」

「私は野心家でね……。商会の会長には収まるつもりはないんだよ、ジュンキ───君には私の手駒として、秘密結社【新世界】の構成員になって欲しい。君は役に立ちそうだからね」


 ……秘密結社と来たか、若くして強大な権力を握ってしまうとやはり中二病的な陰謀を企てるようになってしまうのだろうか。


 しかし、彼女が同じように【新世界】とやらに権力者や有力者を囲っているとするならこちらにもメリットはある。その連中とのコネクションを確保できるからだ。


 何と言ったって、俺にはこの世界でコネクションを全く持っていない。渡りに船、と言ったところだろうか。


「他に条件は?」

「金貨五枚、それくらいなら君にも出せるだろ? 商業ギルドの一員として登録して、庇護下に置くことも約束しよう。他に見返りが必要なら交渉するが、どちらにせよ断るなら……」

「必要ない。ありがとう、マーガレット」


 手を差し出し、握手を交わす。どうやら握手はこちらの世界でも有効らしい。


「ではジュンキ……君は今から、私の友達ということでいいな!!!」

「……は?」


 マーガレットは俺の手を掴んだまま立ち上がり、先ほどまでの険しい表情はなんだったのか、まるでリーカと変わらない……いや、それ以上に幼く見える、少女というより、少年のようだ。彼女は底抜けに明るい表情で顔を近づけてくる。



「いやー、疲れた。やっぱり部下の前だと気張らないといけないし、でも友達の前なら肩を抜いて喋れるから……まぁ、これからもよろしく頼むよ、ジュンキくん!!」

「は、話が吞み込めないし顔が近い……ちょっと落ち着いてくれッ!!」

「ご、ごめん……その、【新世界】に入ってくれたのは君が初めてだから……嬉しくって」

「……どういう意味だ?」


 俺は慌てて俺から離れたマーガレットを問い詰めた。


───どうやら、彼女は幼い頃から厳しく育てられ、若くして有力者になってしまった影響で友人が全くおらず、たまたま「金も持っていて、話が通じそうな浮浪者」を探してこんな街に訪れたようなのだ。全く意味が分からないが、兎に角彼女の思い付きと俺がはじまりの街を訪れるタイミングが重なり合ってしまったようだ。


「【新世界】というのは恥ずかしながら方便で、ただ変な組織に誘っても断られないかジュンキくんを試しただけなんだ」

「……ということは、そもそも存在しない秘密結社ってことか?」

「そうなるな」

「マジか……」


 落胆しそうになるが、そこで俺は閃いた。


「いっそのこと、本当に二人で作らないか? 秘密結社【新世界】を……!!」

「お、おお……!? って、何をするんだ?」

「仲間を勧誘して、増やして……地下にネットワークを作って帝国中の、いや……大陸中の全ての情報がマーガレットの下に集まって来るようにするんだ。そして───裏から国家を動かし、本当に作るんだよ、【新世界】を……!!」

「いいな……ワクワクして来た!!」


 彼女は簡単に口車に乗せられて、本当に秘密結社を作ることになってしまった。本当にこの少年のような性格でどうやってこの世界有数の商人になれたのか……いや、たまたま抑圧されていた素の部分が刺激されてしまっただけで、本来の彼女ならいとも容易く丸め込まれることなどなかったのかもしれない。


「まぁいいか。よろしく頼むぜ、相棒」

「フフンッ♪」


 かくして、俺は秘密結社のナンバーツーに就任し、【新世界】の設立へと乗り出すのだった。

(ちょっと文章量多いな・・・)

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