全てが終わって(1)
あの戦いから、あの和平から、三年の月日が経とうとしていた。俺は新たにコンスティナ帝国皇帝となったグラティアス・ソン・ヴェルオーモに呼ばれ、帝都に行った。
「君がジュンキ? 若いな~。俺とあんまり変わんねえじゃん」
「……貴方が新たな皇帝で、いいんだよな……そちらこそ、随分父親と歳が離れているように見えるが……」
謁見と言うのでこの世界でのフォーマルな服装を調達し臨んだのだが、グラティアスはいかにも軽薄そうな顔つきで、服装にしても普段着のように動きやすいものを身に付けている。そして彼の傍らには、見覚えのある顔の人物が一人いた。
「アルベルト……!? 生きていたのか!!」
「やぁ、ジュンキくん。俺は悪運だけは昔から強いからね。あの後、メリヤンちゃんに助けられてなければ今頃死んでいたよ」
そこに立っていたのは、アルベルトだった。あの戦いで無敗帝の下へ俺を送り届けるために死亡したものだと思っていたが、どうやら俺は彼の生存力を舐めていたらしい。正直に言えば彼の死がこの数年間ずっと心の中でつっかえていたので、その姿を見て嬉しく感じた。
「アルベルトは宰相の次に俺の役に立ってくれてるよ、最側近ってヤツだな。コイツがジュンキのことを先の戦争と内乱を鎮めた功労者って言ってんだから、褒章を与えるために呼んだって訳よ」
「褒章……? 勲位でも授与されるのか? その申し出はありがたいが、残念ながら俺は名誉には興味ない」
「いや、俺が陛下に進言したのは勲位の授与ではない……叙爵だ」
叙爵、つまり何かしらの爵位を与えるということだ。つまり、俺に貴族の立場を与えると言っているのだ。
「爵位を与えるというのか、帝国の人間ではない俺に?」
「あぁ、そうだよ。アルベルトから聞いたぜ? 帝国内でグランペの立場を改善するために動いていたってな。───ただ爵位を与えるだけじゃねえ、お前には領地を与える。そこをグランペのための国にしろ」
グラティアスの眼差しは何もかもを貫くような真剣に変わり、その言葉を俺の言葉に突き刺した。
「いきなり無名の人間を公や伯にするつもりか……。それにしても、いくら俺が功労者だと言っても、グランペの国を作ることまで許容してくれるのは何故だ? これまで帝国は意図的にグランペを分散させたり迫害したりしていたというのに」
「───俺の親父の、遺言なんだよ」
「ボスティモスの……?」
「そうだ。俺の親父、ボスティモス・ソン・ヴェルオーモはあの動乱の最中、孤島の遺跡の中で死んだんだ。たった一人で、俺への遺言を抱えてな」
彼は遺言の内容を語り始めた。
自身のあまり長くない命と引き換えにユイを死なせてしまったことを悔いていたということ、そして帝国の都合の良い道具として扱われ不当な扱いをされていたグランペたちの待遇改善を望んでいたということがその遺言のほとんどを占めていた。
「ジュンキは親父に会ったか?」
「あぁ、恐らく彼が無くなる数日前にな。そのユイというグランペの亡骸と一緒に居て……『彼女が空へ帰り、その塵が一つ残らずこの世から消え去るまで、一緒に居たい』と言っていた」
「そっか……。親父は多分あの子のことが好きだったんだろうな。たまに俺にもユイの話を楽しそうにしていたよ。だから俺もグランペのことを嫌いになれなかった」
俺は彼の最期に送った言葉を思い出す。「その子が繋いでくれた命だ、皇帝ももっと長生きしろよ」、彼自身も、本来ならそうしたいところだったのだろう。しかし、彼は何かしらの病を隠し持ち、その時には既に命を落とす寸前だったのだ。やりきれない思いはあっただろう。
「貴方がグランペの国を作ることに協力してくれる理由は分かった。大変ありがたい話だが……俺は爵位を受け取れない」
「なんで? 領地まで貰えるんだぜ?」
皇帝は首を傾げる。土地を与えるということは貴族にとっては最大の栄誉で、断る理由が分からないのだ。
「それが俺にとって問題なんだ。これは最近気づいたことなんだが……俺は領主みたいな、政治の才能は全くないみたいだ。その役割には、俺より相応しい人間が居る」
「おいおい、ジュンキくん。もしかして……」
アルベルトは俺の言いたいことにいち早く気付いたようだ。恐らく、脳裏に浮かんだ人間は一人だけだろう。
「あぁ、マーガレットだ」
「すげえね、先の内乱の首謀者の名を皇帝の前で出すなんて、肝座りまくりじゃん」
「ジュンキくん、それはさすがに無理があるんじゃないかい?」
「いや……マーガレットほどの適任者は居ない。彼女は多くのグランペを纏め上げる力があるし、帝国屈指の才女として領地経営も任せられる逸材だ」
「それはそうなんだけどさ。前の皇帝が領主になるなんて聞いたことないぜ? しかも、皇帝を辞めた理由が理由だからな……」
マーガレットは帝位を簒奪した責任を負って、内乱を鎮めて戦後処理を全て行ってから皇帝の座を降りた。これは帝国にとって史上初となる生前退位らしく、全てにおいて異例中の異例だったのだ。
「むしろ前例が全く無いからこそ成立する話だ。マーガレットはこの数年間で民衆の心を掴んでいる。むしろ反感は少ないだろう」
この数年間、彼女は内乱で無茶苦茶になった帝国を立て直すために奔走し、民衆からの支持をある程度得ていた。サァイールの侵攻が重なったため、多くの情報が彼らによる情報工作によるものと認識が上書きされたおかげで、彼女の陰謀の多くは闇に葬られたのだ。
マーガレット・ロンドベルが退位する理由も、表向きはサァイールの侵攻に伴った臨時の皇帝の選出で、戦争と国内の動乱を落ち着けたので退位するというものだった。つまり、最初から彼女は皇帝代行であり、皇帝ではなかったという形で事態を落ち着けたのだ。
「でもよ、あの議会での虐殺事件の時に居合わせた貴族連中は黙って見過ごさないはずだぜ?」
「確かに、難しいか……」
グラティアスは見た目とは裏腹に意外に冷静なようだ。彼女の起こした事件の多くは流言飛語だと民衆には認識されているが、一方で多くの貴族は真実を知っている。ほとんどの騎士が離反して反乱軍を結成したほどなのだ、むしろ処刑されていない方が不思議なくらいだろう。ましてや新たな地位など与える訳にはいかないのかもしれない。
「いや、ジュンキくん。俺もマーガレットを推そう」
「いいのか? かなり厳しいと思うぞ」
「陛下、進言させていただきます。マーガレット・ロンドベルに辺境伯の地位を与えましょう。諸々の不安は……俺が何とかします。貴族連中が何か怪しいことしても、俺が抑えておきますので、どうか、お認めください」
アルベルトが深く首を垂れる。すると皇帝はすぐさま返答をした。
「いいよ、アルベルトがそこまで言うんなら大丈夫でしょ。任せたよ」
「はっ!!」
「……随分と簡単に決まってしまったな」
「陛下は俺のことを信頼してくれている。俺はその全てに応えているからな、当然だ」
ちょっとしたイケオジくらいに思っていたのだが、アルベルトは本当に凄い奴なのかもしれない。あまりにも円滑に物事が進んでしまって、肩透かしを食らったようだ。
「……忙しい所、申し訳ないな。俺に長い時間謁見の時間を取ってもらって」
「全然大丈夫だよ。余裕、余裕。意外と暇なんだぜ?」
「陛下、お待ちください。恐らく彼は……早く帰りたがっています」
「……どういうこと?」
アルベルトはどうやら、俺の心の中を覗き見ることもできるようだ。
「彼には愛する妻が居り……この謁見の時間の間も彼女を待たせているものかと」
「おーっ、アツいねー!! 愛妻家、いいね!! 俺も早い所どっかの家と婚姻しなきゃいけないよなー。あっ、側室は二桁は欲しいからよろしくアルベルト」
「マグヌス教の教えに忠実な国家運営をすると言ったのは陛下です。側室の設立は認められません」
「冗談にきまってんじゃん!! アハハハハハ!!」
グラティアス・ソン・ヴェルオーモ、見た目通り軽薄そうな人間ではあるが、側近に口出しされても激怒せずに大口を開いて笑うその姿には名君の風格さえ感じた。
「じゃあジュンキくん、リーカちゃんによろしく頼むね」
「あぁ、達者でな、アルベルト」
俺は帝都を後にした。そしてリーカとの「新婚旅行」が始まる。
最終回のためだけにプロット書いたら全然区切り良くなかったから複数話書くことになっちゃった、多分後二話やります
(ちなみに最終回以外はほぼノープランなので、最終回プロットは全編プロットの内3割を占めます)




