決戦
俺たちは無敗帝アファイード・サァイールに対し、【浄罪】を発動した。それはある種の幻覚のようなものであり、全ての現実を超越した真実でもある。発動した瞬間、対象となる全ての人物は元の時空から切り離され、時間軸が固定された別の空間に移動する。
「初めまして、サァイール皇帝アファイード……俺はジュンキだ。この戦争を終わらせに来た」
無敗帝は顔色一つ変えず、俺に訊ねる。
「……私に何をしたのだ」
「グランペの力で一時的に外とは隔離された世界に来てもらった。ちなみに外の時間は経過していないから、ここから出ても一秒も経過していないだろう」
「ほう、グランペか……。帝国には不思議な力を持つ少女が居るとは聞いていたが、コンスティナ帝国は彼女たちに戦争の協力を求めず、それどころか常日頃から迫害しているとも聞いている。我々の情報は間違っていたのか」
「いや……それは間違いじゃない。戦争を止めるために一時的にコンスティナ帝国の軍勢に協力はしてもらったが、俺はコンスティナ帝国の者ではない。それに、俺の目的は戦争じゃない。話し合いだ」
彼は初めて、表情を変えた。といっても、片眉が微動するのみで、その機微に気付かなければ彼が人間かどうか疑うところだった。
「話し合い、か……青臭いな。勝てる戦を放棄して撤退する王や将がどこにいるというのだ」
「いや、無敗帝……貴方は絶対に俺と話し合うことになる。この【浄罪】の力によって、な」
しかし、この空間に「幻影」は現れなかった。マーガレットとメリヤンのように、自身の心の中で最も想っている人間の魂を呼び出し、自身の心を改めさせるというのが【浄罪】の力のはずだったが、無敗帝の中には誰も居ないとでも言うのだろうか。
「……私の心情に、何も変わりはないが」
相も変わらず余裕そうな表情で、彼はそう言った。こうなれば直接話し合う外ない。どうせ時は止まっているのだ、時間を掛けても構わない。
「無敗帝、貴方は何故戦う? そんなに領土を広げたところで一体何になるというんだ」
「むしろ領土を広げない理由がないだろう。国土を広げればそれだけ多くの人や資源が手に入り、強い国になる。強い国はどこからも攻められない一方、弱い国は強い国に吞み込まれ、滅亡する。これが歴史の常である」
彼は理路整然と言い放つが、俺はその言葉を否定する。
「戦争で領土を広げた国は本当に強い国なのか?」
「あぁ、そうだ」
「いや、違うな。無敗帝、貴方なら分かるはずだ。占領地統治に掛かるコストの高さや、異民族の統制、民族の同化の難しさ、インフラの整備、行政全体に掛かる負担の増大……侵略による急激な領土の増大は多くの内政上の脆弱性を生み出すことになる」
かつて元の世界の歴史でも、広大な領地を保てた国は存在しなかった。どれだけ栄華を誇った国でも僅かな切っ掛けで滅び、歴史から姿を消していった。
「その通りだ。いずれ我が国は内乱や強大な外敵の出現により滅ぶ運命にあるのかもしれぬな」
「そこまで分かっていて、何故……!!」
無敗帝は、少し頬を緩ませたように見えた。それが俺の気のせいでなければ、彼は彼なりの考えを吐き出す機会が少なかったのかもしれない。論争に持ち込めれば、こちらにも勝機はあるはずだ。
「だからこそ、我々はコンスティナ帝国を侵略しなければならないのだ。コンスティナはいずれサァイールにとって強大な敵になるだろう。グランペという存在までもは計算に入れていなかったが、それを除いても優れた教育制度や水道などのインフラ、そして交易の拠点となる街が複数存在し、経済の発展に余地を残した連合国家……いずれは、どちらかが滅びる運命にあるのだ。であれば、我々が先にコンスティナを滅ぼし、版図を広げるべきなのである」
「コンスティナを完全に滅ぼしてその領土を奪いきるのは不可能だ。多民族且つサクート教とは異なる宗教を持った人間しか居ない土地を戦争で奪ったところでリスクしかない。大陸のマグヌス教勢力を始めとして、ほとんどの国がサァイールの敵として連合軍を結成するぞ」
ある意味、詭弁だった。他のマグヌス教の国家が束となっても火縄銃の早期開発生産に成功し強大な軍事力を誇るサァイール帝国に敵うはずがない。だが、どれだけ強力な軍隊であっても必ずしも全ての戦争で勝てる訳ではなく、戦争の火種を広げるのは避けたいはずだと、俺は考えた。
「我々は南部で、他民族の統治については実証済みだ。比較的権利の認められる奴隷制を作り、異民族や別の宗派の人間を奴隷にし、忠誠を誓わせた。しかも、コンスティナがあった場所には幾人かの首長を立て、民族ごとに分割統治を委任する方針だ。決して無計画ではないのだよ。ジュンキとやら」
「くっ……だが、それも、長続きしないんじゃないのか? 百年後、二百年後……どれだけ年月が経とうとも遺恨は残り、どこかで決壊するように、国家が崩壊していく、そんなことは想像できないのか?」
これはコンスティナ帝国に限った話ではない。彼らは南方への侵略で多くの土地を奪い、人を奪い去っていった。現在は超大国を築けているかもしれないが、将来的には衝突が起こる要因となるだろう。
「そういうこともあるだろうな。だが、私には関係ない。それは、次代以降の皇帝が考えるべきことだ」
「……自分以外は、どうでもいいとでもいうのか?」
「そうではない。国を治めるというのは、その時の王や皇が果たすべき責務だ。そして、その時代の支配者には、自身に与えられた天命が必ずあるのだ。国を政で豊にするのであったり、廃れた国を再生させるのであったり、将又その無能さ故国を滅ぼすのであったりと、な。そして私に与えられた天命は───無敗であり続けること、戦で勝ち続け、帝国を広げることだ」
「……つまり、貴方は自身の意思ではなく、帝国の意思で動いているということか」
「そういうことだ。いや、立場上『神の意思』とでも言っておいた方が良いかな」
彼の言葉で、【浄罪】による幻影が産まれなかった理由が分かった。彼は人ではない、「国家」なのだ。正確に言うと、国家の中にある「皇帝」というシステムそのものなのだ。そこに人の心はなく、ただ自身の役割を果たすだけ───彼は、自身が人であることを放棄しているのだ。
「無論、私の代で内乱など起こさせない。強き者である我々は、弱き者を徹底的に屈させる。その構造は次の皇帝に引き継がれ、そのまた次の皇帝に引き継がれていく。そして、いつかは破綻する。それも結局、歴史の一部に過ぎん」
「……貴方は人間だろう。俺はそんな風に割り切れないな」
「では、ジュンキ……貴様に訊こう。貴様は、何のために戦うのだ」
まるで俺の本性を見抜いたように、無敗帝は俺に質問を投げ返した。俺は毅然と立ち振る舞う。動揺などする必要がない。何故なら、リーカが共に居てくれるから。
「俺は───俺は、俺のために戦っている。俺が許せないものを無くすために戦っている。国のためなんかじゃなく、自分勝手で悪いが、な」
「そう思うのであれば、それが貴様の天命なのだろう。……聞かせてくれ、貴様は何が許せないのだ?」
「この世界の全て……と言いたいところだが、今は俺にも愛する人ができたんでな」
「ふへへっ♪」
リーカの頭を撫でた。こんな時でも、彼女の笑顔は俺に勇気を与えてくれる。
「今の俺の目標は、この子───リーカが一人の人間として生きられる世界、つまりグランペの未来を保証することだ」
無敗帝は肩の力を抜いて、両手を広げた。しかし、彼自身の瞳に宿るものは消えていないように見えた。
「そうか、では君の好きな話し合いで決着を付けるとしよう。我が国がコンスティナ帝国を征服した暁には彼女たちにそれ相応の待遇を用意し、今までとは違う人間らしい生き方を提供しようじゃないか」
とてもではないが、承服できない。ここまで少なくない犠牲を払ってまでここに辿り着いた俺に、裏切るように言っている。いや……これは間違いなく寝返りしろということだろう。はっきりと、言い返す。
「……俺がそんなに愚かに見えるか、無敗帝? 貴方が彼女たちの人権を保障したところで、未来永劫それが続くとは限らない。それに、勝ち取った権利と与えられた権利では意味合いが全く違うだろ。……まるで上から言うようなその言い草からして、分かっているんだろう」
「流石だな。私の元に辿り着くだけはある。……では、話し合いではなく、私の得意な方法でやらせてもらおう。力と力をぶつけ合わせるのだ。強き者は弱き者を屈させる。それこそがこの世の理だ。───二人掛かりで掛かってこい」
「……舐められたものだな」
俺は、戦闘力に自信がある。兵器として肉体を改造されてしまったのだから、当然だ。それに、リーカも俺と同じくらい強い。【断罪】のグランペは、身体能力が優れる他のグランペを全て倒せてしまうほどの強さを持っているのだ。どれだけ無敗帝が屈強な人間だったとしても、二人掛かりで倒せないはずがない。
しかし、彼が身に纏う雰囲気からは、何故かそう簡単には行かないと思わせる何かがあった。それに、勝算が高まるのであれば、二人で戦う選択肢を選ばない手はない。リーカが大剣を構えると、俺はふっと息を吐いた。
「……行くぞ、リーカ!!」
「はい!!」
「来い、青二才!!」
────カキィンッ!!
リーカの一振りが炸裂する。本来なら、数メートルどころか十メートル程人間が吹き飛ばされてもおかしくない強烈な一撃だ。しかし、無敗帝はその攻撃を片手に構えた剣一本で、簡単に防ぎ切った。そして、がら空きになった脇腹を俺は殴打で仕留めに行く。
「うおおおおおおおおお!!」
「……足りぬな」
「うぐっ!!」
無敗帝は、目にもとまらぬ速さで、膝蹴りを繰り出した。俺が拳を入れる瞬間、肘の部分を蹴り上げたようだ。あまりの痛みに一度下がって体勢を整え直す。
「良かった、折れてはないようだ」
「ほう、あの一撃を喰らっても骨に傷を付けられんとは、貴様化物か?」
「そっくりそのまま返すぞ、無敗帝……!!」
「それに、そのような愛い子でもあそこまで巨大な剣を扱えるとは……グランペとは凄まじいな」
「どうだ、俺たちは強い……話し合いの席に着いてくれるなら、戦いは辞めるぞ」
「戯言は勝ってから抜かすのだな。青二才よ」
俺たちは、何度も、何度も攻撃を加える。しかし、その全てを受け止められる。受け止められた上で、反撃まで繰り出して来る。無敗帝の身体の負担を考えれば限界はいつか来るはずだと信じていたが、彼は全く息を切らす様子がなかった。
「な、なんなんだ、貴方は……!?」
「ジュンキさん、この人、強すぎます……!!」
「守ってばかりでは終わらぬな。では……こちらからも行かせてもらう!!」
無敗帝は凄まじい速度で俺に接近する。改造された動体視力を以てして「早い」と呼べる速度で、常人にとっては瞬間移動のように見えるだろう。はっきり言って、人間の範疇を越えている。───防ぎきれない。
「ぐはぁっ!!」
「ジュンキさん!?」
先ほど俺が狙っていた脇腹の付近を、狙い返された。そして、彼は見事に俺の脇腹を突いた。一秒間の間に、ニ十発の連撃……内臓がズタズタに引き裂かれ、口から血の塊が噴き出る。
「ジュンキさん……そんなっ……」
「フンッ!!」
「きゃああああああああああっ!!!」
リーカにも、彼の攻撃が及んだようだ。しかし、俺は声を上げることができない。彼女を守れなかった。何という体たらくだ。俺は、こんなところで終わってしまうのか。───いや、まだだ。まだ、終わっていない。
俺とリーカは、心で繋がり合っている。だから、分かるのだ。まだ互いに生きている、まだ戦えると。リーカへの想いを募らせるたびに、全身に力が戻って来る。回復不可能なはずの損傷が治っていき、そこで気付く。【共鳴】という力の正体に。
「終わった、か。あっけないものだな」
「……残念だったな。まだ終わりじゃないぞ」
「まだ息があるのか……傷が治っているのか?」
「リーカ、君も行けるだろ」
「はい……!! でも、これって……もしかして!?」
「あぁ、【共鳴】は何も【浄罪】の力を解放することだけじゃない。皆の力を、願いを、俺たちに託す───それが【共鳴】だったんだ!!」
メリヤンの【癒し】の力で、俺たちは立ち上がった。ということは、他のグランペの力も使えるはずだ。さらに、戦闘で命を落とした者たちの強い意志さえ、俺たちに伝わって来る。これこそが【共鳴】の正体だったのだ。
「何を言ってるのか分からんが……何度起き上がろうとも、心が折れるまで打ちのめしてやろう」
俺たちは再び横に並び立って、手を繋いだ。
以心伝心を通り越して、リーカの思考が脳内に入り込んでくる。恐らくリーカの脳内にも、俺の思考が全て流れ込んでいるのだろう。不思議な感覚だ。今まででも分かり合っていたと思っていたのに、まさに溶け合って、二人が一つになっているようだ。
「リーカ……もう言葉は、要らないな」
「いえ、一つだけ……口にしてほしい言葉があります」
こんな時にでも、そんなことを言って欲しいのか。やはり、彼女には敵わないな。
「愛してるよ、リーカ」
「私も愛してます、ジュンキさん」
リーカが、背伸びをする。俺は膝を屈めて、彼女の唇に軽い接吻をした。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい♪」
俺は一人で無敗帝に立ち向かう。……意味はない、彼女にかっこいい姿を見せたいのだ。
「一人で……? 先ほど二人掛かりでも通用しなかったのに、一人で戦うとは……身の程を知らぬようだな」
「さっきと同じと思うなよ……覚悟しろ、無敗帝!!」
俺は彼に殴りにかかる。先ほどより三倍速い。身体能力さえもさらに向上しているようだった。
「速い……!? だが……!!」
無敗帝は俺の攻撃を受け止める。そして、先程俺が食らったような脇腹への連撃も全て防御する。
「どうした!! そんなものか!?」
すかさず反撃が来る。しかし、彼が攻撃したのは俺ではなく、木の板だった。
「何……!? 消えただと!?」
「シルトの【大地】の力を応用した。木材の顕現……さすがの無敗帝でも予想外なことがあれば対処できないものだな」
「フッ……二度目はない。いくぞ!!」
彼は僅かに口角を上げ、今度は積極的に攻撃を仕掛けてくる。彼は剣を持っているにも関わらず、それを使わず素手で戦っている。───純粋に戦いを楽しんでいるのだ。
「どうした!? 守ってばかりでは勝てんぞ!!」
「守ってばかり? 違うな。俺は既に、貴方に攻撃を何発も食らわせている!!」
「なんだと……!? ぐはっ……!!」
無敗帝が、膝をついた。
「な、なにをした……!!」
「グランペには色んな能力があるらしい。俺は、かつて存在していたグランペも含め、その力を全て使えるようになったらしい」
「だから、何の力を使ったというのだ……!?」
「【分身】……それに【透明】……俺は透明になった自分自身の分身で、一瞬で全身を殴打したんだ。立ってられないだろう、無敗帝?」
「フッ……フッハッハッハッハッ!!」
彼は笑い出し、寝ころんで天を仰いだ。
「卑怯だろ、それは!! いやぁ、全く……卑怯が過ぎるな」
「弱い者は強い者に従うんだろ?」
「あぁ、その通りだ。認めよう、貴様が勝者だ」
「ジュンキさん……!!」
正直、俺も急に手に入れた力で勝ってしまったせいで手応えはなかった。しかも、直感的にこの力は今日この時にしか使えない、そんな気がした。だが、無敗帝に勝つには……かつて不遇の扱いを受け、不当な死を迎えたグランペたちの力が必要だったのかもしれない。彼女たちは、死してもなおグランペの───自身の子孫たちのことを案じていたのだ。
「では、敗者は勝者の言うことを聞こう。首でもなんでも、持っていくがいい」
「だから言ってるだろ。俺は話し合いをしたいだけなんだ。……今すぐ停戦して、コンスティナ帝国と和平を結んでくれ。両帝が会した戦場だ、講和もこの場でできるだろ」
「貴様は本当に無茶を言うな。……分かった、やってやろう」
───こうして、サァイール帝国のコンスティナ帝国侵攻は終了した。エスタ・ミ・ロジヤでの死者は二千人、この戦いでの死者が三百人、両軍合わせて二千三百もの命が失われたこの戦争は、両国の規模の割に被害や戦死者が少ない戦争だと記録されている。
しかし、忘れてはならない。数字の上で数が多かろうと少なかろうと、それは全て一人の人間の死の積み重ねなのだ。誰かが誰かを殺し、誰かが誰かに殺されたのだ。戦争によって行為そのものが正当化されたとしても、人の憎しみや哀しみは変わることはない。
戦争は、必ず犠牲者を生み出すものなのだ───。




