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行軍

 俺たちは一週間掛けて物資を調達し、その間にメリヤンとマーガレットによる軍の再編も行われた。最終的に帝都を発ったのは二週間後のことであった。軍の多くは歩兵で、馬による移動はできない。エスタ・ミ・ロジヤに到着するのは早くても二カ月後……それまで防衛隊が持ち堪えてくれているだろうか。


「ジュンキ、あの街は陥落しないよ」


 マーガレットは自信満々にそう言った。彼女は皇帝であるにもかかわらず、馬には乗らず徒歩で俺の横を歩いていた。


「どうだかな。二カ月か三か月か、それだけの期間包囲されていればどんな堅牢な要塞でも陥落する危険があると思うが」

「いいや、エスタ・ミ・ロジヤの防衛隊の練度の高さもあるけどね。まずあの街は二年程兵糧攻めをされても問題ないくらいに備蓄があるんだよ。大丈夫さ、陥落はしない」

「……いや、アイツが俺の目の前に姿を現したくらいだ。この不吉な予感は、的中すると思った方が良い」


 世界の歪み、そう呼ばれる存在が姿を見せるのは既に悪事を働いた後だ。俺たちは後手に回っている可能性が高い。


「そういえば、急に出現したあの男は一体何者なんだい?」

「……そういえば、皆には何も話してなかったな。この際、全員に説明しておく必要があるか。リーカ、いいな?」

「はい!!」


 日が沈み、行軍が終わる頃、リーカは別の場所で指揮を執るメリヤンと、グランペ部隊の小隊長に任命して離れていたシルト、エアス、ミザリーの四人を俺の元に集結させた。布で作った敷居で簡易的な陣を張り、俺は今までにあったことを話し始めた。さすがに全部とは言わないが、世界の創造者たる女神ヴェリオッタによって異世界から転移させられたことと、その創造者が失敗して作り出してしまった「世界の歪み」という存在については、説明した。


「ジュンキ、あんた異世界から来たの!?」


 周りが呆気に取られたように静まり返る中で、シルトが真っ先に声を上げた。


「そうだな。一応リーカには話してはいたんだが……言う機会が無かった。ごめん」

「私には謝らなくても良いですよ♪ どうせ少ししか関わりあってないんですから」

「そ、そういえばボクもつい最近仲間になったばかりなのに、良いのかい??」

「メリヤンもミザリーも、指揮官として事情は知っておくべきだからな。当然、エアスもな」

「私は……別に、お姉ちゃんと一緒ならいいし、お姉ちゃんが知ってることなら全部知りたいだけだから」

「そ、そうか……」


 エアスとはあまり深い関わりがない中で別行動をとっていたが、俺の知らない間に、生き別れの姉妹だったシルトとの仲がかなり深まっていたようだ。


「もうお話は終わった? 私はお姉ちゃんと一緒に休みたいんだけど」

「あっ、あぁ、そうだな。行っていいぞ」

「ありがとう。ほら、お姉ちゃん……いくよ」

「ひんっ!!」


 エアスはシルトの耳元に近づいて、低い声で囁いた。すると、シルトはとてもほとんど同じ声帯から発せられているとは思えない高い声を上げて、身体を震わせた。


「あ、あんまり騒がしくしちゃ駄目だからね……」

「声我慢する必要があるのはお姉ちゃんの方でしょ?」

「……バカ」


 シルトは顔を紅潮させて、俯いた。彼女のあんな表情は見たことが無い。これはまさか話に聞く百合というものなのだろうか、二人寄り添い合って一人用の狭いテントの中に入っていくのを見て、どぎまぎしてしまう。


「……で、ジュンキ。その【世界の歪み】とやらなのだが……」

「うおっ!? マーガレット!?」

「す、すまない。何か思案していたのか?」


 あの光景を見て動揺していたのは、俺だけのようだ。


「いや、取り乱してごめん。なんでも聞いてくれ」

「彼らは人間の負の感情を餌にしているというが、それでは不死身ではないか? どうやって倒すというのだ」

「残念だが、完全にその存在を消滅させるのは不可能だろうな。俺たちに出来るのは飽くまで対処療法……犠牲を最低限に抑えて、次の争いの火種をできるだけ減らす。そして次の争いのために備えをする。それくらいだな」

「そうか、難しい問題だな。……だったらなおのこと、すまないな、結果的に私の行動が彼らを増長させることになったのかもしれない」


 確かに、言われてみれば「世界の歪み」がより大きな存在になるのに、乱暴な手段での政変や虐殺を行った彼女の絵教は計り知れなかっただろう。だが、俺は決して彼女に憎しみを向けることはない。


「謝罪は受け取っておこう。……だがな、俺は君を嫌わない。マーガレット、君は俺の盟友のままだ」

「……君はこんな時でも、私の気持ちを汲んでくれるのだな。リーカが居なければ、私が君の恋人に立候補しているところだったよ」

「……お世辞として受け取っておく」


 一瞬、リーカの視線を感じた。彼女は俺が女性と二人きりになっている時は常に見張っているようだ。そんなに気にすることはないと言ってはみたが、考えてみるとリーカが他の男性と二人きりで話していたら俺だってやきもちをするだろう。これくらい大目に見なくては。


「フフッ、大丈夫さ。君の心はなんとなく分かる」

「察してくれているなら、とっとと休んでくれ」

「おやすみ、ジュンキ」

「あぁ、おやすみ」


 マーガレットを見送りひと段落付いたと思えば、今度はメリヤンが俺の元へ向かってきた。


「ごめんなさいね。お疲れのところ失礼して」

「君は俺よりずっと年上だろう。そんなに畏まらなくても……」

「女性に年齢のことを言うんですか?」

「い、いや……そういうわけでは……」

「うふふっ♪ 冗談です」


 彼女との会話は、俺にとっては難易度が高すぎる。どこからが冗談で、どこまでが本当なのか、全く分からない。とりあえずリーカに目線を送り、助けを求める。しかし、怪訝そうな目で返された。どうやらこの局面は自分の力で打開するしかなさそうだ。


「メリヤンは二百年の間どうやって生きてたんだ?」

「女性に年齢の話を───」

「もうその手には引っかからないぞ」

「あら、残念♪ そうですね……代々皇帝が少なくとも私が大人に見える年齢になるまで、皇室直属のグランペの部隊に居ましたよ」

「エアスが狙撃手として在籍していたところか……。何年前に大司教区に行ったんだ?」

「皇帝の元を離れて大司教区に行ったのは二十年前、でしょうか。その頃から私、全く老けてないから周りからお肌の手入れについてよく質問されるんですよ♪」

「そ、そうか。それはよかったな」

「……うーん、やっぱりジュンキ様は女性の扱いがなっていないような気がします」

「……まぁ、そうだな」


 リーカが初めての女性経験である俺は、未だに恋愛に疎いままだと言えるだろう。そもそも彼女自身恋を知らず生きてきたので、他者から見ると歪な恋愛関係に見えてしまうかもしれない。だが、女性について勉強しようにも、何をどうすればいいのか俺には分からなかった。


「ジュンキ様……私でオンナを勉強する、というのはどうでしょう?」

「ど、どういうことだ……?」

「私、実は恋多き女でして。こう見えても床上手と言われているんです……♡」


 彼女は俺の腕に抱き着いて、その胸を押し当ててきた。


「ま、待て……!? 俺に、そんなつもりは……!?」

「そうですっ!! ジュンキさんを離してくださいッ!!」


 もう片方の腕に、事を傍観していたはずのリーカが抱き着いてくる。まだ彼女には女性的な柔らかさをメリヤンほどには感じないが、心の高鳴りはその比ではなかった。やはり、俺はリーカのことを愛しているのだ。


「ジュンキさんは私のものです……!!」

「あら、失礼♪ じゃあ、邪魔なお姉さんはここいらで退散して……あっ、人払いは済ませておきましたから、お二人で、ごゆっくりどうぞ♪」


 そう言ってメリヤンは立ち去った。後に残されたのは、ふくれっ面のリーカと、顔を耳まで赤く染めた俺だけだった。


「ジュンキさん、私の言いたいこと、分かりますか?」

「……大体は、な」

「じゃあ、いいです♪ 他の人の恋愛事情なんて関係ありませんから、私たちの愛は、私たちだけのものです♪」


 そう言って、彼女は瞳を閉じて、接吻をねだった。俺は膝を屈み、唇を合わせる。


「んっ……。ジュンキさん、立ったままキスするの、辛いですよね?」

「まぁな。でも、少しくらいなら大丈夫だ」

「じゃあ、私が上になりますから、朝までずっとキスし通しましょう♪」

「……は?」


 明日からも行軍しなければならないというということに対しては、特に負担の考慮はなされないようだ。互いの身体中の至る所に唇の痕を付けて徹夜をする人間はもしかすれば世界中を探せばいくらでも居るかもしれないが、俺たちはそれを行軍中にした。あまりにも非常識だが、意外にも平気だった。やはり、俺の身体は【共鳴】により、さらに強化されているようだ。


───特にトラブルなく行軍は進み、間もなく二カ月が経つという頃、ミザリーから報告が入る。二カ月前に帝都の襲撃を伝えた、【情報】のグランペの能力によるものだ。


「……エスタ・ミ・ロジヤが陥落した、だと!?」


 行軍のペースからして、残り一カ月で到着するはずだった街が、サァイール帝国に攻め落とされた。街に居る市民や防衛隊の安否も気になるところではあるが、それ以上の問題が、コンスティナ帝国にはあった。


「……マーガレット、帝国の南部はほとんど平地なんだよな……?」

「その通りだ。しかも、南部だけではない。北部以外は比較的平野部が多く……大軍を野戦で迎え撃つのには不利な地形が多い」

「地の利は活かせるのか?」

「残念ながら、叶わないね。どこかの街に立て籠るか、正面衝突で戦うかの二択さ」


 どうやら、街を城壁で囲っているだけあって他に城がある訳でもなく、籠城戦をするなら関係ない一般市民も巻き込んでしまうことになりそうだ。しかも、現在のコンスティナ帝国は内乱が勃発しており、防衛の協力自体得られるとは思えない。


「……クソ、犠牲は避けられないな」


 敵の総数までは伝えられていないが、恐らくは数万、俺たちのかき集められた兵士は、その数五千人。とてもじゃないが、勝てる戦力ではない。策を練っても、犠牲は避けられそうにない。


「ジュンキ、私は君に全幅の信頼を置いている。作戦は君が考えてくれ。だが、総司令官は私だ。全ての責任は私が負う」

「ジュンキ様、怪我人の救護は私にお任せを。……命さえあれば、癒してみせます」

「マーガレット、メリヤン……ありがとう」


 俺は決心を固める。


「俺たちは恐らく一カ月後、会敵することになる。奇襲はできないが、情報は相手に先んじて握っているんだ。……兵の皆には、心構えをさせておいてくれ」


 思えば、一兵士として戦うことはあっても、軍の指揮や作戦の提案などはしたことが全くなかった。他人の死に直結する軍隊の参謀のようなことを、実際の戦争で唐突に任される重圧に、吐き気を催して来る。震える手を握りしめていると、その手を何かが優しく包み込んだ。リーカの手だった。


「ジュンキさん、私も一緒に……受け止めます」

「ありがとう、ありがとう……リーカ……」


 決戦の地に向かうまで、彼女は常に傍らで語り掛けてくれた。いつしか重圧は、彼女に対する愛で塗りつぶされていった。ミザリーたちの情報収集によって作戦計画は順調に練られる。メリヤンの活躍によって士気も高められていく。エアスの部隊も訓練を積み、戦闘の準備は整っている。シルトたちもその能力を行軍に有効活用してくれた。俺たちは、一丸になっていた。


───そして一カ月後、遂に会戦が発生する。

サノー、いいよね・・・

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