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エスタ・ミ・ロジヤ攻囲戦

 ジュンキたちが帝都を出発する三日前、無敗帝ことサァイール帝国皇帝アファイード・サァイール率いる部隊は首都ドルザより出撃した。彼らの策略は、コンスティナ帝国各地が内乱で混乱する中で進軍し、エスタ・ミ・ロジヤを陥落させるというものだった。


 侵攻の時機に合わせ、無敗帝の部下マスファールは各地に潜入させた工作員たちに「紙」をばら撒くように指示した。コンスティナ帝国では通常羊皮紙を用いているが、木を原料とした紙に加え、印刷技術まで発達していたサァイール帝国は、いわば「ビラ配布」を容易に行えたのだ。つまり、所謂「伝単」が行われたのである。


 伝単の内容は地域によって異なるが、民族の自尊心を高める文言や、帝国内部の腐敗を告発するような情報が書き綴られていた。これらの伝単に有効性が認められたのはコンスティナ帝国の民族的多様性や内政での失敗も無論影響したが、最も悪影響を及ぼしたのは帝国全土のある程度高い識字率であった。


 各地領民はコンスティナ帝国政府に予てから不満を抱いていたが、高い税金と引き換えに各地で初等教育を中心とした教育機関を設立し、今や帝国民の五割が文字を読めるようになり、地方の領民まで中央の政治により具体的な不満を抱く土壌を作っていたのだ。


 無論、それは失政ではない。教育に力を入れることは将来的に国土の発展に繋がり、市井から技術者や科学者が誕生することは文明水準を高めさせる要因となるのだ。しかし、革新は常に脆弱性を伴って行われるものであり、敵国がその隙を突くのは至極当然と言えた。


 一方で、予想外の出来事も起きた。それらの出来事は全てサァイール帝国に有利に働く物であった。皇帝が暗殺されクーデターが発生し、二大領邦が独立を宣言し、さらには工作が及んでいなかったはずの場所でさえ内乱が起こっているという情報も、昨日伝書鳩で無敗帝は目を通した。その文を読んだ彼は、顔色を全く変えずに指揮官に声を掛ける。


「これ以上の好機はない。私が直々に戦場へ出る」


 無敗帝は、彼が無敗であり続けるために「勝てる戦」にしか出陣することができない。その無敗神話こそが敵軍を怯ませ、勝利に近づける心理戦になっているのだ。つまり、エスタ・ミ・ロジヤは戦う前から陥落することが決まったも同然なのだ。


 そして、ドルザの出撃から一週間後、二万の兵士を率いて無敗帝はその要塞都市に到達した。二万という数字はこの世界において多いとも少ないとも取れない数ではあったが、包囲戦を行うには十分な兵力であり、そもそも兵の質自体コンスティナ帝国のそれとは異なっていた。


 コンスティナ帝国が貴族階級の騎士を農民招集軍が中心となっているのに対し、サァイール帝国は戦闘のために訓練された奴隷を兵士として戦わせている。「戦奴」と呼ばれる彼らは人間ではなく軍の所有物と扱われる一方で、戦功によって与えられる褒美は一般市民より多く、場合によっては市民権を得て人間として認められることもある。


 戦奴の多くはサァイール帝国が侵略した土地から奪ってきた人員で、彼らは忠誠心を高めるために子供の頃から教育されている。無論、軍事教練も幼少期からかかさず行われる。その練度と士気はコンスティナ帝国の軍とは比べ物にならないのだ。


「偉大な神に祝福を。殿下、エスタ・ミ・ロジヤの周囲を包囲しました」

「降伏勧告を行う。私が前に出よう」


 国を背負う皇帝が、自らのみ前に出て敵に語り掛ける等、言語道断のはずだ。しかし、彼らは無敗帝を止める気配がなかった。ただ一人向かってくる男の気迫に、防衛隊もたじろいだ。


「あの体躯、デカすぎる馬、派手な服、間違いなくサァイールの無敗帝アファイードだ!!」

「どうして一人でこちらに向かってくるんだ……!?」

「総員、構えろ。敵の総大将が首を差し出してるようなものだ。……僥倖じゃないか」


 高い城壁の上から、クロスボウが構えられる。エスタ・ミ・ロジヤの防衛隊は他の街よりも練度が高く、この距離なら間違いなく無敗帝を撃ち抜けるという確信が彼らにはあった。しかし、堂々と立つその姿に多くの兵は慄いた。


「聞け……!! エスタ・ミ・ロジヤの者共よ……!! 今から我々は、この街を陥落させるために包囲・攻撃を行う。戦となれば諸君らの多くは死に絶え、民にも犠牲が出るだろう……!! しかし、寛大な私、無敗帝アファイード・サァイールは諸君らが投降し、街を受け渡せば、兵と民の両方と平和的に保護と、恒久的な安全を約束しよう……!! 逆に、諸君らが私の勧告を無視するのであれば、私を撃て……!! 私に攻撃を加えた瞬間、諸君らは我々の敵として認められ、凄惨で一方的な戦闘により諸君らは一人残らず地に還ることになるのだ……!! それでいいなら、私を撃つのだ……!! さぁ、恭順か死か、選ぶのだ……!!」


 防衛隊の指揮官は、命令を下す。


「却下、だな。降伏はできない。無敗帝を射ろ。総員……放てッ!!」


 敵の総大将を討ち取れば、侵略は必ず失敗に終わる。皇帝自ら前に出るという愚かな行為に対し、指揮官の取った行動はむしろ正しいものであるはずだった。しかし、それは相手が無敗帝でなければ、の話だった。


「フンッ!!!」


 クロスボウから放たれた矢を、彼は大剣の一振りで弾き落とした。無敗帝は、コンスティナ帝国のグランペにも劣らない身体能力を持っていたのだ。


「ば、ばけものか……?」

「怯むな、撃ち続けろ!!」


 素早くクロスボウを装填し、狙いを定める。訓練通りに速射が出来れば、十秒と掛からず再攻撃ができるはずだ。しかし、狙いを定めたその瞬間、サァイール帝国の軍は城壁に向かって、何か筒状のものを向けた。


───ズドォォォオオン!!


 雷鳴が轟く。否、これは彼らがこの戦いで試験的に投入した新兵器の「発射音」だ。


「な、なんだこの音は……」

「ぐあああああああああ!!」

「どうした、血が出ているぞ!!」


 城壁の上に立つ兵士かが、瞬時に倒れた。ある者は腹を抱え、ある者は腕を抑え、傷穴から血が噴き出る痛みに震えた。


「ほう、これが我々の新兵器、『銃』か。命中精度と連射速度こそ弩や弓に劣るが、轟音によって敵に与える心理的影響と甲冑さえ貫く破壊力……素晴らしいな。北征が終われば量産を指示するとするか」


 サァイール帝国が用意していたのは、この世界で初めて実戦投入された火縄銃だった。サァイールは版図を広げる中で、巨大な硝石鉱山をその手中に収めていた。他国でも火薬を兵器化する試みはあったが、その原材料の高さ故、信号弾として花火を打ち上げるぐらいにしか軍事利用はされてこなかった。


 火縄式の銃の開発に成功したサァイール帝国は、五十丁の銃を戦場に投入した。これを大量生産するようになれば、さらなる軍事大国として世界の覇者となることだろう。


 そして、怖気づく防衛隊を尻目に、第二射が行われた。


「クソ……!! どうにかならんのか……!?」

「ほ、報告申し上げます!! 敵の武器は、火薬で鉄か何かの塊を飛ばしているのではないでしょうか!!」

「な、なるほど!! 総員、頭を下げて構えろ!! 長弓を使える者も呼べ!! 曲射で攻撃するぞ!!」


 防衛隊の一員の天才的な機転と指揮官の的確で迅速な指示によって、被害は最小限に留められた。だがそれらも全て無敗帝の想定内の出来事でしかない。次の銃撃に備え防衛隊が頭を下げている中、彼は既に自陣に戻り、戦況を俯瞰していた。


「敵は弓で攻撃してくるぞ。こちらも弓で反撃しろ」

「はっ!!」


 程なくして、荒しのように弓矢が降り注ぐ。しかし、防衛隊が如何に帝国内部で練度が高いとはいえ、銃撃を受けないように壁の内側から、外側の見えない敵に向かって射撃しても距離感は簡単に掴めない。矢の多くは大きく手前で着弾し、地面に突き刺さった。


「届いてないぞ!! もっと遠くだ!!」

「そう言われても、この角度じゃ……!!」


 壁の内側から弓を射るのは、距離感を掴めない以外の問題もあった。城壁の頂点に立てば当然撃たれてしまうので、二メートル程下にある足場から弓を射る必要がある。しかし、その足場は曲射のために用意されたと言っても、あくまで城壁に昇って来る敵に対して矢を降らす目的で作られたものである。たった一メートルしか後ろに下がれない構造になっており、柵を越えればそのまま落下して死んでしまう。最も飛距離を伸ばせる角度で、弓を射ることができないのである。


 一方で、サァイール帝国の兵士の弓は、最も飛距離を伸ばせる角度で放つことができる。しかも彼らは幼少期から弓矢の訓練を受けた特別な兵士であり、より遠くに飛ばせる弓を扱うことができるのだ。


「……決まりだな。陣を張るぞ。どうせ敵の援軍は来ない。包囲は決して解かれない。弓矢を放ち続けるのだ」


 エスタ・ミ・ロジヤの堅牢な守りは、簡単には崩せない。第一陣の防衛隊が全滅しようが、第二陣の防衛隊がやって来る。城壁に関しても、水濠を挟んで十メートルほどの高さがある。だが、そんな要塞都市でも、包囲すれば食料や水が尽きてくる。一方で、首都ドルザも近いサァイール軍にとって兵糧の確保は比較的容易で、兵站の問題は皆無に等しい。


 最早陥落は時間の問題だった。

ソロホームランばっかりとはいえ、勝ってほしかったね、ドラゴンズ

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