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浄罪

 俺とリーカが【共鳴】によって新たに得た力、【浄罪】───それはある種の幻覚のようなものであり、全ての現実を超越した真実でもある。発動した瞬間、対象となる全ての人物は元の時空から切り離され、時間軸が固定された別の空間に移動する。要するに、「現世ではない物を見せられている間、時が止まる」のだ。


 効果対象はマーガレットとメリヤンだ。両者が見る景色は厳密に言えば幻覚ではなく、実体化された虚像だ。しかしながらその虚像は、本物の魂から形作られたもので、その全てが真実の意思を持っている。そう、彼女たちが再会を望む彼らそのものが復元されるのだ。


「お父様……!?」


 まず、最初にマーガレットの義父ロンドベルがそこに現れた。


「マーガレット……皇帝まで上り詰めたんだな」

「はい、お父様……私はやりました。やったのです!!」


 誇らしげに胸を張る彼女の頭を、彼は優しく撫でた。


「偉い、よくやった。……と言いたいところだが、君の計画はとても褒められたものじゃないな」

「何故ですか? この帝国を崩壊させるために、最善の手段だと思ったのですが……」

「確かに、俺はこの腐った帝国を終わらせたいと思った。そして、君なら皇帝になれると思った。だが、違うんだ」


 彼は諭すように、優しい口調で語り始めた。


「俺はな、マーガレット……君がいずれグランペとして帝国から追放される、そんな未来を案じていたから、この帝国を嫌っていたのだ。俺はただ、君が君らしく、人間として生き続けられる世界が欲しかった、それだけなんだ」

「私を引き取ったのは、この帝国を憎んでいたからではなかったのですか?」

「……照れ臭かったのだ。勿論、あの当時でも帝国に対する不満はあった。それに、グランペへの待遇にも思うところはあった。だが、それ以上に……君のことを娘にしてみたくなったのだ」


 彼は自らを嘲るように、笑う。


「俺の妻は、不貞を働いていた。それも、複数の相手と、毎晩別の愛人に抱かれ、俺のことは全く見てくれなかった。……君には知られたくなかったから隠していたのだが、俺の子供なんて、一人も居なかったんだ」

「そんな……」

「俺は家柄上、妻との縁を切れなかったのだ。そんなある時、可愛らしい女の子が倒れているのを見つけた。……グランペの服装を着て、どこからか逃げてきた様子に見えた。こんな子を【浄化刑】とやらに処すのを見逃すくらいなら、俺も罪を被った方が良いとも思ったのだ」


 彼は宙を見上げる。すると、そこには彼と彼女が過ごした屋敷の空があった。他の空と変わりないように見えるが、何故かマーガレットにはそれが記憶の中にある空だと、不思議と確信することができた。


「俺は覚えている。マーガレットとの日々を……。死してもなお、その感慨に浸れるときが来るとは、思わなかったがな」

「私も覚えていますとも……!! お父様は、私にありとあらゆる施しをしてくれました。そして、その幸福を、何も返せなかったことを……!!」

「違うな。俺は見返りを求めてマーガレットを育てた訳ではない。それに……あの日々の幸せさ、そして君に対する誇らしさ、私は十分に満足して死んだのだ。……君のお陰で、私は悔いなく逝けた、と言っていいだろう」


 彼はマーガレットの身体をきつく抱きしめた。


「マーガレット、俺の愛娘よ。俺は十分に君から幸せを受け取った。君は俺の野望に執着せずに、自分自身の幸せを掴むべきだ。……生きろ、マーガレット」

「お父様……!!」


 マーガレットは彼の身体にしがみつき、泣きじゃくった。


 恐らく、俺から同じ言葉が発せられていたとしても、彼女は聞く耳も持たなかっただろう。言葉というのは、結局のところ誰から誰に送られたものかによって、その意義が大きく変わるのだ。血縁関係や主従関係等、様々な関係性によって、言葉の意味は変わるだろう。だが、リーカにとっての俺が特別で、リーカにとっての俺が特別であるように、特別というのは偶然の出会いによるものなのかもしれない。マーガレットにとっては、その特別な存在が彼女の「お父様」だったのだ。


「お父様、もう大丈夫です。……私は、私の生き方をします」

「あぁ……良い顔をするようになったな。───愛している、マーガレット」


 彼はそう言ってこの空間から居なくなった。それと同時に、マーガレットもこの空間から解放された。


 一方のメリヤンは、彼女の父ルシマースとの二百年越しの再会を果たしていた。さらに、そこには一人の女性が立っていた。姿こそ大人だが、その容姿を見て、俺はリーカの面影を感じ取っていた。そう、彼女こそ「はじまりのグランペ」、初代リーカなのだ。


「パパ……!! ママ……!!」


 メリヤンは両腕を大きく広げ、彼らに抱き着いた。彼らは驚いた様子で、それを受け止める。


「お前……もしかしてメリヤンか? 大きくなったなー!!」

「はい!! あれから、二百年も経ってしまいました……!!」

「元気にしてたー?」


 彼女の母親は、思いの外ほんわかとした雰囲気の女性だった。それに、ルシマースはなんというか、見た目からして粗暴なように見えた。……人をあまり見た目で判断するのは良くないが、この世界でモヒカンに刈込みの髪型をしている人間は、少なくとも現在には居ない。


「聞いてたぞ、なんか帝国を崩壊? させるために頑張ってるんだってなー」

「はい……!! 私はグランペのために国を作るんです!! そして───」

「だがな、それは成功しないぞ。……こんなやり方じゃ、その国はすぐに潰される」

「え……?」

「あなた、ちょっと厳しすぎ……?」

「ごめん、リーカ。むしろ俺はこれから滅茶苦茶メリヤンを甘やかす……いいよな?」

「構いませんよー」


 軽い返事を受け取って、ショックで固まるメリヤンを尻目に彼は説明する。


「いいか、コンスティナ帝国の本質は『防衛同盟』だ。諸侯たちが外敵からの脅威を守るための枠組みでしかない」

「ですが、現在では皇帝の地位が高まりすぎて、領邦の独立性が脅かされています。昔とは状況が違うのです」

「いや、本質自体は変わっていない。だからこそ、帝国が瓦解すれば独立した領土も、弱い国から順番に外国に食い荒らされていくことになるだろう。……特に、グランペの国なんてのはすぐに亡ぼされてしまうだろうな。独立後に他の国と同盟や協定を結べる未来が浮かばねえ」


 確かに、彼の言うことには一理あった。だがメリヤンは納得言っていないようで、食い掛るようにして訊ねた。


「じゃあ、どうすればいいんですか……? 私たち、グランペの未来は……ないんですか……?」

「いや、さっきの話も聞いてたけど、今の皇帝だってグランペなんだろ? 協力すればいいじゃないか」

「ですが……なら分かるでしょう、私は、マーガレット様を殺そうとしていたんですよ!?」

「殺さなかったじゃないか」


 あっけからんと、彼は答えた。確かに、それはそうだが……何か倫理観が俺たちとは異なる次元に位置しているように見える。これがグランペを始まらせた男なのか……。


「メリヤン、大丈夫だ。その、マーガレットという皇帝と、そこに居るジュンキという男を信じろ。彼はなんとなく、信用できる気がする、多分」

「それ……あんまり信用していないってことじゃないですか?」


 確かにその通りだ。あまりにも心外だ。


「なんとかなるぞ、メリヤン。あのマーガレットという娘と協力して、帝国を新しい国に作っていける力がお前にはある。……なんなら、一夫多妻制にでもしてジュンキくんにでも娶ってもらったらどうだ?」

「いえ、彼には全然そういう感情は持っていませんので、遠慮しておきます」


 さっぱりと言われてしまう。俺はリーカ一筋にとは思っているが、そこまできっぱりと振られると、少しだけ気分が悪くなる。


「まぁ、もういいだろ。俺はあの世でリーカとイチャイチャしてくるから……後は話し合ってなんとかしろ」

「えっ……ちょっとまってくだ───」


 【浄罪】によって発生した空間が消滅する。どうやら本当に彼らの魂は還っていったようだ。


「……で、どうする。メリヤン?」

「……はぁ。分かりましたよ。全く、パパって本当に適当なんですから……」

「ありがとう。私の方からもお願いするよ」


 マーガレットとメリヤンは、互いに交渉の席に着く合意をした。しかし、【浄罪】とは違う、別の時空間の歪みを感知する。【共鳴】の力を得たお陰で俺とリーカだけはその存在にいち早く気付き、身構えることができた。


「おやおや、私の出現に気付くとは。不意打ちもできそうにありませんねぇ」

「【世界の歪み】……!!」


 かつて、審問官として俺たちの前に姿を現した男、彼は女神ヴェリオッタの話によれば、人の負の感情を餌にして増える邪悪な存在らしい。彼が目の前に表したというのは、間違いなく不吉の予兆だ。


「どうやって話をまとめたのかは分かりませんが……もう話し合いなどしても無駄なんですがね。もう、帝国の瓦解は始まっているというのに」

「……何を仕組んだんだ」

「少し人間どもの煽動に手を貸しただけですよ? サァイール帝国の皇帝とやらの策謀に乗っかって、ですが」


 サァイール帝国、かつて帝国の領域だったベバンティア半島で誕生し、半島を制圧した後その版図を南に広げていった大国だ。彼がその名をここで出したということは、つまり───。


「サァイールが、攻めてくるというのか!?」

「少し違いますね。もう、攻めてきているのですよ。ククク……」

「何ッ!?」


 侵略というのは、準備に時間がかかるものだ。兵士を集結させるのにも時間がかかり、軍事以外の面でも、例えば兵糧の確保にしても食料の生産・流通の管理、輸送、非戦闘員の動員等が必要になる。


 しかもコンスティナ帝国のような大国を攻めるとなると、それなりの準備期間が必要になる。仮に鉄道がある時代なら侵略開始までに三カ月、馬車が主な交通手段なこの世界では更なる準備期間が必要となり、兵を動員するシステムによっては一年以上準備する必要があるのだ。


「いくら内情が不安だからって、そんなすぐに軍隊を動かせるはずがない……!! まさか、最初からこの時を狙って……!!」

「この時、というのはどの時を指す言葉なんだろうね。……彼らは諸侯の反乱を呼び掛けて内情不安を起こそうとしていたのさ。それが偶然、政変の時期と重なった。国が亡びるというのは、案外偶然から発生するものさ。いやぁ、楽しみだね!! たくさん人が死ぬのが」

「黙れ……!!」


 俺は彼に向かって、ナイフを投げつける。ナイフが直撃すると、彼は消滅する。全く手ごたえが無かった。やはり、彼に他の生物と同じような命はないのだろう。


 しかし、困ったことになった。このままでは帝国の瓦解どころでは済まない。話し合いも、何の意味を為さなくなる。


「メリヤン、マーガレット、今命令を聞いてくれる兵士全員に伝えろ、俺たちは……エスタ・ミ・ロジヤに向かう」


 エスタ・ミ・ロジヤ、コンスティナ帝国の南西部に位置する要塞都市だ。ベバンティア半島の最北端に位置し、唯一コンスティナ帝国が守り抜いた要衝で、この都市の存在がサァイール帝国の侵略を長らく防ぎ続けていた。しかし、内乱に乗じて彼らがエスタ・ミ・ロジヤを包囲すれば……堅牢な要塞も、いずれは突破されてしまうかもしれない。


「マーガレット、ここから即座に大軍を率いてエスタ・ミ・ロジヤに向かうのにどれくらいかかる?」

「二カ月から三カ月、といったところかな。いくら増援が無いと言っても、それくらいなら耐えられるさ。あの強固な守りを破れる軍隊なんて居ないからね」

「……そうだと良いがな。悪い予感がするんだ。集結は最低限に抑えて、できる限り早く先遣隊を送ろう。俺たちもそれと同時に目的地に到着することにする」


 戦力の逐次投入は悪手とされている。しかし、早急にエスタ・ミ・ロジヤへと向かわなければ手遅れになるのではないか、これは論理ではない、ただの直感だ。それでも、二人は俺の言うことを信じてくれた。


「ジュンキ、伝令を送ってエスタ・ミ・ロジヤの手前にある平原に兵を集めるよう各地の兵に通達しておこう。君が反乱軍との連絡手段があるなら、協力するように頼んでおくよ」

「ジュンキ様、教皇国軍は貴方を全力で支援します。……死なないでくださいね」

「ありがとう……!! よし、俺たちも旅支度をするぞ!!」


 軍隊ほどではないにしても、三か月分の食料を確保するのは大変だ。シルトたちと共に居るグランペと協力して、出来る限り早くサァイール帝国の攻撃に合う彼らの支援をしなくてはならない。俺たちは城を飛び出て、集合地点に向かった。

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