教皇メリヤン
「メリヤン……どうしてここに君が……ッ!?」
「マーガレット様の鳴き声が城の外まで聞こえていましたよ。ふふっ、なんだか面白いことになってたみたい♪」
あの日俺たちを助けてくれたグランペは、大司教区の軍と共に現れた。いや……彼女のその様子からは、むしろ「率いて」という言葉が正しいだろう。彼女からは、指揮官の風格が漂っているのだ。
「何故大司教区はマーガレットを裏切ったんだ? そちらに利点があるから選帝会議に協力したんじゃなかったのか?」
「ジュンキ様、間違っていますよ。大司教区はもうありません。私たちの今の名はサント・マティウス・マグヌス教皇国───そして、その頂点に立つのは、愚かな選択をした元大司教ではありません」
彼女は純白のマントを翻し、高らかに宣言した。
「私こそが、サント・マティウス・マグヌス教皇───メリヤン・サント・マティウスです。私こそが───マグヌス教徒の絶対的守護者であり、神の代行者なのです。ジュンキ様」
「なんだと……!?」
俺が知る限り、全ての資料でグランペが要職に就いたという記録は残っていない。それに、隔離され迫害されていることが前提の帝国内において、宗教組織のトップになることはそもそも不可能だろう。彼女は、どのような手段を用いてサント・マティウス・マグヌス教皇国の頂点に立ったというのか。
「マーガレット、どういうことだ……メリヤンはグランペのはずじゃないのか」
「……何を言っているんだ、ジュンキ。メリヤンは大司教区の行政府の長だぞ。帝国で言えば宰相、つまり、政治的な実権を持っていた『人間』だ。それに、見た目も私なんかよりずっと大人びているだろう。私はリーカの倍以上の歳でもこのような見た目なんだぞ?」
マーガレットの実年齢の秘密に驚くような心の余裕はなかった。何故なら、確かに俺たちはメリヤンが【癒し】と呼ぶ力を行使している場面に遭遇したのだ。それに、彼女自身から彼女がグランペであるということも聞いていたはずなのだ。
「……メリヤン、君は一体何者だ」
「あら、意外と察しが悪いんですね♪ ジュンキ様なら私の正体くらい、簡単に見破れると思ったのに」
「……ジュンキさん。私、分かったかもしれません」
「リーカ……?」
リーカは、それほど自信はなくとも、その考察を必死に脳内で練り合わせているように見えた。
「メリヤンさん……あなたの父親は、ルシマースさんなんですか」
「ご名答♪ まさかリーカ様に当てられてしまうなんてね」
「処刑された初代リーカとヴェルオーモ家当主の子供……ということなのか!?」
「その通り♪ 私は【はじまりのグランペ】の娘にして、最古のグランペ……そして、誰にも認識されていない、存在しないグランペなのです♪」
メリヤンは二百年前に処刑されたルシマースと、その伴侶リーカの娘だ。つまり、少なくとも二百年以上生きているということになる。彼があの島の中で作った子供だと仮定すると、三百年近い年齢である可能性まであった。だが、問題なのは年齢ではない。彼女がグランペであるという事実を俺たち以外は誰も知らなかったということだ。
「……最初期のグランペは帝国に管理されていなかったから、君の存在が見逃されていたのか」
「その通りです♪ そして、グランペとして認識されていない私は人間として生活してきました。ずっと、昔から……ね」
つまり、港町からの脱出激で助けてくれた時、彼女が「大司教区でのグランペの服装」だと言っていたのは、真実ではなかった。彼女は、グランペとしては生きていなかったのだ。そして、他の人間と同じように生きていたメリヤンは、驚くことに政治の中枢にまで進出していた。
「しかし、どうやって……それだけ長い間生きていて、大して老けずに、命も落とさなければ……君がグランペということはとっくに……」
「露呈していた。でしょうね。ですが……私には協力な支援者が居たのですよ。───ヴェルオーモ大公家という後ろ盾が」
「皇帝が君の出世に力を貸したというのか!?」
「いいえ? 出世は私の実力によるものですよ♪ 歴代皇帝たちがしてくれたのは、ルシマースの子供たちの支援……つまり───」
「生きて、いるのか……。君の、姉妹は……【はじまりのグランペ】の、子供たちが……!!」
「理解してもらえたようですね♪ ですから、ここからは私たちの真の目的を話しておきましょう───」
メリヤンは不敵な笑みを浮かべた。
「私たちの要求は、皇帝の死による帝国の崩壊……それに伴いグランペのための新たな国家の誕生させることです。どうですか、ジュンキ様……私たちは手を取り合えます」
「……どうだろうな。俺は目的だけで動いている訳じゃない。大層な理想を掲げて、その理想に振り回されて不本意な終わり方をするのは、二度と御免だ。君は……どうやってこの国を変えようとしているんだ!!」
「ここに至るまでの過程も重要、ということですか。分かりましたでは……お教えしましょう───」
メリヤンは粛々と、語りを入れた。マーガレットが皇帝になってからの話である。
───完全な出来レースとなった選帝会議が行われてから三日が経った。大司教は南下し、サント・マティウス・マグヌス大司教区最大の都市であり彼が居城を構えるサント・ミレニアスに帰還していた。
大司教はすぐに領民の前で帝国からの完全なる独立を宣言し、それに加えて国号を「教皇国」と改めると明言した。これに反発したのは、メリヤン率いる「聖書派」と呼ばれる一団だった。彼女は大司教改め教皇の主張や改革の多くが経典に反していると考えている保守派の指導者だったのだ。
教皇としてさらに強い権力を握った元大司教に、聖書派の憤懣は爆発した。彼らは教皇国が建国したばかりでまだ体勢が整っていない間に教皇の殺害を企図する。通常ならば、この計画は失敗に終わっていただろう。体勢が整っていないのは聖書派も同じことで、準備期間があまりに短いのだ。しかし、その指導者たるメリヤンが首謀することによって、計画はいとも容易いものに変動する。
メリヤンはマーガレットの計画の全貌を知っていた。メリヤンは商業ギルドのグランドマスターの一人で、マーガレットの動向を全て把握していたのだ。そして、彼女が【新世界】という偽物の秘密組織をでっちあげてジュンキという人間を騙しているということを知った。
メリヤンは【新世界】の構成員を装って、ジュンキという人間の調査を行った。そこで、メリヤンは彼の成し遂げようとすることを知った。理想に共感し、その計画を立案する。大司教区の頂点に立ち、本物の【新世界】を作り上げる、その計画を───。
「私は、ジュンキ様には私がグランペということだけでなく、ほとんど本当のことを言っていました。あなたは私に、『どの組織の人間としてここに居る? 大司教区か? 商会か? 新世界か?』と聞きましたよね?」
「……あぁ、確かに訊ねた記憶がある」
「私は【新世界】の構成員です。間違いありません。マーガレット様のそれは、ジュンキ様を欺く策でしかありませんが。そして、マグヌス教の未来を案ずる敬虔な信徒です。これも間違いありません。大司教のやり方には不満がありましたし、いずれはその座を狙っていたことでしょう。ただ一つだけ……私はロンドベル商会の人間ではありません。これも、別の商会の会長なので、嘘はついていませんけどね♪」
彼女の笑顔からは、最早何も感じない。まるで板に書いて張り付けたようなその表情は、どのような口調で誤魔化そうと空虚なものに映った。
「もう一度言います。私の目的はグランペのための国を作ること。そのためにジュンキ様……一緒に皇帝を殺して、この帝国を終わらせましょう♪」
「……断る」
到底、承服できるものではない。マーガレットは友であり、敵ではない。それに、敵だとしても彼女の命を奪うこと自体、何かメリヤンに一線を越えさせてしまうような気がしていた。
「メリヤンは知っているのか、マーガレットがグランペだということを」
「勿論♪ これだけ長生きしてグランペのことを知り尽くしているんですから、見抜けないなんてあるはずがないです♪」
「……じゃあ、マーガレットが自分の死をもって帝国を崩壊させようとしているということも、知っているんだな?」
「何となくそうじゃないかなとは思っていましたよ。だったら私とマーガレット様、両方の願いが叶えられて二人とも幸せじゃないですか?」
「……いや、駄目だ。俺が幸せじゃない」
「……何を言ってるんです?」
俺は、自分勝手な人間だ。それが功利主義的に適っていても、俺が認められなければ、それは認めない。決して、許さない。
「俺は、この世界にマーガレットは必要な人間だと思っている。そして、メリヤン……君もだ」
「あら、意外と高評価なんですね」
「いや、必要のない人間なんて存在しない。だが……俺は、君たちには恩義を感じている。だから、何が何でも止める」
「ただ情が移っただけ、ですか? そんなことで私を説得できると思っているんですか?」
「思っていない。だが……話し合わなければ、何も起こらない。俺は───君たちを、話し合いの机に必ず付かせてみせる。……リーカ!!」
「はいっ!!」
俺が合図をすると、リーカはその細い左手を俺に差し出した。その薬指に、指輪を差し込む。
「希望を謳え。希望を切望し、希望に殉じろ。我らは未来を切り開く者なり……顕現せよ、我に力を与えたまえッ!!」
俺はその祝詞を叫ぶ。それはまるで、グランペの【ケガレ】を顕現させるものと同じようだった。……いや、同じだった。女神ヴェリオッタから伝授された【共鳴】の力は、俺自身が、リーカと同一の存在となるというものだった。
「なんですか……それは!? ジュンキ様が、グランペの力を……!?」
「これが俺たちの【共鳴】……【浄罪】だ」
ただ、手を重ね合っているだけで、その力は発動する。室内にもかかわらず、城内には雨が降り注ぐ。水ではなく、何か甘ったるい匂いと味をした、甘露のような雨だ。それは暖かく、その場に居る者の身を包んでいく───。
今日は珍しく試合を見ていません
何となく、負ける気がしたので




