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沈みゆく帝都にて、盟友マーガレット・ロンドベルの人生とその行く末

 帝都の中心部、その城の中に侵入する。帝都は在位中の皇帝の名を冠する風習にあるため、この城もロンドベル城という名になっているはずだ。この場に訪れたのは他の誰でもない、俺の親友、マーガレット・ロンドベルに会うためだった。


「おかしいです。本当にマーガレットさんはここに居るんですか……?」

「そのはずだ。だが……」


 城内は手薄を通り越して無防備状態で、防衛施設としての役割を果たしていなかった。仮に皇帝の住居としてのみ存在していたとしても、皇居に近衛兵すら居ない国なんてものは元の世界では聞いたことが無い。ましてや現在は戦闘中で、不測の事態に備えて警備の兵士はいくらか居てもおかしくないはずだ。


「既に城を脱出したのか……? いや、だとしてもこの包囲は突破できないか」

「もしかして、他に脱出する手段があったり……?」


 脳裏に浮かんだのは、地下通路の存在だった。ヴェストミノを始めとして、最近は何かと地下に縁がある。だとすれば彼女の足取りを掴むのは容易だ。ミザリーの部隊に居る【探索】のグランペと協力し地下通路の入り口を見つければ、その後を辿っていくことができる。


 しかし、そのような手段を取る必要は無くなった。城内の最深部で、玉座に座るその姿をはっきりと視認することができたからだ。


「マーガレット……!?」

「久しいね……ジュンキ」


 疲れ果てたような表情で彼女は面を上げた。


「そっちの子はリーカと言ったかな? 随分と可愛らしい子だ。君が気に掛けたくなる理由もよく分かるよ」

「マーガレット、なんでこんなところに一人で居座ってるんだ。敵がもうすぐそこまで来てるんだぞ……!!」

「分かっている。分かっているさ。分かっているとも。……もう私が潮時ということくらいは、ね。だから、兵は退きあげさせたさ。そもそも、私に従う兵自体ほとんど居ないけどね」

「マーガレットさん……皇帝にまでなったというのに、生きることを諦めるんですか!!」

「いや、違うな、それは。諦めたんじゃない……終わったんだ。成し遂げたんだ。私は、皇帝になるということを」


 マーガレットは今日に至るまでの彼女の人生を語り始める───。


───私は、ロンドベルの娘ではなかった。


 尊敬する父は、ロンドベル商会の会長だった。しかし、彼は私の実の父親ではない。父は身元不明の私を拾い、我が子同然に───いや、それ以上に愛情を注いでくれた。食事や教育に至るまで、ありとあらゆる環境を私に与えてくれた。


 彼が私を見つけたのはまだ私の身体が幼かった頃だ。当時のことはほとんど覚えていないが、彼と血の繋がりが無いということ事実だけは深い所に刻まれていた。ある時、父に私を引き取った理由を聞いたことある。彼はにこやかに笑って、私の頭を撫でた。


「マーガレット、君には才能がある。商才だけではない、武芸にも秀で、人を惹きつける魅力もある。その全てを最初から見抜いていた訳ではないが……君の瞳には何か感じるものがあったのだ」

「才能があるにしても、何故私を選んだのですか? お父様の子供も皆優秀です。わざわざ、捨て子同然の私を拾ってまで育てる意味など……」

「そうだな。……俺には夢がある。いつか皇帝になるという夢だ」

「お父様が? しかし、今の帝位はヴェルオーモ大公家による独占状態……不可能ではないですか?」

「あぁ、不可能だ。だがマーガレット、君ならいつか、この帝国の頂点に立つ人間になるときが来ると俺は確信している。この、腐った帝国を終わらせることができる人間は、君しか居ない。そう思うのだ」


 父は、この帝国に不満を持っていた。国家と呼ぶに値しない極端な地方分権体勢と、一家による帝位の独占により、失政を正すことはできず、善政の価値も薄い。コンスティナ帝国は、いずれ破綻する運命にあると予見していた。


 私は皇帝になるため、ロンドベル商会の後継者を目指すための訓練を始めた。ありとあらゆる学問に精通し、武芸を極め、父の実の息子たちを黙らせた。悔しそうにする彼らを尻目に、「よくやった」と頭を撫でられた時など、至福の一言では言い表せないほどだった。


 父の命が終わりを迎えたのは、今日から数えて三年前、それまでに各地を回り「根回し」に励んでいた私は、彼の死に目に立ち会えなかった。涙を流す暇もなく、ロンドベル商会の会長として就任した私は、遂に彼を弔うことができなかった───。


「───これは、弔いなのさ。時を越えた、ね」

「……どういうことだ」

「この終わりゆく帝国を終わらせて、父の墓とする。この帝都は彼にとっての墓標だ。『帝都ロンドベル』───父の名が刻まれたこの地で、皇帝の死を持ってこの馬鹿げた『帝国もどき』を終わらせるのさ」


 初めて、マーガレットの心中を聞いた。特に嬉しいとは思わない。悲しいとも思わない。ただ、一つ言えることがあるとすれば───。


「馬鹿げているな」

「ふん、なんとでも言うがいいさ。私の目的は果たされた。もうすぐ帝国は───」

「君の目的が果たされようが、果たされまいが……その目的自体が馬鹿げていると言いたいんだ。……マーガレットは、君の父親の願望を叶えるための道具じゃないだろ」

「あぁ、君はそこが引っ掛かるのか……。なるほどなるほど、結局、君は私の正体には気づけなかったと言う訳だ」

「正体……?」

「フ、フハハハハハハハ!!」


 彼女は高らかに笑い始める。何がおかしいのか、さっぱり分からない。とても死を覚悟する人間の高笑いではなかった。


「君は、行く先々で【新世界】の構成員に会ってきたことに、何も疑問を抱かなかったのだな。フ、フハハッ、傑作だ。思った通り、君は頭が回る以上に、素直な奴だったようだ」


 確かに、違和感はあった。どの街に行っても既に先回りされるように、商業ギルドの会館には【新世界】の構成員が居た。俺は、アルベルトから報告を受けた際、「マーガレットに嵌められた」「【新世界】という組織自体予め用意されていた」と全ての疑問点を繋ぎ合わせて解を得た。


 しかし、たった一つだけ、俺の推理を搔い潜る可能性がある要素がこの世界にはあった。仮に俺がその可能性を見落としていただけだとすれば、【新世界】は実際に「はじまりの街」で俺たちが出会った時に結成され、その後から構成員が急速に広まったという事実が浮かび上がってくる。


「もしかして、マーガレット……君は」

「ようやく察しがついたようだね。私は……グランペなのだよ」


 この世界において、物理法則をも捻じ曲げる可能性がある存在、彼女たちなら、その能力次第で不可能を可能にすることができる。俺たちを先回りして帝国全土に秘密結社の構成員をばら撒くくらい、容易なのだ。


「私の【ケガレ】は【同調】……と言っても、分からないか。実際に見てもらう方が早いな。───我の手足よ、汝の手足よ、団結せよ。連なり、共に生きるのだ。……顕現せよ、我に力を与えたまえ」


 彼女の周りに、数えきれないほどの人形が出現する。空中に浮かぶその姿はまるで傀儡人形のようで、力なく垂れ下がり、ただ傀儡子の指示を待っていた。


「この人形一つ一つに名前が付いていてね。例えば───サイ、サント・シュヴェルで囚われているヴェルオーモ大公家の長子を放してやれ、と言うと……」


 からんからんと音を立て、人形が動き始める。しばらくすると、動きが止まった。


「私の【同調】は、私に従うことを受け入れた人間を手足のように遠隔操作できるというものでね……これでグラティアス・ソン・ヴェルオーモ公は囚われの身ではなくなったはずだ。どうせ帝国はもう終わるというのに、その命まで奪ってしまったら可哀そうだしね」

「これだけの人間を操り人形にしておきながら、慈悲の心はあるのか?」

「私だって人間だ。……人間として、育てられてきたんだ。それくらい、あるさ」


 彼女は玉座から立ち上がった。大きく手を広げ、天を仰いだ。


「ジュンキ、君には分からないだろうね。グランペとして産まれたにもかかわらず、人として育てて貰えた、その幸福を」

「マーガレットの父は、君の正体がグランペだと気付いていたというのか?」

「あぁ、そうだ。そのうえで、私を育ててくれたんだ。露呈すれば彼もただでは済まないはずなのに……。帝国全土に彼の敵が居て、いつ嵌められるのかも分からなかったというのに……私を最期まで育て上げてくれたんだ」


 声が震えているのが分かる。泣いているようで、涙は見えない。だが、そこには間違いなく「心」があった。


「君には、分からない……分かるはずがない!! 私は、父に、多くの物を貰った。そして、愛を注いでもらった。幸福だった。ずっと、ずっと幸せだった。それなのに……私は、私は……!!」


 彼女は冷たい床に、膝をついた。


「私は、何も貴方に返すことができなかった。お父様……お父様……お父様───!!」


 何度も床を叩き、その拳からは血が滴っていく。その跡は十字架のように、床を染めていく。


「マーガレット、きっと君の父親は……」

「黙れ!! どうせ『何も返せなかったなんてことはない、君の父も幸せだっただろう』とか、そんなありきたりな台詞を吐くつもりだろ、ジュンキ!!」

「ぐっ……」


 正直、図星だった。俺の安っぽい言葉はマーガレットには届かないということが明らかになり、言葉に詰まってしまう。こんな時に何を語り掛ければいいのか、分からない。答えが用意されているものなら見てみたいものだ。


「ジュンキさん、私に任せてください」

「リーカ……?」


 リーカが彼女の元に足早に向かっていく。そして───。


───パシィン……!!!


 思い切り、頬を叩いた。


「マジか……」


 全くの予想外の行動だ。リーカがマーガレットにビンタを喰らわせるという光景自体想像できなかったが、それ以上に思いの外強く叩かれ、かなりの勢いで床に打ち付けられるマーガレットの姿も想像しがたいものがあった。……通常の人間なら、鼓膜は破れていそうだ。


「甘えないでください!!」

「な、なんだい……?」

「何がお父様ですか!! もう居なくなってしまった人のことをずっと引きずって、周りの人を巻き込んで……それって、結局マーガレットさんが自分のやってることをお父さんのせいにしてるだけですよね!? た、たしかに私だってジュンキさんが居なくなったらどうしようとか思っちゃいますよ!? でも……仮にジュンキさんが居なくなっちゃって、死んじゃって……その後の自分の行動を、ジュンキさんのせいにするなんて……私は嫌です!!」

「何を急に、まくしたてるように……」

「黙ってください!! 今は私が喋ってるんです!!」

「ひっ……」


 凄い剣幕だった。あのマーガレットが気圧されている。常に自信満々で飄々としたあの少女の腰が引けている。これは凄いことだ。マーガレットが感情に訴えるなら、リーカはさらに大きな感情で塗りつぶそうとする。彼女に「怒る」才能があるとは、思いもしなかった。


「マーガレットさん。あなた、お父さんに怒られたことは……?」

「な、ない。です……いつも、完璧だったから……」

「やっぱり!! あなたには、怒ってくれる人が必要だったんです!! お父さんしか頭に無いから、そうやって全部お父さんに甘えて死ぬ時までお父様お父様って喚き散らかすことになるんです!!」

「いや、それはちが……くはないか」

「す、すごいな……あのマーガレットが完全に押されている」

「ジュンキさんもです!!」

「えっ、俺も!?」


 急に飛び火して来た。リーカは珍しく怒りの感情を吐露している。というより、初めてだろう。心が繋がりあったことによる変化だろうか……その矛先が俺にさえ向かなければ、彼女の人間的成長を喜べたところなのだが。


「ジュンキさんはいっつも私を子供みたいに可愛がって、まーったく怒ってくれません!!」

「いや、それもそうだが、そもそも怒るべきときがなかったから───」

「それだけじゃありません……!! ジュンキさん、ずっと感情を表に出すのを我慢してましたよね!!」

「そ、それは……」


 この世界を変えるという使命感も、正直あった。リーカと適切な距離を保とうとしたこともあった。できる限り感情的にならないように、行動していたのも事実である。


「でも、リーカも知ってるだろ? 港町で怒りで我を忘れて突っ走ってしまった俺の姿を……」

「関係ありません!! ジュンキさんがどれだけ暴れていても、私が止めます!! 逆にジュンキさんが落ち込んで何もできなくなっても、私が動かします!! 私はジュンキさんの全てを受け止めたいんです。愛してますから!!」

「ひゅーっ」


 マーガレットが茶化すように下手な口笛を吹く。それを皮切りに、矛先が彼女へと向かう。


「あなたは最低です。最悪です!! こんなところで死んだとしても、何の責任も取れていませんし、むしろ責任放棄です!! あなたはそんな最低な行為の動機を大好きなお父様に押し付けてしまった、最低のゴミカス野郎です!!」

「なっ……」


 語彙が酷くなっている。この前の女神との邂逅でずっと言い争っていたのが彼女に悪影響を与えたのかもしれない。……後悔が増えたな。


「あなたは……!!」

「わ、分かった。もういい、もう分かったから。その……やめてくれ……」


 マーガレットは涙目になって懇願した。地に這いつくばって自身より幼く見える少女に言い負かされて泣くなど、今までの彼女では信じられないことだろう。


「よかった、泣けたじゃないですか」

「あっ……」


 マーガレットは、最愛の父の死ですら涙を流すことができなかった。多忙を極めた彼女にとっては当然のことだ。しかし、それこそが彼女の負い目となり、精神的な負担となった。リーカは、彼女に涙を流させるために罵倒を繰り返したのだ。……と、思いたい。


「私は、泣いているのか……?」

「はい。泣けています。泣けばいいんです。辛かったり、恥ずかしかったり、泣きたくなった時は、泣けばいいんです」


 やがてマーガレットは嗚咽を漏らし、泣き叫び始めた。


「う、うぁあああぁあああ!!」

「辛かったですね。寂しかったですね。よーし、よーし……」


 リーカはマーガレットの頭をやさしく撫でる。何というか、あの一夜から彼女には「大人の余裕」が見え隠れするようになった気がするが、最早母性すらも感じてしまう。俺はおかしくなってしまったのだろうか。


「ま、ままぁああああああ!!」


 マーガレットは鼻水を垂らしながら、彼女に抱き着いた。……どうやら俺は正常だったようだが、今の彼女と同じだと思われたくない。


「……リーカ、まずいことになった。下の階から足音が聞こえてくる。もうすぐ敵が来るぞ!!」

「マーガレットさん。離れてください。戦闘態勢に入ります」

「わ、私も戦おう……ぐすん」


 リーカは【断罪】を顕現させ、マーガレットは腰の刀を抜いた。俺は相変わらず素手で構えを取る。そして、そこに大司教区の軍が現れる。その中に、見知った顔があった。


「き、君は……!?」

「お久しぶりです、ジュンキ様……皇帝の命、頂に参りました」


 そこに居たのは【癒し】のメリヤン……かつてシルトを救い、俺たちを助けた恩人だった。


「さぁ、共に【新世界】を築き上げましょう。ジュンキ様……♡」

今回、ちょっと長い目です(更新さぼった分)

ちょっと駆け足になりますが、二週間以内での完結を目指しています

創作メモもプロットも容量にすれば総量10KBに満たないほどしか残していないので、新エピソード書くたびに過去エピソード見直して人名とか再確認しています。人名とか地名間違えてたらゴメン(クソ言い訳)

あと、ドラゴンズ、首位には強いのに二位陥落した瞬間負けるのなんですか?

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