再起、指輪、女神再び
扉を開けると、部屋の前に皇帝の姿はなかった。十二もの部屋があるのだから、その内のどこかで休んでいるのだろう。何気なく隣の「2」と書かれた部屋に入ると、そこには皇帝が居た。───彼は、一人の少女の傍らで眠っていた。
「む……。ジュンキか」
「その子は誰だ?」
「見て分かるだろう。グランペだ」
その服装からして、確かに彼女がグランペだということは察することができた。しかし、問題はそこではなかった。
「……生きているのか?」
皇帝は、首を横に振る。明らかにその少女は呼吸を止めており、生命活動を停止しているように見えた。その顔は安らかに眠るようで、死体の様子からして死後数時間も経っていないようにも思えた。
「このグランペ……ユイの【ケガレ】は【再起】……我が寿命以外で死亡した時、肩代わりになる契約だった」
「……じゃあ、その子は一週間以上前に死んだというのか?」
「そうは見えんだろう? ……グランペは本来なら神に祝福されし存在だ。死しても腐りはせず、ただ塵となって空へと還っていくだけなのだ」
彼の姿はまるで最愛の娘を無くした父親のように悲しげで、寂しく映った。
「ユイとは仲が良かったのか?」
「子供の頃からの付き合いだ。我はここまで老いてしまったが、彼女はほんの少し大人びただけで……寂しくはあったな。三十年ほど会えていない間に、我の顔が皺くちゃになっている間に、ユイはほんの少し背を伸ばしたようだ」
皇帝は俺の方を見て、優しい顔になる。
「ジュンキ、君はようやく大人の男になったようだな」
……セクハラ親父に変貌した。
「あまりそういうことを言うのは感心しないな。皇帝ともあろう人が……」
「もう皇帝ではない。それより、もうこの島を出た方がいいぞ。……何か、胸騒ぎがするのだ」
「胸騒ぎって、もう既に酷い状況ではあるだろ。……貴方は一緒に来ないのか?」
「我は行かぬ。彼女が空へ帰り、その塵が一つ残らずこの世から消え去るまで、一緒に居たいのだ」
「……そうか、分かった。じゃあリーカと一緒に出発することにする。その子が繋いでくれた命だ、皇帝ももっと長生きしろよ」
「うむ。ジュンキも気を付けるんだぞ」
皇帝に見送られ、部屋を出る。その間際に「酷な願いだ」と呟く彼の声が聞こえた気がした。思いの外彼女とは深い関係だったのかもしれない。
「あっ……ジュンキさん!! こっちに来てください!!」
部屋を出た時に、リーカが俺を呼び留める。どうやら廊下の最奥にある祭壇の方に居るようだ。
「どうしたんだ?」
「さっき、ヴェリオッタ様の声が聞こえて……そしたら、この台座に、これが……」
そこには、指輪があった。恐らく、あの女神がこの世界に干渉してここに出現させたのだろう。
「なんというか、とても綺麗で……不思議な力を感じます」
「指輪、ということは……あいつが俺にさせたいこと、なんとなく分かったぞ」
「本当ですか!?」
「あぁ……。こちらの世界ではどうなのかは分からないが、少なくとも、俺の元居た世界では結婚する時、或いは婚約するときにパートナーに渡すことになっている」
「けっこん……ってなんですか?」
リーカがきょとんとした顔をする。
「シルト……いや、シルトだけじゃないか。リーカを耳年増にしておきながら、そんなことすら教えていなかったのか。まぁいい、要するに、結婚とは愛する者同士の誓約だ。その証に、この指輪を嵌めるという儀式があるんだ」
「それ……してみたいです!!」
さすがに結婚式はできない。少なくとも、今はできない。将来的に俺と彼女との結婚が祝福されるような世界になれば、いずれは企画してもいい。だが、簡略的にでも、ここで俺は彼女に誓いを立てる覚悟ができていた。
「リーカ、好きだ。愛している。俺と生涯を共にしてくれ」
「はい……!!」
彼女の差し出した手に触れ、その薬指に指輪を嵌める。結婚式というよりプロポーズの婚約指輪のようだったが、細かいことは気にしない。俺の彼女への気持ちは変わらないのだから。
───何もない真っ暗な空間に俺は居た。おかしい、先ほどまで祭壇の前でリーカに指輪を渡していたというのに、一体何が起きたというのか。
「ジュンキに、リーカ、まずは私から祝意を……おめでとうございます!!」
そこには女神ヴェリオッタが浮かんでいた。まさかと思い俺の横を確認すると、リーカも居た。俺がこの世界に飛ばされる前に来た空間に彼女が居るのは、少し不思議な気分だ。
「あ、あなたがヴェリオッタ様ですか!? ほ、本物……!?」
「リーカ、落ち着け。夢を壊すようで申し訳ないが、この女神はかなり性悪だ」
「貴方こそ、散々悪態ついてくれて……少しは大人になったのかと思いましたけど」
女神はため息を吐いた。
「で、お前はなんで俺とリーカをここに呼び出した? 祝儀でもくれるのか? 金ならいらんぞ」
「ぐぎぎぎぎっ……【共鳴】の使い方についてレクチャーしてあげようと思ったのに……!!」
「ほ、本当ですか!? 女神様から直々に教えてもらうなんて、凄い……!!」
リーカは目を輝かせて、きらきらとしたオーラを放っていた。
「……こほん。リーカちゃんの可愛さに免じて、許してあげましょう」
「可愛いだろ、俺のリーカは」
「キ……なんでもありません。貴方、リーカちゃんを泣かせたら惨い死に方してもらいますから、神の力で」
「ジュ、ジュンキさんに酷いことしないでくださいね……?」
「分かりました。ジュンキに酷いことしません」
この女神、チョロ過ぎる。リーカをぶつけていればどんな要求でも通せそうだ。
「ところで、【共鳴】の使い方って……自動的に発動できるものではなかったのか」
「そんなはずがないでしょう。【共鳴】のように強力な力を他のグランペの力と同じように発動できてしまえば、せっかく作ったこの世界のパワーバランスが崩壊してしまいます」
「パワーバランス、か」
俺は少し前から気になっていたことを、ヴェリオッタに訊ねる。
「グランペはヴェリオッタが作った存在なんだよな」
「ええ、そうです。島の遺跡は世界始まりの地にして、私がグランペを隠していた場所でもあります」
「どうしてグランペを作った?」
「カッコいいからです!!」
彼女はそう言い切った。
「そう言い張るとは思っていたが……本当は別の目的があるんだろう」
「何か心当たりがあるんですか? 鎌をかけられるほど間抜けじゃないですよ、私は」
その言葉自体が既に馬脚を現しているように思えてならないが、心当たりならあった。
「自身を『世界の歪み』と呼ぶ存在と何度も対峙した。明らかに彼は人間ではなかった。……あいつに対しての対抗手段なんだろ?」
「ぎ、ぎくっ……」
「擬音を口で言うなよ」
「まぁ、その通りではありますね」
「あっさり認めたな……」
女神は別に何か都合が悪くて情報を隠していたわけじゃなさそうだ。だとすれば、ただの意地悪で大事な情報を隠していたのではないだろうかと勘繰ってしまう。
「わ、私からもお願いします。あの人は一体、何者なんですか!?」
「もうね、全部教えちゃう」
リーカが頼めばこれだ。勘ぐるまでもなかった。
「世界の歪み……彼らはこの世界のバグのようなものです」
「この世界はお前が作ったんだろ?」
「そうですね。この世界はあなたの世界を見た私が創り出した、理想の世界になるはずでした。しかし、誤算が発生したのです」
「誤算……?」
「モンスターを作ろうとしたのに、失敗してしまいました……」
「……はぁ?」
彼女は、訳が分からないことを言った。
「あちらの世界で見たゲームの世界の一つで、勇者が魔物を倒していくものがありました。しかし、魔物の正体は人間の恐怖や悪意から発生したもので、人々をどうにかしない限り魔物との争いは───」
「待て待て待て。リーカが固まってる。要点だけ言ってくれ」
彼女にあちらの世界の知識は全くない。そのことを理解して話してほしいものだ。
「……はぁ。要するに、人の悪意とか、負の感情が人の形をしてこの世界に現れるようになってしまったんですよ。そして、彼らは生物的欲求として、『負の感情を増やす』という行動に走りました。実質的な繁殖ですね」
「お前が悪玉じゃねえか馬鹿野郎!!」
「なんですって!?」
「へへっ♪ なんかジュンキさんとヴェリオッタ様、面白いです……!!」
リーカの笑い声で、場の雰囲気が落ち着く。恐らく彼女が居なければ話が進んでいない。今のうちに話を進展させなければならないようだ。
「つまり、世界の歪みは実質的に倒せないと思った方が良いんだな?」
「倒す方法はあります。この世界から負の感情を無くせばいいのです」
「……難しいな。どの程度まで減らせば奴らの行動を抑止できる?」
「少なくとも、帝国は彼らの温床です。……気を付けてください。今、帝国は未だかつてない負の感情に溢れています。ジュンキとリーカちゃんの活躍が必ず必要です」
「なるほど。じゃあ、リーカ───」
俺はリーカに耳打ちをする。
「はい、はい……ヴェリオッタ様、早速ですが【共鳴】について教えてください!!」
「こ、こいつ……わざわざ耳打ちして、自分では頼まずに……リーカちゃんからなら断れないと思って……おしえりゅー!!」
「フン……」
女神ヴェリオッタの弱点を握った俺は、【共鳴】の正しい使い方を教わった。
最強の切り札を手に入れた俺たちに、死角はない───。
うてんちゅうし




