告白
───この世界に来るまでに俺に起こった出来事を、リーカに話した。大言壮語をひけらかそうが、俺は人殺しの機械に過ぎないのだ。
「幻滅したか?」
「いいえ……むしろ、嬉しいくらいです」
「な、なにがだ……」
満面の笑みで応える彼女に、狼狽える。まさか俺自身少し重すぎる話だと思って封印してきた話を、笑顔で受け流すとは思わなかった。
「私も似たようなもの、でしたから」
「【断罪】のことか?」
「はい。……私が最初にグランペを殺したのは三歳の時、それから毎年のように、帝国の依頼をこなしてきました。でも、そのことに疑問を抱いたことなんて……一度もありません」
「……そうか。だが、やはり俺とリーカとは事情が違う。その選択肢しか選べなかった君に対して、俺は敢えて選択した結果、そうなったんだ」
「いいえ。私はジュンキさんも……ジュンキさんなら、その選択肢を選ぶしかなかったんじゃないかなって、そう思うんです」
彼女の優しい声色が、背中を撫でる。
「ジュンキさんは、他人のことで怒って、自分を見失っちゃう、そんな優しい人ですから」
「それは優しさじゃない。その他人だって、俺に助けを求めた訳じゃないし、俺が勝手に突っ走っただけだ。それに……俺は誰も助けられなかった」
「それは違いますよ」
ぴとっ……と、彼女の頭が寄せかかった。
「私はジュンキさんに助けられました」
「いや、助けていない。俺はまだ何も成し遂げていない。まだ……」
「助けられた本人が言うんです!! 黙って認めてください!!」
今度は身体全体でもたれかかって、俺の腕に抱き着いてくる。不自然に柔らかい感触が伝わる。
「リ、リーカ……下着は?」
「ありませんでしたよ?」
「そ、そうか……」
あの女神の策略を感じる。普段ならリーカを注意して振り払っているところではあったが、どうにもそんなことをする雰囲気ではなくなってしまった。───何とか平静を保ち続けるしかない。
「まず、私の初めての友達になってくれました。島から出たことのない私を、旅に連れ出してくれました。シルトさんを初めとして、色んな人と話せる機会をくれました。私を、一人の人間として扱ってくれました」
「それは……偶然だ。俺は本来この世界に居る存在じゃないし、俺以外の人間がこの世界に来ても、きっと同じような行動をとった。それに、俺じゃない方が、もっと上手くやれたのかも───」
「でも、私に初めてをくれたのは……ジュンキさんでした。他の誰でもなく、あなたが、教えてくれたんです」
俺の言葉を遮って、彼女は言葉を紡ぐ。
「全部、全部……。ジュンキさんなんです。あなたとの少しの間だけの時間が、あなたとの思い出が、私の全てなんです。───大好きです。私は、ジュンキさんのことが……大好きなんです!!」
言葉に詰まる。最早反論は不可能だった。まさかリーカがここまで自らの想いを言葉にして伝えることができる女の子だったとは、思っていなかった。侮っていた。はっきり言って、敵う相手ではなかった。
恋する女の子の可愛さを知らなかった。頬を上気させないでくれ。潤んだ眼を俺に向けないでくれ。鼻腔に心地よい空気を漂わせないでくれ。そんなにも密着して、今にも弾けそうな律動を伝えないでくれ。頼む……このままだと、俺は……俺も……もっと、リーカのことを───。
「あっ、ジュンキさん……。服、濡れちゃってますね。じゃあ……乾かさないといけませんね♪」
「ぁっ……」
リーカは俺のシャツに手を掛けた。胸ボタンを上から順番に外し、はだけさせていく。俺は為すがままで、彼女の目から目線を外せないままでいた。そして、いたずらな表情で見上げる彼女の瞳も、俺だけを捉えていた。
「これで全部ですね。あれ、ジュンキさんも下着着けてないじゃないですか?」
「男は胸に下着をつけないんだ……」
「いいですよ♪ その方が分かりやすいですし」
「……ッ!?」
何を思ってか、彼女は俺の胸板に寄り掛かった。しかも、片腕を腰に回し、抱き着くように……いや、片腕とはいえ完全に抱き着いている。混乱している。初めて女の子に抱かれている。これは一体どういうことだ。何が起こっている。
「やっぱり、ジュンキさんも音、凄いですね」
「な、なんの音……」
「どくん、どくんって……これ、もしかしなくても、私のせいなんですよね?」
聞くまでもないことだった。薄らにやけた顔、何もかもを見透かしているような顔で、聴診されている。一体、彼女はどこで───。
「リーカ、教えてくれ……ッ!! だ、誰の入れ知恵だっ!?」
「シルトさんにも色々教えてもらいましたし、メリヤンさんにも少しだけお話を聞きました。それに、この前はミザリーさんともそういう話で盛り上がったんですよ♪」
なんということだ。俺が知らない場所で、あれだけ純真だったリーカに余計なことを吹き込む奴しか居なかった。
「もしかして、いや……ですか?」
少し泣きそうな声色で訊いてくる。脳を溶けさせるように蠱惑する小悪魔の呪詛だ。どう考えても心にも思っていない言葉だ。本当に、誰がこんなことを教えたんだ。たった一つの返答に脳が支配され、他の言葉が何も浮かばない。
「嫌じゃない……」
「よかったです♪」
事実上の敗北宣言だ。心臓の動きがさらに激しくなっていく。赤血球がとてつもない速度で体内を駆け巡っていく。酸素が足りてるのか足りてないのか、それすらも分からない。なんなら互いの心音が溶けあってどちらの音が俺の物で、彼女の物なのかも分からない。ただ、息が苦しい。苦しいはずが、不快ではない。
「私、何も知りませんでした。誰かを好きになること。誰かを好きになったらすること───でも、まだ知らないこと……あるんですよね」
そう言って、彼女は俺の膝の上にもう一度乗って来る。今度は先程髪を乾かした時とはわけが違う。意味合いが違う。行動は同じでも全く別の行為だ。少なくとも俺にとっては仕切られた分類の、分かたれた膝乗りだ。そして、こちらの方が、より困るのだ。
向かい合わせで、馬乗りになって、背中を細い指が這っていく。徐々に下から上に、彼女の身体が伸びあがって来る。吐息が首筋に当たる。顔が近づいてくる。顔が近い。近すぎる。きめ細かい肌も長い睫毛も、今まで意識したことがなかったと言うのに。
「ぅぁ……」
声が漏れる。呼吸を荒げるのを抑えられない。動けない。目が離せない。声が出せない。拒絶できない。もう、受け入れるしかない。
ちゅっ……
唇が軽く触れる。それはたった一瞬のことで、何の感触も感じなかった。だが、何が起こったかだけは理解した。脳内でその行為は高速で処理され、処理された情報から導き出された「接吻」という言葉は全身の神経に衝撃を伝達し、異常なまでの発汗と緊張をもたらした。
身体が火照り、昂っていく。最早この熱を冷ますことなどできやしない。それがたとえ兵器であっても、人の身体を持った生物として、この世に存在する限り逃れられない業であり、世界を存続させるための希望の光でもある。それは、グランペとして生きる彼女にとっても同じことだった。
熱い吐息と共に訪れた風は湿った音を乗せて耳元をくすぐる。
「ベッド……行きましょうか」
「ぁ……ぃ……ぃく……」
譫言のように、返事をした。
俺は結局、リーカのことを見た目で少女だとか子供だとか思い込んでいた。だが、それは間違いだった。彼女は間違いなく───俺より年上の、女性なのだ。
そして、長い一夜が訪れたのだった。
どらごんず
にしあいれんぞくさよならまけ
じりきゆうしょう、もうきえちゃった
つゆも、おわってないのに
まだあめ、やまないね
あっ
このさくひんは
ぜんねんれいたいしょうだよ
これいじょうは
かげきなびょうしゃ
やらないよ




