始まりのグランペ
皇帝は厳かに、言葉を紡ぎ始めた。
「この島の秘密は、代々皇帝に受け継がれている。これはヴェルオーモ家が皇位を独占するようになる前、三百年ほど前の話だ───」
ヴェルオーモ家はかつて、帝国の貴族の一つに過ぎなかった。騎士ですらなく、皇帝に選ばれるなど全く思われていなかった。
当時ヴェルオーモ家の当主だったルシマースはある日、散策中に見慣れない物を拾った。それは、古代の文字が彫られた粘土板だった。彼はその粘土板の価値を知ってか知らずか、私財を投じて辺り一帯を調べ上げた。すると、復元された粘土板の文章が完全に繋がった。
次に、ルシマースは研究者を雇った。古代文字はある程度解明されており、一部の知識人によって古代の言葉は継承されていた。彼はそんな研究者に粘土板に書かれた文章を読み解かせた。そして、解読作業は彼が最初に粘土板を手に入れてから二十年ほどで完了した。
粘土板には、この世界の創造神について書かれていた。帝国全土で信じられていたマグヌス教の教えに反し、女神ヴェリオッタという別の神の存在が記されていたのだ。そして、ヴェリオッタを崇める祭壇がある場所についても記されていた。
「───陸の中の海に浮かぶ島、その地下……」
ルシマースには心当たりがあった。自身が住むサント・シュヴェルから帝都に向かう際、不思議な湖がいつも目に入っていた。どの川とも繋がっていないが、かといって沼でもなく、水は綺麗に澄んでおり、水深はかなり深い。
彼はこの地に目を付け、冒険隊を編成した。その際、彼は湖の水を掬って一口だけ啜った。……塩辛い、海の味がした。つまり、湖でも沼でもなく、ここは海だった───彼の心当たりは、的中していたのだ。
探索は困難を極めた。理屈は分からないが、特殊な水流が形成されており、島に辿り着くために通る道を見つける必要があった。それまでに沈んだ舟は十四艇、死者もそれなりに出てしまった。そして一カ月ほどかけて、ルシマースはようやく島に足を踏み入れることになった。
彼は共に上陸した冒険隊と島を探索し、遂に隠された地下階段を発見することに成功した。地下に進んでいくと、廊下のような場所にいくつもの部屋が並んでおり、さらに突き進むと最奥に古びた台座が置かれていた。それこそが女神ヴェリオッタを崇める祭壇であった。
彼らは祭壇に、「お供え物」を置いた。古代の粘土板に書かれていたようにな手順で、祈りを唱えた。すると、ルシマースはたった一人、彼女の声───女神ヴェリオッタの啓示を受けたのだ。
「───神の声が聞こえる……!!」
彼は錯乱した様子で、冒険隊を置き去りにして祭壇とは別の部屋に入っていった。彼を追うようにして冒険隊がその部屋に突入すると、彼らはその光景に言葉を失った。
───一体の人間が、一人の少女が、宙に浮いていた。いや、浮いているように見えるという表現が正しい。ガラス製の容器のような物の中は何か透明な液体で満たされており、その中に年端も行かない少女がその液体の中で眠っているようだった。よく見ると、足首には枷が嵌められている以外、彼女は何も身に付けていないようだった。
「なんだ、この部屋は……!?」
冒険隊の人間は、部屋全体が異質な存在ということに遅れて気が付いた。古代遺跡の一部であるにもかかわらず、この部屋は苔やカビなどは全くなく、さらにまるで大理石のような固さの白い床と壁、そして天井は全て一寸の狂いなく平面に仕上げられていた。そして、火も見当たらないにもかかわらず、部屋全体は未知の光源によって明るく照らされていた。
つい最近まで使われていた施設と言われても不思議ではないが、そもそもこの部屋に限っていえば、未知の材質で作られた上に、床や壁の材質がただの石材だとしても、加工技術すら当時の人間を凌駕していた。その上、謎の少女の存在も彼らを困惑させた。
ルシマースは呆然と立ち尽くす冒険隊を尻目に、少女の眠る場所へと近づいていく。
「聞こえる……分かる、分かるぞ……!!」
どうやらそれは、装置のようだった。どのような原理でその小さな装置といくつかのボタンで仕組みが作動しているのか、その場に居る誰も知る由が無かった。だが、ルシマースはそんなこと関係ないと言わんばかりに迷いなく装置を操っていく。
そして、容器の中を満たしていた液体は唐突に水位を下げ、消滅した。それと同時に、眠っていた少女が目を覚ます。
「い、生きてるぞ……!?」
冒険隊の一人が叫ぶ。彼らのどよめきを一切耳に入れないルシマースは、何かをぶつぶつと唱え始めた。当時その場にいた人間によると、彼が喋っていたのは未知の言語……恐らく、古代よりも前に使われていた言葉の可能性があるそうだ。だが、彼が未知の言葉を口にしたことさえ、この後に起こる未来を考えれば、瑣末な事象に過ぎなかった。
「───私を眠りから呼びさましたのは貴方ですか?」
「は、はい……!! 私はルシマース・ヴェルオーモと申します……!! 母なる神ヴェリオッタ様の神託に導かれ、参りました……!!」
彼は両膝を床に付き、手も、頭までも、床に伏せた。本来なら貴族の一端を担う人間が行ってはいけない行動で、皇帝に首を斬られるほどの無礼を働いたものだけが許しを請う時にするような礼の尽くし方だ。周りに居た冒険隊も、貴族がやるのであれば自分たちもやるべきだと判断し、同じような姿勢で彼女に相対した。
「そ、そんなに畏まらないでください!! 面をあげて!!」
「わ、分かりました……!!」
傍から見ても上下関係が明らかに成立してしまっている二人だったが、一度話し出すと彼らはあっという間に打ち解け、数時間に渡って冒険隊の者たちを無視して会話に夢中になっていた。しびれを切らした隊員の一人が話に割って入ると───。
「あぁ、君たちか。まだ居たのか……ほれ、金は渡すから帰っていいぞ。俺はこの子としばらく……な?」
……と、貴族相手でなければ激昂して殴りにかかってしまうほどの苛立たしい顔で応えた。彼らは帰りの舟すら残さずに撤退し、ルシマースは遂に陸には戻らなかった。
それから五十年以上の月日が流れた。ルシマースはとうの昔に死亡扱いとなり、彼の息子であった若き当主がヴェルオーモ家を導き、息子の死後はルシマースの顔を知らない孫が当主として君臨していた。誰もが彼の存在を忘れていた頃、ルシマースはヴェルオーモ家の本拠地であるサント・シュヴェルへと戻って来たのだ。
ルシマースの傍らには、少女が居た。そう、あの装置の中で眠っていた少女だ。同時に、彼らは二十人以上の子供をもうけていた。彼を知る者はほとんどおらず、不貞を咎めるものは居なかったが、見るからに大人ではない少女との間に秘密裏に常識外の数の子供を作った彼は、軽蔑の目で見られたそうだ。
だが、それ以上にヴェルオーモ家の人間が彼を怪訝な目で見たのは、その見た目が原因だった。彼が生前───もとい死亡したと思われた直前に描かれた肖像画と、全く見た目が変わっていなかったのだ。つまり、この五十年間で彼は一切老けていない。息子である前当主が老いて死亡してもなお、当時の姿のままだったのだ。
「私が老けていないのが不思議か? だろうな……では、君たちにも見せてやろうじゃないか。人智を越えた神の力……【グランペ】の力をな……!!」
彼の子供たちは、一斉に何かを唱え始めた。すると、何もない空間から道具や武器、用途が分からない物が瞬間的に現れた。
「【グランペ】の力は素晴らしい物だ。必ずやヴェルオーモ家に栄華をもたらすだろう。例えば、この子は【遡行】……時間の流れを巻き戻すことができる力だ。そうだ。この力さえあれば老化など怖くない。そして───」
彼の目論見通り、グランペのでヴェルオーモ家は大いに発展した。死人扱いのルシマースや不思議な力を持つ少女については上手く隠匿しながら、帝国内で確固たる地位を築いていくことになる。そこから約五十年後、ヴェルオーモ家から最初の皇帝が誕生した。初代ボスティモス・ソン・ヴェルオーモ、通称ボスティモス一世である。
程なくして、ボスティモス一世は公にグランペの存在を認めた。だが、強大な力を持つ彼女たちを人々が恐れないはずがなかった。彼は隣国や民衆を納得させるために、次のような規則を定めた。
「グランペは決して結束できないように、必ず各都市一人までしか置いてはならない」
それでも民衆の恐怖は収まらず、やがて恐慌状態に陥っていった。皇帝としてこれを見過ごすことができなかったボスティモス一世は、遂にグランペへの迫害を部分的に許容することとなる。
人々を危機に陥れたグランペを処罰する「浄化刑」に、彼女たちの力を「ケガレ」として扱い集落から遠ざける政策、さらにはあらゆる権利を制限することによって徹底的な弾圧の姿勢を民衆に対し強調した。
しかし、民衆を信頼させるのは、勅令や政策ではない。皇帝自身がどれだけ責任を持って「我々を納得させてくれるのか」というあまりにも無責任な大衆の呼び声───彼に必要とされていたのは、明確な「悪者」を用意して、裁くことだった。
断頭台に上げられたのは、彼の先祖───ルシマースだった。ルシマースは「もう十分生きた」と満足気に語り、皇帝となった子孫の謀略に乗った。罪状は「グランペの力を悪用し、皇位の簒奪を試みた」ことに始まり、十数余の罪を被せられた。
そしてもう一人、処刑されるものが居た。彼女こそがルシマースの後妻───「始まりのグランペ」だった。多くのグランペは彼女から産まれ、今に続く全てのグランペは彼女の子孫だ。彼女は百年も愛し合った伴侶と共にこの世を去る選択をした。「一人より二人の方が効果的ですよね」と述べていたらしいが、愛する人を失って一人遺されるのを嫌っての行動なのは火を見るより明らかだった。
二人は同時に、首を斬り落とされた。人知れず紡がれた百年に及ぶ愛の物語は、その大半が闇に葬られ、その場凌ぎの「嘘」の罪の清算に用いられたのだ。一見すると悲劇的でしかない出来事だったが、斬り落とされた二人の首は何故か幸せそうな顔をしていたとヴェルオーモ家では代々伝えられている。
スウェーデンは惜しくも引き分けだったんですけど、ちょっと相手のシュートが強烈過ぎましたよね
次のブラジル戦で怖いのはヴィニシウスかもしれない(ああいう理不尽ゴールをよく決めてる印象がある)
それはそれとして、今日の主審はエグかったですね。何がとは言いませんが、全てにおいてエグかったっス
NBAファイナルは終わっちゃったけど最近は野球もそこそこ楽しめてるし、イイ感じっスわ
なんかキリの良い所見つからなくて4000字も書いちゃった




