旧世界より(5)
ゴルフ小隊に合流するため集結地点に集まったのは、合わせて三十人ほどだった。その内俺が所属していた反政府組織はたった五人だった。組織の残存兵力を考えると恐らく分散して他の部隊に配属されたようだったが、五名の内三名は俺と同部隊の人間で、他二名も顔を見知った様子だからこちらも同部隊なのだろう。つまり、壊滅状態の二部隊を他の組織の戦闘員と合流させて「再編」させてくれた、というところだろうか。
作戦内容はまだ聞かされていない。現地でブリーフィングを行うという説明をされたが、机も無ければホワイトボードも見当たらないような廃墟に集められて一体どんなブリーフィングが行われるというのか、甚だ疑問だった。他の組織から集められた人間も同様の疑問を持っていたらしく、隣で立っている欧州人が怪訝そうな顔で俺に話しかけてきた。
「お前、中国人か?」
「違う、日本人だ。コールサインはジュンキ、お前は?」
「イヴァンだ」
イヴァンという名前はスラヴ人にありがちな名前だ。彼の腕章を見ると確かにスラヴ系民族が多く住む国の旗が描かれていたが、意地の悪い俺は敢えてその国の名前を出さなかった。
「イヴァン? ロシア人か」
「この腕章見えるだろ!! ブルガリア人だよ、マヌケが」
「悪かったな。でも見た目で出身地を雑に特定した君にも悪いところはある。認めてくれ」
「……まぁいい。俺もムキになりすぎたな。すまなかった」
彼は多少短気な様子もあったが、すぐに謝れる人間は信用に値する。あまり聞き馴染みのない訛りをした英語で聞き取りにくいこともあったが、俺はイヴァンと小声で会話を始めた。
「ところでどう思う、ジュンキ? この作戦なんかきな臭いぜ」
「ここに居る全員が思っていることだな。……君たちの組織もあの大国の情報機関に集められたのか?」
「あぁ。それにしてもさっき聞いた感じだと一番大手の組織の人間は一人たりともウチの小隊には入ってないみてえだ」
「他のところも似たようなものだろうな。……この作戦は、大国が表立っては支援していない、情報機関が裏で援助している連中だけで構成されているようだ」
俺たちは顔を見合わせる。決して口には出さないが、考えていることは同じ───この作戦は、政府転覆のために必要ではないと判断された勢力が一挙に投入されている。有象無象の勢力をかき集めるだけでも成立し得る作戦、それは……。
「なぁ、これって、そういうことだよな……?」
陽動作戦───俺たちは何か大きな作戦を成功させるための囮として動員されている可能性がある。作戦内容を直前まで秘匿している辺り、奇襲作戦として説明する可能性もある。実際に奇襲作戦としての成功まで見込んでいるかもしれないが……捨て駒であることには変わりないだろう。
「……どうだろうな。『指揮官』がお出ましのようだから、ブリーフィングで聞こうじゃないか」
足音が近づいてくる。その嫌な革靴の音だけで否応なしに、彼の正体を判別することができてしまう。そう、あの男だ。大国から送り込まれたエージェント、俺たちをこの場所に誘った悪魔だ。彼は一枚の薄い紙を用意していた。そこには地図と、矢印だけが描かれていた。
「白い点で書かれたのが他の部隊、赤い点が君たちゴルフ小隊、そして矢印の方に向かって進軍し、敵を撃滅するんだ。以上」
一瞬、静寂に包まれる。それは作戦と呼ぶには程遠く、脳の処理が全く追いつかない戦闘員は皆一同、黙り込んでしまった。だが一人が声を上げると、呼応して糾弾が始まる。当然のことだ。だが、彼は全く動じていなかった。
「落ち着きたまえ、諸君……。周りをよく確認しろ」
俺は周囲を確認した。他の廃墟に紛れ、俺たちと同等の兵数の部隊が取り囲んでこちらに照準を向けている。彼らは決して気配を悟られることなく、こちらを包囲したようだ。これだけの人数に悟られずに行動ができる部隊など、一部を除いて存在するはずがなかった。
「特殊部隊まで動員したのか……!?」
「あぁ、そうだ。君たちが作戦を拒否したら、今ここで彼らに始末してもらうことにしている」
督戦隊という部隊が存在している。敵前逃亡を図る人間を「始末」することで、軍隊の統率を保つ部隊だ。だが、戦闘要員が督戦隊を務めることの合理性はないし、なんなら特殊部隊を使う理由も分からない。当然、誰も納得することはできない。俺の横に居たイヴァンが叫び、訴えた。
「じゃあそいつらに作戦決行して貰えばいいじゃないか!! なんで俺たちが……!!」
「駄目だ。分かっているだろう? この作戦に貴重な戦力を『浪費』するわけにはいかない。それに、我が国の軍隊は表向きこの国に存在しないはずなんだ。……君たちが死んでも、いくらでも誤魔化せるが、彼らは死ねないのだよ」
「クソ野郎が……!!」
イヴァンはそう吐き捨てると、拳を握りしめて俯いた。他の連中も同様に、怒りを抑え苦しんでいた。
「では諸君、健闘を祈っているよ」
質疑応答も無く、ブリーフィングは終わった。終わってしまった。
俺たちは、安っぽいA4用紙を拠り所に、死地へ赴くことになってしまった。
そして、地獄の門が開かれる───。




