裏切り……?
「じゃあ、皇帝は二日前に亡くなった、ということですか!?」
リーカはワンテンポ遅れて、ようやくアルベルトの報告の趣旨を理解したようだ。この場に居る全ての人間が皇帝の崩御を知った訳だが、彼はまだ話していないことがあるようだった。
「エアスに俺への命令の撤回を伝えるためだけに伝令を三人……しかも騎士を寄こした理由はなんだ?」
帝国において、騎士の立場は貴族の中では上位に位置する。軍の司令官や指揮官───現代式の軍隊で言えば将校に値する人間が、自ら伝令として出向くのは極めて異例のことだ。しかも、三人の騎士ときた。何か特別な事情が無ければ、こんな派手な出迎えをしてくれるはずがない。
「ジュンキくん、君は思いの外頭の回転が速いようだ。……状況を説明しよう」
思いの外、という言葉に少し引っかかる部分はあったが、黙って彼の言葉に耳を傾ける。
「実は……皇帝が崩御し即日、新たな皇帝が即位したんだ」
「選帝会議は数年かけて行われる必要があるんじゃないのか? 短い期間でどうやって選帝侯を集めたんだ」
「いいや、選帝会議に時間を掛けるのは、帝国全体に新皇帝の正統性を認めさせるための儀式に過ぎない。それに、選帝侯だって会議に必要な人数が決められている訳じゃない」
「……まさか」
皇帝の崩御自体、誰かに仕組まれた物で───つまり、彼を暗殺した黒幕が居て、黒幕はあらかじめ用意した選帝侯の協力者と結託し、他の選帝侯が帝都に入る前に選帝会議を行った。そして、皇帝の座を奪った。ということだろう。
「クーデター、か。……皇帝を殺したのは誰だ?」
「話が早いな。新皇帝はジュンキくんが良く知る人物だ」
俺はこの世界に来てから、リーカを始めとしてグランペの少女たち以外とほとんど交流をしていない。しかし、たった一人だけ、大きな権力を持った人間と言葉を交わし、盟友の誓いを交わした人物が居た。心当たりは、彼女しか居ない。
「……マーガレット」
「マーガレット・ロンドベル、大陸屈指の大商会の会長にして商業ギルドのグランドマスター……そして今は皇位の簒奪者だ。彼女が帝都で何をしでかしたのか、教えてやろう」
アルベルトは帝都で起こった事件について語った。だが、あまりにも突拍子もなく非現実的なその内容に、脳が拒絶反応を起こした。他の皆も同じように、理解できなかったようだ。
「たった一人の賛同者で皇位を……その後、貴族たちを虐殺……そして、影響力のある二国の独立……疑わしいな。そんなことをしたら誰も皇帝に従わない。そこまでして手に入れた皇位に意味はないだろ。マーガレットは本当にそんなことしたのか?」
「だが、ジュンキくんには信じてもらうしかない。……マーガレットの勅令が記された勅書だ。これを見てくれ」
「……え?」
そう言って彼は分厚い羊皮紙を包みから取り出した。そこに書かれている文を見て、言葉を失う。アルベルトは勅書を俺の方に向けながら、その文章を読み上げ始めた。
「秘密結社【新世界】の創設者『ジュンキ』は、国内のグランペを煽動し、政府転覆を試みている。前帝ボスティモス三世の死は彼による陰謀であり、彼こそが皇帝を簒奪しようと目論む悪党である。私、新皇帝ロンドベルは彼を【帝国の敵】と認定し、全ての民に、彼の討伐を望む」
「なんだ、これ……」
支離滅裂だ。何から何まで、筋が通っていない。だが、皇帝による印が入っている以上、その勅書が本物であると認めざるを得なかった。
「ジュンキくん、教えてくれ。マーガレットとの間に何があったのか」
「【新世界】を作ったのはマーガレットのはずだ。それに、彼女は俺のことを盟友と───」
その瞬間、点と点が線で繋がるような感触を覚えた。
「そうか、マーガレットの言葉は全て嘘だったんだ。彼女の部下は最初から【新世界】の構成員だった。いや……そもそも別の組織だったのか? 【新世界】には、俺以外の構成員が居なくて……秘密結社ごっこ自体、嘘だったのか?」
「彼女が影で怪しい動きを見せていたのは一年前からだ。その考察は正しい。秘密結社ごっことやらが何かは分からないが、帝国全土に強固な情報網を形成していたのは事実だ」
「もしかして、俺に秘密結社としての支援をしてくれていたのは……」
「この時のため、だろうな。性急な選帝会議の口実と明確な敵を作ることによる各諸侯の結束の強化・反乱の防止……ジュンキくんは利用されたんだよ」
俺は、体のいいスケープゴートのようだった。言われてみればマーガレット以外の後ろ盾はなく、リーカを始めとしてグランペを引き連れている以上朝敵として仕立て上げるのは容易なのだろう。
考えてみればおかしなことばかりだった。急に都合よく大商人に声を掛けられ、その庇護を受け続けることなど、常識的に考えられない。マーガレットの天真爛漫さに絆され、女神の幸運の加護によるものだと割り切って「ご都合主義」を受け入れた時点で、彼女に騙される運命は確定していたのだ。
背筋を冷たいものが流れていく。足元がおぼつかなくなり、膝をついてしまいそうになる。しかし、手に温かい感触を覚えると、僅かながら意識がはっきりとしてきた。
「ジュンキさん」
「リーカ……」
リーカの手は、俺の手をしっかりと握っていた。俺は一体どれだけ彼女に助けられるのだろう。俺を信じてくれる強い眼差しは、幾度となく勇気を与えてくれた。どんな時でも、彼女は俺を引き戻してくれる。
「ありがとう、リーカのお陰で少しだけ落ち着いたよ」
「私は何があってもジュンキさんの味方です。もし、その時が来ても……最期の時まで、供に居ます」
「気持ちはありがたいが、リーカは死なせないぞ。当然、シルトもミザリーもエアスも、死なせない。そして……俺も死なない」
「二人だけで盛り上がってるところで、急に名前出されても嬉しくないわ、ね?」
「でもシルトお姉ちゃん、なんとなくだけど無視される方が怒りそう……」
「ボ、ボクも入ってていいのかい」
話に入ってこれずに黙っていた三人の名前を出すと、途端に重たかった場の雰囲気が明るくなったような気がした。やはり、どれだけシリアスな話題をしていようと少しくらいやかましいくらいが丁度いい。軽く苦笑いをしてから、アルベルトに声をかける。
「君たち帝国騎士団が俺に会いに来た理由……まだ本題を話してないんじゃないか?」
「ああ。ジュンキくんはもう察しているだろうが、俺たちは新皇帝マーガレット・ロンドベルに対抗する反乱軍だ」
「だろうな」
「ジュンキくんには、反乱軍の指導者に会うために、ジャルヴァナ公国のサルミタに行ってもらう」
「はじまりの街、だな。俺が、リーカと出会った場所だ。……その反乱軍の指導者というのは、誰なんだ?」
「聞いて驚くなよ。反乱軍の指導者は、前皇帝───二日前に暗殺された、ヴェルオーモ三世だ」
「……は?」
さすがに、驚かない方が失礼だと思った。
ドラゴンズ、勝ったぜ
橋本にはひやひやさせられたわ




