憎悪への対処
俺はシルトと地上に出る。蓋のような扉を開けると、血生臭い空気が鼻腔を侵した。
「何なのよ……これ……」
街の様子はまさに地獄としか形容しようがなく、孤児や孤児と間違われた子供が一方的に惨殺されていた。家に子供を残したまま外出してしまった親は変わり果てた我が子を見て悲痛の叫びを上げていた。その光景に、虫唾が走る。だが、怒りに身を任せて行動しても事態の解決には繋がらない。
「何か策はあるの?」
「……これから考える所だ」
「はぁ……無策ってこと? まったく、もう」
「策はある。……どの策を使うか決めていないだけだ」
呆れた様子の彼女を尻目に、とりあえず目の前で行われる残虐な行為を止めるための方法を考える。目の前で子供が嬲り殺される様子を見過ごす訳にはいかないからだ。論理的理由など、必要ない。
「シルト、あの丸太が積まれてる小屋見えるだろ。あれ、使えるか?」
「何? もしかして私に【ケガレ】を使わせたいわけ? 駄目よ。こんなに人が見てる中で【ケガレ】を顕現させたら、グランペってことがみんなにバレるわ」
「そうだ。グランペは街の子供たちじゃなくてお前だってことを知らしめて、無意味な虐殺を止めるんだ。……どうせ前の街からお尋ね者なんだ。変わらないだろ?」
「いいわ、許してあげる。後で殴るから」
彼女はそう言って、暴徒の前に看板を出現させた。そこには「見ろ 私がグランペだ」と書かれており、しかも看板の後ろで仁王立ちして、その状態で地面から二階建ての建物ほどの高さの台を顕現させて、みるみると上に上がっていった。
「あいつだ!! あの赤い髪の女がグランペだ!!」
「降りてこい!! アバズレ!!」
暴徒の怒号が響く。殺意に溢れた視線がシルトに注がれる。危険な状況に変わりないが、民衆の敵意は無差別なものから彼女一人だけに向けられるものになった。これで以降は関係ない子供たちが惨殺されることもなくなるだろう。
シルトはすぐさま横の建物に飛び移り、俺と合流した。
「それにしても、看板に字を出せるとはな」
「想像できるものなら、なんでも創造できるわ。……で、どうするの?」
「逃げるしかないだろ」
「ほら、やっぱり何も考えてなかった。でもどうやって逃げるって言うの」
屋根の上は比較的安全に思えたが、実質的にただの袋小路に過ぎなかった。梯子を持ってくるだけで簡単に家の上に上がることは可能で、下にも暴徒が居る以上、逃げ出すことは不可能だ。だが、俺には逃げるための秘策があった。俺は懐に忍ばせていた物を取り出した。
「これを使う」
「煙玉……目くらましでどうにかするってことね」
「いや、違う。これは……花火だ」
俺は剥き出しの花火玉の導火線に火を付け、叫んだ。
「離れろ!! グランペに爆弾を括りつけた!! 俺ごとふっ飛ばしてやる!!」
直後、花火玉が弾ける。相当な量の火薬を積んでいたようで、思ったよりも派手に爆発し、視覚的にその場に居る誰もがグランペと勇敢な戦士の死亡を錯覚しただろう。この世界ではまだ火薬を用いた兵器が多く流通していないこともあり、その爆発がただの花火であることに気付かれることはないものと信じたい。
硝煙の跡には屋根に空いた穴だけが残った。それを爆発によるものだと誤認してくれれば、こちらの勝ちだ。この穴は爆発で開いたものではなく、実際は俺が拳で開けた穴だ。この穴を使って下の建物に侵入し、俺たちは脱兎のごとく逃走に成功していたのだ。
逃走に成功した後、歓声が響くのが聞こえた。念のために用意した大量の血糊を見て、グランペは木っ端みじんに吹き飛んだと勘違いしているのだろう。
「無茶苦茶ね……。あんた、やっぱり人間じゃないでしょ」
「人間だよ……。俺も、君も、リーカも」
まるで自分に言い聞かせるように、そう嘯いた。




