コイバナ脳天チョップス
二日後、俺たちは次の街に到着した。街の名前は「ヴェストミノ」、モレトガバヴィア辺境伯領の最東端に位置する街だ。モレトガバヴィアと呼ばれるこの地域は帝国の北西部から南西部まで広がっており、肥沃な大地に支えられた安定的食料供給により、どの街も人口がかなり多い。
ヴェストミノは海沿いの街ではあるが、海運だけではなく水運も盛んで、モレトガバヴィアの街自体、ほとんどはミノ川という川に沿って作られているらしい。
モレトガバヴィア辺境伯領は帝国の領土の二割ほどを占めているが、総人口は帝国の過半数を担っている。そのため、コンスティナ帝国にとっては影響力が過大すぎるという問題を抱えている。軍事力の要ということもあってか、皇帝ですらこの地を治める辺境伯には頭が上がらないそうだ。
……と、いうのはこの二日間でシルトとメリヤンから聞いた情報をまとめたものだ。だが実際に街を訪れてみると、その規模の大きさや賑やかさに驚かされた。人の往来が激しく、とても中心地から離れた街には思えなかった。
「ジュンキ様。私はもうそろそろ離れさせていただきます」
「そうか……シルトの治療と馬車の用意、何からなんでもありがとう、メリヤン」
「いえいえ……また直に会うことになるでしょうから、ね」
彼女は最後に意味深な言葉を残して去っていった。その後、俺たちは商業ギルドの案内で隠れ家を用意してもらった。【新世界】の構成員の情報によると俺たちは既にお尋ね者になっているらしいから、一応用心のために身元が分からない、捜査が及ばない部屋が必要だったのだ。
一人ずつ一室が割り当てられ、久しぶりにリーカと離れることになった訳だが、さすがに一カ月ほどあの狭い馬車の中で隣り合っていた彼女が急に居なくなると寂しさを感じる。俺は彼女の部屋の扉を叩いて、呼びかけた。
「リーカ、ちょっとだけなら外出しても大丈夫そうだ。少し散歩にでも行かないか?」
「……嫌です」
「……そうか」
この世界に来て、初めてリーカに拒絶された。無論、彼女には常に拒否する権利があり、俺の言うことを全て聞けなどと、そんな傲慢な考えは持ち合わせておらず、正当な対応をされただけだ。だが、それでも俺はかなりショックを受けた。……俺の中で、彼女は物言わず付き従うだけの存在になっていたとでもいうのだろうか。だとすれば、ショックを受けたことにさえショックを受けることになるだろう。
「何落ち込んでんのよ」
「シルト……俺が落ち込んでるように見えたか?」
「えぇ、ばっちりと」
俺はそんなに顔に出る方ではないと自負していたが、最近会ったばかりの少女にこうまで言われると、その自信は持たない方が良かったらしい。
「リーカを散歩に誘ったが、断られた」
「あんたね……多分だけど、リーカの方がよっぽど落ち込んでるから」
「そうなのか?」
「本当に鈍い奴……じゃあ、私が代わりに散歩付き合ったげるから、その後リーカに謝りに行きなさい」
「誤るって、何を……」
「いいから、はい外出る!!」
シルトは何故か終始呆れた様子で、俺の尻まで蹴り上げた。言われるがまま外に出る。……といっても、隠れ家の中庭なのだが。
彼女は懐から何かを取り出し、俺に手渡した。
「はい、あんたたちがアイディーナで買ってきたお菓子……ギルドの人たちが運んで来てたわ。甘いの、好きなんでしょ?」
「ありがとう。意外と気が利くんだな、シルトは」
「あんたが気が利かないだけよ、全く……」
棒に刺さったバウムクーヘンのような食感の菓子を頬張っていると、彼女は一つため息をついて、喋りはじめた。
「単刀直入に言うわね。リーカはジュンキ、あんたに本気の恋してる。……気づいてない訳ないでしょ?」
「あぁ、そうだな。だがそれはリーカが人生経験に乏しいからだ。偶然俺という人間に出会って、他に選択肢が無いから好きになってしまった、たったそれだけのことだ」
「そんな簡単な話に落ち着けないで。乙女の初恋なのよ? それをあんたは遠ざけようとするだけで、彼女に全く見向きしない。酷い話だとは思わない?」
確かに、その側面あった。それでも俺にはリーカの恋を退けるに足る理由があった。
「まだ手段は考えている段階だが、俺たちの最終的な目標は帝国内のグランペが全て人として認められることだ。そうなれば君たちの手に入れる自由の中には恋愛も当然含まれる。……俺みたいなどうしようもない人間を、急いで選ぶ必要なんてないんだ」
「選ぶとか、選ばないとか、そういう話じゃないの。恋は理屈じゃない……そういう意味では、理屈好きなあんたとは真反対のものかもしれないわね。じゃあ、あんたに分かりやすいように、具体的に悪かったところを全部教えるから、しっかりと頭ん中にぶちこみなさい」
そう言ってシルトはずけずけと、俺の言動についての指摘を始める。
「まず、メリヤンと会った時……ずっと顔見つめてたでしょ」
「思いの外美人で驚いたんだ」
「鼻の下を伸ばすなーッ!!」
バシンッ
「あいだっ!!」
彼女は俺に、脳天チョップを喰らわせた。怪我するほどではないが、ほどほどに痛い。
「鼻の下なんて、伸ばしてないが……」
「好きな男が自分には興味無さそうなのに、後から現れた美人の顔に見惚れてたら、それはもうショックでしょうね」
「そうか……悪いことしたな、じゃあ、これで……」
「待って、まだあるわ」
「まだあるのか……」
二重の意味で頭が痛い。正直もう勘弁してほしかった。
「リーカが新しい服に着替えたのに、褒めなかったわね」
「時間が無かったんだ」
あの騒動の後、リーカは港町で新調した服を着るようになった。さすがに今までのような目立ちすぎるお姫様スタイルの服は動きづらいため着るのを控えるようになったが、それでも彼女は何を着ても似合っていた。ちなみに今日の服装はトップスとボトムスがしっかりと別れていて、彼女は人生で初めてショートパンツを履いたようだ。
「リーカの可愛い服を思い出してるところ悪いけど、本当に時間がなかっただけ?」
「何故考えていることを……」
「他に人が居るから、照れくさくて褒めなかったんじゃないでしょうね」
「……君の洞察力に、賛辞を贈ろう」
バシンッ
「いだっ!!」
またもや、脳天チョップを喰らう。……もしかして、これは毎回やるのだろうか。丈夫な身体をしている俺でも、さすがに脳震盪は対処しようがない。命の危険さえ感じる。
「命が惜しければ私の質問には正直に答えることね」
「殺すつもりでやっていたのか……」
「結局、あんたはリーカのことどう思ってんの?」
「大切な仲間だ。そして、友人だ」
「関係とか間柄とか、そういうことを聞いてんじゃないの。あんたがリーカに対して今まで思ったこと、全部話してみなよ」
「難しい話だな。長くなるが、一つずつ言っていくか……命も惜しいし」
俺はリーカを心配している。あまりにも世間知らずで、目を離すとどこかに行ってしまいそうな彼女の手を放したくない。それに、どことなく自分と似た雰囲気を感じていて、いつか致命的な過ちを犯すかもしれない。だが、俺はそんなことを絶対彼女にさせない。
俺はリーカを尊敬している。過酷な環境で育ったにもかかわらずこんなにも真っ直ぐな瞳をできる人間が居るとは思わなかった。豊かに感情を表現する愛らしさもありながら、俺の前では泣いたり怒ったりしない強さを知っている。
俺はリーカを敬愛している。そんな強さを持つ彼女をこの世界の狂った仕組みから解放してやりたいと思っているし、そのためなら何でもする覚悟がある。
俺はリーカの隣に居たい。リーカに隣に居て欲しい。そういう人間だと、シルトに伝えた。
「えっ……めっちゃ好きじゃない。リーカのこと」
「まぁ、嫌いではないな」
バシンッ!!
「なんでっ!!??」
三度目の脳天チョップを喰らわされ、頭がくらくらしてくる。
「まったく……。その気持ちを素直に伝えるだけでいいのに」
「なんか告白みたいで嫌じゃないか」
四度目のチョップが飛んでくる。しかし、寸前で躱す。
「さすがにもう喰らわんぞ」
「うるさい、このカス男!!」
「だから、そういう男を選ばないように身を引こうとしてるんだろ」
「詭弁はいいからさっさとやることやれー!!」
───と、言われて俺はまたリーカの部屋の前に来たわけだが……。
「あっ、ジュンキさん!! さっきはごめんなさい……ちょっと知らない女の人が来たからって、拗ねちゃってて、あまりにも大人げなかったですよね」
「い、いや。こちらこそごめん……ハ、ハハッ」
「……フンッ」
リーカは何事も無かったかのように、元の態度に戻っていた。仲直りのために対話する必要もなくなったと思ってシルトの方を一瞥したら、その鬼の形相に笑うしかなくなってしまった。……また一つ、自分の弱さを自覚した瞬間だった。
完全試合やられてる時、マジで虚無
幹也、虚無の時間を終わらせてくれてありがとう
試合はゴミでした
だから連勝した分連敗するのやめなって・・・




