一方その頃……(side:無敗帝アファイード・サァイール)
───サァイール帝国首都ドルザ、かつてマグヌス教国のメッサイア公国が支配していた街はすっかりと様変わりして、今ではサクート教特有の建築様式の建築物が立ち並んでいる。多くの寺院が打ち壊され建て替えられた一方、街の中心部にある「ドルザ大聖堂」は改装と増築がなされただけで、破壊されることはなかった。
かつてマグヌス教の聖地として知られたその大聖堂は、現在ではサァイール帝国皇帝にしてサクート教の最高指導者アファイード・サァイールの居城となっている。その名も「サァイール宮殿」と改められ、ベバンティア半島を帝国とサクート教が統治している象徴となっていた。
サァイール宮殿の会議場はかつて大聖堂が誇った地下礼拝室を改装して作られたもので、皇帝と側近が陰謀を企てるのに最も適した場所だった。そして、地方貴族や閣僚を集めて行われる「御前会議」で、最奥に座る巨漢こそ皇帝アファイード・サァイールだ。
彼の体格は常軌を逸しており、その身体能力も人間離れしている。片腕で馬を持ち上げたという真偽不明の逸話さえ流れているほどだ。だが、それよりも特筆すべきはその頭脳だ。皇帝アファイード・サァイールは自ら指揮を執った戦闘では一度も負けたことが無いのだ。
徹底した準備、策略、謀略……ありとあらゆる手段を使って必ず勝利し、次々と帝国の版図を広げていった。そして付いた渾名が「無敗帝」、実際に一度も負けたことが無い彼にとって、その称号は過言ではなかった。
「偉大な神に祝福を!! まず、私から食料品の生産高について報告させていただきます───」
無敗帝から最も離れた閣僚が立ち上がり、報告を開始する。議題によって優先度が低い事項の報告をする閣僚は最も遠い位置に配置され、先に発言することになっているのだ。この決まりを作ったのも当然無敗帝だったが、食事の際に好物を最後に取っておくという彼自身の気質が政治にも反映されているようにも思えた。
報告は進行し、遂に長い時間を掛けて皇帝の傍に居る閣僚の出番が来た。彼はムライッド・マスファール、サァイール帝国の情報機関を統べる責任者で、諜報や工作など、皇帝の戦争のために必要なことを全て裏で行っている陰の実力者だ。
「偉大な神に祝福を……。殿下、計画は順調に進んでおります」
「導火線の用意はできた、か。後は火だけだな」
「口頭で説明するのは難しいので、こちらの報告書を」
彼は薄い紙を皇帝に差し出した。東の交易路から輸入された紙はサァイール帝国の優れた行政を支える重要資材でもあり、簡単に証拠を隠滅することができる便利な代物であった。
無敗帝が手にした報告書にはコンスティナ帝国の地図と、一部の都市に「○」という印が付けられているもの、さらに「○」と付けられた都市においてどのような工作を行ったのかが詳細に記されたものもあった。
「なるほど。我々から直接支援することはできぬが、一部の節操のない奴を中継させる、か。考えたものだマスファールよ」
「ありがたきお言葉……!!」
ほとんどの閣僚は、彼らが戦争のための準備について話していると勘づいている。しかし、口頭ではなく報告書を使っているせいで、詳細は一部の人間にしか伝わっていない。情報漏洩の危険性は限りなく低く、無敗帝が頭に入れた時点でその報告書は火に掛けられ、消失する。
コンスティナ帝国の内部工作を委任されたマスファールの計画は、次のようなものだった。
・帝国からの独立を望む民族に資金提供し、組織を結成させる。
・領主と独立運動組織を接触させ、帝国の管理下に無い軍事力を持たせる。
・帝国の内情を流布し、領邦の信頼や結束を奪う。
・内乱や動乱の種を見つければ、首謀者にも気づかれないように裏から支援する。
一見すると無茶な計画だったが、彼は既にこの計画を実行し、ある程度の成果を上げていた。これはサァイール帝国の間諜が優秀なだけでなく、コンスティナ帝国自体多くの問題を抱えていることに起因している。
まず、コンスティナ帝国というのは数多くの領邦が合意の上で一つの国として成立してできた政体だ。中央政府に税金を払い、戦時には領民を兵士として徴収される。これらは全て皇帝の匙加減によって成り立っている。
皇帝はいつでも増税を発令することが可能で、防衛戦争一つとっても皇帝が各地に要請を送って軍の編成のために必要な人数を領主から吸い上げているのだ。そのため、「選帝会議」で選帝侯が納得する皇帝を選ぶという機構を採用した。次代に皇帝を引き継げる確証がない以上、皇帝は領主に対して反感を買うような政策は取れない。つまり、「選定会議」は悪政への牽制となっていたはずだったのだ。
しかし、この二百年間、皇帝の座はヴェルオーモ大公家の世襲によって支配されている。建国時に「選帝侯」と定められた有力貴族たちとの婚姻や優遇によって圧倒的な政治力を確保し、帝国唯一の爵位として「大公」という称号まで自らに与えた。したがって、コンスティナ帝国の構成国に甘んじる以上ほとんどの領主は皇帝の搾取に抗う術を持たず、無能な皇帝に代替わりして支配される危険性から逃れることもできないのだ。
彼らが待っているのは「機運」だ。サァイール帝国はその機運が来るまでの支援をしているだけで、何ら特別なことはしていない。
コンスティナ帝国に張り巡らされた導火線に火花が飛び散るのを、無敗帝アファイード・サァイールは寡黙に待ち続けていた。
村松同点タイムリー、神すぎ




