シルトの過去
私は、森林の中の小屋に隠匿されて、誰にも会わないまま大きく育っていった。母は時折本や食べ物などを持って訪れてくれて、その度に優しく抱擁してもらっていた。会える日は多くなかったけど、寂しくはなかった。
私は母と同じ【大地】の【ケガレ】を受け継いでいた。会ったことのない双子の姉は母とは別の【ケガレ】を持ち、新しく作られた街の近郊で暮らしているらしい。
「お母さん、今日は来ないのかな……」
その日は、いつもなら母が小屋に様子を見に来てくれる月始めの日だった。でも、母はいつまでたっても私の前に姿を現すことはなかった。そして三日後、ようやく姿を見せた母はすっかり疲れ切った様子で小屋に上がり込んできた。
「お母さん、大丈夫……!?」
「ごめんね、シルト……ここのところ『街作り』が忙しくて、中々休ませてくれないのよ」
母曰く、辺境の街だったアイディーナを要塞都市にする計画が進行しているらしく、資材が運び込まれている内は常に【大地】を使って海を埋め立て、建造物を顕現させているらしい。一睡も与えられないこともあり、顔を見せることができなかったのだという。
「酷い……どうして人間の人たちは私たちにこんな仕打ちができるの」
「でもその代わりにお金はたくさん貰えてるわ。他の街ならグランペに商品を売らないってこともあるらしいけど、私が頑張ってる様子を見て本や食べ物を売ってくれる商人だってこの街には居るの」
「ぼったくり価格で、でしょ……。おかしいよ、こんなに優しくてみんなのために働いてるお母さんが、グランペだって理由で普通の人間と違う扱いを受けるだなんて」
私は思わず泣きそうになる。母はそんな私を見て、優しく抱きしめて宥めた。この温もりさえ否定される悔しさも、全て包み込んでくれた。
「大丈夫、きっといつか報われる時が来る。シルトはいつか、普通の人間として生きていくことができる……そんな予感がしているの」
「無理だよ……。私は今、この世界に存在していない、生きてちゃいけない存在なのに。そんな時代、来るはずがない」
「……いいえ。絶対に、とは言わないけど。そうね……もし、この世界を変えることができる機会があるとしたら、その時はきっと、シルト……きっとあなたも重要な役割を果たす、そんな気がしているの」
「曖昧だなぁ……でも、多分。お母さんが言うならきっと、そうなんだろうね」
「ふふっ♪」
こうして、母との平穏な日常、最後の「親子水入らず」は過ぎて行った。
───母が必死に隠匿していた、私の存在は既に露呈していた。頻繁に、必要以上に生活必需品や娯楽品を買い漁る母の姿を見て、監視官が怪しまないはずがない。むしろ彼らは敢えて商品の売買を制限掛けず行わせることで母を「泳がせていた」のだ。
終焉の日は、突然訪れた。
「我の剣は、断罪の剣。穢れし罪人を祓う、贖罪の剣。……顕現せよ、我に力を与えたまえ」
「……逃げて!!!」
街の役人は衛兵と一人のグランペを引き連れて、私が住んでいる小屋を襲撃した。彼女は背丈より遥かに大きい大剣を持っていた。母は彼女が【ケガレ】を顕現させると同時に、私を庇って前に出た。……しかし、恐怖で立ちすくんだ私は、そこから動くことができなかった。
「あ、あっ、おかあ、さっ……」
「シルト……!!」
「【大地のエアス】、どうやらここまでのようだぞ。早くその娘を引き渡せば【浄化刑】の日数を軽減することも考えてやろう」
「審問官の言うことなんて誰が信じるものですか……!!」
「どちらにせよその娘は殺すのだ。【断罪のリーカ】の【ケガレ】によってな」
足腰から力が抜け、立てなくなる。生暖かい感触から察するに、私は恐怖のあまり失禁してしまったようだ。涙も溢れ出し、地面を湿らせていく。
「……やれ」
審問官の男が命令すると、リーカと呼ばれる少女はこちらに向かって歩き出した。
「させない……!!」
母は【大地】の力で、私を取り囲む木の防壁を作り出した。それも相当分厚い壁のようで、外の音が一切聞こえないほどだった。そう、何も聞こえないまま、何も分からないまま、全ては終わってしまった。
───ほんの数分、もしかしたら長く感じていただけで一分もなかったのかもしれない。私が壁の中の暗闇で怯えていたのは、それくらい短い時間だった。私を守っていた木の防壁は、あっという間に崩れ去った。壊されたのではなく、消滅したのだ。
「おかあ、さん……?」
【ケガレ】により顕現したものの消失……私はかつて、母から自身の【ケガレ】の説明を受けていた。───顕現させてから定着するまで一年、それまでに【大地】の【ケガレ】を顕現させたグランペに何かがあれば、顕現した建造物や構築物は、消失する。
「お母さん!!!!!!」
私は状況も顧みず、大声で叫んで母の姿を探した。しかし、見つけたのは、返り血を浴びた少女の大剣に貫かれる彼女の姿だった。
「あっ……」
何かが、切れるような音がした。物理的な音ではなく、自分の心の中で、何か大切なものが失われた音が鳴ったのだ。
少女の手から大剣が消えると、抜け殻になった母が地面に転がった。そして母の遺体は粉々に砕け、塵となって消えていった。
「う、うそ……」
哀しみや怒りでは表現できない、圧倒的な絶望感に襲われる。喉は枯れ果て、絞り出す声すら出なくなっていく。
「ぁ……」
少女の顔を覗き見る。彼女の瞳はどこまでも黒く濁っていて、何の感情も感じられなかった。まるで、この世界に居ない存在のようで……私は、怒りの矛先さえ失ったように思えた。
失意の私に、審問官が語り掛ける。
「シルト、お前は【大地】の【ケガレ】を引き継いでるそうだな。お前の母、エアスの仕事を明日から引き継げ」
「嫌……」
「なるほど。……まずは分からせてやろう、半日の【浄化刑】でお前の心を完全に砕いてやる。協力の約束をすれば途中で中止することも考えてやる。……フハハハハッ、楽しみだ!!」
結局、痛みに耐えかねた私はアイディーナの街を建設する協力を受け入れてしまった。そして、今日に至ったのだ。
ドラゴンズが勝って嬉しすぎるので、書き溜めてた分放出だべ
校正は全くしとらん




