旅の始まり
ここまでプロローグみたいな感じです。
ノープランで進めてるせいで話が全く進まない。
マーガレットとの出会い以降、大抵の物事は上手く行った。商業ギルドの一員として登録されたことで与えられた「バッジ」は提示するだけで信用を示せるらしく、身元をしつこく聞かれたり質問を質問で返されたりすることが目に見えて少なくなった。
そして満月の夜、俺は買いためていた荷物をまとめ、リーカとの合流地点に行ったのだった。
「あっ、ジュンキさん……!? もう来てたんですかっ!?」
彼女の笑顔───破顔の表情というべきか、まるで飼い主と再会した犬のように舟から飛び降りてこちらに駆け寄って来る。どうやらすっかり懐かれているようだ。一応俺の方が年下ではあるのだが。
「今来たところだ。リーカはそっちで変わりなかったか?」
「はい!! ……ちょっと、寂しくはありましたけど」
「ごめんな、寂しくして」
俺は彼女の頭をわしわしと、掴むようにして撫でまわした。
「へ、へへっ……くすぐったいですっ」
「じゃあ早速戻るとしよう。……こんな夜遅くに来てくれてありがとう」
「ジュンキさんのためならどこにでも駆けつけますよっ♪」
───そして日が昇る前に俺たちはリーカの生活拠点に戻った。さすがに眠そうな彼女を見て互いに眠りに付くと、起きた時にはほとんど昼だった。
一足先に目を覚ました俺が街から持ってきた荷物の整理をしていたところ、リーカはその長い睫毛を微かに上下させ、大きく伸びをして身体を起こした。
「ふわぁ……ジュンキさん、おはよう……? ございます」
「朝早くはないが、おはよう。リーカもよく眠れたか?」
「もちろん!! それに、なんだか良い夢見た気がします」
「それは良いことだ」
良い夢、か。この世界に来る少し前から悪夢続きの俺にとっては羨ましい話だ。とはいえ、起きている時の情報を整理して見せている幻が「夢」だ。俺と出会って起きた変化で良い夢を見てくれているのなら、それは喜ばしい話でもあるのかもしれない。
「朝食用意しますね。もう昼ですけど……」
「いや、ちょっと待ってくれ。食べ物ならあるぞ」
俺はパンとリンゴを取り出した。いつも魚ばかり取っていても退屈だし、栄養バランスも偏るだろう。これはリーカに贈るプレゼント第一号だ。彼女は目を大きく見開いてそれらを見た後、目を細めて喜んだ。
「わぁ……!? ありがとうございます!!」
「おいおい、元はリーカの金だぞ? 感謝するのは俺の方だ」
「でも、私じゃ買えなかったから……」
「これからはいくらでも俺が買ってやる。とはいえ、自分で稼いだ金で買ってやりたいところだがな」
彼女はリンゴに噛り付き、パンを貪り食った。行儀こそ良くはなかったが、咀嚼の最中も「美味しいです!!」と時折言ってくれるのが嬉しかった。まさに、可愛い孫に餌付けする爺さんの気持ちだ。
しれっと俺も飯を食べ、腹ごしらえが済んだところで本題に移る。
「話がある。俺の素性と目的、そしてこれからの方針についてだ」
しっかりとリーカの方に向き直って、真っ直ぐその瞳を見つめる。彼女も俺が何か大事な話をすると察してか、そわそわした様子で視線を泳がせた。
「まず、最初に俺は記憶喪失だと言ったが……あれは嘘だ。俺はこの世界とは別の世界から来た」
「……?」
どうしたものか、突飛な話過ぎてピンと来ていないようだった。順序だてて話していけば何とかなると信じよう。
「俺はこの世界の歪みを解消するために行動しているんだ。この世界の創造主、女神ヴェリオッタって奴に命令されてな」
「……ヴェリオッタ様!? ジュンキさんは女神様に会われたのですか!?」
リーカは驚きの表情を浮かべる。しかし、待てよ……。帝国内で信仰されている宗教はマグヌス教で、その教義にはヴェリオッタという名前は出てこないはずだ。なにしろ彼らは一神教で、女神など信じているはずがない。
「あ、あぁ……そうだが。何故リーカはアイツのことを知ってるんだ」
「私たちグランペはヴェリオッタ様の加護を受けています。マグヌス教の教えに逆らう訳じゃないですが、私にとって一番偉い神様はヴェリオッタ様なんです」
なるほど、どうやらグランペと呼ばれる人々は単なる社会階級だけでなく異教徒として迫害を受けているようだ。それにしても、創造主の名前を知る人間が世界に居るとは、あの自称女神も自己主張の激しい奴だ。
「とにかく、ヴェリオッタは今の世界が争いや憎しみで満ちていることを気に入らないらしい。そのために俺はこの世界に送られ、こうしてリーカと出会ったということだ」
「ヴェリオッタ様がジュンキさんと私を巡り合わせてくれたのですね……!?」
「ま、まぁ……そういうことになるな。幸運になる加護とやらも貰ったらしいし、その結果の出会いだ」
「ジュンキさんも女神の加護を!? ……嬉しいですっ。まさか、ヴェリオッタ様を信じる仲間がグランペ以外にも居ただなんて」
彼女は喜びのあまり目の縁に涙をため始めていたが、喜ぶのはまだ早い。というより、彼女にとっての本題はこれからなのだ。……あと、俺は別にアイツを信じてはいない。
「俺は最初に、グランペを無くす……ないし、グランペのまま他の人と同じように生きられる社会を帝国内に……できなければ帝国外にでも作る。そのために君の力が必要だ……リーカ」
「えっ、私!?」
「ヴェリオッタは幸運の加護で最初に俺たちを引き合わせた。そのこと自体に意味があるとすればリーカは俺にとって必要な人間だということだ。……多分」
「必要……私が……」
リーカは噛みしめるようにして、必要という言葉を何度も繰り返す。徐々に表情が綻んでいく。
「ジュンキさんには私が必要なんですね!!」
「そうだ。何度でも言おう、リーカが必要だ。そのためにプレゼント第二号を用意した」
俺は用意していたプレゼント第二号……彼女のために買った、女の子らしい可愛い服装の数々だ。……問題は、前の世界から一度も女の子にプレゼントを贈ったことがない俺自身の感性では服飾の良し悪し等分からないことだが。
「わぁ……!!」
リーカは目を輝かせてそれらを見つめる。……心配せずとも、俺からのプレゼントとあれば何でも嬉しそうだな、と正直思ってしまった。だが、このプレゼントを贈ったのは何も彼女を喜ばせるためだけではない、本来の目的があるのだ。
「でも、良いんですか。こんな貴族のお嬢様が着るような服……私、グランペだから外でこんな服着れませんよ」
「問題ない。これからリーカには……外の世界でこの服を着て、グランペということを隠して俺と旅をしてもらう」
「……ば、ばれたら極刑ですよ」
「大丈夫だ。仮にバレたとしてもリーカだけは逃がせるように手配しているし、俺は死んでも無事だ。元の世界に戻るだけだからな」
実は、マーガレットが街を出る前にいざという時にリーカを保護してもらう約束をしてもらっていた。これは真実だが……俺が無事に生き残れるのは、さすがに大嘘だ。元の世界に戻ったところで死体になってるはずだから……。
「いえ、もしそうだとしても、ジュンキさんが死んじゃうのだけは、許しません。だから、私が同行して───あなたを守り抜きます」
リーカは幼げな顔立ちながら、凛とした表情でそう言い切った。初めて出会った時俺が彼女の手を取ったように、今度は彼女が俺の手を取って真っ直ぐと瞳を見つめてきた。
「……頼もしいな。だが、女の子に守られてばかりな生き方をするつもりはないぞ」
「私、強いんですよ? いいから、ジュンキさんは私のことだけを信じて守られてくださいっ!!」
「は、ははっ……」
───こうして、リーカと共に旅立つことが決まった。異世界に来てばかりで右も左も分からない生活とはおさらば、これからは本当の「戦い」が始まるのだ。
「───あっ、ジュンキさん!? この胸に付けるしたぎ……? どうやってつけるんですかっ!!」
「ちょ、ちょっと……服を着ずに前を向くなっ!! とりあえず背中向けてくれっ……!!」
世界だけじゃなく、世間知らずの女の子との戦いにもなりそうだった───。




