2週間後
ボックスがセントラルビルの社長室に訪れる。机の上に足をかけて椅子に沈み込んだ奈須玖、周囲の床に空ビンが転がり空のグラスで一杯なった机。片手にはまたグラスワインをあおっていた。
「様子を見に来れば、ずいぶん出来上がってて。お体に悪いですよ」
声をかけられ始めてボックスの存在に気が付いた奈須玖は、真っ赤になった顔でろれつの回らない口でうめいた。
「うるせぇよ。それでお前たちのやりたいことってのは済んだのか?」
「未だに抵抗している輩が居ますが、おおむねうまくいっています」
「そうか。とっとと済ませろよ。俺は疲れてんだ」
「そういわずに、そのうち慣れますよ。それとまだ手も完治していないのですから、痛み止めもきちんと飲んでください」
ボックスが退室してから奈須玖はフラフラと立ち上がり窓の外を見渡す。
「これを慣れろってか? ははは……」
眼下に広がるのは崩壊した建物と巨大な黒い触手がうごめき、その周囲をマテリアルハザードの群れが蠢いている。
ボックスに聞けば答えが返ってくる。既に邦人居住区に居る生命のほとんどは異分子やコストとして抹消され、人ならざる者の価値観によってすべてが判断されていく。
住居が姿を消して瓦礫の中から這い出てくる柱のような蛇、巨大トカゲ、獣が跋扈して更にその数は日に日に増えている。モビルマテリアルが増産されていっているのだ。
地獄すら生ぬるい、死の概念が地上を覆いつくしたような錯覚を覚える。旧体制の残虐行為も強烈な秩序の上にあったが、制御不可能で理解できない黒い鉄の塊共が自らの秩序で蠢いていることに恐怖を感じざるおえなかった。
2週間。邦人居住区全域で起きたマテリアルハザードの大量発生は瞬く間に邦人達の9割以上を殺傷してしまうと、人々はセントラルビルに押し込められてしまう。
奈須玖にはそれ以外知らない。誰が生き残っているのか、今生きている人間がどれだけいるのか。勝手に地下から湧き出た輩は自分が何かをする前に事を終えてしまっていた。
自分が欲していた社長の座は手に入った。だが、何も出来ない。ましてやこの事態は。
「俺のせいじゃない……」
つぶやいた自分に気が付くとその場で腹の中身を吐き出してしまった。
……
社長室から出たボックスは出待ちしていた児扶を見つけると親しく話しかけた。
「彼はずいぶん重症のようだが、あなたは涼しそうな顔をしているね」
「……私はただ、家族を守れたらそれでいい」
「意外な願望だね。前のあなたは腐敗的な支配層の一人だと思っていたよ」
「娘とその婿を失って目が覚めただけだ」
「まぁあなたが協力してくれる限りここに獣達を入れるつもりはないよ。あなたがここを守ってくれているからね」
露骨な釘差しにも動じず児扶は「分かっている」とだけ返すとボックスはエレベーターに乗り込んだ。
「それでは。就任おめでとう機構長官。あと社長に何か報告するなら無駄だと思うよ。酔いつぶれてまともに指示も出せないからね」
エレベーターの扉が閉じる。そう言われても児扶は無言で社長室に向かっていった。
一方でエレベーターの中に居るボックスも一言ポツリと零した。
「気に入らんね」
憂さ晴らしに通信を開くと地下のラボに接続する。相手に接続を拒否する権利はなく。ボックスも自分の家にある家電を起動するかのように躊躇しない。
映し出される機械に囲まれた部屋。その中央には床と天井を貫く一本の柱のようにガラスの円柱と壁のモニター前に座る鋼埼が映される。
……
「生体端末ルーム」
そう名付けられた部屋だけで活動を許された鋼埼は端末の前でずっと居座りプログラムを組んでいた。
「あの野郎……」
鋼埼が悪態をついたのは目の前にあるプログラミングが手で打たれ、目でチェックしなければいけないからだ。支援ソフトですらボックスは自分の目的外の事には使わせてはくれない。
振り返りガラスの円柱を見る。高密度の泡によって真っ白い牛乳のような液体に満たされ影しか見えないが、囚われた衛利の存在を示していた。
生体を常に清潔で理想的な状態に保つ最も適切な状態を維持され、体としては最も幸福な場面なのだろうが。頭の中は限界を超えた【知恵の実】との接続深度、ボックスの入力端末としての自我の抑制プログラムに蹂躙され、生きたパーツとして眠ったまま一生を過ごすことになるだろう。
(もしかすれば……)
すぐ鋼埼は考えを振り払う。その方が衛利の幸せなのかもしれない。等と言う考えは絶対に彼女が激怒するだろう。
なぜなら絶対に嫌だと言うのは分かり切っていることだ。ミングの反乱の時に泣きながら自分を投げ飛ばして言った。
意思を確認していない。同意のない運命は受け入れたくない。
「……」
だが、衛利は必要なくなるのも怖いとも言っていた。
鋼埼は再びモニターに振り返り作業をこまめに保存する。今の衛利の脳内は無理詰め込んだソフトウェアによって無意識に多大な苦痛を味わっている。
それで発生する多大なストレスをボックスは薬物で無理やり抑え込んでいるが、このがんじがらめなプログラミングを適切な形にあえてしないのか、それとも出来ないのかを鋼埼は図りかねていた。
すると部屋にある小さなスピーカーから音声が出力される。
『やぁマスター。順調かな?』
「ボックスか。何の用だ」
『ただ様子を見に来ただけさ』
「残念だが特に何もないぞ」
『まぁせいぜい(生体CPU)のために頑張ってくれよ』
「その呼び方はやめろ」
『おや? 機嫌を損ねてしまったかな』
わざとらしくおどけて見せるボックス。
『だが、今の彼女は部品なんだよ。私が知恵の実を従順に操作するためのね。生体CPUと何が違うんだい?』
「どうもこうもねぇよ」
『ふん。理屈で反論すらしなくなりましたね、あなたは昔より劣化した。今では私の方が上のようだ』
「そうだな」
『張り合いのない』
不機嫌そうに通信を切ったボックスを気にせず鋼埼は再び作業に戻った。
遅くなって申し訳ないです。休日に時間が取れないので短いですがこれにて投稿です。




