疲れ
ナムルと羽今は舞台の上で残りの汎用フレームに囲まれていた。時間は深夜で眠気も襲ってくるが緊張状態や、開けた穴から気圧が漏れ出して少し強い風が発生し、眠たいのに眠れない状態が徐々に体力を奪っていく。
奈須玖は自身が考えていたより減らされた戦力を鑑みて一部の人質を解放し、現役議員等のVIPを管理しやすく一か所に集めて拘束していた。
解放と言っても締め切った舞台の外に出しただけである。外に居る柿種の部下の手を少しでも煩わせるならそれでいい。一人でも児扶の方から引き抜かなくてはならない。
止血キットで処置され包帯が巻かれた手を見ながら、人知れず微笑む奈須玖。
(我々は常に客人共を処刑できるようにしなくてはならない)
柿種はもし人質の処刑を始めたら全力で止めに来るだろうから、迅速に鎮圧できる規模の戦力を張り付けておくしかない。仮に被検体2番によって削られた戦力があったとしても、柿種の部隊の突入に耐えることなど不可能だっただろう。
元より縮小されていた警察機構が、この1年間の損害で更に規模を縮小せざるを得なかったのだ。今起きているこの争いでほぼ二分され、再び難民たちの蜂起や運動が活発化するとも限らない。
早急に終わらせたいのは奈須玖も一緒だった。
奈須玖は取り出した電子タバコのスイッチを点けると、口に加えて水蒸気に内包された鎮静剤を吸う。
ポケットの端末から【知恵の実】との対話アプリを起動する。そこにある言葉には奈須玖の採るべき行動が詳細に記載されていたが、それは事が起こる前にすることであって。「今現在。これからどうすればいいのか」と言う問いには答えが来ない。
すぐさま返事を返す【知恵の実】から一切返信が来ない。それだけなのに妙に奈須玖はそわそわしている自分に気が付いた。
「クソッタレ」
これでは政治家共と一緒ではないか。自身が嫌悪してきた決定だけしかしない惰弱な人間共と何が違うだろうか。
そう自身を律した奈須玖は電子タバコを思いっきり吸った。
―――
柿種は指揮所で指示を出した。
「ユリアスをポイント7-8戦域A小隊の支援に。7-4戦域のC小隊は前進してくれ」
児扶との戦況は柿種が優位に立っている。ユリアスの存在が戦況を打破し、3番と名乗る外部協力者がセントラルビル付近に居る敵性戦力を早急に無効化してくれたのだ。
それだけではない。柿種はある決断を下した。
奈須玖の居るホールから、戦力の大半を引き抜いたのだ。
奈須玖は外の状況が分からない。だが、奈須玖自身が手元にあるのが重要な人質であると認識しているのだから。もし人質を殺そうとすれば即刻鎮圧出来る相応の戦力を張り付けるはず。
……と推測しているだろう。
実際そうなればすぐさま突入し鎮圧を図るのだが、奈須玖の目的は自身が実権を握り政策を転換することで、そんな自ら死のリスクを招くようなことはしない。
そうであれば。今現在一番の脅威は児扶課長が率いる対難民強硬派の部隊だろう。セントラルビルを占拠し、奈須玖を救い出そうとするようだが、戦力は300人程度しかない。
柿種の戦力はおよそ250。30をホールに張り付けているから残り220人が警察機構庁舎まで進軍している。ユリアスの突破力に助けられているが、それでも前進はかなり遅い。庁舎にあった装甲車や爆撃ドローンが全て敵に回ったのだから仕方がない。
(しかし……)
腕を組む柿種は先ほど現れ衛利を撃破した【知恵の実】の意思の代弁者の存在を考えた。あれはいったい何者なのだろうか?
そもそも【知恵の実】はいったい誰の味方なんだ? マテリアルハザードだって本当にハッキングなのだろうか?
そんな嫌な考えだけが浮かび、それを引き裂くようにオペレーターが叫ぶ。
「独立捜査官!」
「どうした?」
「4足型マテリアルハザードが出現しました!A小隊、戦域8-5です!」
「ユリアスを呼び戻せ。他では発生していないか?」
「残りの小隊からは何も」
「A小隊は被害を食い止めろ。応援が来て……」
言葉が不自然に途絶えて全員が振り返り目を見開いた。うずくまった柿種は激しくせき込み苦しそうに背中を震わせる。
「柿種さん!」
駆け寄った部下の一人がうずくまった柿種に近寄る。抑えていた手のひらを見た柿種は舌打ちをする。
「こんなときに……いや。こんなときだからこそか」
体から力が徐々に失われていく。
(だめだなこりゃあ)
これまでずっと休みなく働き、たくさんの部下の死や立場に追われ柿種は体が破壊されたことに今気が付いた。
周りの部下が名前を呼ぶが曖昧な返事しか出来ない。
これで死ぬとも思えないが、士気は確実に落ちるだろう。もう少し養生すればよかったと嘆いても遅い。
ぼうっとしてくる柿種の頭に諦めの文字が浮かんでくる。ここまでしたのになぜ我々はここまで苦しむのか。部下に指揮を引き継ぐように言い渡そうとした。
その時だった。
『聞こえますか? この放送を聞いている全ての警察機構員に告げます』
女の声がオープンチャンネルで聞こえてくる。
『ただちに戦闘を辞めてください。繰り返します。戦闘を辞めてセントラルビルに集結してください。今倒すべきは奈須玖執政員です』
「この声は」
オペレーターの一人がつぶやく。
『私は二鏡仁美。二鏡継正の娘です。我々は、もうこりごりのはずです。こんなことには』
「……」
『私は今からセントラルビルへと赴き。奈須玖執政員の元へ行きます。そして彼に説得します。これ以上の混乱を収めるようにと』
―――
警察機構庁舎のあと一歩まで迫ったA小隊。彼らの前に立ちふさがったマテリアルハザードが彼らに牙を向けて襲い掛かる。
だが、相手は一方的に虐殺されてきた難民兵達などではなく、最新鋭の武装を持った精鋭だった。
ライフルの銃身下に懸架されたグレネードランチャー機構から射出される杭で一斉射撃すると、デフォルトブレードと同じ材質で出来たそれは。遅い弾速によって弾かれるより先にマテリアルハザードの獣の体に食い込み周囲の構造を崩壊させていく。
しかし、無力化したのは一体だけで更に複数体が現れて襲い掛かる。パワーライフルを普通の人間に持たせるように再設計したカービン銃が火を噴く。
一斉射撃されれば流石にパワーライフルのストッピングパワーに抗いきれずに、モビルマテリアルが剥がれ落ちていきコアを破壊し撃破される。
それも一体だけの話。もう一体を目前にした隊員は覚悟を決めて手りゅう弾に手を伸ばす。
噛みつかれる直前に獣の首が飛んだ。
着地する白い外骨格は手持ちの槍で更に獣の体を貫くと串刺しにされたコアが火花を上げる。
「大丈夫か?」
「ああ、助かった。白い閃光」
礼を言いながら手りゅう弾をしまう隊員の一言にあっけにとられながらもA小隊の前進していくのを見送る。
「白い……閃光。なんだそれ」
少し気恥ずかしそうにしてからすぐさま戦いの目に戻るが。
「?」
おかしい。柿種からの指示が来ない。
(どうした? ぼうっとして)
振り返ると3番が走り寄ってきていた。
(お前こそ、なんでこんなところに)
(豆腐周りの敵は排除したから上がってきただけだ)
会話可能な距離になりユリアスは口を開いた。
「おかしい。指揮所から指示が来ない」
「自分で確認したのか?」
はっとして自分から通信を開くユリアス。
「こちらユリアス。A小隊の救援完了。指示を」
『こちら指揮所。今柿種独立捜査官は出られない。代わりに指示を出す。このまま警察機構庁舎の攻略に移ってほしい。以上だ』
「了解」
柿種が出られないことが少し引っかかるが通信を切ったユリアスに3番は問いかけた。
「なんて?」
「このまま本丸を叩く」
「じゃあ行こう」
歩を進め始めたユリアスに3番はもう一つ質問する。
「ところでさっき白い閃光って……」
その瞬間ユリアスはすぐさまイオンスラスターをうならせて飛び去った。
「あ、おい!ずるいぞ!」
川泳ぎからマラソン。戦闘までこなして少々疲労した3番はその体を鞭打って疾走するしかなかった。




