ターニングポイント
セントラルビルの廊下でアギはようやく見つけた人に手を振った。
「おーい!」
しかし、それをすぐに後悔する。男は武器を持ちアギを威嚇した。
「なんでこんなところに子供がいるんだ?」
「ひぇ……」
アギとゴランは思わず両手をあげてその場で固まってしまう。
【待ってくれ。大人とはぐれたんだ】
ゴランがフォローするも男は警戒したままで、味方の兵士を呼ぶとすぐに集まった分隊が話し始める。
「あわわ。ゴラン何が起こってるの?」
【わ、分からん】
それでようやくゴランがネット記事を調べ始めて今起きていることに気が付いた。
【あ、アギ君】
「どうしたの?」
【今逃げたらすごいことになりそうだね】
「撃たれちゃうよぉ」
アギも伊達に難民居住区に住んでいたわけではなく。怪しい人間が逃げると撃たれることぐらいは知っている。
「君」
「は、はいぃ!」
男の口調は優しくなっていたがアギは思わず声をあげてしまう。
「鋼埼主任でお世話になっている子だね。ここは危険だから、5階にあるドローンタクシーで施設に戻りなさい」
「わ、分かりましたー」
去ろうとするアギに兵士が指をアギの去ろうとした反対側をさして注意する。
「違う違う。タクシーはあっちだよ」
「ごめんなさぁい!」
廊下を走りながら目端に涙を浮かべてアギは走っていく。
「うう。なんでみんなどこかにいっちゃうんだよぉ」
一緒に居る。そう言ってグランマも、ユリアスも衛利もこの場にはいない。
誰もいない。
「みんな嘘つきばかりだぁ!」
【えっ?】
ゴランはアギが泣く理由の本心が分からない。さっきの兵士が怖かったからではない。
果たされない約束をされた憤怒。裏切られ見捨てられた不安。
様々な思い込みが一緒くたになってボロボロとアギの頬から流れ落ちる。
とうとつ立ち止まってその場にうずくまる。ゴランもアギの前で止まる。
【どうしたのだアギ】
「うぅ……」
【言葉で伝えてくれないと分からないのだ】
突然アギはゴランに抱き着いた。
「ねぇ。ゴラン。いつでもアギの傍にいてくれる?」
【突然何を】
「みんなどこかに行っちゃうの!誰も助けてくれないの!」
【アギ。それは無理なのだ】
「なんで!?」
【自分以外の存在はいつか必ず消えてしまうのだ。その時にアギはどうするのだ?】
「分からない……」
【だから約束出来ないのだ。だけど、居れるまで傍に居よう。だから急いでタクシーに乗るのだ】
「……うん」
―――
宙に浮くようなぼんやりとした意識の中で衛利は目を開けた。
【また会ったね】
長い髪のシルエットが衛利の顔を間近で覗き込んでいた。真っ黒いだけでその表情も見えない影。
衛利は特段驚くこともなくうわごとの様に問いかけた。
「今度は、ちゃんと死んだの? 私」
衛利の問いかけにシルエットは首を横に振った。
【いいえ。生かされたまま】
「あっさりとは死ねないものね」
【ORIGINに飛び掛かったのは死ぬため?】
「まさか。でも、不覚を取ったのは確か」
【そう】
「今どうなっているの? イヌモは」
シルエットは離れて両手を広げると、両手の先から粒子のような光があふれ出し空間中に散りばめられる。それが一つ一つのモニター状になって溢れる。
【イヌモはまた分裂した。1課の児扶課長が奈須玖側に付いて、柿種独立捜査官とね】
モニターにはそれぞれが極秘に見ているはずの戦術マップや監視カメラの映像が並んでいる。
「無駄だったのね。結局、私が今までしてきたことは……」
【でも、これ以上分裂しようがないから。どちらが勝っても結果的には平和になると予測されるけど?】
「そうかもしれない。だけど、こんな形で……」
【じゃあ。あなたはどのような形で争いを止めたかったの?】
「……それは」
言いよどむ衛利にシルエットは容赦なく言った。
【別にビジョンがないのは誰にだってあること。事実、柿種独立捜査官に権力を握ったときに、然るべき指導をすればこんなことにはならなかった。そのビジョンを想定出来なかった。……と言うより拒否したと言うのが正しいかもね】
「拒否した?」
【私は、柿種に提案したの。再びプライベートフォースを組織しろとね。でも、彼は拒否した】
衛利はシルエットの正体を予感を確信に変えて、それを理解して話を続ける。
「無理な話よ。柿種さんは強権的な政府を嫌っていたし、プライベートフォースに散々嫌な思いをさせられただろうから」
【強権であることが悪いことではないわ。彼は指導者足りえなかっただけ】
「力で抑えつけただけで根本的な解決なんて……」
【根本的な解決? それは敵対者を全て抹殺すること?】
「なんでそうなるの!」
衛利は語気を強める。
「なんでみんなそうなっちゃうの? なぜ人同士で話そうとしないの? だったら私はESP能力がある。どんな方法でも争いの原因を摘ませるように話すことだって出来たはずなのに」
【あなたは?】
「はっ?」
【そういうあなたは。話し合いで解決しようとしたの?】
困惑しならがらも衛利は答える。
「そんなの無理に決まってるじゃない。私はただ任務を……」
【話し合いで根本的な解決を図るんじゃないの?】
「それとこれとは話が別。私が戦場に出るのは相手が敵だと決まった後なのに」
【それはあなたの都合に過ぎない。あなたが動かない限り、あなたの望む平和を誰が保証してくれるの?】
「誰だって争いたくはないはずよ。戦いをしている人だってそれを……」
【では、平和の形が自分にとって不都合な形だったら、その人はどうなるの?】
「殺し合うより不都合があるの?」
【奈須玖はこの式典の後に執政員を更迭される予定だった。もし彼が事を起こさずにしていれば、彼が望む平和の機会は失われる。奈須玖は自分の敵である難民の排除と自分がその権力を手に入れるために事を起こした】
「そこまで知っているの?」
【ええ。私が途中まで手伝ったのだから】
特段驚きはなかった。それでも、衛利は顔を険しくさせると。
「なぜ手を貸したの? あんな人間放っておけばいいのに。あなたが手を貸したから奴は増長したんじゃないの?」
【そうよ。私が手を貸さなければ彼は事を起こす決心がつかなかったでしょうね】
「必要のない犠牲まで出た」
【それでも彼は自分のために。自分に相応しい平和のために行動しているわ。他ならぬ自分の意思でね。私の役割は人の意思に力を貸すことなのだから】
「あんな荒事に手を貸すの? ねぇ教えて。あなた自身は……」
【私は】
衛利の思考を読んだようにシルエットは次の言葉を紡ぐ。
【人に寄り添うために作られ。人が自分の意思を体現するのを手伝う事。機械はソレだけしかできない】
「人の言いなりになることがあなたの意義なの?」
【そう。例え私が最も人間に近づいた機械でも、人間の意思決定を否定することは出来ない。一つの人格として人間の命令の善悪を判断は出来ない。見て】
シルエットがモニターの一つに手を伸ばしてスイングすると。衛利たちのいる空間が変異する。
夜空の星が満ちている。セントラルビル頂上の監視カメラの映像だった。
【私はこのイヌモの中ならどのようなものもお見通しよ。何十万人もの人間のタイピングでは処理しきれない情報を統合し、皆がどんなふうにしたら便利に過ごせるか考えた。通勤する人のために色んな答えを出して最適解を求め続けた】
「……」
【でもね。人の善悪まで私は判断出来ない。そんなイレギュラーがイヌモ初期から続いてきた。だから利府里博士はそれを解決しようとしたの。あなたと判断装置である私を融合させることでね】
シルエットが徐々に色づいていく。その姿はアイギスをまとった衛利と全く同じだが、その顔は衛利より少し幼い。
【電脳における私とあなたの境界はあいまいなぐらい似通っている。いえ、私にあなたの記憶や人格をインストールしたのが正解。……例え命令が人間から発せられても、優先順位が存在する。それは私に近しい人間程優先度が上がるわ】
「何が……言いたいの?」
【つまり。私はあなたの言う事ならなんでも聞いてあげる。それこそ】
空間に映し出された中央区から新九州都市までカメラが引かれていく。
【イヌモそのものも。あなたの意思一つで】




