折られた翼
コインガンを引き抜いて構える衛利に、前に立つユリアスはパワーライフルでORIGINを狙いながら言った。
「耳を貸すな。あれに一度下ればもう抗えなくなる」
「言うじゃない。元よりそのつもりだけど」
明らかに強がる衛利はORIGINを見据える。先ほど展開した体の疑似筋力繊維は収束し、元からのシルエットに戻ったORIGINは背中から生える熱線触手の先端の結晶を赤く発光させている。
【注意:エネルギーが充填されています。指向方向に注意】
受信装置の生体CPUと脊髄保護ユニットに、増幅装置を備えるパラディウムが【知恵の実】とのリンクを円滑に処理してくれている。おかげでユリアスは運動神経とパラディウム、火器管制ソフトが噛み合った戦闘能力だけは衛利とほぼ同等の補助を受けている。
ボックスの火力偏重のコンセプトの雷神や、即席で作ったスーツでの戦闘とは違い。今のユリアスは本人のポテンシャルを最大限に高められた状態にあった。
【ユリアス・ホワイト。君も大人しくセルゲイと共にロシアに帰った方がいい。彼も心配しているよ】
「セルゲイは確かに私の上官だった。だけど今は」
最初の体で目を覚ましたユリアスにはセルゲイは上官以上の存在だった。それでもセルゲイと袂を分けたのはシスターグランマを殺しただけでない。
「あの人は最後まで何をしたかったのかを教えてはくれなかったし、理解できなかった。その先に何があるのか、ただ軍務だ任務と言っていったい誰のため命を奪うのかすらわからない。そんな状態で黙ったままでいるあの人が、私には理解できない」
衛利は少しだけユリアスの思考から漏れ出たイメージを拾うことができた。
雪原と煙立つテント。応射してくる男たちや逃げ惑う女子供もまとめて無慈悲に爆炎が飲み込んでいく。それと少しの嫌悪感。
「私はあの人をついていくだけしか出来なかった時とは違う」
【まだまだ。他人に対する理解が甘いな】
ORIGINは腕組みをしてから穏やかに言った。
【なぜ人は不幸になってまで戦うのか。それは何かを愛しているからに他ならない。君は恐らく何かを愛しているから戦うのだろう?】
「……」
ユリアスは答えないが遮ることもしなかった。
【それはセルゲイも同じだ。彼も話せば君だって理解できる理由だろう。私が彼ともう一度話す機会を作ろう】
少し視線が揺れるユリアスに衛利はそれを制するように隣に立った。
「もういい。結局あなたの言葉は額面通りに受け取れないし、その信用にも足らない。特に下層の連中は、ね」
衛利も先ほどの動揺が収まり目の前の敵を見据えるが、直後に横に目だけを動かした。
「白ガキ。この場であらゆる可能性を提示されて迷ってしまうのは私も同じ。でも、情報や確信はどこにもない。決断は今しかできないのに。理不尽ね」
「またありがたいお説教?」
「別に、私はあなたがセルゲイって人のところに行っても良いと思うってだけよ」
ユリアスが驚くと同時に鼻で笑う。
「……冗談。今手元にある確かなモノが守れるなら、それでいい」
【アイギスとパラディウムの同期完了。判断ソフトによる統合戦術構築を展開】
衛利とユリアスの神経がほぼ完全に同期すると、まず衛利が仕掛けた。
かかとから伸びた疑似筋力繊維が衛利の体を押しながら、空中で上から両手のコインガンを浴びせかける。動きが早いが隙だらけの体勢になった衛利に向けて結晶体を向けようとするORIGINだが、その中のいくつかが砕かれる。
【囮か】
飛び掛かる衛利は囮。それに気を取られているうちにユリアスは精密な射撃をORIGINに送る。例え疑似筋力繊維の塊でパワーライフルを持ってしても傷つかない本体を持っていても、精巧な熱線照射機器には直接攻撃を耐える仕様にはなっていない。
パワーライフルに砕かれ、コインガンによって傷つけられ正常な照射機器を一瞬で失ったORIGINは舞台を砕きながら跳躍して衛利に右手を伸ばす。
ワイヤー並みに細くとも人間を吊れる強度を持つ疑似筋力繊維に捕まれれば、重機並みの力をもって人間など容易く丸めて肉団子に出来るだろう。
衛利はイオンスラスターで空中でスピンしてORIGINの右腕をかわすが疑似筋力繊維を展開したORIGINにすれ違った体を絡めとられる。だが、それもユリアスの精密射撃によって、まとまりを欠けた疑似筋力繊維を撃ち抜かれては切断されていく。
【敵構造解析。弱点部をアイギスより送信】
アイギスの量子レーダーが取ってきた構造情報と出てきた弱点を【知恵の実】の戦術AIが優先的な目標を選定し、パラディウムに送られて射撃する。
正確かつ持続的に短距離量子レーダーを使える目と、それを元に安定した姿勢で射撃する銃。一つのシステムとなった両者にますますORIGINは劣勢となっていく。
何度も衛利の体を拘束しようと疑似筋力繊維を伸ばすも、伸ばした矢先に撃ち抜かれていく。強度を確保しようとまとまった疑似筋力繊維は運動性に欠けてとうとう衛利を取り逃がしてしまう。
【ままならんな】
ORIGINは再び跳躍しては、レールカノンを持った汎用フレームからレールカノンをひったくると、舞台に向けて射撃する。舞台の壁の向こう側に穴が開いては月夜が照らす外へと通じていた。
気圧によって風が外へと押し出され、強烈な風がホールに吹き荒れてはガードマン達の死体が放つ異臭が込められた空気が外へと出ていき、それと共にレールカノンを持ったままORIGINは外へと逃げていく。
「逃げるな!」
衛利もすぐ後を追おうとするが、ユリアスが引き留める。
「待って。これはどう?」
ユリアスの思考が生体CPUから【知恵の実】に送られ戦術AIに肉付けされた内容となって衛利に届く。1秒もない時間で提案と理解を終えた衛利はうなづいた。
「分かった」
……
疑似筋力繊維の体はORIGINが思った以上に頑丈だが、その特性と理解は相手が遥かに上回っている。
【やはり本職は違うな】
他人事のように言うORIGINはビルからビルへと跳躍し、その表面を砕きながら飛び移る。少し距離が開いたことを確認すると、先ほど奪ったレールカノンをセントラルビルに開けた穴に向ける。
【……】
しばらく待っても誰も出てこない。ORIGINには二人がてっきり追ってくると思っていた。
ふと、ORIGINはセントラルビルの頂点を見る。ここには現在羽今が、少し前には二鏡啓二が座っていた社長の椅子があった。
【今更叶わぬことか……】
ORIGINが穴に目を戻すと、そこには一つの影が飛び出してきた。
【時間差で出てくるつもりか?】
カメラアイをズームする。カバーレンズが傷ついてもその機能は全く支障はない。
【なるほど】
すぐさまORIGINが飛び退くとその場所にレールカノンが着弾する。
一つの影。それは上にはユリアス。下には衛利。互いに腹の部分を密着させ、疑似筋力繊維で固定し合い。ユリアスのイオンスラスターを推力に、衛利のを姿勢制御に充てた飛翔体として振舞っていた。
ブリッジ状態になりながらもレールカノンを構える衛利は、その銃口をORIGINに向けていた。
【貯蔵バッテリー枯渇。飛行可能時間後30秒】
「一発当てれば」
衛利の苛立った言葉がすぐ右にロールした空気にかき消される。そのすぐ横をORIGINが射撃したレールカノンの弾道が過ぎていく。
「まだチャンスはある」
ユリアスが励ますと猛スピードでORIGINへと迫る。ORIGINは逃げながら撃ってくるが、飛来する二人を止めるには至らない。むしろ衛利のレールカノンによって牽制されたORIGINはレールカノンを放り出しては完全な逃げに徹する始末だった。
「ユリアス。切り離して!」
【シェアエネルギー90%をアイギスに譲渡】
ORIGINへと近づいた衛利の言葉と共に、互いの疑似筋力繊維がほどけてはまるで急降下爆撃のように投下された衛利。デフォルトブレードを引き抜いて必殺の一撃を加えんとORIGINに突進する。
ユリアスは別のビルの上に最後のエネルギーを振り絞って着地し、ORIGINに迫る衛利の様子を固唾をのんで見守る。そして確信を得てにやりと笑う。
(あんな素人のような身のこなしに、避けられるはずもない)
「はぁああああああああ!!!」
衛利がデフォルトブレードを突き出し接触する瞬間。
ORIGINは先ほどより遥かに軽い身のこなしで衛利の一撃を寸でのところで回避すると、軽いチョップで衛利の進路を妨害した。
「なっ!」
勢いを殺しきれなかった衛利は天井に叩きつけられながらも、受け身とアイギスのイオンスラスターによってなんとか重傷を免れた。すぐ立ちあがろうと四つん這いになった衛利に、既に接近したORIGINはその腹をけり上げる。
【先ほどボックスから戦闘用ソフトウェアが届いたよ。最初からそうすれば良かったものを。つくづく他人に対して猜疑心の強いロボットだな】
転がった衛利の両腕を掴むとおもちゃのように持ち上げ。
【ふん】
ORIGINのでかい両手の指の隙間から破裂音と赤い液体が噴き出す。
「っ!……」
両腕を潰された衛利は反射的に痛みをこらえるが、ORIGINは更に疑似筋力繊維を展開すると、それはもう一組の腕となって衛利に絶え間なくボディブローを叩き込む。
一発ごとに嫌な音が衛利の体から響き、数発でへし折れる音から既に壊れたものが更に潰されるような音へと変わっていく。
「衛利!」
その様子をほぼすべての貯蔵エネルギーを使い切り、他のビルの上からユリアスは見ることしかできない。それをあざ笑うかのようにORIGINはカメラアイをユリアスに向けて衛利を高く掲げた。
【便利なものだなソフトウェアの補助があるのは】
うっぷんを晴らしてご満悦になるORIGIN。激しく生理的な痙攣をする衛利を離し横たわった衛利から、破壊された皮膚や内臓からの出血がアイギスの奥から染み出していく。
【……全くまだ生きてるのか】
微弱でも生体反応を確認されると、その首を掴かもうと手を伸ばした。
その時だった。投擲された鉄パイプと狙撃銃弾が同時にORIGINの頭部に着弾する。
≪ユリアス・ホワイト。被検体2番を連れて脱出出来るか? すぐにでも処置が必要だ≫
突如入る無線。その声の主にユリアスは聞き覚えがあった。
「お前は、3番か? なぜこんなことを?」
≪後で教える。援護するから被検体2番を連れて逃げろ。ちょうど偶然にも別のゲストも来てるからな≫
「別のゲスト?」
ユリアスが見渡すと、ORIGINの目の前には例の首のない汎用フレームが仁王立ちで立っていた。




