平穏への誘惑
大きな音を立てて破壊された扉。ホールにいる全員が振り返り、奈須玖と彼が従える汎用フレームも一斉に銃器を構えた。
「突入か?」
焦りながらも奈須玖は視線を羽今とナムルに向け。いつでも射殺出来るよう4体の汎用フレームを確認する。これなら1体が機能停止した時点で他3体が羽今とナムルを始末するだろう。
最も複数同時に、かつ初撃で4体を機能を止めるような攻撃は被検体2番でなければ無理だろうし。それが見えたらもうしかたのないこととして2人を射殺する。そのつもりで奈須玖が扉をにらみ続ける。
だが、そこに現れたのは全く予想だにしない存在だった。
第1印象は赤い単眼の巨人。疑似筋力繊維に覆われた有機的な物を一切感じさせないその体があらゆる人々をそれだけで圧倒した。
あっけにとられて正気に戻った奈須玖は舞台に近づくソレに銃を向けると警告を出した。
「これ以上近づくな!この二人がどうなっても」
【撃たないでくれ。私は君を応援しに来たのだよ。奈須玖執政員】
「どういうことだ?」
意外な言葉に怪しみながら銃を向け続ける奈須玖。ORIGINは右手で奈須玖を指すと言った。
【私は知恵の実の意思だ。君がイヌモの総帥にふさわしいと正式に伝えに来ただけだ】
この場にいる全員が息をのんだ。目の前にいる機械が本当に【知恵の実】の意思なのだろうか? 誰もが真偽を確かめるすべはないが、この目の前に現れた巨人は【知恵の実】の意思を宿すには相応しい威圧感を持っていたのは確かだ。
そしてこの場だけではない。今現在それは世界各地に中継されているのだ。九州はもちろんほぼすべての人間がそれを見ている。
ORIGINは舞台へと上がると奈須玖の前に歩み寄った。
【奈須玖執政員。君にイヌモすべての権限を委譲する。これは知恵の実の決定した事項だ】
すべての人間に聞こえるように宣言するORIGIN。
「は、ははは。見たか!」
全くの予想外の出来事に困惑しながらも勝ち誇った奈須玖は先ほどの威勢のよさを取り戻すと、再びホールを見渡した。そして警察機構が派遣したドローンをにらみつけると銃口を向けて言った。
「柿種余里!降伏するのはお前の方だ!【知恵の実】は私についたぞ」
そう宣言した。その直後に。
【隠れていろ。敵が来る】
ORIGINは唐突に奈須玖に言い渡してから5,6歩離れると、カメラアイは先ほど柿種が脱出した穴を凝視する。そこが仄かに青白く明かりが近づいてきていた。
【思ったより早かったな……】
飛び出した黒い影は体から青いスラスターを吹かしながら空中で姿勢を制御し通路に着地する。
ゆっくり立ち上がりながら両手にコインガンを持った衛利はORIGINに視線を外さないよう通路を歩く。
「やれ!羽今達を!」
奈須玖が汎用フレーム達へ放った言葉、それが実行される前に1秒の隙もなく羽今達を囲んでいた4体すべての汎用フレームが、中枢である脊髄を正確にコインガンによって撃ち抜かれ機能を停止する。
ESPである衛利には奈須玖の行動は手に取るように分かっている。
「く、くそ」
奈須玖自身が羽今達に拳銃を向けようとした瞬間にその手はグリップごと真ん丸の穴を空けられる。突き抜けたコインガンが壁に着弾して少し遅れて拳銃と鮮血が奈須玖の手から零れ落ちる。
悲鳴を上げながらのたうち回る奈須玖に一瞥もせずORIGINは衛利を見据えると背中の一部の疑似筋力繊維を4本の触手のように展開し、その先にある結晶体が赤く光りながら衛利へと先端を向ける。
衛利の脳の生体CPUを介し【知恵の実】が警告する。
【警告:光学照射兵装。ロックオンされています】
「光学カメラジャミングを」
(すぐ撃たない? 他人を巻き込むつもりはないか)
ORIGINが映すカメラアイの映像が少し乱れる。すぐさま対策ソフトが処理を行うが、アイギスのイオンスラスターから不可視の光が発せられORIGINの視覚情報と火器管制システムを阻害する。
ORIGINのカメラアイの奥が動作がしきりにぶれて落ち着かない様子を見た衛利はすぐさま観客席までかがむように疾走する。見失ってくれるのを期待しているのではなくORIGINが撃てば確実に人質が死ぬように移動している。奈須玖と同じように無暗に人を巻き込まない戦法を取るなら撃てないようにすればいい。
舞台の上にいるORIGINは特段何をするわけでもない。ただ誰にも聞こえない程度にスピーカーでつぶやいた。
【変わったな被検体2番。3年前はもっとかわいらしかったんだが】
接近する衛利は人々の隙間からグレネードをORIGINに向けて投擲する。舞台の床に転がったグレネードからORIGINが飛び退いた瞬間。強烈な閃光と煙が舞台を包み込む。
カメラモードを切り替えたがもう遅い。衛利はORIGINの目前に迫りながらデフォルトブレードを引き抜いて、その顔面に突き立てようとする。間一髪でかわすと一本の触手から赤い高熱の熱線を衛利に浴びせかける。
未来予測のような反射速度で身をひるがえして熱線を避けると一回転して再びデフォルトブレードで顔面を狙って切りつける。
【やはり強いな】
ORIGINは驚嘆すると一瞬。そのシルエットが巨大化する。
「っ!」
疑似筋力繊維が筋に沿って裂け、露出したのは更なる疑似筋力繊維。それもまた裂けてORIGINの体は細い触手を体中から生やしたような姿となる。
無数の触手が衛利の体や振り下ろす腕を絡めとるとデフォルトブレードの斬撃も止められる。一瞬で四肢を拘束され体にも縛られた衛利がORIGINの目の前で磔にされた。
【さて……】
これで本題に入れる。そう思った矢先。ORIGINの目の前に球体状の物が飛んでくる。出所は衛利の口。首の前後の力を使い吐き出された球体がさく裂したのは、床にグレネードのピンが落下したのとほぼ同時だった。
衛利は無防備な顔面を首元の疑似筋力繊維を展開し防御すると、拘束が緩んだところを抜け出してデフォルトブレードを再び構えるがORIGINが反射的に放った結晶触手からの熱線によって牽制され、立て直す時間を与えてしまった。
「ごめんなさいね。ご自慢のカメラにヒビつけちゃった」
挑発する衛利。ORIGINはその特徴的な単眼のカメラアイに入ったヒビを手で触りながら確認する。
【慣れているな。戦い】
ORIGINの言葉に衛利は答えた。
「もちろんよ。あなたは下手ね」
【確かに力不足だな。なにしろ初めて戦うのだから】
「おそらくだけどユリアスと繋がっていた【ORIGIN】かしら?」
ORIGINはうなづいた。
【そうだ】
案外あっさり答えてくれたORIGINに衛利は困惑しながらも質問を続ける。
「それは何なの? あなたたちの目的はなに?」
【言っただろう。私は知恵の実の意思だと】
「ありえない。知恵の実はただ判断するだけ、自分で情報を集めて統計を作り手段を講じているだけ。人間のような意思を宿すことはない」
【知恵の実が集めているのはただのデータではない。君も知っているはずだ。今リアルタイムで生体CPUから送信されていく記憶。それもデータだ】
衛利ははっとした。
「まさか……」
【ボックスは無限に広がる知恵の実の記憶データからまとまったデータをファイル化した。ORIGINはただの知恵の実のプラットフォームに存在するソフトウェアに過ぎない】
「ユリアスから抜き出した時は? 【知恵の実】とは違うソフトウェアのように感じたのは!」
【それは知らんが。おそらく彼女単体のファイルでクローズ環境によって起動していたものだろうな】
知らないことをあっさりと教えてくれるORIGINから感じ取れる余裕に苛立ちながらも衛利は冷静さを失わない。
「さっきから聞いていると。まるであなたがファイル化された誰かの人格のように聞こえてくるけど?」
【さっきそう話してる】
「答えなさい。あなたは誰?」
【ただでは教えてやれないな。条件がある】
「条件?」
【私に下れ被検体2番。抵抗は無意味だ】
「それであなたはどうするの? クライスアーリアのように人類でも粛清でもするの?」
【まさか。逆だよ私の目的は人類を再び宇宙に上らせるために今ある混乱を鎮めようとしているだけだ】
「……信用できない」
【君はね。だけどみんなはどう思うだろう?】
ORIGINがホールの観客席を見渡した。皆二人を見ていた。
【人間にはその数だけ信じたいものがある。君は私を信じない一人に過ぎないのだよ】
「やられた」
その意味を理解した衛利はつい言葉でつぶやいた。
ORIGINが観客を誰も攻撃しなかったのはこのためだ。
【私の目的は強大な力をもって世界に安定をもたらすことだ。そして、人類を永遠のものにすること。私は永遠に生き、この地球がなくなるまで、エントロピーがなくなりビックバンによる宇宙のさく裂が収束し、また一つの物質に戻ってなおもそれを乗り越えるだけの文明に進化させることだ。それをこの世に生きる人々の賛同を得たいだけだ】
ORIGINは衛利に向き直り両手を広げて迎えるようなジェスチャーをして訴えかけた。
【利府里衛利。私と共に来い。いや、何もしなくていい。ただ私の指導する世界で平穏に暮らしを保証しよう】
「……」
衛利はたじろいだ。その時ORIGINに向けてパワーライフルが数発発射される。
「何をしている!」
ユリアスは大声で衛利に呼びかけ。身にまとうパラディウムの両腰にあるイオンスラスターで大ジャンプして空中を舞いながらパワーライフルでORIGINを狙う。紫色の電子推力を吹かすスラスターは両肩にあるフラップの制御も受けると背部中央にあるスラスターを起動させ、一気に舞台まで加速した。
【やれやれ】
呆れたようにORIGINはため息の動作をすると大幅に後ろに飛び退いてパワーライフルの弾道を避ける。
呆然とする衛利の目の前までユリアスは着地する。パワーライフルの銃口はORIGINに向いたままだが、トリガーを握るユリアスの右腕の肘が衛利のみぞおちを小突いた。
「こふっ」
いきなりのことに驚きながらも衛利は今自分が何をしていたかを振り返って急いで戦闘態勢を取る。
「いきなり飛び出したから柿種さんも私に行けと言ったわ。どうしてこんなことを!」
「……」
問い詰めるユリアスが衛利の顔を覗き込むと衛利は無言のままだった。衛利の思考も重い何かが押しつぶすようでまるで読み取れない。しかし、ユリアスは気づいた。
「……あなた」
涙の痕。衛利の頬についているそれを深く追求する猶予は今はない。ORIGINは発光した結晶体の触手をゆらゆらさせながら歩み寄ってくる。




