↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
67/82

やりたいこと

 小部屋に設けられた指揮所。床に置かれた小型機材が浮かび上がらせるホログラムは部屋にいる柿種達、警察員にホールに派遣したドローンの映像を映し出していた。


 そして、ほぼ全員が絶句しながらホールで響き渡る拍手を聞いていた。


「この様子は配信サイトやSNSで中継されていたりするか?」


 ただ一人目をつむりながらつぶやいた柿種に、オペレーター達がすぐさま端末を操作する。


「大手配信サービスは余らず内部から配信されているようです」


「SNSからの配信も既に10万人も視聴が付いています」


 そうか。ぶっきらぼうにそう言って柿種は再び黙り込む。


 もはやイヌモの政情は制御不能に陥っていた。与野党全議員が脅されながらホールの中で奈須玖への賛美の拍手している。この状態でいったい誰が状況を収集出来るだろう? 武力によって権力が完全に屈服した光景が柿種だけでなく全員が忍びない気持ちを共有する。


 柿種が手元の端末から様々な配信サービスに流れるホール内の光景にコメントが流れていく。


『ただのテロリストじゃねえか。警察機構は何してんだ』

『議会制なんて無理だったんだよ。さっさと独裁体制に戻して奈須玖を社長にしろ』

『こんなこと起きるなら米中どっちかに統治してもらった方がよかったじゃないか?』


 そんな色々な考えが交錯する中で、柿種は自分が今の立場を利用することも可能ではないかと考えたりもした。


(だが、それはしたくない)


 あくまで警察は司法的で権力の代行者である。しかし、代弁者自身が権力となった場合に行き着く先は決まって制御不能になってからの滅亡なのだ。反乱後に速やかに法的な存在に権力を返したのもそのためだが、もし柿種が再び権力を掌握するとどうなるか。


「……」


 分かり切ったことだ。もはや誰も柿種が権力を手放すことを望まないだろう。人々は疲れ切っている。出来れば不安な日々を一刻も早く脱出したい。平穏な世界に戻りたい。


 そのために人々は柿種にあらゆる職務と責任を負わせるだろう。


(そうなれば滅びの道は不可避だろうに)


「失礼します」


 柿種が心の中で毒づいた瞬間。小部屋に居る人間達が一斉に振り向いた。白い流線型の装甲を見に纏い、赤寄りの茶髪を耳元まで切りそろえた女性。ユリアス・ホワイトが柿種の傍によって来る。


「被検体2番の任務を引き継ぎます。ユリアスです」


「話は鋼埼さんから聞いているよ」


 互いに握手を交わしながら柿種は衛利と相対するように、頭の中を感じ取られないように別の何かをイメージする。鋼埼からは特に情景をイメージするのが良いとアドバイスを受けてからは黒いマットに置かれた硬い石をイメージする。


「……対ESPの手ほどきですね」


 すぐさま柿種のイメージを見たユリアスは少し悲しそうに握手した手を離す。


「まぁな。誰だって隠していたいことはある」


「ですが。思い浮かべているものによって、相手がどのような状態であるのかも分かります」


「あまり詮索するのはよしてくれ」


「そうします」


 ユリアスはホログラムの方に振り向いてから生体CPUから状況ログを辿る。


「……これは」


「奈須玖を倒したところで、この姿を見た邦人達は再び排外に動き出す可能性がある。まだイヌモには余力が残っていると信じたい人間も多い」


 対処に悩む柿種達。そんなことを知らずに奈須玖は端末を取り出して操作すると、手が空いた汎用フレーム達が動き出し、舞台に仕掛けられたホログラム機器に手を伸ばす。すると巨大な映像を浮かび上がりそこにはチャット映像が表示される。


「何をするつもりだ?」


 つぶやく柿種。


『更に私は【知恵の実】によってその身分を保証されている!』


 チャットの内容。それは【知恵の実】が日々人々と対話するアプリケーションの画面。【知恵の実】の判断AIが日々の会話や困りごとの解決まで支援する。あらゆる機器にも取り付けられており、端末から施設から車まで人々の暮らしをサポートしている。


 その人々が見慣れた画面に映る一文に全員が目を見張った。


【了解しました。あなたのクーデターの為に汎用フレームを揃えましょう。幸運を】


 人々に好意的であり粋なジョークを飛ばすことはあっても、決してふざけた答えを出すことはない。反社会的な提案を使用者がすれば自動的に通報されることを誰もが知っている。


「偽物だ!」


 柿種はとっさに吐き捨てた。奈須玖の端末から送信されているであろう映像を解析し始める。高度なコラージュであることを突き止めなければ、この事態がややこしいことになるのは分かっている。


 拍手はもう鳴っていなかった。誰もが首を傾げながらも徐々に今映し出されている映像の意味を理解し始めた人間が口を抑えていた。


「SNSでもあれを信じるコメントが」


 オペレーターとっさにつぶやいた言葉に苛立ちながらチャットが偽物かどうかの診断を進めている。


(【知恵の実】は既に壊れている)


 鋼埼がこんなニュアンスの言葉を言ったことを思い出す。それでも、まさか奈須玖に手を貸すような真似をし始めるわけがない。そんな願いにも似た言葉がつい出てきてしまう。


「そんなわけないだろ……」


 解析に出たコラージュの可能性がない結果。それは間違いなく【知恵の実】の言葉であると証明してしまった。そして、実際に奈須玖の無謀なクーデターに手を貸してしまったことも。


 ―――


「どうした衛利?」


 アイギスを装着した衛利に鋼埼は声をかけた。彼女の表情はいつもの無愛想が増している。


「なんでもない」


(なんかあったな)


「なんでもないです」


 わざわざ思考言語を使って衛利をつつく鋼埼。だが、一向に衛利の機嫌はよくならない。


「俺はESPじゃないからなんで不機嫌なのかは分からないが。もうすぐ命のやり取りするんだろう?」


「あんな相手。柿種さんがいなければ私ひとりでどうにか出来ましたよ。アイギスもあれば余裕です」


 頑なな態度に鋼埼がポケットから何かを投げ渡す。衛利は突然のことでも特に驚くことなく右手でコインガンの動作を確認しながら、ノールックで左手にそれをつかんだ。眼だけ動かしそれを見る。


「最近。食べてなかっただろ?」


 イヌモ製チョコバー。生チョコのような食感でありながら口の中以外では溶けない戦場食糧。それを見て衛利は露骨に不機嫌な顔になる。


「まだ子ども扱いして」


「子供さ」


「っ……」


 衛利が言葉につまる。鋼埼は何かを思い出すように衛利にゆっくり問いかけた。


「そうだな。別に衛利がこれが本当に好きな食べ物じゃないことは知ってる」


「?」


「司徒が褒美によくあげていたから好きなんだろ」


「今なぜそんな話を?」


 衛利の言葉から遊びが消えた。とうとう本気で怒り始めたのが鋼埼によく分かった。


「俺はお前が抱えているモノを知っている。それが大切なモノであることもだ」


 衛利が鋼埼に振り向いて怒りのまなざしを向ける。


「じゃあどうしてほしいんです? それを捨てて前を向けと? 私は心まであなたに指図される謂れはないです」


「俺には、お前が未だに司徒の死体を抱きしめているようにしか思えないよ」


「放っておいてください!なんでみんな……」


 激高した衛利はチョコバーを投げようとして手を振り上げたがそのまま止めた。その手は震えたまま行き場を失った怒りは歯ぎしりに変わる。


「逆に聞こう。お前は杉奈良先生とどうしたいんだ?」


「いきなりなんです?」


 怒る衛利に構わずに鋼埼は挑発のような言葉を続ける。


「一緒に住んだり。旅行したり。結婚したり。子供をもうけたり」


 ありえない。衛利は断じるように下を向いた。


「そんなことイヌモが……」


「イヌモの誰が許さないんだ?」


 衛利は言葉を先読みされたことに驚くと鋼埼が続ける。


「俺はあの反乱の時にお前が続けるもやめるも自由にしていいと思った。仁美さんの病室でお前に決断を迫った時もだ。今はしかたないかもしれないが、いずれ戦わなくてもよくなる。お前が自分を許せるなら武器を下せるはずだ。お前はもう自由な事に気づくべきだし、イヌモにもうお前がいる必要もない」


「やめて!……」


 衛利は震えた声でその場から逃げ出した。ゆっくり開く自動ドアにすがりつくように体を押し付けながら部屋から出ていく。


「……ははは」


 鋼埼はこみあげてきた何かを笑いにかえる。


「最低だなぁ俺。だが、よくよく嫌ってくれよ。衛利」


 ―――


 密室の中で数十秒で終わるはずであったエレベーターの移動は終わりを告げる。


『緊急事態発生のためにエレベーターの動作を停止します。最寄りのホールから降りてください』


「えっ?」


 アギは不安そうな顔になってからエレベーターを見渡した。エレベーターホールへの扉が開くとアギとORIGINは渋々降りざる終えなかった。


「うー……」


 ORIGINは両手をお腹に当ててもじもじしているアギの様子を見てからすぐさま跪いて背中を指さした。


【乗ると良い。トイレまで案内してあげよう】


「あっ……あの」


 アギは一瞬躊躇したが渡りに船だとも思い。また少しためらった後にORIGINの肩に足をかけて頭部の両端から伸びるアンテナを掴む、アギを肩車したORIGINは気を付けながら立ち上がり、一歩一歩を床を踏みしめる。ゴランも恐る恐るついていく。


「どうしてアギがトイレに行くって分かったの?」


【分かるさ。昔よく見た】


「どこで?」


 ORIGINの長身の歩みはアギの走りよりはるかに早い。ゴランも小型のボディだと付いていくのに必死だ。


【子供がまだ君ぐらいの頃にね。よく外で遊んでいたんだ】


「へぇ。ねぇおじさん。その子と仲が良いの?」


 アギがついそれを聞くと。勝手におじさん認定されたORIGINは愉快そうに話を続ける。


【私は仲がいいと思いたいけど。きっと子供は僕のことが嫌いだと思う】


「どうしてそう思うの?」


 不思議そうにアギは聞いた。ORIGINが少し考えてから口(?)を開く。


【ずっと私は自分のやりたいことのために、子供をほったらかしにしてきたからね。たぶん嫌ってると思う】


「そんなことないよ!」


 反射的なアギの言葉にORIGINはついカメラアイで見上げる。


「アギもね。お父さんやお母さんまだ見つかってないけど。会えたら絶対嬉しくなると思うんだ」


根拠ないが自信たっぷりの言葉。


【そうか……そうかもしれないな】


「だからおじさんもやりたいことが終わったら絶対その子に会いに行ってあげてね」


 言葉の響きが消えるまでORIGINは黙っていた。そして今、肩車している子供がどのような気持ちを秘めているのかを見透かしたように言葉をかける。


【お父さんとお母さん。見つかるといいな】


「うん。お菓子買ってもらう」


【ほら。あそこだ】


 そこは最初にゴランが提示した「子供用トイレ」ではなく。アギでも用を足せる普通のトイレだった。四つん這いになりながらもアギをゆっくり床に降ろす。


「ありがとう。おじさんは?」


【やりたいことをやりにいく】


「そうなんだ。ばいばい」


 呑気で陽気な声をかけてトイレに駆け込むアギと警戒しながらもアギと一緒にトイレに入るゴラン。すぐに巨体を起こしたORIGINは足早に立ち去った。


『この先。文化ホールです』


 音声ガイドがORIGINに呼びかける。


【やりたいことか……】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。