死者との近さ
「飛行ドローン接近」
汎用フレームの音声に舞台上の奈須玖はピクリとしてから最大の人質達から目を外すと、先ほどレールカノンで開いた穴から小さなドローンがホールに侵入していく。奈須玖は呼吸マスクを装着すると右手に持ったボタンに指をかけた。
「これ以上寄るな!さもなくば毒ガスによって俺以外全員死ぬことになる!」
勇ましく宣言した奈須玖にここにいるほぼ全員が恐怖ですくみ上る。中にはガードマン達の損壊の激しい遺体から漂う異臭とショッキングな光景によって精神を削られていた何人かは耐え切れずに卒倒してしまう。
音声スピーカーのみ装着されたドローンからは柿種の冷徹な声が発せられる。
『こちらは警察機構独立捜査官、柿種余里だ。奈須玖執政員。あなたが行動を起こしたのには何か理由があるはずだ。要求を聞こう』
奈須玖は待っていましたとばかりに、拳銃をドローンに向けて威嚇すると大声で叫ぶ。
「俺が要求するのは、羽今党首の辞任と議会の永久解散だ。そしてイヌモの全権を俺に譲渡することだ!」
『っ……』
柿種の呆れた絶句が奈須玖には驚愕の物と映り、さらに得意となって続ける。
「俺はずっとイヌモは邦人の物だと思っている。難民に譲歩する奴は絶対に許さん。奴らは不当に俺たちの土地を奪い。とうとう反乱まで起こした」
ドローンのカメラだけでなく観客席にいる人間が、手持ちの端末で舞台に居る奈須玖の要求が演説へと変わっていく様を映し出しライブ中継でほぼ全員の邦人へと放送されていく。
「我々は30年前から難民の侵入に反対してきた。だが、中途半端な旧体制や弱腰の二鏡政権のせいで頭に乗った奴らは。ハン・ミングの反乱で警察機構職員含めた1000人以上の邦人の犠牲を生み出してしまった。そして、期待した羽今は……」
気絶している羽今に銃を向けながら身振り手振りで必死に声を張り上げた。
「我々の敵と手を繋いでしまった!奴は難民共に屈したのだ。このような人間に我々を守ることが出来るだろうか? 絶対に不可能だ!だから私が全権を掌握し敵を根絶することが必要なのだ!そうだろう!?」
静まり返るホール。奈須玖は突如拳銃を頭上に発砲して観客席を見渡した。
「そうだろう諸君!賛同する者は拍手で応えろ!」
レールカノンを持った二体の汎用フレームが観客席に向けると悲鳴があがりレールカノンの駆動音が増していく。
パチパチ……。
連続する乾いた音。ホールに居るほぼ全員が一斉に音の元へ視線を向ける。ひきつった顔で拍手をする男が全力で拍手をしていた。更に口に手をあててどもりながら奈須玖に向かってエールを送る。
「そ、……その通りだ!奈須玖執政員!」
その姿を確かに見た奈須玖はうなづくと、その男からレールカノンの射線を外させて別の方向へと向けさせる。向けられた場所から拍手が鳴り響く。
「あなたが我々をお守りになる!」
「奈須玖執政員万歳!我々の敵に鉄槌を!」
震えた声で必死に奈須玖への賛美とホールにとどろく拍手が永遠と響き渡る。
横たわる羽今の傍で汎用フレームに包囲されているナムルは唖然としたまま事の推移を見ていることしか出来なかった。
「……」
「もう止められないな」
ナムルが振り向くと倒れたまま羽今は目を開けていた。
「本当はあなたも奈須玖と同じように思っていたはずです。なぜ止める必要があるんです?」
動揺と絶望で攻撃的な口調で羽今に鼻を鳴らした。
「私をあいつと一緒にしてもらっても困る。確かに私は難民問題を解決したいと思っていた。火災の時にすぐ消火しなかったのはお前たちが私の政策に反対出来ない程度に焼け死ねば良いとも思っていた」
「……」
「正直に言う。俺はお前たちに出ていってもらいたかった。武器と訓練を施し、自分の国と土地で住んでもらいたかった。わざわざ故郷から離されてこんなところまで来て、過酷な仕打ちを受け、それでもまだ他人から運命を握られる。それが私は嫌いだ。俺の家族を殺した奴も一緒さ」
ナムルは目を見開いた。
「家族……」
その言葉にナムルの興奮が吹き飛ばされる。
「雇い主にひどい仕打ちを受けた外国人労働者が生活苦を理由に強盗、俺の妻子を奪った。最初は犯人を恨んだし奴は有罪になったが、奴を雇っていた雇用主や、犯行前に助けを求めようとしても相手にしなかった警察が制裁を受けることはなかった」
「?」
「本当に奴が悪かったのか? もしも斡旋企業が奴を日本に呼ばなければ。もしも雇い主が優しい奴だったら? もしも警察が求められた助けに応えていれば? 栓のないことだが一人の人間に悪行に走らせるのはその人間だけでは不可能なことだ」
「何が言いたいんです? あなたの本当の目的は?」
疑問を口にするナムルに不敵な笑みを浮かべた羽今。
「ただ人間が自分の生まれ育った場所で暮らせる世界だ。人間は経験を積めないほど馬鹿ではないが、歴史から学べるほど賢くもない。未だに世界は貧しい者を搾取してきた植民地時代と変わって等いない」
自分の目的を思い出すように言葉を紡ぐ。耳障りで不気味な拍手にも気づかないように。
「グローバリズムはモノの値段を一つにしただけで、世界を一つにしなかった。昔の資本家は安い労働力と思った難民移民が自国民と対立すると思ってすらいなかっただろう。地獄と化した故郷を捨てて楽園を求めた人間もそうだ。今でもイヌモへの難民申請は後を絶たない。だが、イヌモはその方針上断ることも出来ない。だからイヌモもどことも変わらない地獄であると見せつけなければいけなかった。楽園はどこにもない。自分の力で保つ領域こそ楽園なのだよ」
―――
ひとまず柿種の居る指揮所に危険はないと判断した衛利は、ユリアスが到着する前に鋼埼の居る整備場に向けて走る。その途中でユリアスと遭遇するのは自然の成り行きと言える。
互いが廊下のど真ん中で立ち止まる。
「……」
「……」
戦闘態勢を取っていないのにもうすぐ決闘が行われると他人から見ればそう思われても仕方がない。それほど緊迫した空気が場を凍り付かせていた。
「この前のことだけど」
ユリアスが先に口を開いた。口調は非常に落ち着いたものだった。
「あなたは私が孤児院のためになんでもやったと同じような理由で戦っていると言ったわね」
「ええ。言ったわ」
その答えにユリアスは首を横に振った。
「でも、誤解よ。私は死者のために戦ったことなどないわ」
「……どういう意味?」
露骨に不機嫌になった衛利にユリアスは真正面から見据える。
「あの火災の時に建物を倒壊させて火災を病院から遠ざけていた時。あなたは自分が思考が駄々洩れだったこと気づいていないの?」
ドキリとして衛利が目を見開く。あの時、衛利は確かに痛みでくじけそうになった自分に言い聞かせていた思考がユリアスに聞かれていたのだ。
「兄さんを殺した意味がなくなるから、この都市を守る。あなたは確かにそう言っていた」
「ちが……」
言葉で否定しようともぐっとこらえてうつむいた。ESP能力者のユリアスに今の状態で本音を隠し切れない。何をしたところで情けない姿をさらすだけと思った。
「私はアギを含めて守るべき人が居る。その人たちが好きだから守るの。もちろん失くしてしまうことも、守り切れなかったこともある」
守り切れない。その言葉を苦々しく噛みしめるユリアスを、衛利はORIGINから切り離された直後のユリアスの姿からは想像できない成長を彼女が遂げたことを思い知らされた。
「死者に戦いの意味を、自分の生きる意味を求めるのは否定しないわ。ただあなたはあまりに死者に近すぎる。そのうちあなた自身が引っ張られるわ」
「うるさい!」
衛利の一喝にユリアスはひるまない。それでも闘志を宿した目で衛利はユリアスを睨みつけた。
「お前にお説教されたり心配されるほど私は死んではいない!放っておいて!」
衛利はそのまま足早にユリアスの脇を通り過ぎる。それに振り向くこともなくユリアスはただ衛利に聞こえるように心の中でつぶやくのだった。
(うまくいくといいわね。あの医者の先生と)
―――
【今のような混乱の中でも未だに犬は人々から愛されており……】
ゴランの頭部から発せられるホログラムにアギは釘付けになって見入り、ゴランの解説を聞いていたが、ふと立ち上がった。
【どうしたんだい?】
「トイレ」
【えっ? でも外は鋼埼がまた来るまで出ちゃダメだって……】
「ちょっとだけなら大丈夫だよ」
アギは扉を開けて鋼埼の研究室から出ていくとゴランは慌ててアギを追いかける。アギは廊下でまた立ち止まってあたりを見渡した。
「トイレどこ?」
特に表記もない廊下であるため右も左も分からないアギは立ち往生してしまった。
【ちょっと待つのだ】
ゴランは【子供用トイレ】とワードを入れてセントラルビル内を検索する。普通にトイレと検索すればすぐ近くにあるのだが、これも【ゴラン】の思考から発生した行動であり。完全な機械とはまた違うブレがあった。
【3次元エレベーターに乗ればすぐのところにある】
「案内して」
【いいぞ】
ゴランが走り出してアギがついていくと3次元エレベーターの乗り口に辿り着く。外見は普通のエレベーターフロアと変わりないが、壁を挟んだ奥ではエレベーターの箱が上下にも左右にも動いていた。
【子供用トイレは……文化ホール近くのトイレにあるな】
鋼埼はミスをした。アギには不安にさせないように今起こっている事件のことを伝えていなかったし、ゴランにも部屋から出さない程度にしか言っていなかった。つまりセントラルビル内で何が起こっているのかを気にするように言っていなかったのだ。
目覚めたばかりのゴランは今何が起こっているのか分からない以上平時と同じように振る舞い。アギのトイレが一番の大事であると【考えた】。
ピンポーン!
エレベーターの到着の音と共に開かれる扉。そこにアギが立つとエレベーターには先客が居たようだった。
「ん?」
真っ黒い巨体が乗っていた。一瞬アイギスを見に纏った衛利と被って見えたが、アギが頭部を見上げると、2m近い体に赤い単眼のカメラアイがあった。
【……】
「あっ……」
突然現れた異形にアギは恐怖心を覚えて目を背けてその場で固まってしまう。そのまま扉が閉められたら良いと思うが、扉はなかなか閉じない。アギが恐る恐る視線を戻すと単眼がアギを見下ろしていた。
ORIGINは巨大な指で開けるボタンを押しながらアギに優しく問いかけた。
【乗らないのかい?】
思うほど悪い奴ではないかもしれない。そう思ったアギは下腹部神経の訴えに耐え切れずに小走りでエレベーターに乗り込んでしまった。ゴランもアギについていくと扉が閉まりホールに向けて進んでいった……。




