兆し
『セントラルビル文化ホールの慰霊式典に人質事件が発生し、柿種余里独立捜査官が臨時の指揮を……』
扉の外から流れるテレビ音声。電球だけが灯った部屋のベッドの上で二鏡仁美は静かに寝そべって聞き耳を立てていた。
部屋にはベッド以外何もなく、世話をする汎用フレームが育てている観覧植物がぽつんと窓の近くにあるだけだ。
トン……トン……
外から優しくドアをノックされると、仁美は電球を消し掛け布団をかける。
「入るよ」
ドアを開けた啓二はゆっくり部屋に入るとドアを開けたままで立っている。
『……内部では警察機構の職員に多数の死者が……』
「なぁ。仁美」
穏やかな声だった。伝えたいことを言葉にして、それを更に吟味してから口にする。
「継正兄さんが死んだ時も、しばらく君はこんな感じだったね。あれからもう3年になる」
「……」
仁美は聞かないふりをしてじっと動かず布団をかぶる。
「継正兄さんもまさに理想家だったよ。この世界の戦乱を収束させ宇宙進出の夢や希望を持っていた」
啓二は仁美のベッドに座り込む。
「いや、夢と言うより計画だな。【知恵の実】の実験しているとシミュレーターを何度も僕は見せられた。中止された火星への移民や月基地計画。太陽系外縁への進出やブラックホール調査。何から何まで僕には理解出来なかったが、夢中になった兄さんはよく私の執筆活動の時間を奪ってきて鬱陶しかったがね」
「……」
「だけど。彼は、昔から計画がうまく進むことはない事をよく知っていたよ。そのために別のプランを用意していたり、何かしらのアクシデントがあってもただでは起きないんだよ。あの人は」
「……」
「勝手な考えだが、兄さんは『例え自分が死んでも自分の夢を叶える』ような気がしてる。どのような手段であってもね。もちろん死人がよみがえることはないから、他の人間の手で計画を遂行するように仕向ける事も出来る」
「……っ」
「だから仁美。失敗してもめげるなとは言わない。だけど、もし君が尊敬する兄さんの計画に組み込まれていたら。ここでは何も出来ないだろう?」
ゆっくり啓二が掛け布団をめくる。二鏡仁美はその気弱そうに目を開けた。
「私に、その資格はありません」
「資格か。僕にだって資格はなかった。イヌモの社長なんてね」
「それは、おじさんが周りから強要されたからです」
「いいや。僕は自分で承諾したんだ。誰の要求でもなく自分の意思でね」
仁美は目を見開いて啓二に向ける。啓二は仁美ではなく虚空を向いていたが、仁美の視線に気づくと笑う。
「もちろん。兄の計画に組み込まれて操り人形になれと言うつもりはない。自分で運命を決めるのは辛いが、俺はイヌモの社長をやったことを後悔したことはない。辞める原因になった事をしたことにもだ」
啓二は立ち上がりデスクの上にある仁美の端末を渡した。
『非常招集』
そう表示された端末に仁美は目を向ける。
「倒れる時間は終わりだよ。君を待っている人たちが居る」
―――
モニターが並ぶ工場の管理室でボックスは端末でクーデターのニュースを知ると、急いで画面を切り替えて【ORIGIN】にアクセスする。
「まだ機は熟していないがね。時は待ってはくれないか」
【待ってくれ。ボックス】
管理室の自動ドアが開き、疑似筋力繊維の塊で出来た巨体が入って来る。赤い単眼をボックスに向けてORIGINはモニターを指さした。指さしたモニターは工場内のデータ表示から、下層での作業具合を映し出した。
【我々は下層の武力を抑えた。だが、到底我々の戦力では守ることは出来ても攻める事は難しいだろう。武装汎用フレームが固まっているとなれば尚更な】
「セントラルビルエレベーターから奇襲を仕掛ければどうにでもなるだろう?」
【そうすれば我々の勝利に間違いないだろうが。不安定要素が残っている】
ボックスは機体を傾げて考える仕草をする。
「一体なんだろうね。僕には見当もつかないよ」
【もし奴らが自暴自棄になって被検体2番に全ての戦力を移譲したらどうなる?】
「人間の脳では処理しきれないよ。それが例え情報処理や負荷に耐性がある人間でも……いや」
気が付いたボックスにORIGINはうなづいた。
【被検体2番が知恵の実と自我を完全に融合させたら、それも可能だろう。被検体2番の人格が消失しても我々に負けるよりマシだと、奴らがそう考えるのも無理はない。アイギスを見に纏えばいつでも出来るからな】
「こちらは少し強い人間と究極の一体で、あちらは人間では叶わない機械集団と強化された人間。個体戦力では勝っていても軍勢となると話は違うか」
【そのとおりだ。だから少し外してくる】
ORIGINが背を向けるとボックスは慌てて引き止めた。
「どこにいくんだ? システムの掌握が……」
【ソフトウェアを構築しておいた。私がいなくとも役割を果たすだろう】
「じゃあいったいどこに?」
【武力で攻め切れないなら。その次は話し合いだ】
首を垂れたボックスはORIGINに失望を混ぜた声で怒鳴りつける。
「話し合いだと!? まさか。君は意思を押し通すために生まれたはずだ」
【勘違いするな。武力は交渉の一材料にしかすぎない。その上、制圧や従属は出来なくとも支持させることは出来るのだ。まず、天国と地獄を分けようではないか? それから裁きを下すのも遅くはない】
―――
「待たせたな」
鋼埼が整備室に乗り込むと既にユリアスは自前のスーツに身を包んでいた。
疑似筋力繊維の塊のスーツの上に、白く厚みのある被膜に全身の節々が覆われており。その中を青い点のようなものが移動し、各部イオンスラスターは少しだけ大型化されている。
アイギス派生試作装備『パラディウム』。それがこのユリアスのスーツに与えられた名前だ。
「また急な出撃ですね」
短く切りそろえた茶髪と意志の込めた瞳に戸惑いはない。
「そういや火事の時もそうだったな」
端末を起動しながら答える鋼埼はユリアスのスーツと端末をリンクさせる。
「この前は孤児院をくれましたが、今度は何をくれるんですか?」
「そうだな。暴君の圧政の阻止なんてのはどうだ?」
冗談を言う程度には鋼埼との悪感情が薄まったユリアスだが、流石に命を弄びながら何度も奪った衛利とは流石に仲良くは出来てはない。
「それは結果でしょう? ところで聞きたいんだけど」
「どうした?」
「奈須玖の要求と動機は? なんで羽今は裏切るような人間を執政員にしたのかしたのかしら」
若干憎しみのこもった吐き捨てるような声でユリアスは聞いてきた。孤児院ごとナムルを狙った羽今への疑惑と、大火災の原因となった爆撃の指揮官とだった奈須玖にそれなりの憎悪を抱いているのは鋼埼には分かっていた。
「そうだな。奈須玖は執政員に選ばれる前は警察機構では過激な言動をはばからない人間だったそうだ。選ばれたのもこいつ以外名乗りを上げる人間がいなかったからだな」
「ずいぶん気弱ね。警察機構は」
「そりゃあそうさ。少し前に警察機構の職員の半数が難民の反乱で死んだんだ。邦人達の怒りと理性的な行政を求められれば誰だって萎縮するだろう。まぁ奈須玖は理性的な行政を放棄したから務まったんだろうな」
「……ふん」
鼻を鳴らして不機嫌そうにするユリアスに整備場のコンテナの一つから取り出した二つの鞘がベルトに繋がれた双剣を鋼埼が投げ渡す。
「専用装備のデフォルトブレードの軽量型だ」
ユリアスがさっそくベルトを腰に巻きスーツのアタッチメントに装着する。そして両腰の鞘から双剣を引き抜いた。その刀身は短くも衛利のデフォルトブレードと同じ合金で出来たものだ。生体CPUから情報が表示されるとユリアスは柄の底同士をくっつけると底同士が密着して柄内部の疑似筋力繊維が両端に延びる。
双剣は瞬く間に両刃のスピアとなった。
「なぜブレードではないんです?」
「長物が一番得意だろう?」
「でも、今回出番はなさそうですね。私にはこちらがありますから」
スピアを双剣に戻して鞘に納めると。パワーライフルを手に取ったユリアスは銃器の具合を確かめる。直後に鋼埼の端末から終了を知らせる電子音が響く。
『パラディウム。状態オールグリーン。装備の指揮権を完全移譲します』
「……っとそう言っているうちに最終調整は完了だ。後は衛利と入れ替わりで柿種さんの居る指揮所に行ってくれ」
「了解」




