存在しない逃げ場
セントラルビルでの出来事はすぐにでも鋼埼が知ることとなった。すぐさまアギを連れて自身の研究室へと避難すると扉をロックした。
「ちょっとおじさん用事があるから。しばらくここで待っててくれないかな?」
「いいよ」
アギにはこの事態は知らせていない。言っても分からないだろうし理解すれば不安にさせてしまう。恐慌状態になるならともかく、下手すれば周囲の人間を混乱させてしまいかねない程の強い脳波を発する可能性すらある。
下手に刺激すると危険。それがアギを知る者たちの共通の認識だった。
(親の顔が見てみたいわ)
「おじさん……お父さんとお母さん知ってるの?」
鋼埼がしまったと思ってももう遅い。アギの地雷を思いっきり踏んでしまった事に対してESP能力者への対処法通りに申し訳ない気持ちで脳を満たして謝った。
「すまない。それは分からないんだ」
「……」
些細な事を思い浮かべただけで感知されるものだから、アギにはユリアスとは違う厄介さがある。それに少しだけ窮屈さを鋼埼はすぐに振り払った。
「よしじゃあ」
鋼埼が自身のデスク一体型のホログラムパソコンを起動すると、彼が暇つぶしに遊んでいたゲームサイトにログインする。本当は仕事用のモノだがこの際仕方ない。
「ゲームとかするよね」
自分の子供時代を重ねてアギに問いかけるが、アギは呆然として首を横に振った。
「ゲームって何?」
「え、ゲーム知らないの?」
自分の経験を過信していた。誰でもゲームが出来ると高をくくっていた。だが、難民居住区でずっと育ってきたアギはゲームと言う物を一切したことがなかったのだ。
「それでも何かあるはずだ……」
鋼埼が何かないかと保有するライブラリーに目を向ける。
・シブライゼーション
・ホーク・オブ・ライアン
・ヨ―ロップ・ユニバーサル
・クルセイド・キングダム
・エージ・オン・エンパイア
いくらなんでも子供向けではない。
(どうすりゃいいんだ……)
ふと周りを見てから手乗りサイズのたれ耳が特徴の小さい犬型ロボットが目に映る。
「これだ!」
鋼埼が手に取ったそれをアギは興味津々に見つめる。
「なにこれ?」
「犬型のロボットさ」
「犬型ってなに?」
「はい?」
鋼埼の驚愕した反応をするがすぐに切り替える。難民居住区には動物類は一切許容されていない事を思い出したからだ。
難民は農園や家畜による自給自足されることを防ぐために、配給及びプラント以外での食料確保は禁止されている。そこで育った子供が人間以外の動物を知らない事は無理もない。
「犬って言うのは……あー」
今から説明するには時間がない。すぐにでもユリアスの元に駆け付けさせなければ事態の収束が遅れてしまう。
「ちょっと待っててな」
犬型の頭部を開けるとそこにあるスリットに鋼埼の端末からカードを引き抜いて挿入する。
「動いてくれ」
端末を操作して犬型ロボットにとあるソフトウェアとラングレーの運動データを混ぜ合わせた即席の物を作り上げる。
ガチャ
突然たれ耳を限界まで上がると緑の光を目から放ちながら【ソレ】は動き始めた。
「よし。えっとお前は何て言うんだ?」
鋼埼の問いかけに【ソレ】は突然振り向いた。
【いきなりお前とは失礼な男だな。私にはゴランと言うれっきとした名前が設定されているのだよ】
突然成人男性の声で喋り出したゴランに、アギは目を見開いてしゃがみこんだ。
「それはすまない。ゴラン。しばらくこの子の遊び相手になってくれないか? いいかいアギちゃん?」
「うん。いいよ」
食い気味に答えるアギにゴランは鼻を鳴らすような動作をした。
【ふむ。誕生してからすぐに子供のお守りか、まぁいい。ちょうどこの世界に慣れたかったところだ】
そう答えると「頼む」と言って鋼埼はすぐさま部屋から出ていく。
「こんにちは。私はアギって言うの」
【やぁ私はゴラン。今の時間はこんばんはっというのが正しい】
「むむむ」
いきなり指摘を受けて出鼻を挫かれたアギだが、ゴランは知らん風にこの部屋に設置されているセンサー類から、先ほどの鋼埼とアギの音声記録を拾いあげる。
【ほぉ。君は犬がどんな存在かも知らないようだ。私が話すけど聞くかい?】
それでも機械に一切触った事もないアギには、人(?)の話を聞く方がより馴染みのあることだった。ゴランの目の前に座りこんでうなづいた。
「うん。犬って何?」
―――
ホールから逃れた二人と一匹はホール外で警備に当たっていた警察機構の人間をかき集め、セントラルビルの小さな会議室に仮の指揮所を設置していた。
衛利は鋼埼との連絡を取り、互いの安全を確認しながらクーデターへの態勢を構築する事で通信を切った。幸い奈須玖が掌握したのはホールに居る汎用フレームだけで、外に居る人間まで裏切っているわけではなかった。
そして連絡を取った警察機構本部からの応援が来るまで、衛利は柿種の傍で護衛を続けていた。
「柿種さん」
「……」
「柿種さん!?」
会議室の隅っこに居る柿種、その左後ろに控えている衛利の呼びかけに背を伸ばしてから柿種は答えた。
「どうした」
衛利に顔も向けずに会議室と行きかう部下たちを見つめる柿種。そんな彼に心配そうに声をかけた。
「先ほどから集中出来ていないようですが」
もちろん今急ぐべき時ではない。今は直接奈須玖とやり取りや突入部隊を指揮しているわけでもない。しかし、柿種の反応の悪さはそれらを余りあるほど周囲を不安にさせていた。
「……いや考え事をしているだけだ」
衛利にはバレバレの嘘をつくと再び腕を組んで黙り込んでしまう。これ以上に不穏な雰囲気が流れるとまずい。そう思った衛利が何か声をかけようと考えていると。
(なぁ利府里)
思考言語で柿種が言葉を発する。
「はい」
(いつになったら終わるんだろうな。こんなこと)
「……」
柿種の言いたいことは分かる。だが、それ以上に状況が彼を蝕んでいる。今の柿種はいつもの柿種ではない。
「今の状況ではあなたしか解決に導ける人はいません」
(なぜだ? 他にもいるだろう。なぜ俺なんだ。どうしていつもこんな事ばかり起こるんだ。俺の対処の仕方がまずいのか? そうだよな。じゃなきゃこんなこと起きないよな……)
ぶつぶつと止まらない言葉に衛利は無言で聞き流すしかない。正直一発顔面を殴りつけて止めたいところだが。いきなり殴りつけて周囲の柿種の部下たちの士気も落としたくない。
だからこそ衛利は小声でつぶやいた。
「柿種さん」
「なんだ……」
「もしあなたが逃げたいなら結構です」
「はっ、俺が逃げたらだれがここの指揮を執るって?」
意地悪そうに。そして、ここから逃げられない自身を自嘲が混じった半笑いで返す。
「そうすれば。あなたを後ろから撃ち殺して、二鏡さんの家から仁美さんを無理やり引っ張ってきます」
「っ!」
驚いた顔で衛利に振り向くが柿種はすぐに目を背けた。衛利の目は殺意で見開かれ、言葉以上に柿種への事態への覚悟を強要していた。本気だと柿種は直感した。
もし逃げようとしたり後ろを向き続けるなら、この女は本気で自分を撃つだろうし。なにより精神を崩壊した仁美をここに連れてくるだろう。
実現できるか否ではなく、相手に想像させるだけでもいいのだ。それだけで静かに追い立てられてしまう。
(やっぱり。兄妹揃いに揃って我儘だな)
「父(利府里博士)も、お忘れなく」
苦々しく柿種はうなじをかくと、首を回してストレッチして頭の回転を早めていく。
「くそったれ。逃げ場なんて初めからなかったんだ」
展開が思い浮かばなかったので今回は短めです。すいません。




