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血のホール

 厳かな雰囲気で礼服に身を包んだ人々が行き来するセントラルビル内のイベントホール。議会の仕事ではいつもホログラムを投影して電子出席している議員の多くもこの日は生身で出席している。


 この慰霊式典にはハン・ミングの起こした反乱の犠牲となった人々だけでなく、難民居住区の大火災も同時に慰霊することになった。それを提案したナムルも、もちろんこの場に居る。


 そこに至る廊下を柿種と後ろに衛利が付いていく。


「二鏡さんは?」


「献花だけさ。さすがに反乱の原因の一つとして言われている以上、出席は遠慮したいそうだ」


 衛利は黒いスーツの男装をして、黒グローブをはめた右手で左脇を触わり一丁だけ持ち入りを許されたコインガンの存在を確かめる。もちろんアイギスは着ていない。


「それでも出席者は重役ぞろいさ。なんたって議員出席100%だからな、イヌモ始まって以来初めてこんな大規模な式典が開かれるんだから」


 真のテクノクラートの楽園として作られたイヌモは、人々の文化的なイベントや様式を行わない等実質的に禁止した。それゆえに多民族の文化的対立は少なくなりもはや誕生日以外を祝うことはない。


 それから時を経てこのような事を催すのだからイヌモの設立当初の理念が既に形骸化し、逆に今なお人々の中に残る気持ちや、それらを整理する文化が切っても切り離せないものだと今ここに居る人間全てに強く印象付ける事になった。


「まぁ本当は戦勝記念みたいに明るい物にするつもりだったが、急遽慰霊式典になったのも。イヌモが変化が訪れているってことだな」


 今まで顧みられなかった人々が徐々に気にされはじめた事。ナムルをはじめとした難民達の活動だけでなく、イヌモや邦人等のここに住む全ての人間を抑え込むことをやめなければいけなくなった。


 大っぴらには言えなくとも邦人や難民、お互い対立することに疲れ始めている。


「戦勝だと難民を打ちのめしただけでなく、邦人たちにもおごりが生まれる。それを慰霊と言う形で痛み分けまで持ち込んだナムルも相当だが……」


 柿種の思考を呼んだ衛利が言葉をつづけた。


「不思議ですね。難民強硬な態度を取っていた羽今が折れるなんて」


「まぁもしここで折れなかったら、政権そのものが倒れてしまうからな」


「そう思うと民主主義も捨てたものじゃないですね」


「二鏡さんのような人間がつくならともかく。狂った人間が独裁すると統治が狂うのは歴史の証明しているからな」


 ホールは劇場のように前が低く後ろが高くなっていく設計のイベントホールであった。イヌモの方針によって作られて以来片手で数えるほどしか使われていない為衛利も初めて訪れる。


 ホールには既に出席者の多くが真っ黒な喪服を着て席に座っている。衛利は柿種から離れ、フロア隅のガードマン達の列に混じる。向こうの壁にも同様の通路とガードマンが並んでいる。


 一方でホールの後ろ側には一切ガードマンが配置されていない。両脇の通路に全ての人員が集められたようだった。


(変な配置)


 そう思いながらも目を閉じて集中すると異常な思考がないかを読み取る。


(あー早く帰りたい……)

(羽今が求心力を失えば今度は私の……)

(難民どもめ図に乗りやがって……)


「ふぅ……」


 ESP能力の欠点として人が集まると思考がうるさい。意図的に抑えることも出来るが、それでは警戒レーダーとしてのESP能力が役に立たなくなる。生体CPUを用いて感覚を研ぎ澄ませても脳にかかる負担もそれだけ大きく持続がむずかしい。


 人間より優れた能力を持っても有機体への負荷限界はどうしても存在する。同時に精神も慰霊とは言えない汚い本音を受けても衛利は何一つ抗議することも出来ない。


 考えがよぎっても口に出さなければ責任はない。しかし、これからもしESPが増えれば考える事すら気をつけなければならない。もしかしたら人がより考えに対して共感や敵対心を露にするかもしれない。仲間を見つけやすくなれば、敵も見つけやすくなる。


(もしかしたらもっと争いが絶えなくなるかもね)


 鋼埼は良い事だと思っているようだが衛利にはそう思えない。結局人間は変わらず何かを用いることが出来るなら、自分が破滅しない程度に争いを続けていく。


 悲観的と言われようが例え千之に諭されようとも衛利には本能で分かる。例え何かが革新と最初は期待されようとも、いずれ道具の一つに落ちていく。


(その時私はまだ戦っているのだろうか……いいえ)


 すぐに考えを取り消した。明日の自分の運命さえ分からない人間に将来を考えるのは無駄な事だと思えた。


 目を開けて周囲を見る。今では席を立っている者はおらず、通路を固めるガードマンだけが立っている。


「……」


『式典を開始致します』


 アナウンスがホールに響き渡ると舞台の上に乗せられた献花台がライトアップされる。更に羽今とナムルが両名舞台の両端から歩み寄って来る。


「……っ」


 全員が息をのんだ。いきなり邦人と難民のトップが現れてお互い歩み寄ってきたのだ。もしかしたらどちらかがいきなり殴りつけてくるかもしれない。そんな悪い予感が全員を襲った。


 それでも二人は舞台の中央で歩み寄りしっかり握手を交わす。


 両者に笑顔はない。互いが仇を持つ勢力の代表であるからだが、それでも握手をした。例え感情は付いて来なくともここで終わりにしようと言うメッセージがこれを見ている人間に伝わってくる。


 手を離した両者は献花台まで並んで歩む。


 そこで衛利は違和感に気づいた。


「ん?」


 舞台に上がっているガードマン達、彼らから思考が感知出来ない。微弱なのではなく脳波そのものが出ていない。


(まさか汎用フレーム? 人間のように擬態させているの?)


 確かに汎用フレームのような鉄の象徴はこの場には似合わない。擬態させるのが出席者にも威圧感を与えず自然な決定だろう。


 衛利のように個別の人間の護衛で訪れた人間に全体的な警備状態などが共有されていない。そのような点が余計に不安になったのだが、どうやら杞憂だったようだ。


 そう思って再び周りを見渡そうとした時だった。


【警告:レールカノン指向!前転で回避を】


「!?」


 生体CPUの警告と共に前に飛び出した衛利が客席へと突っ込んだ瞬間。ホールの通路に沿って立っていたガードマン達が全員文字通り消し飛ばされる。


 舞台側の通路始めに置かれた巨大なスピーカーから突然突き出たレールカノンの銃口、多大な貫通力を持った質量弾発射され、通路を抜けてホール後ろの壁を砕く。それもホールの両脇、つまり通路に配置されたガードマン全員の死を意味していた。


「うわああああああ!!!」


 通路側の席に座り、突然血の雨と肉片が降り注いで半狂乱になった人間達が逃げ出そうとするが。扉はピクリとも動かない。


 ……


「なんだこの騒ぎは!」


 羽今が叫ぶと舞台上のガードマンが二人に小銃を向けると羽今とナムルをとり囲んだ。


「貴様ら!どういうつもりだ」


「羽今さん。あなたは……」


「違う!私はこんなことを指示していないぞ」


「そのとおり。羽今党首の命令ではない」


 二人が振り向くと舞台に上がる奈須玖の姿があった。その余裕ぶった態度を見て羽今は仕掛けた人がすぐに分かった。


「奈須玖!なぜこんなことを」


「貴様のような政治屋では問題解決の埒が明かない。私だけがこの国を安定させることが出来るのだ」


 勝ち誇ったように言う奈須玖に羽今は怒髪天をついて歩みかかる。この状況でも向かってくる羽今に圧され奈須玖は表情を凍らせて歩みを止めた。


「黙れ!貴様の目的はしょせん権力だ!いくら綺麗ごとを並べたところで私はお前の小物さ見込んでお前をその地位に任命したのだ」


 眉がピクリと動いて奈須玖は声を張り上げた。


「うるさい。これは【知恵の実】の意志でもあるんだ!」


「なんだと!?」


 羽今は驚愕すると、人間に擬態した汎用フレームが一発、羽今の顔に拳を入れると羽今は倒れてそのまま気を失ってしまった。


 ……


「柿種さん!」


 柿種の元へと客席の背もたれの頂点を踏み抜きながら走り寄る衛利。舞台裏から次々飛び出す汎用フレームの背骨に当たる部分を正確にコインガンで撃ち抜くと柿種の足元に滑り込む。


「俺は良い!脱出しろ」


「柿種さん以外誰が対処しろと?」


 顔を出した衛利は再びコインガンで無数の汎用フレームに狙いをすませる。


「おかしい」


「何がだ?」


【汎用フレームに携行火器なし】


 衛利に襲い掛かる汎用フレームには武器がない。先ほどガードマンを撃ちぬいたレールカノンを持った汎用フレームはこちらを狙う気配もない。


「なるほど。人質を傷つけるつもりはないと……失礼します」


 衛利は相手の狙いがここに居る人間を人質に取ることをだと断定すると。柿種をいきなりお姫様抱っこで担ぎ上げた。


「ちょ、ちょっと待て」


 衛利の華奢な体からは想像もつかない脚力と腕力で、柿種を持ち上げながら再び客席の背もたれを踏みしめてホールの後ろまで駆け上がる。


「扉が開いてないぞ!」


 先ほど扉にすがりついていた人々を見ていた柿種に衛利はまっすぐ見ている物がある。


「いいえ。『脱出口』はありますよ」


「えっ?」


 柿種が衛利の見ている方向を見ると、そこにはレールカノンが開けた穴がぽっかり『口を開けていた』。


「お、おい」


 その先に見えるのはホール中段から出られる広場の「天井」。レールカノンはそこへと通じる穴を開けてしまったのだ。


 いや普通の人間ならそれで正解だ。ここから落ちても高低差5mに落下すれば普通の人間なら無事では済まない。だが、ここに居るのは「ただの人間」ではない。


 病み上がりでも、成人男性一人持ち上げても、軽々と座席間の合間を駆け上がる強化された人間。


「ああああああああああああ!!!!」


 衞利ごと穴にダイブさせられた柿種は情けない声を出しながら落下していく。その目の前を一体の影が横切って柿種をキャッチした。


「ありがとうラングレー」


 一人余裕で着地した衛利はラングレーを見ると背中から伸びる疑似筋力繊維で絡めとった柿種をゆっくり床に下した。


「はぁ……」


 四つん這いになって大きく息を吐いた柿種を衛利が無理やり立たせる。


「行きましょう。ともかくまた非常事態なんです」


「勘弁してくれ……」


 柿種はそう言って衛利とラングレーが先行する廊下を力なく駆け抜けていくしかなった。


新章突入です。

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