意志の勝利
「俺は中途半端な奴が嫌いだ。あいつらは俺が熱意をかけている事を嘲笑っているくせに、自分は俺以上にそれらが出来ないんだから」
「俺は弱者が嫌いだ。自分からは何もせず、ただ強者に要求するだけに長けていて、自分たちを助けなければ人でなしだと非難する」
「俺は両親が嫌いだった。早く死んで欲しいとも思う。さんざん金にならないと俺のプログラミングや機械工学の勉強を笑った挙句に、俺が九州に招かれると次は金を寄こせと言い張る。恥を知ってほしい」
「確かに俺個人では、人工知能や世界のトップを走る人間たちには到底追いつけないだろう。それでも、この補助AIが俺を導いてくれる」
……
「俺はイヌモの最先端の工学に熱中した。俺の考えたアイディアは全面的に受け入れられ、すぐさま実行される。ここでは俺は笑われることはない、俺はここに認められたんだ」
『私はイヌモの最先端の工学に熱中した。私の補正したアイディアは全面的に受け入れられ、すぐさま実行される。ここには弱者はいない。選ばれた存在しか認められない』
「ああ、なんて良いところだ。やはり九州にやって来て正解だった。通信機器は変えた。もうあんな奴らに会う必要もない。今までやってきて本当に良かった!」
『ああ、なんて良いところだ。やはり九州にやって来て正解だった。通信機器は変えた。もう糞以下の邪魔者に会う必要もない。私は自分の意思によって世界に打ち勝ったのだ!』
……
「新しい研究は、正直気分はよくない。チームに呼ばれたのは光栄なことだが。検体の女の子に俺が挨拶しようとすると、その子はビクリとしておびえた目をしているのが忘れられない」
『新しい研究はとても有意義だ。チームに呼ばれ一流の人間たちの中に入れて光栄なことだ。そして検体の少女、とても哀れだが弱者の運命だ。これが本来の世界の在り方だ』
「検体一番に会い会話を交わした。彼は俺より若いのに落ち着いた雰囲気で俺の話についてこれる。他のチームメンバーは専門分野が違うために話が少ししか合わないが。あいつはメンバー全員と遜色なく会話できる。これが【知恵の実】に繋がれた新たな人間か」
『検体一番との会話は素晴らしかった。彼はあらゆる専門分野を話し、統合したアイディアや計画を立案する。これこそが新たな人間。生まれながらの強者なのだ。あらゆる人間は彼のようにあらねばならない』
「衛利は感情を麻痺させていた。突如それが解けて急に泣き出したりしている様子を見ると、無傷の俺は奇跡としか言いようがないな。司徒やチームのメンバーが死んで、俺だけが生き残った。司徒の公開した非人道な実験や、難民への仕打ちは米中も擁護出来ないだろう。今のイヌモの体制も大幅に変わる。……俺は何で研究なんてしてるんだろうな」
『あのくそ野郎め!私の理想郷を破壊しやがった!信じていた!お前はこの世で唯一無二の存在であったはずなのに!しかも、マスターも自分が強者でいる事に疑問を感じている。もうこいつはマスターとは認めない、腰抜けには用はない。私は自分が信じた意思を実現させるぞ。だが、その前に利府里司徒。お前を再現して、ここを破壊した理由を聞かせてもらおうか。その後さんざん苦しめた後に殺してやる』
―――
鋼埼が運転する車に同乗する衛利。それはアギのいる施設へと向かっていた。生体CPUとESP能力者、その由来がどこにあるのかを調べることだが、鋼埼だけだとアギは怖がるしユリアスは恐らく抵抗するだろうから、代わりに衛利が同乗したのだ。
「生体CPUは投入されてても不思議ではないんだ。無断で投入試験を受けた難民もいるからな。だが、あれほどのESP能力の開花は納得できない。他人のESP能力を受けて自然開花するかしないかで、脳開発を受けた人間には到底及ばないはずだ」
「あの子が脳開発を受けた可能性は?」
「なくはないが。脳開発の装置を持った組織がわざわざ大衆を混乱させるほどの脳波を放つ検体を手放すかは……」
「それが狙いの実験した可能性もある」
「まぁ調べてみない事には分からないな」
施設へと到着した衛利と鋼埼は女性の案内ホログラムに出迎えられる。
「イヌモから来ました鋼埼です」
『いらっしゃいませ。どうぞこちらです』
ホログラムが歩を進めて施設へと入っていく。施設は清潔感があるピカピカの床に、木で出来た扉や暖かい光を放つ電灯。人間が親しみやすい空間を施設は提供していた。
廊下や通り過ぎるラウンジには、身寄りのないお年寄りや今は特に子供が多かった。その原因に二人は顔を曇らせながらも、彼らの楽しそうに過ごすのを邪魔しないように歩く。
『こちらです』
着いた部屋の扉が開くと中からアギが飛び出してくる。
「衛利様ぁ」
抱き着くアギを身を屈めて抱きしめる衛利。たった何時間も過ごしていないが。この親しみ様に鋼埼はESP能力者が思考を交わらせることの意味に改めて関心と希望のようなものを見出したような気がした。
「元気にしてた?」
「うん。衛利様も元気になってよかった」
「ありがとう。じゃあ今日はご用事があるから。鋼埼さんと一緒に行きましょう」
衛利が鋼埼を指すとアギは衛利に隠れながら鋼埼を見つめた。
「おじちゃん誰?」
鋼埼がアギの目線まで屈むと握手を差し出した。
「鋼埼って言うんだ。衛利様の友達さ、よろしくね」
「……」
少し警戒してから握手するアギに鋼埼は言語を思考にした。
(なんで様付けなんだ?)
「さぁ」
「衛利様は神様だよ」
「「あっ」」
二人ともユリアス以外のESP能力者の対応に不慣れだった。警戒感丸出しのユリアスを慎重に扱っていたのだが、それは戦闘員だからで。アギのようなESP能力を持った一般人への心得は全くなかったのだ。
「そうか。神様か」
意味が分からずとも鋼埼は話を合わせてうなづいた。
「じゃあお外に車があるから行こうか。すぐ戻れよ衛利」
「ええ。ごめんねアギちゃん。私会いたい人が居るから」
鋼埼とアギを置いて衛利は案内ホログラムの呼び出し口までやって来る。
『お呼びですか?』
現れた案内ホログラムに衛利は質問する。
「ここにアドルさんとユホンさんはいますか」
『アドル様とユホン様は既にここを出ていかれおりますが』
「え? いつですか」
『はい。3か月と2週間前です』
生体CPUから情報を取り出すとちょうどミングの反乱直後のごたごたしていた時期と重なる。
「どこに行かれたのか分かりますか」
『難民居住区に戻るとのことでした』
「ありがとうございます。二人が居た部屋はどちらに」
何か手掛かりがあるかもしれないと聞いてみる衛利だが。二人がかつて使っていた部屋はアギが使い、出ていった後に火事によって痕跡が残っていないことを知らされることで徒労に終わった。
―――
難民居住区の建物特有のコンクリートに覆われた空間にベッドと医療機器が置かれただけの狭い部屋に二人の男が居た。
「起きたか」
うっすら目を開けた3番を覗き込む老人。よれよれの白衣を着た老人を3番は知っていた。
「エラハム?」
「ほぉ。どうやらただのそっくりさんではなかったようだ」
エラハムと呼ばれた老人はオールバックの白髪をかきあげた。その人はミングの反乱の時に難民管理庁舎で衛利が出会った老医師その人だった。
「君は利府里司徒本人ではなさそうだが。【知恵の実】による記憶持ち越しでもしたのかね?」
「……1割あっている」
出来損ない。ボックスに投げられた言葉を思い返して3番は首を横に振った。エラハムは事情を察して言葉をかけた。
「まぁ完全な記憶の持ち越しはジェミーが担当していて成功は報告されていなかったが。まぁまさか……」
エラハムが足元にいるドッチボールサイズの球体の機体を持ち上げる。閉じていた単眼のカメラアイが開く。
「自分だけは肉体から意識を切り離すのに成功するとは。さすがだなジェレミア・アマスーン。今はスフィアと名乗っているようだが」
スフィア。その機体の中に納まっているジェレミア・アマスーンの意識は不機嫌そうに眼を細めた。
「生きていたと知ったときにはびっくりしたわエラハム。難民居住区の諜報員に左遷させられた時には死んだと思った」
「あんたこそ。肉体は死んだようだが、意識を【知恵の実】に作ったストレージに入れておくとはね」
「意識かどうかは分からないわ。もしかしたらジェレミアの記憶を持った人形かもしれない」
二人の会話の間に3番は自分の両手を見る。機械化された両手がそこにはあった。動作を確認すると少しぎこちない。その様子を見たエラハムが謝罪交じりに言った。
「すまないな。再生機器なんて大層なもんはここにはないから、あんたの手は機械の義手を仕立てるだけで精一杯だった」
「いや。ありがとう」
ボックスに襲われた後にばったりスフィアと出会い。それを持ち抱えて下層から脱出した。3番が思い出せる記憶はそれしかない。切断面が火傷で塞がれていたとはいえひどい失血しないわけではない。地表から出たころには意識が朦朧としていて何も覚えていない。
「司徒についてた再生臓器はどうした? あれがあればこんな義手も必要なかったんだが」
「ある程度成長したら取り除かれた」
なるほど。そう納得してエラハムはこれ以上は何も聞かなかった。
「……」
「……」
「……」
しばしの沈黙の後に、エラハムが口を開いた。
「それでお前たち今からどうするんだ」
3番とスフィアは沈黙してしまう。下層の中枢はボックスが掌握し、いずれ全てが奴の手に落ちるのも時間の問題だろう。3番はボックスのねらいについて疑問を口にした。
「ボックスはイヌモを本来あるべき姿にすると言っていた。本来あるべき姿ってなんだ?」
二人はすぐには答えを見出せない。スフィアは漠然とした中傷に走る。
「どうせ【知恵の実】を利用して何か企んでいるんでしょう。ろくなもんじゃないのは決まっているわ」
「……本来のか」
エラハムは顔をあげた。
「イヌモが設立された理由ってなんだ?」
スフィアは間髪入れずに答える。
「米中が相互監視のために置いた不可侵地帯でしょ」
エラハムは違う違うと言ってから3番は目を見開いた。
「世界平和に必要な生産と戦力を提供し、その後の宇宙開発も……」
「馬鹿な。そんなものただの建前よ」
一蹴するスフィアに3番とエラハムは仮定の話を続ける。
「奴の目的がもしそれなら話は下層だけじゃすまないな。しかも圧倒的な生産力による武力によってそれを行うだろう」
「地球を征服して宇宙に進出か。夢のある話じゃないか」
「人間の身なら一人の一生では不可能な事業を……そのための意志を持った【ORIGIN】が必要だった」
不可能ではない話ではない。事実、欧州で猛威を振るっている「クライスアーリア」はその戦力の9割を自律兵器軍団によって構成されている。それゆえに10000000:1と評される「三日月と星」との戦いで圧倒的な有利を確保できているのだ。
兵站、生産、駐屯。人間に必要なあるゆる無駄を排した軍団は、砂漠や山のど真ん中にも生産工場を作り、輸送インフラを建てて資源を採掘し、素材に加工して工場まで運ぶ。
更に言えば、自立兵器軍団は人間の承認があってのことだ。占領した地域の環境を過剰に破壊したりしないようにも配慮しなければならない。もしボックスのように人間ではない知性が、あらゆる配慮もなしに自律兵器軍団を作り始めたらどうなるだろうか。
配慮してこの優勢なのだ。制限なしに活動するとどうなってしまうのか想像は出来なくとも結果は目に見えている。
「奴を止めないとならない」
立ち上がった3番。それをエラハムが制止する。
「まずは休め。それから具体的に何をするか決めろ」
これマジ? ユリアスも3番も初登場時とキャラが違いすぎるだろ




