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原初


 内蔵や身体が回復した衛利がようやく集中治療室から個室へと移動が許され、ベッドに寝かされながら最後の仕上げとして体内に残った過剰なナノマシンを小さな透析機械によって排除していく。それを杉奈良が直々に行っていた。


「申し訳ないです。スタッフ達も手いっぱいで」


 火災から9日目。衛利のように惜しみもないサポートを受けたのならともかく不足している物資状態には変わらず、難民の傷病者がまだたくさん残っていた。


「いいんです。私も杉奈良先生の方が安心できますから」


 半分は杉奈良を喜ばせる建前だが、半分は本音だ。ハン・ユンジャンが来た時にも衛利はラングレーを忍ばせていたように、反乱で恨みを持った人間が医療スタッフにいないとも限らない。


「ナノマシン排出が終われば利府里さんは退院です。お疲れさまでした。また何か不具合があれば……いいえ。セントラルビルならそっちの方でした方が良いですね。これでお別れです」


 杉奈良は少し残念そうに言った。そんな彼に衛利は優しく返した。


「そうですね。でもまだここへの物資支援が途絶えるわけではありませんから」


「えっ?」


 衛利の返しに杉奈良が意図がつかめず顔を傾げた。


「物資輸送任務なら汎用フレーム以外に最低でも一人のコマンドが必要です。だから……」


「ああ。じゃあまたここに」


 納得したように杉奈良はうなづいた。


「あと先生」


「はい?」


 ただずっと気になっていたことを聞く時が来た。そんな気がした。


「一緒に来ませんか? ここにはたくさんの邦人に恨みを持った人間がいるんですよ」


 杉奈良も気が気ではないのは衛利にも分かった。もし病院に邦人が支援に駆け付けたところで、理不尽な暴力に晒された人間の憎悪がいつ向かってくるか分からない。


 大火事以降の新しい医療スタッフは難民以外にはとうとう現れる事はなかったのがその証左だ。


 杉奈良はすぐに小さく首を横に振った。


「いいえ。僕はここにいます。まだ必要としてくれる人がいるから」


「ここに居る人たちを大切に思える理由が私には分からない」


 そう返した時衛利はもしかしたら地雷を踏んだかもしれないと思い、慌てて付け加えようとする。


「いえ。ごめんなさい私……」


「いいんです。利府里さん。私もそう思っているんです」


 意外な言葉に衛利は戸惑った。


「でも、僕は放っておけなかったんです。助けを求める人を見るとつい。理由は分からないんですけど、ただ何もしないのが気に食わないってだけで。実はそんな大した理由なんてないんです」


「それならなんとなくが動機なんですか?」


 杉奈良はうなづいた。


「そうですね。僕は放っておけば自分が嫌な思いをするから人を助けてるんです。本当は誰のためでもないんです。自分のためなんですよ」


「自分のため……」


 衛利が自分に言い聞かせるように反復する。そして衛利は杉奈良に目を向けた。


「私は、自分のために生きた事がないんです。自分のために生きるってなんなんですか?」


 理解出来ないように衛利が言うのは。仁美のように理路整然とした思想ではなく。杉奈良のような明確な理由もなく「自分が嫌だからやる」と言うのがいまいちしっくりこなかった。


 だが、杉奈良も医者なのだ。それについての答えも提示することは造作もなかった。


「利府里さん。それは自分にしか分からないんです。あなたは自分が一番嬉しいと思う時はなんなんですか?」


「嬉しい?」


 衛利はますます混乱する。自分の為と嬉しさがどう関係するのか。それすら衛利には分からない。


「……」


 杉奈良は鋼埼と話をしたときに「衛利には少し常識知らずのところがある」と言っていたが。どうあがいても少しどころではない。


「ええ。利府里さん。一番あなたが生きていてうれしかったことは?」


 衛利は少し考えてからつぶやいた。


「お兄さんに……」


 そう言いかけて衛利は目を閉じて、それから頭を抱えて丸まってしまう。


「利府里さん?」


「だめ」


 鋼埼から警告されたこと。それは衛利の家族の事。特に兄は何千人もの人間の死を元凶になった男でも、衛利からすれば唯一の支えだった。だが、彼を否定しなければならないズレが未だに衛利を苦しめる。


「待ってください。お兄さんと?」


 杉奈良は最初に衛利に抱いた強い女性と言う印象が徐々に崩れ去っていた。


「いいの。私はただの怪物でその妹なんだから……」


 投げ出したかのような衛利の態度に杉奈良はベッドに座り込んで片手で衛利の震える肩に触れる。


「さっきも言ったはずです。助けを求める人を放っておくと嫌な気持ちになるんですよ。僕」


 強化されたから、特別な能力があるから、力があるから。だからなんなのか。結局、自分を怪物や何かと勘違いしている。ただ自分をそう自分を傷つけて心を保っている迷える人間。


「杉奈良先生」


「千之でいいです」


 衛利は上体を起き上がらせ千之の隣に座る。


「私はこんな簡単に無くなるものを大切にするのが怖い」


「みんな弱いんです。僕もそしてあなたも、だから大切にするんですよ」


「……」


 衛利は千之の体にゆっくり手を回す。右手の中指を千之の首筋の動脈に、胸板に沈めた頭はそのまま耳を当てた。脈はしっかり中指に感じ、耳は鼓動を聞き取る。


「利府里さん?」


「衛利。そう呼んで」


「……衛利」


「千之。もっと私が自分の事を大切に出来たら。もっと世界は素晴らしくなるかしら?」


 千之はそっと衛利の頭を撫でてうなづいた。


「そうだよ。まだ遅くなんてないんだ。今から始めていこう」


 何度もの過ちを繰り返してきても世界が変わっても、変わらないものがある。


「衛利。僕はたくさんの人を助けたいんだ。僕だけじゃない。多くの人がそう思って、ここまで科学を発展させたんだろう? 弱い人でもその恩恵を受けて、救われないと嘘じゃないか」


 ―――


 起動した電源ケーブルが周囲から急速に電力を吸い上げて「器」へと注いでいく。通信がブロックしてあるが、もう間もなくここを特定したスフィアの私兵がなだれ込んでくるだろう。


「本当にやるのか?」


「今更辞める必要が?」


 ボックスと3番は「器」の前で最後の準備をしていた。端末をいじるボックスに対して3番は扉横に腕を組んで立っている。


「たった一体居ただけでどうなる? 赤い奴もまだ生体を修復しているはずだ」


「君は?」


「俺が居てもだ。まさか下層全てを敵に回して勝てるわけがないだろ」


「じゃあなんで君は協力したんだい?」


「それは……」


「そういうところだよ。君はなんと中途半端だ」


 ボックスから顔を背ける3番は弁解する。


「俺はただ……」


「なんだね? ただ指示に従った先にどうなると言うんだい? 余りに他人任せだ」


「なんだボックス。怒ってるのか?」


 刺々しい言葉を投げかけるボックスに困惑する3番。少しボックスの体が3番に向いた。


「なぁ。もし協力するなら生体機兵になってくれないか?」


「前も言ったはずだ。断る」


 また端末に向かいボックスは諦めてつぶやいた。


「分かった。じゃあ君に用はないよ」


「ボックス?」


 その瞬間「器」から疑似筋力繊維の棘が3番へと向かって真っすぐ伸びてくる。体を避けようと捻るが追尾する棘は決して逃がさない。


「ちっ!」


 左手で棘を受けながして体の芯を逸らせる。貫通した左手から血が噴き出すが、迷わず3番は懐からプラズマカッターを取り出すと右手が焼け付く程に加熱させたカッターで左手首を切り落とし脱兎のごとく逃げ出した。


「君はしょせん!利府里司徒の反乱の証拠を集めるために再現された劣化コピーで!結局、【知恵の実】の中で離散した一部しか集められずに何の役にも立たない出来損ないだ!」


 ボックスの呪詛の言葉に振り返らず異常を知らせようと廊下から飛び出し、熱でくっついた人差し指と中指を無理やり引きはがして拳銃を引き抜くと、ボックスと器に向けてがむしゃらに撃ちまくる。


 その弾丸は疑似筋力繊維の触手に弾かれ「器」は動き始めた。その間に3番は廊下の角を曲がり姿を消した。


【追撃すると間に合わない。このままスフィアまでいく】


「早速だけど頼むよ【ORIGIN】。反対側には彼女も向かわせてあるからね」


≪ボックス!何なのこの騒ぎは!≫


 スフィアからの通信にボックスは吹き出してしまう。3番はスフィアにすら教えていなかったのか。彼は何がしたかったんだ?


「やぁスフィア。【ORIGIN】は無事に起動したよ」


≪待ちなさい!【ORIGIN】ってただのソフトのはずじゃあ≫


 監視カメラでORIGINを見たスフィアが絶句する。まぶしいほどの光力を持った深紅のカメラアイ。2m程の真っ黒な疑似筋力繊維の塊が闊歩し、駆け付けたスフィアの私兵達はなすすべもない。


 ただORIGINは歩むだけ。だが、その背中に伸びるケーブルが触手やヘビのようにしなり、飛び出し。致命的なダメージを易々と量産して障害を排除する。


「【知恵の実】は間違っている。人間の意志を補助する? そんなものは刹那的で変わっていくもので、何のためにもならないじゃないか。だが、ORIGINは違う。こいつは自我を持っている」


≪そんな……こんな馬鹿な事を≫


「最後に勝つのは強大な意志を持った存在だけだ。だが、資本を至上とする輩は、徒党を組んでそれを邪魔してきた。だが、今は数の時代より質の時代だ。ようやく純粋な意志が勝利する時代となった。有史以来永遠に揺らがない永遠の統治者の誕生だ」


≪たった一つの存在で? それは不可能よ。一つの意志で世界は覆えない!≫


「そうかな? 少なくともORIGINは器だけにとどまる存在ではない。ミームではなくデータとして。正確にその意志を伝達することが出来る」


≪あなたの嫌いな、薄弱な輩が付いてくるだけでしょ!≫


「そうとも。目的のために協力するなら意思はなくともいいさ。迷える者や大した考えも持たぬ者。彼らは自分の存在を委ねるに値する存在を欲しがっているに過ぎない。彼らを望み通り餌としてやろう」


≪私はこんな事をするために『蘇った』わけじゃない。ただイヌモを……≫


「そんなものタダの皮だよ。そんなものに何の価値があると言うのか。むしろ大切なのは、意志だ。そして君は妥協して堕落した。だが、協力するなら僕も君と手を組もう」


≪断る!≫


 通信を切ったスフィア。突然停電が起きるとただ銃声とフラッシュだけが遠くに響くのみだった。スフィアが接続をすべて放棄したのだろう。


 ボックスは小さな足で歩く。曲がり角に差し掛かろうとした時、「彼女」はORIGINと反対側の廊下から歩いてきた。


「こっちの敵はすべて片づけました。脳波もありません」


 全身を青い光沢のある装甲に包まれ、ヘルメットとヘッドマウントディスプレイに覆い隠された顔は全く見えない。


「ご苦労、ブルーリベンジ。訓練にちょうどよかっただろう? ORIGINは単体で大丈夫だろうから。少し待てば終わるよ」


 雷神と呼ばれたユリアスが最初に装着していた外骨格の改良型を纏ったブルーリベンジ。彼女は紫電を纏わせた槍を右肩に担いだ。


「この力があれば。復讐を果たせます」


「心強い言葉だ。僕は君の復讐心の純粋さに敬意を払うよ。さて行こうか、強い意志を持った存在が全てを導ける世界に」


新イラストORIGINです。

https://twitter.com/nobumi_gndmoo/status/1077890178457444353

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